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一攫千金の国『ベガ・ラグナス編』
賭博王 VS 大盗賊! 勝利の女神が微笑むのは──。
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「なんで、どうしてですか⁉」
「………………」
問いかけるルルを見つめたまま、ベガは何も答えない。絞り出すようにルルはさらに訊ねる。
「答えてください。まさか……ベガ様が、鬼族の魔法を……⁉」
「………………」
「お願いします! いますぐ魔法を解除してください! 痛っ‼」
「………………」
うなじと首を押さえてルルが痛みに耐えている。ベガは何も言わず、ただ苦しむルルを見下ろしている。ベガを見上げて痛みに耐えながらにルルが言う。
「る……ルルを含めて、鬼族たちは、ベガ様の命令に、忠実に従ってきました! なのに、どうして⁉」
ルルがベガに説明を求める。ベガはため息をついて言う。
「ごめんね、ルル。事情が変わったんだよ……」
何事もなければ、キールを世界正義犯罪粛清機構に速やかに引き渡して終わる話だった。しかしテロリストたちがキールと共に発電所を襲い、誤って粛清魔法を発動させてしまったのが問題だった。
本来はパスワード入力を3回間違えるとエラーが起きて一時的に入力不可になる設定だ。同時にカジノ関係者に警報の通知が届き、速やかに問題の排除に当たる……はずだった。
しかし、プログラムの記述の間違いなのか、一度のエラーで自動的に粛清魔法が発動してしまったのだ。これはベガにも予想外の事故だった。
カジノの管理室には全ての鬼族の生存情報が小さな赤いランプで視覚的に分かるようになっている。その赤いランプが2割ほど消灯している状態だ。つまり粛清魔法によって子どもを含めた2割ほどの鬼族が爆散していることになる。
その結果、電力の供給が下がってカジノやその他施設にも影響が出るだろう。当然だが住民や旅行客からクレームが殺到する。責任者として一部の停電や電力供給の不備に関して、ベガが説明しなくてはいけない。
世界正義犯罪粛清機構を呼んでしまった以上は彼らにも「何があったのか?」と説明を求められるだろう。
鬼族の奴隷を使うことは世界正義犯罪粛清機構からも許されており、問題ない。しかし、それはあくまで大人の鬼族に限り、且つ倫理的な範囲内での話だ。
ベガの鬼族の運用方法は明らかに度を越していた。
もし、子どもの鬼族まで発電に利用していたなんて世間に知られたら、カジノの運営を続けるにあたって計り知れないイメージダウンになるだろう。世間からの批判は免れない。
すでに鬼族の子どもたちの1割以上は爆散している。発電所の布団の中で真っ赤な肉片になっているはずだ。それを世界正義犯罪粛清機構の使者たちになんと説明する。
度を越した鬼族の運用を彼らに知られたら非常に困る。最悪は鬼族の運用自体を停止させられてしまうだろう。そうなれば電力はどこから供給するのか。24時間営業のカジノは膨大な電力を消費する。水力発電や風力発電では到底まかなうことはできない。
すると、ベガが言う。
「鬼族の死体処理には時間がかかる。明日までにすべて廃棄することは不可能だ。そこで私は考えた。テロリストどもが鬼族の虐殺を行ったことにすれば良いのだとね……」
「そ、そんな……⁉」
「余計な問題を起こしたのはテロリストどもだ。なら鬼族の惨劇も奴らの責任だろう? 私は関係ない」
「しかし、ベガ様が魔法を早急に解除していれば……!」
「粛清魔法は私の意志と関係なく自動で発動してしまったんだ。離れた場所にいる鬼族たちには読み込み時間がある。しかしエラー発信から最も近かった南東の発電所にいた鬼族の子どもたちは間髪入れずに死んだはずだ」
「そんな……嘘です!」
「嘘ではない」
「では、いますぐ解除してください! そうすればまだ生きている鬼族たちは助かるはずです‼」
「それはできない」
「どうしてですか⁉」
「魔法を強制終了することはできない。そんなことをしたら、すべての呪印が消えてしまう。再び呪印を残った鬼族に刻むのは非常に時間がかかるだろう。その間にこの島を逃げ出す者も少なくないはずだ。そうなったら私が鬼族の子どもたちを電池として使用していたと、情報が漏洩する可能性がある。困るんだよ……だから証拠はすべて消すなくてはいけない」
「な、なにを……言って……」
ルルは言葉を失った。
ベガの言い分を要約するとこうなる。
粛清魔法は自動で発動したため、ベガに非はなくその要因を作ったテロリストたちやキールの責任である。
粛清魔法を強制終了すると呪印が消えて、再び一人ひとりに刻むのに時間がかかる。その間に一人でも鬼族たちに国外に逃げられては困る。
鬼族の非道な扱いが世間にバレたらカジノの評判が下がり、カジノ運営に影響がでる。だから鬼族が逃亡して内部告発するのをなんとしても阻止しなければいけない。
なので、優秀な電池たちを失うのはもったいないが鬼族をすべて粛清し、廃棄処分することにした。その虐殺の責任をキールたちテロリストに背負ってもらいたい。
──ということになる。落ち着いた口調でベガが言う。
「少なくとも大盗賊フクロウを売り渡せば、世界正義犯罪粛清機構の使者たちも満足するはずだ。今回の惨劇はとても悲しい事故だが、それもその男の仕業として処理してもらう」
「つまり……キール様に……濡れ衣を着せるということですか?」
「間違っているよ、ルル。そもそもの事故の原因はその男たちの方だろう?」
「しかし、これから起こることは、ベガ様のご判断です!」
「まったく聞き分けのない、頭の悪い子だ。よく考えてごらん。これは鬼族にとっても救われる道なんだよ」
「意味が分かりません……‼」
「正義信愛教の教えの中には『死の救済』に関する章がある。それはつまり、死はこの世の全てに与えられた平等な権利であり、苦しみから解脱できる最も簡単な方法だ。教養のないルルには、まだ教えていなかったがね……」
「え……死が、平等な権利?」
「そもそも鬼族は罪を償わなければならない存在だ。『死』という平等な権利によって、そのすべての罪を許そうと言ってるんだ。むしろ感謝してほしいくらいだよ」
ベガの言い分を理解できず、ルルは頭を抱えだした。
死が平等な権利で救われる方法? 死ねば罪がすべて消える? では今までベガの言いなりになって働いたのは、すべて無意味だったのか?
「難しく考えなくていいんだよ、ルル。言っただろう? ルルは私の正義に従っていれば、正しい人生を送れるんだ。正しい教え、正しい行動、そして正しい死に方。それらすべてを手に入れられるんだよ。今日それが叶う。それだけだよ」
「分かりません! 分かりません! 分かりません!」
頭を抱えてルルは混乱している。その姿を見ていたベガがペロリと舌なめずりをした。背後からルルをそっと抱き寄せてベガがつぶやく。
「最後に、ルルの味を……」
そしてルルの首筋にベガが噛みつこうとした。その時──。
──ッ‼
ザクッッッ‼ ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリッ‼
「はぅぐっ⁉ ぁぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
背中を鋭い爪で掻き切られた痛みで、ベガが悲鳴を上げた!
ベガの背後に鋭利な爪をした男が立っていた。男が苦しそうに言葉を吐いた。
「ハァ……ハァ……。何が、ハァ……ハァ……。死ねば助かるだ……‼ ふざけたこと言ってんじゃねぇ……‼」
「んぐ……‼ き、貴様ァ‼」
男の存在に気づいたルルは言葉を漏らした。
「キー、ル様……⁉」
「ルル! 無事か⁉ よかった……」
「キール様、生きてたんですか⁉」
「ああ、コイツでな」
そう言ってキールが左手に持っている萎んだゴムの物体をルルに見せた。それはゴムでできたマスクで風船のように膨らませるタイプのおもちゃのように見える。血糊と呼ばれる赤い液体でマスクは真っ赤に染まっていた。
すると不敵な笑みを浮かべてキールが言う。
「一か八かだったが上手くいった。ピエロ野郎の奇術……見といてよかった……おかげで、助かった……コイツはもう使えないな」
べちゃ!
そう言って血糊まみれのゴムマスクをキールが投げ捨てた。どうやらキールは頭部の身代わりを用意していたらしい。
キールに双錘の鉄球を振り下ろすのをルルが躊躇っていたときに用意したのだろう。ベガに「頭を潰せ」と命令されていたため、ルルの鉄球が頭上にあるのは間違いないとキールは判断した。
まず四つんばい状態のキールは腹部に隠していたゴムマスクの頭部を膨らませて身代わりを用意。ゴム製の頭部は普段はぺったんこだが、中に少しの血糊と空気を入れれば1、2分ほどでパンパンに膨らむ。
ルルとベガはお互いに意識が向いており、キールの異変に気づいていない。キールは頭を引っ込めて服の中に隠し、金髪のカツラを被せたゴムマスクの頭部を首の上に持ってくる。これで一時的な死を偽る奇術に成功。おかげでキールは命拾いした。
驚きを隠せないルルが目を丸くして口を開く。
「そんな物……いつのまに……⁉」
「ピエロの刺客が使ってた奇術だ。オレのは少々粗が目立つが、ヤツも同じような方法で騙してきやがった」
するとベガが言う。
「大盗賊フクロウ……この死にぞこないめ……‼」
「お前、勝利の女神に愛されてるらしいな。……にしては背中がガラ空きだったから、ついやっちまった。悪いな」
「おのれ……この痴れ者がァ……‼」
ボロボロ状態のキールの挑発を受けて、こめかみに太い血管を浮かび上がらせながら、ベガは怒りを露わにしている。
キールの左腕を掴んでルルが必死に言う。
「キール様! 逃げてください!」
「大丈夫だ、ルル。オレが絶対、死なせないから」
「無理です! ベガ様の勝利の女神に逆らっては! ルルのことはいいから! お願いだから……キール様は……」
「ルルも見ただろ? ヤツは無敵じゃない。その証拠にオレの不意打ちが当たっただろ」
「それは……」
「オレに任せろ」
そう言ってキールがルルの手を離してベガに向かって歩き出しながら言う。
「あっさり不意打ちを食らうなんて、勝利の女神ってのも大した事なさそうだな」
「いいだろう……私に『勝負』を仕掛けたことを後悔させてやろう……最後に勝つのは、この私だ‼」
ゴキッ! ガキゴキ!
再び特殊な身体操作で、キールが両手の爪を尖らせる。コキコキと指を鳴らして構え、ベガに冷徹な視線を向けた。
──ダッ‼
勢い良く飛び出したキールが、ベガの胴体目掛けて貫手を打ち込む!
ベガは突然マントのような布を取り出し、闘牛士のようにキールの突進を左に躱す!
すかさず左回転で振り返ったキールは左手の爪で、ベガを引き裂こうとする!
ベガはバックステップで後退してキールの爪を間一髪で避ける!
ベガに休む暇を与えないように、キールがさらに猛攻を繰り返す!
ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン!
キールの猛攻をベガは軽く受け流す。
苛立ちながら鬼紅線を使ってキールがベガのマントを剥ぎ取ろうとする!
ベガは華麗なステップで鬼紅線を全て躱した。
すると何を思ったのか、身を隠すようにベガがマントで全身を覆った。キールの目の前にマントでグルグル巻きにされたベガが身動きが取れなくなっている。
何をしているのか分からないが、これはチャンスだとキールは判断した。マントに巻かれたベガに向かって突進し、勢い良く心臓付近を目掛けてキールが貫手を打ち込んだ‼
──ザシュ‼
間違いなくキールの貫手が、ベガの胴体に突き刺さった。しかし心臓までは届いておらず、キールの指先にかすかに心臓の鼓動が感じられる。キールはそのまま心臓を貫こうとした時だった。
「ぁ……か……」
弱々しい少女のかすれた声が聞こえてきた──。
ベガの胴体を貫く勢いで突き出したはずだった。
違和感を感じて、キールがマントを剥ぎ取った。
「⁉」
「キー……ル、さま……」
口から血を流して、消え入りそうな声を出す少女の姿がキールの視界に入った。ベガへの殺意が込められたキールの貫手は、少女の胸の中心……水月に突き刺さっていた。
「がは……」
「──っ! ……る、ルル⁉」
動揺したキールが声を漏らし、呼吸が乱れていく。するとベガがどこからともなく現れて言う。
「どうかね? 私の勝利の女神の実力は」
「ベガ……てめぇ‼」
「言っただろう? 私に『勝負』を仕掛けたことを後悔させてやると……」
勝利を確信したベガが嬉しそうに、キールを嘲笑っていた。
「………………」
問いかけるルルを見つめたまま、ベガは何も答えない。絞り出すようにルルはさらに訊ねる。
「答えてください。まさか……ベガ様が、鬼族の魔法を……⁉」
「………………」
「お願いします! いますぐ魔法を解除してください! 痛っ‼」
「………………」
うなじと首を押さえてルルが痛みに耐えている。ベガは何も言わず、ただ苦しむルルを見下ろしている。ベガを見上げて痛みに耐えながらにルルが言う。
「る……ルルを含めて、鬼族たちは、ベガ様の命令に、忠実に従ってきました! なのに、どうして⁉」
ルルがベガに説明を求める。ベガはため息をついて言う。
「ごめんね、ルル。事情が変わったんだよ……」
何事もなければ、キールを世界正義犯罪粛清機構に速やかに引き渡して終わる話だった。しかしテロリストたちがキールと共に発電所を襲い、誤って粛清魔法を発動させてしまったのが問題だった。
本来はパスワード入力を3回間違えるとエラーが起きて一時的に入力不可になる設定だ。同時にカジノ関係者に警報の通知が届き、速やかに問題の排除に当たる……はずだった。
しかし、プログラムの記述の間違いなのか、一度のエラーで自動的に粛清魔法が発動してしまったのだ。これはベガにも予想外の事故だった。
カジノの管理室には全ての鬼族の生存情報が小さな赤いランプで視覚的に分かるようになっている。その赤いランプが2割ほど消灯している状態だ。つまり粛清魔法によって子どもを含めた2割ほどの鬼族が爆散していることになる。
その結果、電力の供給が下がってカジノやその他施設にも影響が出るだろう。当然だが住民や旅行客からクレームが殺到する。責任者として一部の停電や電力供給の不備に関して、ベガが説明しなくてはいけない。
世界正義犯罪粛清機構を呼んでしまった以上は彼らにも「何があったのか?」と説明を求められるだろう。
鬼族の奴隷を使うことは世界正義犯罪粛清機構からも許されており、問題ない。しかし、それはあくまで大人の鬼族に限り、且つ倫理的な範囲内での話だ。
ベガの鬼族の運用方法は明らかに度を越していた。
もし、子どもの鬼族まで発電に利用していたなんて世間に知られたら、カジノの運営を続けるにあたって計り知れないイメージダウンになるだろう。世間からの批判は免れない。
すでに鬼族の子どもたちの1割以上は爆散している。発電所の布団の中で真っ赤な肉片になっているはずだ。それを世界正義犯罪粛清機構の使者たちになんと説明する。
度を越した鬼族の運用を彼らに知られたら非常に困る。最悪は鬼族の運用自体を停止させられてしまうだろう。そうなれば電力はどこから供給するのか。24時間営業のカジノは膨大な電力を消費する。水力発電や風力発電では到底まかなうことはできない。
すると、ベガが言う。
「鬼族の死体処理には時間がかかる。明日までにすべて廃棄することは不可能だ。そこで私は考えた。テロリストどもが鬼族の虐殺を行ったことにすれば良いのだとね……」
「そ、そんな……⁉」
「余計な問題を起こしたのはテロリストどもだ。なら鬼族の惨劇も奴らの責任だろう? 私は関係ない」
「しかし、ベガ様が魔法を早急に解除していれば……!」
「粛清魔法は私の意志と関係なく自動で発動してしまったんだ。離れた場所にいる鬼族たちには読み込み時間がある。しかしエラー発信から最も近かった南東の発電所にいた鬼族の子どもたちは間髪入れずに死んだはずだ」
「そんな……嘘です!」
「嘘ではない」
「では、いますぐ解除してください! そうすればまだ生きている鬼族たちは助かるはずです‼」
「それはできない」
「どうしてですか⁉」
「魔法を強制終了することはできない。そんなことをしたら、すべての呪印が消えてしまう。再び呪印を残った鬼族に刻むのは非常に時間がかかるだろう。その間にこの島を逃げ出す者も少なくないはずだ。そうなったら私が鬼族の子どもたちを電池として使用していたと、情報が漏洩する可能性がある。困るんだよ……だから証拠はすべて消すなくてはいけない」
「な、なにを……言って……」
ルルは言葉を失った。
ベガの言い分を要約するとこうなる。
粛清魔法は自動で発動したため、ベガに非はなくその要因を作ったテロリストたちやキールの責任である。
粛清魔法を強制終了すると呪印が消えて、再び一人ひとりに刻むのに時間がかかる。その間に一人でも鬼族たちに国外に逃げられては困る。
鬼族の非道な扱いが世間にバレたらカジノの評判が下がり、カジノ運営に影響がでる。だから鬼族が逃亡して内部告発するのをなんとしても阻止しなければいけない。
なので、優秀な電池たちを失うのはもったいないが鬼族をすべて粛清し、廃棄処分することにした。その虐殺の責任をキールたちテロリストに背負ってもらいたい。
──ということになる。落ち着いた口調でベガが言う。
「少なくとも大盗賊フクロウを売り渡せば、世界正義犯罪粛清機構の使者たちも満足するはずだ。今回の惨劇はとても悲しい事故だが、それもその男の仕業として処理してもらう」
「つまり……キール様に……濡れ衣を着せるということですか?」
「間違っているよ、ルル。そもそもの事故の原因はその男たちの方だろう?」
「しかし、これから起こることは、ベガ様のご判断です!」
「まったく聞き分けのない、頭の悪い子だ。よく考えてごらん。これは鬼族にとっても救われる道なんだよ」
「意味が分かりません……‼」
「正義信愛教の教えの中には『死の救済』に関する章がある。それはつまり、死はこの世の全てに与えられた平等な権利であり、苦しみから解脱できる最も簡単な方法だ。教養のないルルには、まだ教えていなかったがね……」
「え……死が、平等な権利?」
「そもそも鬼族は罪を償わなければならない存在だ。『死』という平等な権利によって、そのすべての罪を許そうと言ってるんだ。むしろ感謝してほしいくらいだよ」
ベガの言い分を理解できず、ルルは頭を抱えだした。
死が平等な権利で救われる方法? 死ねば罪がすべて消える? では今までベガの言いなりになって働いたのは、すべて無意味だったのか?
「難しく考えなくていいんだよ、ルル。言っただろう? ルルは私の正義に従っていれば、正しい人生を送れるんだ。正しい教え、正しい行動、そして正しい死に方。それらすべてを手に入れられるんだよ。今日それが叶う。それだけだよ」
「分かりません! 分かりません! 分かりません!」
頭を抱えてルルは混乱している。その姿を見ていたベガがペロリと舌なめずりをした。背後からルルをそっと抱き寄せてベガがつぶやく。
「最後に、ルルの味を……」
そしてルルの首筋にベガが噛みつこうとした。その時──。
──ッ‼
ザクッッッ‼ ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリッ‼
「はぅぐっ⁉ ぁぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」
背中を鋭い爪で掻き切られた痛みで、ベガが悲鳴を上げた!
ベガの背後に鋭利な爪をした男が立っていた。男が苦しそうに言葉を吐いた。
「ハァ……ハァ……。何が、ハァ……ハァ……。死ねば助かるだ……‼ ふざけたこと言ってんじゃねぇ……‼」
「んぐ……‼ き、貴様ァ‼」
男の存在に気づいたルルは言葉を漏らした。
「キー、ル様……⁉」
「ルル! 無事か⁉ よかった……」
「キール様、生きてたんですか⁉」
「ああ、コイツでな」
そう言ってキールが左手に持っている萎んだゴムの物体をルルに見せた。それはゴムでできたマスクで風船のように膨らませるタイプのおもちゃのように見える。血糊と呼ばれる赤い液体でマスクは真っ赤に染まっていた。
すると不敵な笑みを浮かべてキールが言う。
「一か八かだったが上手くいった。ピエロ野郎の奇術……見といてよかった……おかげで、助かった……コイツはもう使えないな」
べちゃ!
そう言って血糊まみれのゴムマスクをキールが投げ捨てた。どうやらキールは頭部の身代わりを用意していたらしい。
キールに双錘の鉄球を振り下ろすのをルルが躊躇っていたときに用意したのだろう。ベガに「頭を潰せ」と命令されていたため、ルルの鉄球が頭上にあるのは間違いないとキールは判断した。
まず四つんばい状態のキールは腹部に隠していたゴムマスクの頭部を膨らませて身代わりを用意。ゴム製の頭部は普段はぺったんこだが、中に少しの血糊と空気を入れれば1、2分ほどでパンパンに膨らむ。
ルルとベガはお互いに意識が向いており、キールの異変に気づいていない。キールは頭を引っ込めて服の中に隠し、金髪のカツラを被せたゴムマスクの頭部を首の上に持ってくる。これで一時的な死を偽る奇術に成功。おかげでキールは命拾いした。
驚きを隠せないルルが目を丸くして口を開く。
「そんな物……いつのまに……⁉」
「ピエロの刺客が使ってた奇術だ。オレのは少々粗が目立つが、ヤツも同じような方法で騙してきやがった」
するとベガが言う。
「大盗賊フクロウ……この死にぞこないめ……‼」
「お前、勝利の女神に愛されてるらしいな。……にしては背中がガラ空きだったから、ついやっちまった。悪いな」
「おのれ……この痴れ者がァ……‼」
ボロボロ状態のキールの挑発を受けて、こめかみに太い血管を浮かび上がらせながら、ベガは怒りを露わにしている。
キールの左腕を掴んでルルが必死に言う。
「キール様! 逃げてください!」
「大丈夫だ、ルル。オレが絶対、死なせないから」
「無理です! ベガ様の勝利の女神に逆らっては! ルルのことはいいから! お願いだから……キール様は……」
「ルルも見ただろ? ヤツは無敵じゃない。その証拠にオレの不意打ちが当たっただろ」
「それは……」
「オレに任せろ」
そう言ってキールがルルの手を離してベガに向かって歩き出しながら言う。
「あっさり不意打ちを食らうなんて、勝利の女神ってのも大した事なさそうだな」
「いいだろう……私に『勝負』を仕掛けたことを後悔させてやろう……最後に勝つのは、この私だ‼」
ゴキッ! ガキゴキ!
再び特殊な身体操作で、キールが両手の爪を尖らせる。コキコキと指を鳴らして構え、ベガに冷徹な視線を向けた。
──ダッ‼
勢い良く飛び出したキールが、ベガの胴体目掛けて貫手を打ち込む!
ベガは突然マントのような布を取り出し、闘牛士のようにキールの突進を左に躱す!
すかさず左回転で振り返ったキールは左手の爪で、ベガを引き裂こうとする!
ベガはバックステップで後退してキールの爪を間一髪で避ける!
ベガに休む暇を与えないように、キールがさらに猛攻を繰り返す!
ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン! ザシュ‼ ブワッ! ブン! ふわっ! ダン!
キールの猛攻をベガは軽く受け流す。
苛立ちながら鬼紅線を使ってキールがベガのマントを剥ぎ取ろうとする!
ベガは華麗なステップで鬼紅線を全て躱した。
すると何を思ったのか、身を隠すようにベガがマントで全身を覆った。キールの目の前にマントでグルグル巻きにされたベガが身動きが取れなくなっている。
何をしているのか分からないが、これはチャンスだとキールは判断した。マントに巻かれたベガに向かって突進し、勢い良く心臓付近を目掛けてキールが貫手を打ち込んだ‼
──ザシュ‼
間違いなくキールの貫手が、ベガの胴体に突き刺さった。しかし心臓までは届いておらず、キールの指先にかすかに心臓の鼓動が感じられる。キールはそのまま心臓を貫こうとした時だった。
「ぁ……か……」
弱々しい少女のかすれた声が聞こえてきた──。
ベガの胴体を貫く勢いで突き出したはずだった。
違和感を感じて、キールがマントを剥ぎ取った。
「⁉」
「キー……ル、さま……」
口から血を流して、消え入りそうな声を出す少女の姿がキールの視界に入った。ベガへの殺意が込められたキールの貫手は、少女の胸の中心……水月に突き刺さっていた。
「がは……」
「──っ! ……る、ルル⁉」
動揺したキールが声を漏らし、呼吸が乱れていく。するとベガがどこからともなく現れて言う。
「どうかね? 私の勝利の女神の実力は」
「ベガ……てめぇ‼」
「言っただろう? 私に『勝負』を仕掛けたことを後悔させてやると……」
勝利を確信したベガが嬉しそうに、キールを嘲笑っていた。
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