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竜がいた国『パプリカ王国編』
ない、ない……!? やっぱりない!!??
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「……よし、誰もいないな」
――まだ霧が深い時間帯。マルコは一人、パプリカ城に帰ってきていた。
パプリカ城は広大な湖の上に浮かぶように建っているお城で、入り口に向かうためには大きな橋を渡っていかなければならない。
城下町から橋を渡ってパプリカ城の入口までくると、門番の二人が退屈そうに立っている。
「ああ~めんどくせぇ」
マルコが橋を渡って城の入口付近まで近づくと、門番二人の話声が聞こえてくる。
「聞いてくれよ。さっき、縁起悪いもん見ちまってよォ」
「なんだよ?」
「アレだよ……“ドラゴキ”」
マルコは“ドラゴキ”というのが自分のことを差しているのを知っていた。そのため気になって聞き耳を立ててしまう。
「マジかよ、朝から最悪だな」
「また一人でどっか行ってたんだろうな。一体何してんだ?」
「知らねぇよ、知りたくもねぇ」
「あの竜の鱗みてぇな火傷を見ただけで気持ち悪くて寒気がするんだよなぁ」
「つーかアイツが存在するだけで王国の迷惑になってるんだよ。そう思わねぇか?」
「まったくだ。実際アイツの存在自体いらなくね? カタリナ様とシュナイゼル様がいれば、王国は安泰だし」
「いっそ潔く自殺でもしてくれりゃあいいのにな。でなきゃ誰か殺し屋にでも依頼してくんねぇかな」
「んじゃあ、伝説の殺し屋の『緑髪の死神』にでも依頼するか? あのドラゴキの首チョン切って、から揚げにでもしてくれってよ」
「うわ、緑髪の死神とか久しぶりに聞いたわ、まだ捕まってないんだっけか。つーかお前、死神に依頼する方法知ってんのかよ?」
「知らねぇ」
「知らねぇのかよ~!」
「大丈夫だって、いつか必ず依頼して見せるから期待してろよ。王国中に『第三王子、殺害?!』って号外がでるからよォ!」
「ブハハッ! そんときゃあ、お前のこと“英雄”って呼んでやるよ」
マルコはそれを黙って聞いていると、門番の二人は会話に花を咲かせて盛り上がっていた。
門番の二人が言っていた『ドラゴキ』というのはドラゴンゴキブリという差別的な意味である。マルコが竜の血を引いていること、逃げ足だけは速いことから、そう呼ばれている。
マルコは周りから煙たがられていることは知っていた。王国の兵士たちはもちろん、国民からも良くは思われていない。
実際、『パプリカ王国の第三王子を見ると呪われる』といった根も葉もない噂が立っているのも事実だ。黒猫に横切られると不吉、といったものと似た扱いである。
そのためマルコは、誰にも出くわさない時間帯だけ外に出ることが多い。昼間の人の多い時間帯は避けるようになった。
「………………」
マルコは門番二人の会話を聞きながら、口元にぎゅっと力が入る。そして門番に気づかれないように、その場を去っていった。
マルコは誰にも言わずに黙って出てきたため、門番に見つかると厄介だと理解している。そのためマルコは隠し通路を通ることにしている。
それは、お城の橋の下にある水路で、今は使われていないが元は王族の逃げ道として使われていたものである。人が通れるほどの大きさで、その中を通って城の中に入っていくのだ。
そして、いつもの隠し通路を通って城の中に入っていく。水路の天井の鉄格子をゆっくり上にあげて、マルコが頭を出す。すると突然、頭上に人影が現れる。
「――ッ?!」
マルコは驚いてそれを見上げた。すると目の前に、高貴なドレスに身を包んだ長身の女性が立っていた。
「どこに行っていたのですか? マルコ」
「あ……カタリナ姉さん……」
そこに立っていたのは、現在のパプリカ王国の女王であり、マルコの姉のカタリナ・パウロ・パプリカが仁王立ちしていた。
マルコには、一人の姉と二人の兄がいる。
長女カタリナ、28歳。長男シュナイゼル、26歳。次男ボクシー、21歳。そして末っ子のマルコ、10歳である。
長女カタリナや長男シュナイゼル、次男ボクシーは、パプリカ王国の国王と前妻の子であり、マルコは後妻の子だ。つまり腹違いということになる。
カタリナという女性はパプリカ王国の女王であり、二人の兄も同様に腹違いの兄弟で、兄たちとマルコは10歳以上も歳の差がある。
女王カタリナはマルコを上から見下ろしながら、冷たい声で静かに言う。
「城の外に出てはいけないと言ったはずですよ」
「すみません、姉さん……」
「あなたは自分の立場が分かっていないのですか?」
「………………」
「この王国にとって『竜の血を引いている』ということがどういう意味か、よく考えなさい」
「はい、分かりました……」
マルコは肩を落とす。女王カタリナはマルコを睥睨すると踵を返して去っていった。マルコは俯いたまま、自室へ向かって歩いて行く。
女王カタリナが言った『竜の血を引いている』ということの意味、言われなくても分かっている。
マルコは10歳になる今日まで、嫌というほどその事実に悩まされ続けてきた。
大人たちは、みんなマルコを気味の悪いものとして認識している。食用の竜もいるため、すべての竜に嫌悪感を抱いているというわけではないだろう。しかしそれとは別の問題なのだ。
幼い頃、カタリナから『マルコの母上は病気で亡くなったのです』と言われてきたが、成長するにつれてマルコが自分の母親が竜族だったことを知っていくのは無理もないことだった。
マルコは王国を襲った邪竜の遺伝子を受け継いでおり、その血が流れている。
いずれマルコが親の恨みを晴らそうとして竜に変化し、王国に甚大な被害を及ぼす可能性があることも否定できないのだ。事実そう考える国民はとても多い。
マルコの左頬の火傷も、竜に対する国民感情が関係している。
マルコは幼少期に同年代の子たちから、顔に硫酸をかけられたことがあるのだ。
顔にかけられた時、口の中にちょっと入った時に酸っぱかったため、酸性の液体であることが瞬間的に分かった。それが分かった後に、段々熱くなってきて、激しい痛みを感じた。その部位が激しく脈打ち、竜の鱗のような形状に変わっていった。
かけられた時に反射的に目をつぶって、そこがやけどの状態になったので目も開けられなかった。
硫酸をかけてきた子たちは『悪い竜を懲らしめようと思った』と言って、お咎めなしだった。むしろマルコの方が悪いと言われたくらいだ。
女王カタリナはその時、マルコを激しく叱責した。人と関わっていけないときつく言われた。
その時の傷跡が、顔左半分の火傷のような跡である。マルコはその傷を隠すように髪を伸ばし始めた。マルコの存在は、王国にとって唯一の汚点のような扱いだった。
姉のカタリナは、とても厳しくてマルコは苦手意識を持っていたため、他の二人の兄と遊ぼうと考える。しかし年が離れているせいかあまり構ってもらえず、マルコはいつも一人で遊んでいることが多かった。
*
「ハッ! フゥッ! ハッ! フゥッ! ハッ! フゥッ! ハッ! フゥッ!」
マルコが自室に戻って行く途中、城の中庭から声が聞こえてきた。顔半分を出して中庭を覗く。
城の中庭で、長男のシュナイゼルが剣の鍛錬をしている。彼は毎朝ここで木剣の素振りをするのが日課である。上半身を露わにし、全身から汗をかいてオーラのような湯気を立ち上らせている。
シュナイゼルの剣の腕は王国の中でも最上位クラスであり、かなりの実力の持ち主だ。女王カタリナがいなければ、最強の名をほしいままにしていただろう。
さらに頭もよく、読書が彼の趣味の一つで、王国の本はほぼすべて読破している。日々学ぶことと鍛錬を怠らない努力家でもあった。まさに文武両道である。
マルコが中庭に入ってシュナイゼルに挨拶をする。
「おはようございます、シュナイゼル兄さん」
「マルコか、おはよう」
「今日も鍛錬ですか?」
「ああ、日々の積み重ねが大事だからな。『継続は力なり』だ」
マルコは優しくて強いシュナイゼルに憧れており、自分もそうなりたいと願っていた。だが残念なことに、マルコには剣の才能がまったくと言っていいほど皆無だった。
以前、剣の稽古をつけて欲しいとねだったことがあったのだが、いつしかマルコは、逃げるように剣の稽古をやめてしまった。
続けることを重要視しているシュナイゼルでさえ、マルコがまったく上達していないことに戸惑いを感じていた。もちろんマルコが努力を怠っていたわけではない。毎朝、時間通りに中庭に来て、剣を習いたいといったほかの子どもたちと一緒に剣の稽古をしていた。
ある日、マルコは城下町でいじめにあっている子を助けようとした時、いじめっ子たちに完膚なきまでに負けてしまったことがある。
体中青い痣だらけで、服はすべて剥ぎ取られ、両手で局部を隠しながら逃げ帰ってきたことがあった。
マルコの片手には、いつも大事そうに持っていた木剣が折られてひどい有様だった。マルコは逃げも隠れもしなかった結果、完全敗北を喫したのだ。
シュナイゼルもマルコに剣の才能が無いことを薄々気づいており、マルコが剣の稽古から逃げることを責めなかった。「マルコには別の才能があるかもしれない。諦めずに才能を探し続けよう」そういって、シュナイゼルはマルコを慰めてくれた。
「ボクは部屋に戻ります。失礼します」
「ああ」
マルコが中庭を出ると、再びシュナイゼルの鍛錬する声が響いてくる。
――マルコは城の自室に戻ってきていた。
マルコが自室に入ると、部屋は朝日の光が外から差し込んでおり、薄っすら明るくなっていた。
「……はぁ」
マルコがため息をついて部屋の中央まで歩いて行くと、何者かが背後から近づいてくる。
ガバッッッッ!!!
「――ッ!?」
その人物はマルコの背後から両手を伸ばしてマルコに抱きついて言った。
「おっはよ~マルコ!」
「わあっ! ……なんだ、ミルルか」
マルコに抱きついてきた人物は、唯一マルコに親しく接してくれているメイドのミルルという女性だった。
ミルルはマルコの素っ気ない態度に頬を膨らませて言った。
「なんだとは何よ~。せっかく起こしに来てあげたのに~」
「もうとっくに起きてるよ」
「どうした~? 元気ないね」
「別に……なんでもないよ」
「元気出しなよ~。そんなんじゃ女の子にモテないぞ~」
「いいよ、別にモテなくなって……」
「そんなんじゃ一生童貞のままだよ~」
「な、なに言ってんだよ/// いきなり!」
10歳の少年にセクハラをするメイド、完全に犯罪的である。しかし、ミルルはマルコへのセクハラという名の追撃を緩めなかった。
「も~しょうがないなぁ~。それじゃあ、このミルルさんが一肌脱ぎますか!」
そう言うとミルルは、おもむろに服のボタンを外し始めた。マルコが慌ててそれを止めて言う。
「ちょ、ちょっと! 何してるんだよ!」
「可愛いマルコの為だもの……私が“男”にしてあげる……」
「や、やめてよ/// ミルル///」
「もぅ~、可愛い反応しちゃってぇ~」
ミルルがマルコを後ろから抱き締めて、豊満な胸を押し当ててくる。マルコは顔を真っ赤にしてミルルを引き離そうとする。
「……あ、いっけない!」
その時、ミルルが何かを思い出して大人しくなる。マルコがミルルの顔を見るとミルルは言った。
「今日の当番、あたしだったの忘れてた! ごめんねマルコ、あたし仕事があるから。待たね~」
そういうとミルルはマルコに手を振りながらピュ~と部屋を出て行った。マルコは一人取り残されて少し寂しそうにする。
そしてマルコは、心臓がバクバク脈打っているのを抑えようと深呼吸を繰り返した。
「まったく、ミルルったら……」
そして、自分の身体が反応してしまったことが恥ずかしくなった。
少しの間深呼吸をして落ち着いたマルコは、着替えようとして服を脱ごうとした。その時、違和感を感じる。
「あれ……?」
マルコは自分の手首を見ていつもの感触がないことに気づく。すると急に焦りだして体中を探り出す。上着を脱いで、下着まで脱ぎ捨てて探すが見つからない。
「ない、ない……! やっぱりない!!」
状況を理解した裸のマルコが静か言う。
「王家のブレスレットが……ない!?」
マルコが探しているブレスレットは王家の人間が付けることを義務付けられている特注のものである。女王カタリナから譲り受けた大切なもので、絶対に失くしてはいけないものだった。
王家のブレスレットをつけているから忌み嫌われていても、かろうじて王子として認めてもらえているのに、それを失くしたとなっては流石にヤバい。
「どうしよう……どこかで落としたんだ! 一体どこで??」
マルコは自室に来るまでの記憶を思い出した。
早朝、ベッドから起きて着替えてから部屋を出る時は着けていたのは間違いなかった。間違いなくブレスレットを腕に付けたをの覚えている。
城を抜け出して時計塔に言った時もつけていた。風に当たりながら腕に触った時に、ブレスレットの感触があったのを覚えている。
そして城に戻った時には無くなっていた。
――いや、違う。城に戻る前にいつもと違う出来事が起こったのだ。マルコが言葉を洩らす。
「――もしかして……!」
その時マルコの頭の中に、今朝出会った三人の旅人が浮かんだ――。
――まだ霧が深い時間帯。マルコは一人、パプリカ城に帰ってきていた。
パプリカ城は広大な湖の上に浮かぶように建っているお城で、入り口に向かうためには大きな橋を渡っていかなければならない。
城下町から橋を渡ってパプリカ城の入口までくると、門番の二人が退屈そうに立っている。
「ああ~めんどくせぇ」
マルコが橋を渡って城の入口付近まで近づくと、門番二人の話声が聞こえてくる。
「聞いてくれよ。さっき、縁起悪いもん見ちまってよォ」
「なんだよ?」
「アレだよ……“ドラゴキ”」
マルコは“ドラゴキ”というのが自分のことを差しているのを知っていた。そのため気になって聞き耳を立ててしまう。
「マジかよ、朝から最悪だな」
「また一人でどっか行ってたんだろうな。一体何してんだ?」
「知らねぇよ、知りたくもねぇ」
「あの竜の鱗みてぇな火傷を見ただけで気持ち悪くて寒気がするんだよなぁ」
「つーかアイツが存在するだけで王国の迷惑になってるんだよ。そう思わねぇか?」
「まったくだ。実際アイツの存在自体いらなくね? カタリナ様とシュナイゼル様がいれば、王国は安泰だし」
「いっそ潔く自殺でもしてくれりゃあいいのにな。でなきゃ誰か殺し屋にでも依頼してくんねぇかな」
「んじゃあ、伝説の殺し屋の『緑髪の死神』にでも依頼するか? あのドラゴキの首チョン切って、から揚げにでもしてくれってよ」
「うわ、緑髪の死神とか久しぶりに聞いたわ、まだ捕まってないんだっけか。つーかお前、死神に依頼する方法知ってんのかよ?」
「知らねぇ」
「知らねぇのかよ~!」
「大丈夫だって、いつか必ず依頼して見せるから期待してろよ。王国中に『第三王子、殺害?!』って号外がでるからよォ!」
「ブハハッ! そんときゃあ、お前のこと“英雄”って呼んでやるよ」
マルコはそれを黙って聞いていると、門番の二人は会話に花を咲かせて盛り上がっていた。
門番の二人が言っていた『ドラゴキ』というのはドラゴンゴキブリという差別的な意味である。マルコが竜の血を引いていること、逃げ足だけは速いことから、そう呼ばれている。
マルコは周りから煙たがられていることは知っていた。王国の兵士たちはもちろん、国民からも良くは思われていない。
実際、『パプリカ王国の第三王子を見ると呪われる』といった根も葉もない噂が立っているのも事実だ。黒猫に横切られると不吉、といったものと似た扱いである。
そのためマルコは、誰にも出くわさない時間帯だけ外に出ることが多い。昼間の人の多い時間帯は避けるようになった。
「………………」
マルコは門番二人の会話を聞きながら、口元にぎゅっと力が入る。そして門番に気づかれないように、その場を去っていった。
マルコは誰にも言わずに黙って出てきたため、門番に見つかると厄介だと理解している。そのためマルコは隠し通路を通ることにしている。
それは、お城の橋の下にある水路で、今は使われていないが元は王族の逃げ道として使われていたものである。人が通れるほどの大きさで、その中を通って城の中に入っていくのだ。
そして、いつもの隠し通路を通って城の中に入っていく。水路の天井の鉄格子をゆっくり上にあげて、マルコが頭を出す。すると突然、頭上に人影が現れる。
「――ッ?!」
マルコは驚いてそれを見上げた。すると目の前に、高貴なドレスに身を包んだ長身の女性が立っていた。
「どこに行っていたのですか? マルコ」
「あ……カタリナ姉さん……」
そこに立っていたのは、現在のパプリカ王国の女王であり、マルコの姉のカタリナ・パウロ・パプリカが仁王立ちしていた。
マルコには、一人の姉と二人の兄がいる。
長女カタリナ、28歳。長男シュナイゼル、26歳。次男ボクシー、21歳。そして末っ子のマルコ、10歳である。
長女カタリナや長男シュナイゼル、次男ボクシーは、パプリカ王国の国王と前妻の子であり、マルコは後妻の子だ。つまり腹違いということになる。
カタリナという女性はパプリカ王国の女王であり、二人の兄も同様に腹違いの兄弟で、兄たちとマルコは10歳以上も歳の差がある。
女王カタリナはマルコを上から見下ろしながら、冷たい声で静かに言う。
「城の外に出てはいけないと言ったはずですよ」
「すみません、姉さん……」
「あなたは自分の立場が分かっていないのですか?」
「………………」
「この王国にとって『竜の血を引いている』ということがどういう意味か、よく考えなさい」
「はい、分かりました……」
マルコは肩を落とす。女王カタリナはマルコを睥睨すると踵を返して去っていった。マルコは俯いたまま、自室へ向かって歩いて行く。
女王カタリナが言った『竜の血を引いている』ということの意味、言われなくても分かっている。
マルコは10歳になる今日まで、嫌というほどその事実に悩まされ続けてきた。
大人たちは、みんなマルコを気味の悪いものとして認識している。食用の竜もいるため、すべての竜に嫌悪感を抱いているというわけではないだろう。しかしそれとは別の問題なのだ。
幼い頃、カタリナから『マルコの母上は病気で亡くなったのです』と言われてきたが、成長するにつれてマルコが自分の母親が竜族だったことを知っていくのは無理もないことだった。
マルコは王国を襲った邪竜の遺伝子を受け継いでおり、その血が流れている。
いずれマルコが親の恨みを晴らそうとして竜に変化し、王国に甚大な被害を及ぼす可能性があることも否定できないのだ。事実そう考える国民はとても多い。
マルコの左頬の火傷も、竜に対する国民感情が関係している。
マルコは幼少期に同年代の子たちから、顔に硫酸をかけられたことがあるのだ。
顔にかけられた時、口の中にちょっと入った時に酸っぱかったため、酸性の液体であることが瞬間的に分かった。それが分かった後に、段々熱くなってきて、激しい痛みを感じた。その部位が激しく脈打ち、竜の鱗のような形状に変わっていった。
かけられた時に反射的に目をつぶって、そこがやけどの状態になったので目も開けられなかった。
硫酸をかけてきた子たちは『悪い竜を懲らしめようと思った』と言って、お咎めなしだった。むしろマルコの方が悪いと言われたくらいだ。
女王カタリナはその時、マルコを激しく叱責した。人と関わっていけないときつく言われた。
その時の傷跡が、顔左半分の火傷のような跡である。マルコはその傷を隠すように髪を伸ばし始めた。マルコの存在は、王国にとって唯一の汚点のような扱いだった。
姉のカタリナは、とても厳しくてマルコは苦手意識を持っていたため、他の二人の兄と遊ぼうと考える。しかし年が離れているせいかあまり構ってもらえず、マルコはいつも一人で遊んでいることが多かった。
*
「ハッ! フゥッ! ハッ! フゥッ! ハッ! フゥッ! ハッ! フゥッ!」
マルコが自室に戻って行く途中、城の中庭から声が聞こえてきた。顔半分を出して中庭を覗く。
城の中庭で、長男のシュナイゼルが剣の鍛錬をしている。彼は毎朝ここで木剣の素振りをするのが日課である。上半身を露わにし、全身から汗をかいてオーラのような湯気を立ち上らせている。
シュナイゼルの剣の腕は王国の中でも最上位クラスであり、かなりの実力の持ち主だ。女王カタリナがいなければ、最強の名をほしいままにしていただろう。
さらに頭もよく、読書が彼の趣味の一つで、王国の本はほぼすべて読破している。日々学ぶことと鍛錬を怠らない努力家でもあった。まさに文武両道である。
マルコが中庭に入ってシュナイゼルに挨拶をする。
「おはようございます、シュナイゼル兄さん」
「マルコか、おはよう」
「今日も鍛錬ですか?」
「ああ、日々の積み重ねが大事だからな。『継続は力なり』だ」
マルコは優しくて強いシュナイゼルに憧れており、自分もそうなりたいと願っていた。だが残念なことに、マルコには剣の才能がまったくと言っていいほど皆無だった。
以前、剣の稽古をつけて欲しいとねだったことがあったのだが、いつしかマルコは、逃げるように剣の稽古をやめてしまった。
続けることを重要視しているシュナイゼルでさえ、マルコがまったく上達していないことに戸惑いを感じていた。もちろんマルコが努力を怠っていたわけではない。毎朝、時間通りに中庭に来て、剣を習いたいといったほかの子どもたちと一緒に剣の稽古をしていた。
ある日、マルコは城下町でいじめにあっている子を助けようとした時、いじめっ子たちに完膚なきまでに負けてしまったことがある。
体中青い痣だらけで、服はすべて剥ぎ取られ、両手で局部を隠しながら逃げ帰ってきたことがあった。
マルコの片手には、いつも大事そうに持っていた木剣が折られてひどい有様だった。マルコは逃げも隠れもしなかった結果、完全敗北を喫したのだ。
シュナイゼルもマルコに剣の才能が無いことを薄々気づいており、マルコが剣の稽古から逃げることを責めなかった。「マルコには別の才能があるかもしれない。諦めずに才能を探し続けよう」そういって、シュナイゼルはマルコを慰めてくれた。
「ボクは部屋に戻ります。失礼します」
「ああ」
マルコが中庭を出ると、再びシュナイゼルの鍛錬する声が響いてくる。
――マルコは城の自室に戻ってきていた。
マルコが自室に入ると、部屋は朝日の光が外から差し込んでおり、薄っすら明るくなっていた。
「……はぁ」
マルコがため息をついて部屋の中央まで歩いて行くと、何者かが背後から近づいてくる。
ガバッッッッ!!!
「――ッ!?」
その人物はマルコの背後から両手を伸ばしてマルコに抱きついて言った。
「おっはよ~マルコ!」
「わあっ! ……なんだ、ミルルか」
マルコに抱きついてきた人物は、唯一マルコに親しく接してくれているメイドのミルルという女性だった。
ミルルはマルコの素っ気ない態度に頬を膨らませて言った。
「なんだとは何よ~。せっかく起こしに来てあげたのに~」
「もうとっくに起きてるよ」
「どうした~? 元気ないね」
「別に……なんでもないよ」
「元気出しなよ~。そんなんじゃ女の子にモテないぞ~」
「いいよ、別にモテなくなって……」
「そんなんじゃ一生童貞のままだよ~」
「な、なに言ってんだよ/// いきなり!」
10歳の少年にセクハラをするメイド、完全に犯罪的である。しかし、ミルルはマルコへのセクハラという名の追撃を緩めなかった。
「も~しょうがないなぁ~。それじゃあ、このミルルさんが一肌脱ぎますか!」
そう言うとミルルは、おもむろに服のボタンを外し始めた。マルコが慌ててそれを止めて言う。
「ちょ、ちょっと! 何してるんだよ!」
「可愛いマルコの為だもの……私が“男”にしてあげる……」
「や、やめてよ/// ミルル///」
「もぅ~、可愛い反応しちゃってぇ~」
ミルルがマルコを後ろから抱き締めて、豊満な胸を押し当ててくる。マルコは顔を真っ赤にしてミルルを引き離そうとする。
「……あ、いっけない!」
その時、ミルルが何かを思い出して大人しくなる。マルコがミルルの顔を見るとミルルは言った。
「今日の当番、あたしだったの忘れてた! ごめんねマルコ、あたし仕事があるから。待たね~」
そういうとミルルはマルコに手を振りながらピュ~と部屋を出て行った。マルコは一人取り残されて少し寂しそうにする。
そしてマルコは、心臓がバクバク脈打っているのを抑えようと深呼吸を繰り返した。
「まったく、ミルルったら……」
そして、自分の身体が反応してしまったことが恥ずかしくなった。
少しの間深呼吸をして落ち着いたマルコは、着替えようとして服を脱ごうとした。その時、違和感を感じる。
「あれ……?」
マルコは自分の手首を見ていつもの感触がないことに気づく。すると急に焦りだして体中を探り出す。上着を脱いで、下着まで脱ぎ捨てて探すが見つからない。
「ない、ない……! やっぱりない!!」
状況を理解した裸のマルコが静か言う。
「王家のブレスレットが……ない!?」
マルコが探しているブレスレットは王家の人間が付けることを義務付けられている特注のものである。女王カタリナから譲り受けた大切なもので、絶対に失くしてはいけないものだった。
王家のブレスレットをつけているから忌み嫌われていても、かろうじて王子として認めてもらえているのに、それを失くしたとなっては流石にヤバい。
「どうしよう……どこかで落としたんだ! 一体どこで??」
マルコは自室に来るまでの記憶を思い出した。
早朝、ベッドから起きて着替えてから部屋を出る時は着けていたのは間違いなかった。間違いなくブレスレットを腕に付けたをの覚えている。
城を抜け出して時計塔に言った時もつけていた。風に当たりながら腕に触った時に、ブレスレットの感触があったのを覚えている。
そして城に戻った時には無くなっていた。
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