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オトナの権利の国
――臨時ニュース―― 旅人三人組がホテルから逃走を図りました。
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「嫌っ! やめて! 離して!」
「大人しくしなさい!」
「誰か! 誰か助けて!!」
ペトラは一つしかないドアに張り付いて叫んだ。必死に開こうとするが鍵が掛かっている。手錠を付けられた両手でドアを激しく叩く。しかし、金属音が虚しく響くだけだった。
「この部屋は防音になってるんだ、だから叫んでも誰も来ないよ」
そう言うと、父はペトラの首元を舐めた。ペトラは「ヒッ……!」と身を縮こませる。
「さぁ恥ずかしがらないで、どんな声を出してもいいんだよ。誰にも聴かれないから……」
ペトラは父に押し倒されてしまう。
――これは試練なのかもしれない、ペトラはそう思っていた。
その時である、外からドアを叩く音が鳴り響いたのだ。父はしつこく鳴り響くドアのノックに苛立ちながら起きあがると、入り口に向かっていってドアから顔だけを出して応対する。
「なんだ! 私は今忙しいんだ!」
「お楽しみのところ申し訳ありません……ですが、少々問題が発生いたしまして……」
「まったく……。ペトラ、ココで大人しく待っていなさい」
施設長である父は職員に呼ばれると、しぶしぶ部屋を出て行った。
ペトラは裸で横たわったまま、自分につけられた手錠を見て、一粒の涙をこぼした――。
*
「ヒャッハー! これは快適っス!」
フィオは自動車と呼ばれるこの国の乗り物に乗ってはしゃいでいた。
この世界では旅をするのに、海を渡る船や空を飛ぶ船を利用することが多いが、車を利用することは少ない。車で移動できるほど舗装された道の方が珍しいからだ。
逆に国の中だったら馬車などの動物に牽引させる車は珍しくない。もっとも国によっては、その土地特有の大型生物に牽引させるため、馬だけでなく蜥蜴や巨大なオオカミ、あるいは中型の竜に引かせることもある。
しかし自動車と呼ばれる機械仕掛けの乗り物はフィオも初めてだった。
中の構造は飛行船の整備もできるフィオにとって、ある程度は理解可能なレベルだったのだろう。どうしても動かない車の中をいじくっていると、ドゥルルと振動して動き始めたのだ。
フィオは意気揚々と御者台に乗り込んでミドとキールに後ろに乗り込むように合図した。そしてフィオは、目の前にあるハンドルを握ってすぐに動かし始めたのだ。
言い忘れていたが、三人が乗っている自動車は完全な盗難車である。
――今から、数分前に遡ることにしよう。
ホテルから脱出した三人は、これからどうするか作戦会議を始めた。その結果、とりあえず捕まっているペトラに事情を聞きに行くことになったのだ。
場所に関してはキールが読んでいた本が置いてある本棚の中に、この国の地図も入っていたので問題ない。
しかし別の問題があった、それは距離である。現在地のホテル周辺からペトラが捕まっているであろう施設は真反対にあるため、足で走っていくにしても時間がかかりすぎる。
おそらくだがホテルの人間は、旅人が逃げたと言ってこの国の警察と呼ばれる衛兵たちに連絡しているはずだ。そう時間が掛からない内に警察たちがミドたちを捕獲しに来るだろう。つまり悠長にしてられるほど時間はない。
いくらミドとキールが身体能力に優れていると言っても速度と体力の限界はある。それにフィオが二人についてこれるほどの運動神経はないはずだ。
そんな中、フィオが一人でニヤニヤ笑っていた。気になったミドが訊ねるとフィオが振り向いて提案したのが、近くに置いてあった自動車鳴る乗り物を奪っていこうというものだった。
ミドとキールがフィオの指差す方向を見ると一台の車が停車していた。パッと見は、ほぼ廃車寸前といったところだろうか。あちこちが錆びていて、本当に動くのかどうかも怪しい状態だった。
そんな自動車をフィオは中を開けていじくると、ものの数分で動かせるようにしてしまったのだ。こういうところで、フィオは頼りになると再確認させられる。
「野郎ども! あーしの後ろに乗りやがれっス!」
フィオは完全に調子に乗っていた。ミドもキールも、今回はフィオの提案に乗ったのだ。
「本当に……大丈夫?」
「途中で爆発したりしねぇだろうな……?」
ミドとキールが不安そうにしていると、「大丈夫大丈夫! 無問題っス!」とフィオは自信たっぷりに言うのだった。
そしてフィオが勢いよく足元のペダルを踏むと、車体の振動が激しくなっていく。しかし一向に動き出す気配がない。後ろからは黒っぽい煙がモクモクと立ち始め、ミドとキールはどんどん不安な表情を浮かべる。
後ろの二人は、諦めて別の移動方法を考えたほうがいいのでは、そう思っているとフィオが言った。
「大丈夫っス! こういう時は……こうするのが一番っス!!!」
フィオは突然目の前に向かって、「ガツン!」と頭突きをしたのだ。
次の瞬間、車は勢いよく急発進して前方に飛び出した。ミドとキールは後ろに仰け反ってひっくり返りそうになる。フィオは嬉しそうに後ろを振り返ってミドとキールに言う。
「ね☆」
「『ね☆』じゃねえ! 前見ろ前!」
キールが叫ぶと前方には建物の壁が迫っていた。
「大丈夫っス! 二人とも、しっかり掴まってるっスよ!!」
それにフィオが気づくとニヤリと笑って答え、ハンドルを勢いよく回す。車はお尻を振って回り、間一髪で壁に激突するのを免れる。そのままブルルゥンと音を上げながら一直線に走りだす。
あまりの乱暴な運転にキールは身を屈め、ミドは頭を打ってたんこぶを作りながら「おろ~」と目を回していた。
三人の車が真っ直ぐ突き進んでいると、目の前には大きな橋が見えてくる。この国の中心を横切っている大河があり、それを渡るための巨大な橋である。
フィオはその橋を渡って行こうとしていた。
――その時、後方からキュイィーンという警告音を鳴らしながら白と黒のツートンカラーの車がミドたちが乗ってる車に迫ってくる。
「そこの乗用車、止まりなさい!! 君たち旅人には外に出る権利がないはずだ! 大人しく投降しなさい!!!」
車から拡声器を使ったであろう大音量の声が響いてくる。
「チッ、もう来たのか……」
「何人たりとも、あーしを止めることはできないっス!」
キールが舌打ちをして後方の車を睨むと、フィオが片手でガッツポーズをして言った。
フィオはペダルを思いっきり踏んで車の速度を上げていく。しかし、ボロ車に乗っている三人とは違い、後方の車の軍勢はどんどん近づいてくる。
すると後方から銃声が響き、ミドたちが乗っているボロ車に二~三発命中する。
「んぎゃああ! いきなり撃ってきたっス!」
フィオは車に銃弾が当たってパニックになり、蛇行運転になる。すると拡声器を使った声が後ろから聞こえてきた。
「権利の侵害、無視は重大な犯罪である! よって我々は『射殺する権利』を行使させてもらう! 君たち旅人は『生命活動を維持する権利』を失ったと理解してほしい!!」
中年の太っているであろう男の声が響き、キールが後方を睨みながら言う。
「要するに死ねってことだろうが……」
「どうするっスか?」
「逃げるしかねぇだろ」
そしてキールは運転しているフィオに速度を上げるように言う。フィオは小さく頷くと、足元のペダルを思いっきり踏みこんだ。
しかし元々がボロ車である。速度を上げても、せいぜい五〇キロ程度が限界だった。対して後ろから迫ってくる車は、それ以上の速度を出して迫ってくる。
どんどん迫ってくる追っ手に、キールが焦って言う。
「クソっ! 追いつかれるぞ!」
「この速度が限界っスよおぉ! キールとミドくんで何とかしてほしいっスうぅ!」
フィオが泣き顔で言うとキールが、
「結局こうなんのかよ! 寝てる場合じゃねぇぞミド、おい起きろ!」
「おろ~」
ミドはまだ目を回していて役に立ちそうにない。仕方なくキールは一人で対処を迫られてしまった。
キールは車の窓を開いて外に飛び出すと、車の上に乗ってしゃがんだ。自身を鬼紅線――キールの得物で、吸血鬼の血液で強化した紅い鋼線――で、ボロ車と繋いで落っことされないように固定する。
「さて、どうする……。ミドはあの状態じゃあ、期待できねぇしな……」
キールは状況を打開する策を思考する。その間も銃弾の雨が飛んでくる。キールは咄嗟に鬼紅線を両手から飛ばした。
「鬼紅線 ――武装アヤトリ術――『網』!」
キールの両手に紅い鋼線で網目状が作られる。そこに銃弾が飛んでくると、ゴムのように鋼線が後ろにビヨ~ンと伸びていく。
キールはそのまま弾き返すように両手を振って叫んだ。
「お前らの弾だ……返すぞ!」
キールが両手と腕を振り切ると、銃弾が後方に飛んでいき、道路に当たって後ろの車が少し蛇行する。すると再び拡声器で男が叫んできた。
「これは我々に対する宣戦布告と見なす!」
「お前らが先に撃ってきたんだろうが……正当防衛だってんだよ」
「もう許さん! 貴様ら旅人は生きてこの国を出られると思うな!」
男が怒気を露わにして叫び散らしていた。顔を真っ赤にして拳銃を振り回しながら叫んでいるのが遠目に見ても分かった。
するとフィオも叫ぶ。
「キール! 見えてきたっス! あの橋の向こうにあるでっかい建物っスよ!!」
「どれどれ? あ~、あそこにペトラがいるんだね~」
「ミドくん!? 起きたっスか!」
「おはよ~フィオ」
気づけばミドが気絶から復活しており、フィオの指差す方向を見て微笑んでいた。ミドに気づいたキールが車の上から窓を通って車内にするッと入り込む。そしてミドの額に人差し指を突き立てて言う。
「あ、ミドてめぇ起きたのか! お前が気絶してる間にどれだけ苦労したと思ってんだ!」
「ごめんごめんキール~、とりあえず状況を説明してもらえるかな」
キールはミドに簡単に状況を説明すると、ミドは後ろを見て黙る。すると「……うん、それがいい」と言って、ミドが唐突にフィオの胸に手を入れた。当然フィオは驚いて叫んだ。
「んああぁん! こんな時にどこ触ってるっスか! 今は発情してる場合じゃないっスよ!!!」
「違う違う、ボクが欲しいのは……こっち!」
そう言うとミドは、両手に赤いテープの巻かれた玉を持っていた。そしてニヤリと笑って言う。
「二人とも忘れてたの? こんな時こそ、コレを使う時じゃないかな?」
「そ、それは!? あーし特製の唐辛子煙幕弾!!」
フィオがすっかり忘れてたと言わんばかりに目を丸くしていた。ミドは二個ある唐辛子煙幕弾の一つをキールに渡した。キールはそれを受け取った。
ミドとキールは玉のヒモに火をつけて、窓を開けてポイっと同時に唐辛子弾を後ろに投げ捨てる。
――ボオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォオオオオン!
すると瞬く間に車の後ろが真っ赤な煙に覆われて一寸先は赤い煙幕になってしまう。後ろにいた追っ手の警察たちは、突然目の前が真っ赤に染まって驚きを隠せずにいた。
拳銃で銃撃するために窓を開けていたので、そこから赤い唐辛子煙幕が車内に入り込むと、皆目を真っ赤に充血させて涙を流しながら泣き叫んだ。塩コショウも入っていたのか咳が止まらない者もいる様子だ。
車を運転している者も目を充血させて、激しく咳をしながら蛇行運転になり、仲間の車と激突して次々と後方の車たちが事故を起こしていく。
「ぎゃっはっはーっ! やっぱりあーしの煙幕弾は最高っス!」
フィオは自分の秘密道具が決定打になったのが嬉しい場で上機嫌である。
そしてミド一行は、そのままフィオの運転で橋を渡り切り、目的地であるペトラが収監されているであろう更生施設の壁がある近くまで辿り着いた。
――そろそろ停車して降りようと思っていた時である。フィオが露骨に焦りだしたのだ。
ミドとキールの二人が嫌な予感を感じながらも、何があったのか聞く。すると、フィオは真っ青な顔をして、震えながら小さく言った。
「……ブレーキが、きかないっス」
「なっ!?」「えっ!?」
ミドとキールが同時に声を洩らした。目の前には更生施設を覆う壁が迫っていた。考えている時間はない、キールは咄嗟に叫んだ。
「飛び降りるぞ!」
キールの声で、ミドとフィオが車のドアを開けて飛び出した。
ドオオオオオオォォォォォォォォォォオオオオオオン!!!
ノンストップのボロ車は、そのまま壁に激突して大破してしまった。三人は何とか脱出して危機を回避して、フラフラ歩きながら集まる。
「いや~、間一髪とはこのことっスねぇ……」
「まったく、なんでいつもヒヤヒヤさせられんだか……」
「でも、これで一安心っスね」
「安心するのはまだ早いぞ、これからが本番だ。そうだろ、ミド?」
キールがフィオに釘を刺すように緊張を入れると、ミドが微笑んで頷く。そして言った。
「それじゃあ……ボクたちの案内人に会いに行こっか」
ミドとキールとフィオの三人は、巨大な施設を見上げていた――。
「大人しくしなさい!」
「誰か! 誰か助けて!!」
ペトラは一つしかないドアに張り付いて叫んだ。必死に開こうとするが鍵が掛かっている。手錠を付けられた両手でドアを激しく叩く。しかし、金属音が虚しく響くだけだった。
「この部屋は防音になってるんだ、だから叫んでも誰も来ないよ」
そう言うと、父はペトラの首元を舐めた。ペトラは「ヒッ……!」と身を縮こませる。
「さぁ恥ずかしがらないで、どんな声を出してもいいんだよ。誰にも聴かれないから……」
ペトラは父に押し倒されてしまう。
――これは試練なのかもしれない、ペトラはそう思っていた。
その時である、外からドアを叩く音が鳴り響いたのだ。父はしつこく鳴り響くドアのノックに苛立ちながら起きあがると、入り口に向かっていってドアから顔だけを出して応対する。
「なんだ! 私は今忙しいんだ!」
「お楽しみのところ申し訳ありません……ですが、少々問題が発生いたしまして……」
「まったく……。ペトラ、ココで大人しく待っていなさい」
施設長である父は職員に呼ばれると、しぶしぶ部屋を出て行った。
ペトラは裸で横たわったまま、自分につけられた手錠を見て、一粒の涙をこぼした――。
*
「ヒャッハー! これは快適っス!」
フィオは自動車と呼ばれるこの国の乗り物に乗ってはしゃいでいた。
この世界では旅をするのに、海を渡る船や空を飛ぶ船を利用することが多いが、車を利用することは少ない。車で移動できるほど舗装された道の方が珍しいからだ。
逆に国の中だったら馬車などの動物に牽引させる車は珍しくない。もっとも国によっては、その土地特有の大型生物に牽引させるため、馬だけでなく蜥蜴や巨大なオオカミ、あるいは中型の竜に引かせることもある。
しかし自動車と呼ばれる機械仕掛けの乗り物はフィオも初めてだった。
中の構造は飛行船の整備もできるフィオにとって、ある程度は理解可能なレベルだったのだろう。どうしても動かない車の中をいじくっていると、ドゥルルと振動して動き始めたのだ。
フィオは意気揚々と御者台に乗り込んでミドとキールに後ろに乗り込むように合図した。そしてフィオは、目の前にあるハンドルを握ってすぐに動かし始めたのだ。
言い忘れていたが、三人が乗っている自動車は完全な盗難車である。
――今から、数分前に遡ることにしよう。
ホテルから脱出した三人は、これからどうするか作戦会議を始めた。その結果、とりあえず捕まっているペトラに事情を聞きに行くことになったのだ。
場所に関してはキールが読んでいた本が置いてある本棚の中に、この国の地図も入っていたので問題ない。
しかし別の問題があった、それは距離である。現在地のホテル周辺からペトラが捕まっているであろう施設は真反対にあるため、足で走っていくにしても時間がかかりすぎる。
おそらくだがホテルの人間は、旅人が逃げたと言ってこの国の警察と呼ばれる衛兵たちに連絡しているはずだ。そう時間が掛からない内に警察たちがミドたちを捕獲しに来るだろう。つまり悠長にしてられるほど時間はない。
いくらミドとキールが身体能力に優れていると言っても速度と体力の限界はある。それにフィオが二人についてこれるほどの運動神経はないはずだ。
そんな中、フィオが一人でニヤニヤ笑っていた。気になったミドが訊ねるとフィオが振り向いて提案したのが、近くに置いてあった自動車鳴る乗り物を奪っていこうというものだった。
ミドとキールがフィオの指差す方向を見ると一台の車が停車していた。パッと見は、ほぼ廃車寸前といったところだろうか。あちこちが錆びていて、本当に動くのかどうかも怪しい状態だった。
そんな自動車をフィオは中を開けていじくると、ものの数分で動かせるようにしてしまったのだ。こういうところで、フィオは頼りになると再確認させられる。
「野郎ども! あーしの後ろに乗りやがれっス!」
フィオは完全に調子に乗っていた。ミドもキールも、今回はフィオの提案に乗ったのだ。
「本当に……大丈夫?」
「途中で爆発したりしねぇだろうな……?」
ミドとキールが不安そうにしていると、「大丈夫大丈夫! 無問題っス!」とフィオは自信たっぷりに言うのだった。
そしてフィオが勢いよく足元のペダルを踏むと、車体の振動が激しくなっていく。しかし一向に動き出す気配がない。後ろからは黒っぽい煙がモクモクと立ち始め、ミドとキールはどんどん不安な表情を浮かべる。
後ろの二人は、諦めて別の移動方法を考えたほうがいいのでは、そう思っているとフィオが言った。
「大丈夫っス! こういう時は……こうするのが一番っス!!!」
フィオは突然目の前に向かって、「ガツン!」と頭突きをしたのだ。
次の瞬間、車は勢いよく急発進して前方に飛び出した。ミドとキールは後ろに仰け反ってひっくり返りそうになる。フィオは嬉しそうに後ろを振り返ってミドとキールに言う。
「ね☆」
「『ね☆』じゃねえ! 前見ろ前!」
キールが叫ぶと前方には建物の壁が迫っていた。
「大丈夫っス! 二人とも、しっかり掴まってるっスよ!!」
それにフィオが気づくとニヤリと笑って答え、ハンドルを勢いよく回す。車はお尻を振って回り、間一髪で壁に激突するのを免れる。そのままブルルゥンと音を上げながら一直線に走りだす。
あまりの乱暴な運転にキールは身を屈め、ミドは頭を打ってたんこぶを作りながら「おろ~」と目を回していた。
三人の車が真っ直ぐ突き進んでいると、目の前には大きな橋が見えてくる。この国の中心を横切っている大河があり、それを渡るための巨大な橋である。
フィオはその橋を渡って行こうとしていた。
――その時、後方からキュイィーンという警告音を鳴らしながら白と黒のツートンカラーの車がミドたちが乗ってる車に迫ってくる。
「そこの乗用車、止まりなさい!! 君たち旅人には外に出る権利がないはずだ! 大人しく投降しなさい!!!」
車から拡声器を使ったであろう大音量の声が響いてくる。
「チッ、もう来たのか……」
「何人たりとも、あーしを止めることはできないっス!」
キールが舌打ちをして後方の車を睨むと、フィオが片手でガッツポーズをして言った。
フィオはペダルを思いっきり踏んで車の速度を上げていく。しかし、ボロ車に乗っている三人とは違い、後方の車の軍勢はどんどん近づいてくる。
すると後方から銃声が響き、ミドたちが乗っているボロ車に二~三発命中する。
「んぎゃああ! いきなり撃ってきたっス!」
フィオは車に銃弾が当たってパニックになり、蛇行運転になる。すると拡声器を使った声が後ろから聞こえてきた。
「権利の侵害、無視は重大な犯罪である! よって我々は『射殺する権利』を行使させてもらう! 君たち旅人は『生命活動を維持する権利』を失ったと理解してほしい!!」
中年の太っているであろう男の声が響き、キールが後方を睨みながら言う。
「要するに死ねってことだろうが……」
「どうするっスか?」
「逃げるしかねぇだろ」
そしてキールは運転しているフィオに速度を上げるように言う。フィオは小さく頷くと、足元のペダルを思いっきり踏みこんだ。
しかし元々がボロ車である。速度を上げても、せいぜい五〇キロ程度が限界だった。対して後ろから迫ってくる車は、それ以上の速度を出して迫ってくる。
どんどん迫ってくる追っ手に、キールが焦って言う。
「クソっ! 追いつかれるぞ!」
「この速度が限界っスよおぉ! キールとミドくんで何とかしてほしいっスうぅ!」
フィオが泣き顔で言うとキールが、
「結局こうなんのかよ! 寝てる場合じゃねぇぞミド、おい起きろ!」
「おろ~」
ミドはまだ目を回していて役に立ちそうにない。仕方なくキールは一人で対処を迫られてしまった。
キールは車の窓を開いて外に飛び出すと、車の上に乗ってしゃがんだ。自身を鬼紅線――キールの得物で、吸血鬼の血液で強化した紅い鋼線――で、ボロ車と繋いで落っことされないように固定する。
「さて、どうする……。ミドはあの状態じゃあ、期待できねぇしな……」
キールは状況を打開する策を思考する。その間も銃弾の雨が飛んでくる。キールは咄嗟に鬼紅線を両手から飛ばした。
「鬼紅線 ――武装アヤトリ術――『網』!」
キールの両手に紅い鋼線で網目状が作られる。そこに銃弾が飛んでくると、ゴムのように鋼線が後ろにビヨ~ンと伸びていく。
キールはそのまま弾き返すように両手を振って叫んだ。
「お前らの弾だ……返すぞ!」
キールが両手と腕を振り切ると、銃弾が後方に飛んでいき、道路に当たって後ろの車が少し蛇行する。すると再び拡声器で男が叫んできた。
「これは我々に対する宣戦布告と見なす!」
「お前らが先に撃ってきたんだろうが……正当防衛だってんだよ」
「もう許さん! 貴様ら旅人は生きてこの国を出られると思うな!」
男が怒気を露わにして叫び散らしていた。顔を真っ赤にして拳銃を振り回しながら叫んでいるのが遠目に見ても分かった。
するとフィオも叫ぶ。
「キール! 見えてきたっス! あの橋の向こうにあるでっかい建物っスよ!!」
「どれどれ? あ~、あそこにペトラがいるんだね~」
「ミドくん!? 起きたっスか!」
「おはよ~フィオ」
気づけばミドが気絶から復活しており、フィオの指差す方向を見て微笑んでいた。ミドに気づいたキールが車の上から窓を通って車内にするッと入り込む。そしてミドの額に人差し指を突き立てて言う。
「あ、ミドてめぇ起きたのか! お前が気絶してる間にどれだけ苦労したと思ってんだ!」
「ごめんごめんキール~、とりあえず状況を説明してもらえるかな」
キールはミドに簡単に状況を説明すると、ミドは後ろを見て黙る。すると「……うん、それがいい」と言って、ミドが唐突にフィオの胸に手を入れた。当然フィオは驚いて叫んだ。
「んああぁん! こんな時にどこ触ってるっスか! 今は発情してる場合じゃないっスよ!!!」
「違う違う、ボクが欲しいのは……こっち!」
そう言うとミドは、両手に赤いテープの巻かれた玉を持っていた。そしてニヤリと笑って言う。
「二人とも忘れてたの? こんな時こそ、コレを使う時じゃないかな?」
「そ、それは!? あーし特製の唐辛子煙幕弾!!」
フィオがすっかり忘れてたと言わんばかりに目を丸くしていた。ミドは二個ある唐辛子煙幕弾の一つをキールに渡した。キールはそれを受け取った。
ミドとキールは玉のヒモに火をつけて、窓を開けてポイっと同時に唐辛子弾を後ろに投げ捨てる。
――ボオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォオオオオン!
すると瞬く間に車の後ろが真っ赤な煙に覆われて一寸先は赤い煙幕になってしまう。後ろにいた追っ手の警察たちは、突然目の前が真っ赤に染まって驚きを隠せずにいた。
拳銃で銃撃するために窓を開けていたので、そこから赤い唐辛子煙幕が車内に入り込むと、皆目を真っ赤に充血させて涙を流しながら泣き叫んだ。塩コショウも入っていたのか咳が止まらない者もいる様子だ。
車を運転している者も目を充血させて、激しく咳をしながら蛇行運転になり、仲間の車と激突して次々と後方の車たちが事故を起こしていく。
「ぎゃっはっはーっ! やっぱりあーしの煙幕弾は最高っス!」
フィオは自分の秘密道具が決定打になったのが嬉しい場で上機嫌である。
そしてミド一行は、そのままフィオの運転で橋を渡り切り、目的地であるペトラが収監されているであろう更生施設の壁がある近くまで辿り着いた。
――そろそろ停車して降りようと思っていた時である。フィオが露骨に焦りだしたのだ。
ミドとキールの二人が嫌な予感を感じながらも、何があったのか聞く。すると、フィオは真っ青な顔をして、震えながら小さく言った。
「……ブレーキが、きかないっス」
「なっ!?」「えっ!?」
ミドとキールが同時に声を洩らした。目の前には更生施設を覆う壁が迫っていた。考えている時間はない、キールは咄嗟に叫んだ。
「飛び降りるぞ!」
キールの声で、ミドとフィオが車のドアを開けて飛び出した。
ドオオオオオオォォォォォォォォォォオオオオオオン!!!
ノンストップのボロ車は、そのまま壁に激突して大破してしまった。三人は何とか脱出して危機を回避して、フラフラ歩きながら集まる。
「いや~、間一髪とはこのことっスねぇ……」
「まったく、なんでいつもヒヤヒヤさせられんだか……」
「でも、これで一安心っスね」
「安心するのはまだ早いぞ、これからが本番だ。そうだろ、ミド?」
キールがフィオに釘を刺すように緊張を入れると、ミドが微笑んで頷く。そして言った。
「それじゃあ……ボクたちの案内人に会いに行こっか」
ミドとキールとフィオの三人は、巨大な施設を見上げていた――。
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