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オトナの権利の国

行きは、よいよい……帰りは――

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「何!? 旅人がコチラに向かっているだと!」

 施設長室の中、施設長であるペトラの父は若い職員の男を怒鳴っていた。エリート風の若い職員の男は真面目な顔で言う。

「はい、先ほど隔離していたホテルから旅人が逃走したとのニュースがありました」
「それでなぜ、この施設に来ると分かる?」
「ニュース映像を見たかぎり、ホテルの位置と逃げた方向から施設を目指していると考えられます。それに今この施設には、旅人の案内人という形で関係をもっていたペトラお嬢様がいますから、その可能性が高いかと……」

 若い職員の男は、なるべく施設長を刺激しないように冷静な口調で説明した。

 施設長は室内に置かれたテレビをつけるとニュース映像が流れた。キャスターがカメラに向かって淡々と話している映像だった。すべてのチャンネルが臨時ニュースで一色になっていた。

 ニュースの内容は旅人がホテルから逃走を図ったという内容だ。現場のホテルは白い煙が上がっており、ホテルの宿泊客たちが外で騒いでいた。

 現場のキャスターがホテルの状況をカメラに向かって説明している。すると、一般人のおばさんが周りの人を突き飛ばし、叫び散らしながら現場の警察に掴みかかっている。旅人が逃走に使った車は、そのおばさんのものだったらしい。

 黙ってニュース映像を見ていた施設長が口を開いた。

「なるほどな、確かにお前の言う通りの様だ。旅人の目的は、おおよそ見当がつく……旅人を一歩もペトラの部屋に近づけるなと職員全員に伝えろ。不法侵入者は見つけ次第、射殺して構わん」
「分かりました」

 エリート風の職員の男は返事をしてその場を去っていった。

 当然だが、施設の中に入るためにはそれなりの手続きが必要になる。敷地内に不法侵入した者は殺されても文句は言えない。

 この国では警察だけが武器を所持するわけではなく、一般市民も自衛のために拳銃やナイフを所持することが許されている。

 ただし、どこでも武器を使用して良いわけではない。あくまで敷地内であれば、自衛や正当防衛という形になりやすいという訳だ。敷地の外での武器の使用は違法である。

 つまり、施設の敷地範囲内であれば、不法侵入者は殺しても罪には問われない可能性が高いのだ。

 施設長室に一人になった施設長は、自身の親指の爪を噛んで言った。

「んぎぎぎ……ペトラは私のものだァ……、けがらわしい旅人ドブネズミが私の可愛いペトラに触ったら、悪い菌がついてしまうじゃないか。権利を持たない無法者は処分しなくては……」

 そして、施設長は机の引き出しから拳銃を一丁取り出して嗤った。

                   *

 ――施設の正面玄関、施設の職員と思われる男が二人が玄関の左右に立っていた。

 彼らは警備員と言う門番のような役割を果たしている。後ろで手を組んで真顔で立っている。

 玄関は二重の門になっており、一つ目の門が開いた瞬間に中の収容者が逃走できないようになっている。護送車が中に入ると門が閉じて、今度は二つ目の門が開く仕組みだ。

 警備員は立ち疲れているのか、あくびをしていた。
 すると、一台の小さな白いバスがやってきた。運転席と助手席以外は、後ろにのみ出入り口がある車だ。それは更生施設に収容する者を運んでくる護送車だった。

 警備員が護送車を見てつぶやく。

「おかしいな……今日は収容の予定はなかったはずだぞ?」

 警備員の男が訝しげに護送車を睨む。

 護送車が警備員の前で止まると、ゆっくりと運転席の窓が開く。そこには見慣れた顔があった。運転手は警備員に言った。

「収容者を連れてきた。門を開けてくれないか」
「ちょっと待て、今日は収容の予定はないはずだぞ?」
「何だニュース見てないのか?」
「ニュース?」

 警備員の男は眉間を寄せていた。すると運転手の男が答える。

「三人組の旅人が逃走したんだよ」
「それは知っている。だが、それと収容に何の関係がある?」
「今回の収容は急遽決まった特例でな。旅人たちを出国する日まで更生施設で隔離することになったんだ」
「聞いてないぞ、権利はあるのか?」
「たかが運転手のオレに、お上の決定を拒否する権利があると思うか? ホテル側じゃ対処できないってんで、更生施設こっちにお鉢が回ってきたんだよ」
「しかし、それなら刑務所に入れるべきだろ? 施設は、あくまで更生を目的とした施設だぞ」

 警備員は食い下がった。すると運転手はため息をついて言う。

「そこなんだよ、問題は……」
「問題?」
「我が国の警察様は優秀だぜ、あっという間に不法な旅人共を捕まえてくれたんだ。それで即刑務所行きのつもりだったようだが……残念、旅人連中は『大人の権利を持ってない』ときたもんだ。この国じゃあ大人じゃないヤツは更生施設行きだからな……」

 運転手の男は言った。警備員は顎に手を当てて考えるように話を聞いている。

「聞こえないか? 運転中も騒いて、うるせぇったらありゃしねぇ」

 警備員がバスに意識を向けた。

「あーしは無実っスううううう! 出して欲しいっスうううう!」
「んんッ!! ん~~!!!」
「暗いよ、狭いよ、恐いよおおおおおおおおおお~!」

 後ろから旅人と思われる三人の悲痛な叫びが聞こえてきた。すると警備員の男は渋々言った。

「……分かった。おい! 門を開けろ!」

 警備員はまだ納得できないと言った様子だったが、反論できない以上、収容者の護送車を受け入れるしかなった。

「ありがとよ」

 運転手はそう言うと、窓を閉めてゆっくりと施設の中に護送車で入っていった。警備員は、それを後ろから眺めながら帽子とネクタイを軽く直すと、再び警備の仕事に戻った。



 ――護送車が施設の駐車場に停車する。すると、運転手の男が護送車を降りて、後ろのドアを開けると、グルグル巻きの三人に向かって言った。

「もう大丈夫だ」

 そう言って運転手の男が顔を手をかけると、みるみるうちに顔の表面が剥がれていき、ミチミチッといった音を立てて顔面マスク頭皮カツラが取れた。

 すると金髪のくせ毛の少年が現れたのだ。金髪の少年は喉に人差し指と中指を押し当てて「ん、んん!」と声を出している。するとその声は先ほどの男の声から一変して、別人の声に変わってしまった。

「待ってろ、今から縄解いてやるから」

 そして少年は一人目の縄を解く。すると解かれた緑髪の少年、ミドは言う。

「作戦成功だね~」
「ああ」

 金髪の少年、キールが短く答える。すると隣の少女も必死に懇願してきた。

「早く、あーしの縄も解いてほしいっス!」
「わかったから、ちょっと待ってろ」

 キールは縛られている少女、フィオの縄を解いてあげた。フィオは立ち上がると「ん~っ!」と全身で伸びをしている。ミドは肩の埃を掃いながら言った。

「それにしても、キールの変装はいつ見てもスゴイね~。もはや芸術の域だね~」
「そりゃどうも……で、コイツはどうする?」

 キールはミドの誉め言葉を軽く流すと、最後の一人に目をやってミドに問いかける。

「んーッ! んーッ!! んんーッ!!! 」

 最後の一人は涙を流して必死に呻いていた。ミドでもフィオでもない最後の一人、それはキールが変装していた本物の運転手であった。

「悪かったな。別にアンタに危害を加えるつもりはない、ただこの車をちょっと借りたかっただけだったんだ」
「んーッ! んーッ!! んんーッ!!! 」

 運転手はキールの声が聞こえていない様子でさらに呻いて騒ぐ。するとミドは言う。

「このまま解放して人を呼ばれたらボクらにとって都合が悪い、でも放っておくのも可哀想だね。というわけで……ちょっと眠ってもらおうかな」
「眠ってもらうって……まさか口封じに殺すっスか!?」

 フィオがミドの『眠ってもらう』という言葉に反応して物騒な言い回しをすると、運転手の男はさらに暴れ出した。

「んーッ! んーッ!! んんーッ!!! んッ! んッ! んんーッ!!!」

 するとミドが言う。

「人聞きの悪いこと言わないでよ~。ボクがそんなことするように見える?」
「ミドくんは世間じゃ『死神』って呼ばれてるっス!」
「それを言っちゃあ、おしまいだよ~」

 するとキールが会話に入ってくると同時に、ミドにスプレー缶を渡した。

「ふざけてねぇで、ほら! 睡眠スプレーだ」
「ありがとう~キール。効き目はどれくらい?」
「大体……一~二時間くらいだ」
「それだけあれば十分だね~」

 ミドはスプレー缶の先を縛られた男の首元に向けて言った。

「すいませんね~。ちょ~っとだけ、眠っていてもらいますよっと――」

 ミドは縛られた男に向けて睡眠スプレーを吹きかける。すると男は最初は暴れ回っていたが、徐々に意識を失っていった。

 ――運転手の男が眠ったのを確認すると、そのまま車の中に置いて三人は車の外に出る。

 現在の場所は施設の駐車場である。そこから上に登っていき、ペトラが収容されている場所を探す予定である。

 駐車場はポツポツと壁に明かりがついているが、全体的に暗くてよく見えなかった。

 周囲を良く見渡すと、緑色の『非常階段』と書かれたところがあり、ミドがそれを指さしてキールとフィオに「あそこから行こう」と言った。

 列の順は先頭がミド、後尾の警戒はキール、その間にフィオが挟まれるといった隊列で、これがいつもの順番である。

 先頭は壁となって戦える者、中央には一番弱くて守らなくてはいけない者。そして最も危険で重要な最後尾は追っ手にすぐに気づいて対応できる者を配置している。

 ミドが非常階段の扉を開けるとすぐに目の前に階段があり、上に向かう階段が目に入り、三人は階段を昇っていった。

 ペトラの場所を知るためには、最近で施設に来た収容者のリストや収容番号のような情報が必要だと考えた。やみくもに収容者の部屋を調べるには、あまりにもこの施設の収容者の数は多すぎると判断する。

 まず最初に考えたことは、施設職員に変装することだった。今のままの姿でも問題ないかもしれないが、仮に見つかった場合に職員を全員倒していかなくてはいけなくなる。それでは時間が掛かるし、侵入者である自分たちの存在が早々にバレてしまう可能背が上がるだけである。

 倒した職員を隠す場所を探したり、運んだりするのも手間だ。無駄な労力を使わないためには職員に変装して、もし見つかってもキールが声を変えて上手くやってくれる方にかける方が建設的だった。

 そして三人は更衣室を探して職員の制服を盗もうということになった。しかし、そう簡単に見つからないと思っていた矢先だった。

 ミドが突然、鼻をピクピクさせて「大丈夫、更衣室は……あっちだ!」と言って歩き出した。キールとフィオが驚いてついて行くと、そこにあったのは女子更衣室だった。

 それを見たキールとフィオが「なるほどな……」と妙に納得してしまうのだった。女子更衣室があるということは、隣か、あるいはすぐ近くに男子更衣室もあるだろうと予測できる。目印はなかったが、すぐ向かいに男子更衣室があった。

 三人は更衣室の中に誰も入っていないことを確認する。

 そしてフィオが女子更衣室に入っていき、当然のようにミドが入ろうとして、キールに首根っこを掴まれながら向かいの男子更衣室に入る。

 こうして三人は、施設職員の制服を手に入れたのである。三人は施設職員の制服に変装して施設の中を堂々と歩いて行く。

 さらに、途中で職員室らしき部屋を発見し、中に侵入して収容者リストを入手する。リストにはペトラの名前も記されており、収容されている部屋番号と場所が書かれていた。トントン拍子で作戦が成功し、欲しい情報まで入手できてしまったのだ。

 不思議なことに、施設の廊下や部屋では誰一人として職員と出くわさなかったのだ。様々なトラブルを想定していたキールは、あまりに物事が上手くいき過ぎてることに逆に不気味な違和感を感じていた。
 ただ一人、フィオだけが「今のあーし等には運が向いてるっス!」と楽観的な様子だった。

 そうこうしている間にも、ミドの鼻は度々反応しては収容者の部屋を言い当てた。ただし、女性収容者の部屋しか言い当てなかった。
 ミドが「なんか、向こうから栗の花の匂いみたいな嫌な臭いがする……気持ち悪い」というとその先には必ず男性収容者の部屋があった。

 キールとフィオが呆れていると、ミドがさっきまでと違う明らかな反応を示す。そこには先ほどまでの、いやらしいスケベ顔はなかった。どうやらペトラが付けていた香水か何かの香りを認識したらしかった。ミドが走って奥まで行く。

 そして、ミド一行はペトラがいるであろう更生施設の奥の部屋に辿り着いたのだった。

 ミドが「キール、お願い」と言って、キールは黙って目の前のドアの鍵穴に針金を通して集中し始めた。すると数分で『ガチャ』という音が聞こえてきた。

 ミドが入ろうとすると、 フィオが「あーしが先に確認するっス」と言ってドアを開けた。

 そっと、フィオが中を覗く。部屋の中は真っ暗で良く見えず、フィオは上から下に目線を下げた。するとその先には横たわる人影があった。その人影はピクリとも動かず、まるで息をしていないか様な状態である。フィオの背筋が凍った。

 フィオはミドの持っているランタンを借りる。そっと部屋の中に入れて、恐る恐るその人影を確認する。フィオはそれを見て愕然とした。




























 ――そこには、体中アザだらけの……裸のペトラが倒れていた。
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