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オトナの権利の国
――小さな『悪の美学』
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「火事あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
――ホテル中に警報音が鳴り響く中、廊下を走る三人の人影があった。
緑髪の少年、金髪の少年、青いキャスケットを被った少女の三人。そのうちの一人、緑髪の少年が大声で叫びながら走っていた。
「地震だああ! 雷だあああ! 家事親父だあああああああああああああ! みんな逃げろおおおおおお!」
「ミドくんミドくん! さっきから何言ってるっスか?」
「これはね、昔から言われてる恐ろしいものの象徴だよ」
「ミドくんミドくん! 家事親父ってなんスか?」
「ボクもよく知らないけど、主夫ってヤツじゃないかな?」
「ミドくんミドくん! なんで主夫の親父が怖いんスか??」
「おそらく主夫に逆らうと、三食のご飯を作ってもらえなくなるんだ。それに家計管理も任されてるから、無駄遣いがバレると地獄を見ることになるんだよ……」
フィオは、ご飯という単語に反応して顔が青ざめながら言う。
「ご飯抜きっスか!? 恐ろしい親父っス! キールみたいな親父っスね!」
「誰が家事親父だ! 無駄話してねぇで走れ!」
ミドとフィオの会話を横で黙って聞いていたキールが思わず叫ぶ。ミドが「そうだね~」と笑い、フィオも「家事親父が怒ったっス!」と言いながら走っている。
ミドたちが宿泊していた旅人専用の部屋から灰色の煙がモクモクと吐き出され、徐々に廊下が薄い煙で白く濁っていた。
ミドが周りを見渡しながら言う。
「いや~、どんどん白い煙でいっぱいになってきたね~」
「ふっふっふ、あーし特製の煙幕爆弾っス! 今回はノーマル弾っスけど、唐辛子成分たっぷりの目潰し煙幕弾もあるっスよ!」
直前まで作戦内容を何も聞かされてなかったフィオだったが、警報が鳴らされた後すぐにミドの考えを理解したようだった。
キールに「フィオ、廊下中に煙幕を張れ!」と言われて、フィオは「了解っス!」と言って、大急ぎで部屋の中に飛び込む。次の瞬間フィオが部屋のドアから飛び出してくると、大きな爆発音と共に白い煙が大量に吐き出されたのだ。
そのまま三人は走り出して現在に至る。
フィオは徹夜して作った特製の煙幕弾を使う機会ができて上機嫌な様子だ。
フィオが「えっへん!」と胸を張っていると、ミドはフィオの胸を凝視して首を傾げる。明らかにとんでもない巨乳になっているのが分かった。
走っている状況の為、フィオの胸がバインバインと上下運動をしているのが遠目からでも分かるほどだろう。
ミドのいやらしい目線に気づいたフィオが胸を隠すように両腕で抱えて言う。
「な、なに見てるっスか?」
「……いや、妙に発育してるなって……成長期?」
「だあああ! 乙女の秘密を覗いちゃダメっス!」
ミドは瞬時にフィオの背後に回り込んで、フィオの胸を鷲掴みにする。そしてに服の中に片手を突っ込んだ。
「ぎゃあああああ! ミドくんに犯されるううううう!」
「あっ……なるほど! 確かに、フィオのおっぱいは『目に毒』だね~」
ミドがフィオの胸から真っ赤なテープでぐるぐる巻きにされた煙幕弾を二つ取り出した。どうやらこれが、先ほどフィオが言っていた唐辛子成分の煙幕なのだろう。
フィオは煙幕弾を取られて言う。
「万が一に備えてるだけっス。こうやって隠しておけばバレないと思ったっス!」
「おっぱいを偽るのは感心しないな~。小さいのにも、そこはかとない奥ゆかしいエロスが……」
「ミドくんのおっぱい談義は聞きたくないっス! 早く返して欲しいっス!」
フィオはミドの言葉を遮って、ミドから赤いテープの煙幕弾を取り返して先ほど同様に胸にしまった。
「おっぱい星人のボクには目に毒だね~」
「両目が潰されて開けなくなる程の毒だろうな」
ミドは前を向いてヘラヘラ笑いながら言うと、キールが冷静に言った。
そうこうしていると、廊下中の部屋からゾロゾロと、さっきまで部屋でのんびりしていたであろう宿泊客たちが部屋から飛び出してくる。スーツ姿のビジネスマンや老夫婦、寝間着姿の男もいる。
「なんだ!? なんだこの煙は!」
「火事ですって……どうしましょ、あなた……」
「と、とにかく私たちも早く逃げよう!」
宿泊客たちは、走って逃げるミドたちを見て同じ方向に走りだした。これが社会的証明による集団行動だろうか。何の疑いもなしにミドたちについてくるように動き出したのだ。
すると、同じように廊下中のドアから大勢の人たちが飛び出してきて、雪崩のように集団の流れに流されていく。
フィオがそれを見て愉快そうに言う。
「どんどん人が集まってきたっス!」
「このまま、この人たちの中に紛れよう~!」
ミドはキールとフィオを見て言うと、大勢の集団の中に消えていった。すると、ホテルの従業員と思われるチョビ髭の男が現れて集団に向かって叫び出す。
「おおお、お客様ご安心ください! この警報は誤報で――」
「邪魔だ! どけ、髭野郎!」
「ぎゃふん!」
男は目が血走った宿泊客に突き飛ばされた。ミドたちがそれを見ていると、チョビ髭の従業員と目が合ってしまう。ミドはニッコリ微笑んで小さく手を振る。
するとチョビ髭の男はミドと目が合うと、「ちょ、待――」と言いかけて、再び他の宿泊客に蹴飛ばされて悶絶して倒れた。
集団の数がどんどん増えて、勢いはさらに増していく。もう止められるようなものではなくなっていった。
お互いに我先にと逃げようとして、他の宿泊客の服を掴んだり、背中を押したりしている。若いホテルマンたちが必死に逃げ出す宿泊客を説得して止めようとしているが、あまりの鬼気迫る勢いに成す術がなかった。
ミドたちは集団の流れにうまく溶け込みながらホテルの監視から上手く逃げだすことに成功していた。暴徒と化している人たちの突き飛ばそうとする手や、服を掴もうとする暴力をヒョイヒョイっとかわしながら、ミド、キール、フィオの三人組が走っている。
すると若い母親と小さな男の子の二人が手を繋いで逃げているのが見えた。母親は必死に男の子の手を引いて走っていた。
その時、集団の中にいた一人のおばさんが母親を突き飛ばしたのだ。
「邪魔だよ、どきな!」
「きゃあ!」
母親が突き飛ばされた勢いで、男の子の手を離してしまった。すると雪崩のような集団の流れによって母親と男の子が引き離されてしまった。
「――っ!」
「ママ!」
母親が男の子の名前を呼び、男の子が泣き出しそうな顔で母親を呼んだ。
突き飛ばしたおばさんは、我先に行こうと他の人たちの服を引っ張ったり、押しのけたりして走り去っていった。
男の子は涙目で周りをキョロキョロと見て、母親の姿を探している。しかし、周りには自分のことしか考えられなくなった大人たちしかいない。
「ママ! ママ!」
男の子は必死に母親を呼び続けた。すると目の端にその姿を見つけたのか、今にも泣きだしそうだった表情に笑顔が見え始める。母親も男の子の姿を確認して安堵していた。
そして男の子は母親のいる所まで駆け寄ろうとした。
その時だった――
男の子の横から男が迫っていた。男も前しか見えておらず、足元に小さな男の子がいることが見えていない様子だった。当然男の子も母親しか目に入っておらず、すぐ横にまったく注意を払っていなかったのだ。
母親は、いち早く男の子の危機的状況に気づいて顔が青ざて叫んだ。
「来ちゃダメえええええ!!」
母親の叫びは、男の子に届かなかった。
男の子は、とてとてと母親に両手を出しながら歩きだしている。男の子の頭部には大きな大人の靴の裏が体重を乗せて迫ってきた……その時――。
――ッ!
男の子は何者かにさらわれるように姿を消した。母親は男の子が消えたことに両目を見開いて驚く。周りをキョロキョロと見渡して探すが、男の子の姿がどこにもない。いよいよ焦りだした母親は呼吸が乱れていく。
「――こっちだ、来い」
すると、母親は何者かに手を引かれて連れ去られた。何がなんだか分からない母親は男の手を振りほどこうとする。しかし、あまりの強さに引き離すことができなかった。
すると、男は非常階段の手前にある廊下の角で母親の手を離した。
「ほらミド、連れてきたぞ」
「あ! キールおかえり~」
母親がミドと呼ばれた少年を見ると、男の子と目が合った。男の子が涙目で叫ぶ。
「ママぁ!」
「ああ、良かった……大丈夫? 怪我してない?」
「うん! この人たちが助けてくれた」
母親は男の子の指差した方向に顔を向けて、お礼を言った。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえいえ、みんな必死になって周りが見えなくなってますから、気をつけて逃げてくださいね」
「はい……」
母親は深々とお辞儀をすると、男の子の手を引いて再び走り去っていった。男の子は「バイバーイ」と小さな手を振ってきたので、ミドは手を振り返した。
そしてキールがミドに言った。
「どうした?」
「この騒ぎの原因はボクだからね……ちょっと反省」
「どんな行動だって、何かしら他人に迷惑かけるもんだ。それにさっきの母親を突き飛ばしたのは、逃げてきたあのババアだ。ミドが反省することじゃねえよ」
「………………」
「ミドは『稀代の悪』なんだろ? 悪党が悪事にいちいち反省すんなよ」
キールが言うと、ミドは静かに答えた。
「――『悪の美学』ってヤツかな」
ミドの答えに、キールが目を丸くする。そして「ふっ……」と笑った。ミドが言う。
「ボクに罪はあっても、あのお母さんと男の子には罪はないからね」
「そうだな」
ミドとキールがお互いに笑い合う。
「あ~! また、あーしを仲間外れにしてるっス!」
するとフィオがミドとキールの間に割って入ってくる。走ってる最中にミドが動き出し、キールが追随するように消えてしまったため、フィオは一人迷子状態になっていたのだ。
やっとミドとキールを見つけたフィオは安堵しながらも、必死で走ったせいで位置がずれてしまう胸(唐辛子煙幕爆弾)を両手で支えながら地団駄を踏んで、プリプリプリプリ怒っている。
なんとかミドが宥めると、フィオは落ち着きを取り戻していった。
「よしっ! それじゃあ、行こっか」
「ああ」
「アイアイサーっス!」
ミドが言う。すると二人が返事を返した。
*
――その頃ようやく、目を回して倒れていたチョビ髭の男がゆっくりと目を覚ます。そして近くにいた若いホテルマンに言った。
「痛っつぅ……。そ、そこのお前! そうお前だ、こっちに来なさい。旅人どもが逃げた……早く捕まえろ! このまま外に出られたら……我々の信用が、我がホテルの国家権利が……特権が! 絶対に逃がすな、逃げられるくらいなら殺しても構わん! どうせ旅人なぞ、無事出国したと報告すればいいだけだ……ふふふ」
チョビ髭の男が油汗を掻きながら言う。若いホテルマンも状況をすぐに理解して、他の従業員にも連絡した――。
――ホテル中に警報音が鳴り響く中、廊下を走る三人の人影があった。
緑髪の少年、金髪の少年、青いキャスケットを被った少女の三人。そのうちの一人、緑髪の少年が大声で叫びながら走っていた。
「地震だああ! 雷だあああ! 家事親父だあああああああああああああ! みんな逃げろおおおおおお!」
「ミドくんミドくん! さっきから何言ってるっスか?」
「これはね、昔から言われてる恐ろしいものの象徴だよ」
「ミドくんミドくん! 家事親父ってなんスか?」
「ボクもよく知らないけど、主夫ってヤツじゃないかな?」
「ミドくんミドくん! なんで主夫の親父が怖いんスか??」
「おそらく主夫に逆らうと、三食のご飯を作ってもらえなくなるんだ。それに家計管理も任されてるから、無駄遣いがバレると地獄を見ることになるんだよ……」
フィオは、ご飯という単語に反応して顔が青ざめながら言う。
「ご飯抜きっスか!? 恐ろしい親父っス! キールみたいな親父っスね!」
「誰が家事親父だ! 無駄話してねぇで走れ!」
ミドとフィオの会話を横で黙って聞いていたキールが思わず叫ぶ。ミドが「そうだね~」と笑い、フィオも「家事親父が怒ったっス!」と言いながら走っている。
ミドたちが宿泊していた旅人専用の部屋から灰色の煙がモクモクと吐き出され、徐々に廊下が薄い煙で白く濁っていた。
ミドが周りを見渡しながら言う。
「いや~、どんどん白い煙でいっぱいになってきたね~」
「ふっふっふ、あーし特製の煙幕爆弾っス! 今回はノーマル弾っスけど、唐辛子成分たっぷりの目潰し煙幕弾もあるっスよ!」
直前まで作戦内容を何も聞かされてなかったフィオだったが、警報が鳴らされた後すぐにミドの考えを理解したようだった。
キールに「フィオ、廊下中に煙幕を張れ!」と言われて、フィオは「了解っス!」と言って、大急ぎで部屋の中に飛び込む。次の瞬間フィオが部屋のドアから飛び出してくると、大きな爆発音と共に白い煙が大量に吐き出されたのだ。
そのまま三人は走り出して現在に至る。
フィオは徹夜して作った特製の煙幕弾を使う機会ができて上機嫌な様子だ。
フィオが「えっへん!」と胸を張っていると、ミドはフィオの胸を凝視して首を傾げる。明らかにとんでもない巨乳になっているのが分かった。
走っている状況の為、フィオの胸がバインバインと上下運動をしているのが遠目からでも分かるほどだろう。
ミドのいやらしい目線に気づいたフィオが胸を隠すように両腕で抱えて言う。
「な、なに見てるっスか?」
「……いや、妙に発育してるなって……成長期?」
「だあああ! 乙女の秘密を覗いちゃダメっス!」
ミドは瞬時にフィオの背後に回り込んで、フィオの胸を鷲掴みにする。そしてに服の中に片手を突っ込んだ。
「ぎゃあああああ! ミドくんに犯されるううううう!」
「あっ……なるほど! 確かに、フィオのおっぱいは『目に毒』だね~」
ミドがフィオの胸から真っ赤なテープでぐるぐる巻きにされた煙幕弾を二つ取り出した。どうやらこれが、先ほどフィオが言っていた唐辛子成分の煙幕なのだろう。
フィオは煙幕弾を取られて言う。
「万が一に備えてるだけっス。こうやって隠しておけばバレないと思ったっス!」
「おっぱいを偽るのは感心しないな~。小さいのにも、そこはかとない奥ゆかしいエロスが……」
「ミドくんのおっぱい談義は聞きたくないっス! 早く返して欲しいっス!」
フィオはミドの言葉を遮って、ミドから赤いテープの煙幕弾を取り返して先ほど同様に胸にしまった。
「おっぱい星人のボクには目に毒だね~」
「両目が潰されて開けなくなる程の毒だろうな」
ミドは前を向いてヘラヘラ笑いながら言うと、キールが冷静に言った。
そうこうしていると、廊下中の部屋からゾロゾロと、さっきまで部屋でのんびりしていたであろう宿泊客たちが部屋から飛び出してくる。スーツ姿のビジネスマンや老夫婦、寝間着姿の男もいる。
「なんだ!? なんだこの煙は!」
「火事ですって……どうしましょ、あなた……」
「と、とにかく私たちも早く逃げよう!」
宿泊客たちは、走って逃げるミドたちを見て同じ方向に走りだした。これが社会的証明による集団行動だろうか。何の疑いもなしにミドたちについてくるように動き出したのだ。
すると、同じように廊下中のドアから大勢の人たちが飛び出してきて、雪崩のように集団の流れに流されていく。
フィオがそれを見て愉快そうに言う。
「どんどん人が集まってきたっス!」
「このまま、この人たちの中に紛れよう~!」
ミドはキールとフィオを見て言うと、大勢の集団の中に消えていった。すると、ホテルの従業員と思われるチョビ髭の男が現れて集団に向かって叫び出す。
「おおお、お客様ご安心ください! この警報は誤報で――」
「邪魔だ! どけ、髭野郎!」
「ぎゃふん!」
男は目が血走った宿泊客に突き飛ばされた。ミドたちがそれを見ていると、チョビ髭の従業員と目が合ってしまう。ミドはニッコリ微笑んで小さく手を振る。
するとチョビ髭の男はミドと目が合うと、「ちょ、待――」と言いかけて、再び他の宿泊客に蹴飛ばされて悶絶して倒れた。
集団の数がどんどん増えて、勢いはさらに増していく。もう止められるようなものではなくなっていった。
お互いに我先にと逃げようとして、他の宿泊客の服を掴んだり、背中を押したりしている。若いホテルマンたちが必死に逃げ出す宿泊客を説得して止めようとしているが、あまりの鬼気迫る勢いに成す術がなかった。
ミドたちは集団の流れにうまく溶け込みながらホテルの監視から上手く逃げだすことに成功していた。暴徒と化している人たちの突き飛ばそうとする手や、服を掴もうとする暴力をヒョイヒョイっとかわしながら、ミド、キール、フィオの三人組が走っている。
すると若い母親と小さな男の子の二人が手を繋いで逃げているのが見えた。母親は必死に男の子の手を引いて走っていた。
その時、集団の中にいた一人のおばさんが母親を突き飛ばしたのだ。
「邪魔だよ、どきな!」
「きゃあ!」
母親が突き飛ばされた勢いで、男の子の手を離してしまった。すると雪崩のような集団の流れによって母親と男の子が引き離されてしまった。
「――っ!」
「ママ!」
母親が男の子の名前を呼び、男の子が泣き出しそうな顔で母親を呼んだ。
突き飛ばしたおばさんは、我先に行こうと他の人たちの服を引っ張ったり、押しのけたりして走り去っていった。
男の子は涙目で周りをキョロキョロと見て、母親の姿を探している。しかし、周りには自分のことしか考えられなくなった大人たちしかいない。
「ママ! ママ!」
男の子は必死に母親を呼び続けた。すると目の端にその姿を見つけたのか、今にも泣きだしそうだった表情に笑顔が見え始める。母親も男の子の姿を確認して安堵していた。
そして男の子は母親のいる所まで駆け寄ろうとした。
その時だった――
男の子の横から男が迫っていた。男も前しか見えておらず、足元に小さな男の子がいることが見えていない様子だった。当然男の子も母親しか目に入っておらず、すぐ横にまったく注意を払っていなかったのだ。
母親は、いち早く男の子の危機的状況に気づいて顔が青ざて叫んだ。
「来ちゃダメえええええ!!」
母親の叫びは、男の子に届かなかった。
男の子は、とてとてと母親に両手を出しながら歩きだしている。男の子の頭部には大きな大人の靴の裏が体重を乗せて迫ってきた……その時――。
――ッ!
男の子は何者かにさらわれるように姿を消した。母親は男の子が消えたことに両目を見開いて驚く。周りをキョロキョロと見渡して探すが、男の子の姿がどこにもない。いよいよ焦りだした母親は呼吸が乱れていく。
「――こっちだ、来い」
すると、母親は何者かに手を引かれて連れ去られた。何がなんだか分からない母親は男の手を振りほどこうとする。しかし、あまりの強さに引き離すことができなかった。
すると、男は非常階段の手前にある廊下の角で母親の手を離した。
「ほらミド、連れてきたぞ」
「あ! キールおかえり~」
母親がミドと呼ばれた少年を見ると、男の子と目が合った。男の子が涙目で叫ぶ。
「ママぁ!」
「ああ、良かった……大丈夫? 怪我してない?」
「うん! この人たちが助けてくれた」
母親は男の子の指差した方向に顔を向けて、お礼を言った。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「いえいえ、みんな必死になって周りが見えなくなってますから、気をつけて逃げてくださいね」
「はい……」
母親は深々とお辞儀をすると、男の子の手を引いて再び走り去っていった。男の子は「バイバーイ」と小さな手を振ってきたので、ミドは手を振り返した。
そしてキールがミドに言った。
「どうした?」
「この騒ぎの原因はボクだからね……ちょっと反省」
「どんな行動だって、何かしら他人に迷惑かけるもんだ。それにさっきの母親を突き飛ばしたのは、逃げてきたあのババアだ。ミドが反省することじゃねえよ」
「………………」
「ミドは『稀代の悪』なんだろ? 悪党が悪事にいちいち反省すんなよ」
キールが言うと、ミドは静かに答えた。
「――『悪の美学』ってヤツかな」
ミドの答えに、キールが目を丸くする。そして「ふっ……」と笑った。ミドが言う。
「ボクに罪はあっても、あのお母さんと男の子には罪はないからね」
「そうだな」
ミドとキールがお互いに笑い合う。
「あ~! また、あーしを仲間外れにしてるっス!」
するとフィオがミドとキールの間に割って入ってくる。走ってる最中にミドが動き出し、キールが追随するように消えてしまったため、フィオは一人迷子状態になっていたのだ。
やっとミドとキールを見つけたフィオは安堵しながらも、必死で走ったせいで位置がずれてしまう胸(唐辛子煙幕爆弾)を両手で支えながら地団駄を踏んで、プリプリプリプリ怒っている。
なんとかミドが宥めると、フィオは落ち着きを取り戻していった。
「よしっ! それじゃあ、行こっか」
「ああ」
「アイアイサーっス!」
ミドが言う。すると二人が返事を返した。
*
――その頃ようやく、目を回して倒れていたチョビ髭の男がゆっくりと目を覚ます。そして近くにいた若いホテルマンに言った。
「痛っつぅ……。そ、そこのお前! そうお前だ、こっちに来なさい。旅人どもが逃げた……早く捕まえろ! このまま外に出られたら……我々の信用が、我がホテルの国家権利が……特権が! 絶対に逃がすな、逃げられるくらいなら殺しても構わん! どうせ旅人なぞ、無事出国したと報告すればいいだけだ……ふふふ」
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