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竜がいた国『パプリカ王国編』
マルコから殺しの依頼?! 標的は――
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「ない、ない……! やっぱりないっス!」
現在、三人の旅人は宿のバイキングにいた。入国してから宿に到着してチェックイン。荷物を部屋に置いて、朝食を摂っている最中である。
そんな中、フィオが一番嬉しそうにしていたはずなのだが急に態度を変えて不満を洩らしていた。
フィオがあからさまにガッカリしている。それを無視してキールとミドは自分のお皿にサラダやベーコン、チーズなどの軽い朝食を乗せていた。それを見たフィオが二人に叫ぶ。
「二人とも! 何かおかしいと思わないっスか?!」
「何がだよ?」
キールが何も気づいてないことに、フィオが呆れて叫ぶ。
「竜肉料理が一つもないっスよ!」
「それが?」
フィオの心の叫びを聞いたキールは適当に返事をしながら、テーブルに座ってパンを齧っている。ミドもおにぎりを頬張っていた。
するとフィオが二人に言う。
「この国は竜肉が名物っスよ?! それなのに無いなんておかしいっス!!」
「名物だからって、いつでもどこでもある訳じゃねえだろ」
「もぉ~!! キールじゃ話にならないっス! ミドくんはどう思うっスか!」
フィオがミドに話を振ると、ミドはおにぎりをごっくんと呑み込んで言う。
「さっき宿の人に聞いたんだけど、竜肉は調理が難しくて特殊な調理免許が必要らしいよ」
「免許!?」
ミドは食べることしか考えてないフィオに宿の人から聞いただけの話をした。
その話によると、竜肉は『ドラグロヘキシン』という猛毒が含まれていて毒抜きが必要らしい。
竜肉はそれぞれの竜の種類によって毒抜きの方法が違い、無免許の素人が間違った方法で調理すると毒が完全に抜けきらない場合がある。
猛毒が残ったままの料理を食べると、食後二〇分から、三時間までの間に、口唇、舌端、指先のしびれが始まる。腕の知覚麻痺、頭痛、嘔吐、下痢などの症状が発生し、この段階では歩行は可能であるが、酒に酔ったような千鳥足の状態となる。
最悪の場合、徐々に意識を失っていき、昏睡状態になって死に至るほどの危険性がある。
人によっては症状が異なるそうで、目玉が飛び出そうなくらい膨らむ人。全身が真っ青になって、徐々に皮膚が竜の鱗のように硬直していく人。腕、あるいは足がパンパンに膨れ上がって、切断するしかなくなる人などがいる。
ミドは朝食を食べながら恐ろしいことを淡々と説明し、フィオはガクガク震えながら聞いている。
「だから、どこでも竜肉が出せるわけじゃないんだよ」
「恐いこと言わないで欲しいっス!! ……でも、それならしょうがないっス」
フィオはミドの話を聞いて納得してくれたようで、諦めて別の料理をお皿に大量の料理を乗せていた。
――現在時刻は、朝の八時三〇分。
三人の旅人は、朝食を済ませると、観光という名目で城下町の中に向かった。今回は案内人は雇わず、三人だけで行動することになった。
町を眺めながら歩く旅人三人。太陽の白い光が横から差し込み、町を照らす。小鳥たちのチュンチュンという鳴き声が心地よく耳の中に届いてくる。
市場はとても賑わっており、生肉や魚、果物などを運んでいる業者の人たちがたくさんいた。逞しい大男や豊満なおばさんが、あれこれ言いながら作業をしていた。
城下町の中央付近には噴水が設置されており、のどかな風景が広がっている。
そこに一人のハンチング帽をかぶったおじさんが立っており、何か準備をしているようだ。すると大勢の子どもがおじさんの前に集まってくる。子どもたちの朝は早いようだ。
おじさんは子どもたちからお金を受け取り、飴らしきお菓子を配り終わると言った。
「さぁさぁ、みんな! 今日も楽しい紙芝居の始まりだよォ!」
「わーー!!」
「はやく、はやくー!」
子どもたちは大喜びで、紙芝居に意識が向いている。
偶然立ち寄った旅人三人のうち、キールが足を止めて紙芝居を気にしているようだった。ミドがキールに話しかける。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっとな……」
「気になる?」
「ああ」
どうやらキールは紙芝居が気になる様子だった。するとフィオが言う。
「そんなに飴ちゃんほしいっスか? しょうがないっスね~。おじさーん! あーしたちにも下さいっス!」
「そっちじゃねぇよおおお!」
三人の旅人に気づいたおじさんはフィオに三人分のキャンディーを渡す。フィオはキールにお金を要求した。キールは嫌そうな顔をしたが、しぶしぶコインを三枚出した。
するとおじさんが声色を変えて、雰囲気を出しながら紙芝居を始めた。
「むかーし、昔……」
昔々、ある所にパプリカ王国という小さな王国がありました。パプリカ王国は、とても平和な日常を送っていました。
しかし、ある時事件が起きました。悪い竜が王国を乗っ取ろうと企んでいたのです。
悪い竜は人間の女性に化けて国王様に近づくと、邪悪な力で国王様を惑わし、あっという間に洗脳してしまいました。
洗脳された国王は狂ったように圧政を強いて、国民は貧しくなり、とても苦しみました。しかし、暗黒の時代は終わりを告げるのです。
悪い竜の噂を聞いた正義の騎士様が現れて、悪い竜の化けの皮を剥がすと、たちまち竜は人間の姿を維持できずに、邪悪な竜の姿を露わにしました。
正義の騎士様は竜の首を一刀両断して討伐を達成しました。洗脳が解けなかった国王は処刑され、新たな女王が誕生したのです。
こうして、パプリカ王国に再び平和が訪れたのでした。
めでたし、めでたし――。
「やったー! 悪い竜なんかやっつけろ!」
子どもたちは大喜びである。
これは王国内では紙芝居や絵本にされるほど有名な話である。実際の紙芝居はもうちょっと芝居がかっていたが簡潔に説明すると、悪い竜が国王を操って王国を乗っ取ろうしたが、英雄の正義の剣によって討伐されるお話だ。
「おっさん、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「ええ、いいですよ。何ですか?」
「その話って、どこまでが実話なんだ?」
キールは紙芝居の内容について訊ねた。
「……すべて実際に起こった事件ですよ」
おじさんお話によると、このお話は作り話ではなく実際に起こったものだそうだ。子どもたちにも話を聞いてみると、パプリカ王国の学校の教科書にも載っている歴史の一つらしい。
「詳しく教えてくれないか? その話」
「あなた方は、旅人さん……ですか?」
「ああ」
「この国の歴史に興味がおありなようで……分かりました。私で良ければお話しましょう」
キールはおじさんからパプリカ王国の一般常識レベルの歴史を聞かせてもらった。
フィオはあまり興味がないらしく、その場にいた子どもたちと遊んでいる。そしてフィオに腕を引っ張られて連れていかれたミドは、体中から花を出現させる一芸をみせたり、その花を引っこ抜かれたり、子どもたちのおもちゃにされていた。
キールは一人、紙芝居のおじさんから歴史を黙って聞き、最後に質問をした。
「確認したいことがある」
「何ですか?」
「その竜の血を引いた王子が、この国にいるって聞いたんだが……本当か?」
「………………」
紙芝居のおじさんは突然沈黙する。キールはおじさんの様子の変化を感じながら返答を待つ。
おじさんが口を開いた。
「本当です」
「その王子の名前は?」
「マルコ・パプリカ。パプリカ王国の第三王子です」
「そうか……」
キールは、先ほどであった少年が呪われた王子に間違いないと確信する。すると紙芝居のおじさんが言う。
「私の話はお役に立ちましたか?」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
キールはおじさんに一礼すると子どもたちに弄ばれているミドとフィオの二人を連れてその場を去っていった。
どうやら竜と人間の間に生まれた子が実際するという話は町の人たちの間では常識らしい。少なくとも紙芝居のおじさんはそう信じていた。
何にしても、偶然訪れただけの旅人にとっては関係のない話である。余計な問題に首を突っ込んで貧乏くじを引くのはキールの本位ではない。
「ま、もう二度と会うこともないだろう……」
キールはあっさりそう言うと、マルコのことを忘れようとした。するとフィオが言った。
「え!? もうマルちゃんと会わないっスか!?」
「ああ、触らぬ神に祟りなしだ」
「………………」
するとフィオが、それは困るといった風に目を泳がせている。キールがそれを不審に感じて訊ねる。
「何か問題があるのか?」
「いや~……それが……」
「ハッキリ言えよ」
しどろもどろのフィオにキールが強めに問いかけた。フィオが観念して言う。
「マルちゃんに、コレ返さないといけないっスよ……」
フィオはポケットから綺麗な紋章が刻まれたブレスレットを取り出して見せる。ミドとキールがそれを見るとキールが言った。
「コイツは……!」
キールはフィオが出してきた紋章が刻まれたブレスレットを見て驚いて言う。
「なんでお前が持ってんだよ!」
「実は……」
フィオがマルコの腕を引き上げた時、その腕に身に着けられていたブレスレットが取れてしまったらしい。
すぐに返そうとしたのだが、マルコの精神的な状況を考慮して落ち着いてから「これ、落としたっスよ!」と気づいたフリをして返すつもりだったそうだ。
しかし、キールの言葉にマルコが警戒心を高めてしまって、逃げるように去っていったため、返しそびれたのだ。
キールの話によると、フィオが持っていたブレスレットは王家の紋章がある特別なものだという。王族の物を盗んだとあれば、それ相応の罰が課せられるのは考えなくても分かる。
フィオは申し訳なさそうにしながら言う。
「うう~……、そんな大事な物だったっスか……」
「こんなもん持ち歩いて出国の時に荷物検査なんてされてみろ。オレたちはその場で拘束されて出国できなくなっちまう……」
キールは考え込むように目をつぶって腕を組む。フィオは反省している様子で俯いていた。するとキールが言う。
「質屋に売ってもいいが、それだと足がつく……かといって持ち歩くのは危険だ……」
フィオがキールの次の言葉を待つ。キールが言う。
「しょうがねぇ……その辺にでも捨てるしか――」
「それはダメっス!」
フィオはキール決断に顔を上げて異議を唱えた。キールも応戦するように言う。
「お前状況分かってねぇのか! 持ってるだけで罪に問われるんだぞ!」
「捨てちゃったらマルちゃんが困るっス!」
「オレたちには関係ねぇだろ!」
「キールは、マルちゃんの話を聞くって約束したっス! それなのにマルちゃんの大切なものを捨てて、約束まで破ってイイっスか?!」
「うっ……それは、確かに言ったけどよ……」
キールは確かにマルコの話ぐらいなら聞くと約束している。それはつまり、マルコともう一度接触を図るということである。
フィオがキールに向かって言う。
「マルちゃんに会って返すっス!」
「………………」
キールはフィオに押し負けて沈黙してしまう。するとミドが声をかけた。
「キールの負けだね」
「ミド……」
ミドの手がキールの肩に置かれて、キールはミドの顔を見て言う。
「キールの判断は間違いとも言い切れないよ。その方が合理的でリスクが少ないとボクも思う。でも、ボクもマルコともう一度会って話がしたいと思ってたんだ」
「……でもミド、どうするつもりだ? 返すったって、ただの旅人が城の中に入れてくれなんて、門番が信用するはずがねぇ。門前払いが関の山だ」
キールも冷静になって言うと、フィオが入ってくる。
「そうだ! 『マ~ル~ちゃ~ん! あ~そ~ぼ~!』って叫べばいいっスよ!」
「お友達じゃねえんだよ! 門番が信じるわけねぇだろおおおおおお!」
「マルちゃんは、もうお友達っス!」
するとフィオの言い分に呆れたキールは、財布から札束を出して数え始める。
「しょうがねぇ。門番に賄賂でも渡して通してもらうか」
「門番の忠誠心が強くて、それに応じなかったらどうするっス?」
「そんときゃあ、一瞬で息の根を――」
「ぎゃああああああああ、それはダメっスううううううう!」
キールが鬼紅線をキラリと光らせて言う。フィオが慌ててキールの邪悪な作戦を止める。キールは冗談だと言わんばかりに鬼紅線をしまった。
するとフィオがひらめいたといった顔で言う。
「いい考えを思いついたっス! 宅配事業者を装って『届け物で~す。ハンコお願いしま~す』っていけば、通してもらえるっス!」
「門番が中身を確認するに決まってんだろ。爆発物とか毒物とか、危険物の可能性があるからな」
「その時は……そうだ! 中身を見せられない理由を作ればいいっス!」
「どんな理由だよ?」
キールの追及にフィオが腕を組んで考える仕草をする。すると急に何かを思いついたのか、顔を赤くして、ボソボソと何かを言い始めた。その顔に反応してミドが嬉しそうに顔を近づけて聞く。
「例えば……男の子が夜に一人で使う、大人の玩具とか……」
「アナル“自主規制”ズとか?」
「そこまで考えてないっスうううううううううううううううううううう!!」
ミドに不意打ちのように言われたフィオが、マルコがそれを使うシーンを想像しかけて顔を紅くし、ミドの頭をポカポカ叩いて怒る。そしてキールが眉間にしわを寄せて言う。
「なんにせよ、その案は却下だ」
「じゃあ、どうするっスかぁ?」
フィオが代替案を求めると、キールが沈黙する。するとミドが言った。
「簡単だよ、ボクたちは世間じゃ悪党だ。ならやることは一つしかない」
「はぁ……やっぱそうなるのか」
キールがミドの顔を見て察したように覚悟を決める。
「なになに?? どうするっスか??」
「決まってんだろ、忍び込むんだよ」
「不法侵入っスか?! 捕まったら打ち首獄門っス!」
「宅配業者を装うよりはリスクが低いだろ、見つからなければな……」
キールが邪悪な顔をして言う。そしてミドが言った。
「それじゃあ。その忘れ物、届けに行こっか!」
ミドはそう言うと、振り返ってパプリカ王国城を見上げた――。
*
――現在、時刻は夜の二三時五分。
夜空には月が顔を出し、星たちが輝いている。
目の前のパプリカ城は暗闇に包まれている。所々に灯が見えて、ポツポツと見張りの兵士たちが見えていた。
三人の旅人は湖を小船を使って城に近づく。一本しかない橋の下に来るとその上に門番の兵士の気配を感じる。
ミドとキールが左右に分かれて登っていく。フィオだけが小船に残って爆竹に火をつけている。その爆竹を橋の上に投げて爆発させる。
バチバチバチバチ!
爆竹が橋の上で弾け飛び、大きな音を立てた。空を見上げていた門番と、居眠りをしていた門番は驚いて爆竹の音がした方に走っていった。そこには爆竹の破片以外は何もなく、門番は首を傾げて戻ろうとした。その時――
ドス! バコ!
鈍い音がして、門番の二人がその場に気絶する。背後に立っていたのは、ミドとキールだった。
二人はお互いに見合ってニヤリと笑うと、端の下からフィオが小声で呼んでいるのが聞こえてきた。
「ちょっとー、二人ともー。早くハシゴかロープを下ろして欲しいっスよー」
ミドが橋に触れると蔓のような植物が下に伸びていく。三、四本の蔓が絡み合い、太いロープになり、最終的に縄梯子になる。フィオはそれにしっかり掴まって登っていった。
三人はお互いに顔を見遣って城の中に入っていく。
「マルコのお部屋はどこですか~……っと」
「あそこだ」
「ほうほう、なるほど~」
ミドが独り言を言うと、キールが答えた。事前に情報屋から情報は入手しており、パプリカ城の見取り図と、マルコの部屋の位置は既に把握済みである。
「ミドくん、ミドくん! 早くするっス!」
「慌てない、慌てない」
フィオがミドを急かすと、ミドは落ち着きながら地面に種を植える。するとみるみるうちに植物が芽を出して、どんどん伸びて成長していく。
ミドが最初にその樹木の枝に乗り、キールがそれに続く。フィオも慌てて枝に掴まって登っていった――。
*
「どうしよう、アレを失くすなんて……」
その頃、マルコは途方に暮れていた。大事なブレスレットを失くした何て知られたら大変である。
すると、部屋の隅から誰かの声が聞こえてきた。
「こんばんわ~……」
「――っ!! 誰ですか!?」
マルコは驚いて警戒し、その声の方向を見やる。ロウソクの火に照らされたその姿は見覚えのあるもので、マルコは落ち着いて言葉を発する。
「あなたは……今朝の旅人さん?! なんで城の中に、どうやって??」
「ちょっとキミの忘れ物を届けにね」
ミドはそう言うと、マルコに紋章が刻まれたブレスレットを見せる。それを見たマルコは驚いた。
「大切なものだと思ってね」
「ありがとうございます……でも、その為に城に忍び込むなんて危険すぎます! 見つかったら命が――」
「――話ぐらいなら聞いてやるって、約束したからな」
キールがマルコの言葉を遮って言った。マルコは小さく驚いてキールを見つめて言う。
「……そんなことの、ために」
「もう一度訊く、何で死のうとしてたんだ?」
「………………」
キールはマルコを真っ直ぐに見て、解答を待っている。マルコはしばし沈黙してから口を開く。
「分かりました……お話します」
マルコはミドたちに、自分のことをポツポツと話し始める。
自分に両親がいないこと。
自分が竜の血を引いていること。
その竜が自分の母親であること。
誰も自分が生まれることを望んでいなかったこと。
「ボクは……生まれてきちゃいけなかったんです」
マルコは静かに呟いた。
ミドは微笑んだままマルコの話を聞いていた。キールは目をつぶり、腕を組んで黙って聞いている。するとフィオが言う。
「だ、大丈夫っスよ! 時には死にたくなる事ぐらい誰だってあるっス! 人間だもの!」
するとマルコが思い詰めた様子で言った。
「旅人さん……『緑髪の死神』って、知ってますか?」
フィオがあからさまに表情を硬くして固まる。キールは目をつぶったまま微動だにしない。ミドは変わらずニコニコしながら答えた。
「……うん、知ってるよ」
ミドは笑顔で空を見つめたまま沈黙したが、すぐに返事をした。
「もし、ボクがその殺し屋さんに『ボクを殺してください』ってお願いしたら、いくらで引き受けてくれると思います?」
「さぁ……どうだろうね~。どうして、そんなこと知りたいの?」
マルコは自分で死ぬ勇気がなかった。だから他人の手で殺してもらおうと考えてしまったのだ。ミドが訊ねると、マルコは言葉を返す。
「死にたいんです……死ねば、お母さんに会えるから」
「そっか……」
ミドは一言だけつぶやいた。
「旅人さんなら、どこかで緑髪の死神の噂くらい聞いたことあるかと思って……」
「――あるよ」
マルコが顔を上げてミドを見る。
「本当ですか……!?」
「……うん」
「どこにいるんですか!」
「………………」
ミドは黙り込んでしまう。隣でフィオが動揺を隠しきれずに二人を交互に見つめる。キールは相変わらず黙って目をつぶったままだ。
マルコは立て続けに言う。
「お願いです! 教えてください!」
「………………」
「お金ならいくらでもあるんです。どうせ死ぬなら、全財産でもいい!」
すると、横で聞いていたキールが言う。
「変なヤツだな。自分の殺害依頼に自分で金を出すってのか?」
キールは眉をひそめて片目を開くと、腕を組んだまま言う。
「皆さんは、もうご存知だと思いますけど……ボク、この国の王子なんです」
確かに疎まれているとはいえ、王家の人間であることは間違いない。となれば、それ相応の金銭を要求されても眉一つ動かすことはないだろう。
するとミドは少し目をつぶり、深呼吸をしてから言った。
「……分かった」
ミドが静かに言う。
「ボクが緑髪の死神に依頼してあげるよ、マルコの殺しを――」
するとキールとフィオが驚愕したようにミドを見る。そしてマルコが言う。
「本当ですか?」
「うん、でも依頼はボクからする。死神に会うのは危険すぎるからね」
「本当に依頼してくれるんですか?」
「うん、約束する」
「あ……ありがとうございます……!」
ミドが死神に依頼するとマルコに約束する。するとキールが言う。
「おい、ミド!」
「いいから、いいから~」
ミドは飄々とした態度に切り替わり、ヘラヘラと笑った。
「それじゃあ忘れ物も届けたし、そろそろおいとましようかな~」
ミドがそう言うとキールとフィオも同意して窓から外に出ようとする。フィオが先に降りて、続いてキールが降りていく。最後にミドが出て行こうとする時、マルコが声をかけた。
「ミドさん……信じていいんですよね??」
「………………」
「ミドさん!」
「――大丈夫。緑髪の死神は必ず、パプリカ王国第三王子を殺しにくる」
ミドはそう言い残して去っていく。マルコはその後ろ姿を、ただ黙って見送った――。
現在、三人の旅人は宿のバイキングにいた。入国してから宿に到着してチェックイン。荷物を部屋に置いて、朝食を摂っている最中である。
そんな中、フィオが一番嬉しそうにしていたはずなのだが急に態度を変えて不満を洩らしていた。
フィオがあからさまにガッカリしている。それを無視してキールとミドは自分のお皿にサラダやベーコン、チーズなどの軽い朝食を乗せていた。それを見たフィオが二人に叫ぶ。
「二人とも! 何かおかしいと思わないっスか?!」
「何がだよ?」
キールが何も気づいてないことに、フィオが呆れて叫ぶ。
「竜肉料理が一つもないっスよ!」
「それが?」
フィオの心の叫びを聞いたキールは適当に返事をしながら、テーブルに座ってパンを齧っている。ミドもおにぎりを頬張っていた。
するとフィオが二人に言う。
「この国は竜肉が名物っスよ?! それなのに無いなんておかしいっス!!」
「名物だからって、いつでもどこでもある訳じゃねえだろ」
「もぉ~!! キールじゃ話にならないっス! ミドくんはどう思うっスか!」
フィオがミドに話を振ると、ミドはおにぎりをごっくんと呑み込んで言う。
「さっき宿の人に聞いたんだけど、竜肉は調理が難しくて特殊な調理免許が必要らしいよ」
「免許!?」
ミドは食べることしか考えてないフィオに宿の人から聞いただけの話をした。
その話によると、竜肉は『ドラグロヘキシン』という猛毒が含まれていて毒抜きが必要らしい。
竜肉はそれぞれの竜の種類によって毒抜きの方法が違い、無免許の素人が間違った方法で調理すると毒が完全に抜けきらない場合がある。
猛毒が残ったままの料理を食べると、食後二〇分から、三時間までの間に、口唇、舌端、指先のしびれが始まる。腕の知覚麻痺、頭痛、嘔吐、下痢などの症状が発生し、この段階では歩行は可能であるが、酒に酔ったような千鳥足の状態となる。
最悪の場合、徐々に意識を失っていき、昏睡状態になって死に至るほどの危険性がある。
人によっては症状が異なるそうで、目玉が飛び出そうなくらい膨らむ人。全身が真っ青になって、徐々に皮膚が竜の鱗のように硬直していく人。腕、あるいは足がパンパンに膨れ上がって、切断するしかなくなる人などがいる。
ミドは朝食を食べながら恐ろしいことを淡々と説明し、フィオはガクガク震えながら聞いている。
「だから、どこでも竜肉が出せるわけじゃないんだよ」
「恐いこと言わないで欲しいっス!! ……でも、それならしょうがないっス」
フィオはミドの話を聞いて納得してくれたようで、諦めて別の料理をお皿に大量の料理を乗せていた。
――現在時刻は、朝の八時三〇分。
三人の旅人は、朝食を済ませると、観光という名目で城下町の中に向かった。今回は案内人は雇わず、三人だけで行動することになった。
町を眺めながら歩く旅人三人。太陽の白い光が横から差し込み、町を照らす。小鳥たちのチュンチュンという鳴き声が心地よく耳の中に届いてくる。
市場はとても賑わっており、生肉や魚、果物などを運んでいる業者の人たちがたくさんいた。逞しい大男や豊満なおばさんが、あれこれ言いながら作業をしていた。
城下町の中央付近には噴水が設置されており、のどかな風景が広がっている。
そこに一人のハンチング帽をかぶったおじさんが立っており、何か準備をしているようだ。すると大勢の子どもがおじさんの前に集まってくる。子どもたちの朝は早いようだ。
おじさんは子どもたちからお金を受け取り、飴らしきお菓子を配り終わると言った。
「さぁさぁ、みんな! 今日も楽しい紙芝居の始まりだよォ!」
「わーー!!」
「はやく、はやくー!」
子どもたちは大喜びで、紙芝居に意識が向いている。
偶然立ち寄った旅人三人のうち、キールが足を止めて紙芝居を気にしているようだった。ミドがキールに話しかける。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっとな……」
「気になる?」
「ああ」
どうやらキールは紙芝居が気になる様子だった。するとフィオが言う。
「そんなに飴ちゃんほしいっスか? しょうがないっスね~。おじさーん! あーしたちにも下さいっス!」
「そっちじゃねぇよおおお!」
三人の旅人に気づいたおじさんはフィオに三人分のキャンディーを渡す。フィオはキールにお金を要求した。キールは嫌そうな顔をしたが、しぶしぶコインを三枚出した。
するとおじさんが声色を変えて、雰囲気を出しながら紙芝居を始めた。
「むかーし、昔……」
昔々、ある所にパプリカ王国という小さな王国がありました。パプリカ王国は、とても平和な日常を送っていました。
しかし、ある時事件が起きました。悪い竜が王国を乗っ取ろうと企んでいたのです。
悪い竜は人間の女性に化けて国王様に近づくと、邪悪な力で国王様を惑わし、あっという間に洗脳してしまいました。
洗脳された国王は狂ったように圧政を強いて、国民は貧しくなり、とても苦しみました。しかし、暗黒の時代は終わりを告げるのです。
悪い竜の噂を聞いた正義の騎士様が現れて、悪い竜の化けの皮を剥がすと、たちまち竜は人間の姿を維持できずに、邪悪な竜の姿を露わにしました。
正義の騎士様は竜の首を一刀両断して討伐を達成しました。洗脳が解けなかった国王は処刑され、新たな女王が誕生したのです。
こうして、パプリカ王国に再び平和が訪れたのでした。
めでたし、めでたし――。
「やったー! 悪い竜なんかやっつけろ!」
子どもたちは大喜びである。
これは王国内では紙芝居や絵本にされるほど有名な話である。実際の紙芝居はもうちょっと芝居がかっていたが簡潔に説明すると、悪い竜が国王を操って王国を乗っ取ろうしたが、英雄の正義の剣によって討伐されるお話だ。
「おっさん、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「ええ、いいですよ。何ですか?」
「その話って、どこまでが実話なんだ?」
キールは紙芝居の内容について訊ねた。
「……すべて実際に起こった事件ですよ」
おじさんお話によると、このお話は作り話ではなく実際に起こったものだそうだ。子どもたちにも話を聞いてみると、パプリカ王国の学校の教科書にも載っている歴史の一つらしい。
「詳しく教えてくれないか? その話」
「あなた方は、旅人さん……ですか?」
「ああ」
「この国の歴史に興味がおありなようで……分かりました。私で良ければお話しましょう」
キールはおじさんからパプリカ王国の一般常識レベルの歴史を聞かせてもらった。
フィオはあまり興味がないらしく、その場にいた子どもたちと遊んでいる。そしてフィオに腕を引っ張られて連れていかれたミドは、体中から花を出現させる一芸をみせたり、その花を引っこ抜かれたり、子どもたちのおもちゃにされていた。
キールは一人、紙芝居のおじさんから歴史を黙って聞き、最後に質問をした。
「確認したいことがある」
「何ですか?」
「その竜の血を引いた王子が、この国にいるって聞いたんだが……本当か?」
「………………」
紙芝居のおじさんは突然沈黙する。キールはおじさんの様子の変化を感じながら返答を待つ。
おじさんが口を開いた。
「本当です」
「その王子の名前は?」
「マルコ・パプリカ。パプリカ王国の第三王子です」
「そうか……」
キールは、先ほどであった少年が呪われた王子に間違いないと確信する。すると紙芝居のおじさんが言う。
「私の話はお役に立ちましたか?」
「ああ、ありがとう。助かったよ」
キールはおじさんに一礼すると子どもたちに弄ばれているミドとフィオの二人を連れてその場を去っていった。
どうやら竜と人間の間に生まれた子が実際するという話は町の人たちの間では常識らしい。少なくとも紙芝居のおじさんはそう信じていた。
何にしても、偶然訪れただけの旅人にとっては関係のない話である。余計な問題に首を突っ込んで貧乏くじを引くのはキールの本位ではない。
「ま、もう二度と会うこともないだろう……」
キールはあっさりそう言うと、マルコのことを忘れようとした。するとフィオが言った。
「え!? もうマルちゃんと会わないっスか!?」
「ああ、触らぬ神に祟りなしだ」
「………………」
するとフィオが、それは困るといった風に目を泳がせている。キールがそれを不審に感じて訊ねる。
「何か問題があるのか?」
「いや~……それが……」
「ハッキリ言えよ」
しどろもどろのフィオにキールが強めに問いかけた。フィオが観念して言う。
「マルちゃんに、コレ返さないといけないっスよ……」
フィオはポケットから綺麗な紋章が刻まれたブレスレットを取り出して見せる。ミドとキールがそれを見るとキールが言った。
「コイツは……!」
キールはフィオが出してきた紋章が刻まれたブレスレットを見て驚いて言う。
「なんでお前が持ってんだよ!」
「実は……」
フィオがマルコの腕を引き上げた時、その腕に身に着けられていたブレスレットが取れてしまったらしい。
すぐに返そうとしたのだが、マルコの精神的な状況を考慮して落ち着いてから「これ、落としたっスよ!」と気づいたフリをして返すつもりだったそうだ。
しかし、キールの言葉にマルコが警戒心を高めてしまって、逃げるように去っていったため、返しそびれたのだ。
キールの話によると、フィオが持っていたブレスレットは王家の紋章がある特別なものだという。王族の物を盗んだとあれば、それ相応の罰が課せられるのは考えなくても分かる。
フィオは申し訳なさそうにしながら言う。
「うう~……、そんな大事な物だったっスか……」
「こんなもん持ち歩いて出国の時に荷物検査なんてされてみろ。オレたちはその場で拘束されて出国できなくなっちまう……」
キールは考え込むように目をつぶって腕を組む。フィオは反省している様子で俯いていた。するとキールが言う。
「質屋に売ってもいいが、それだと足がつく……かといって持ち歩くのは危険だ……」
フィオがキールの次の言葉を待つ。キールが言う。
「しょうがねぇ……その辺にでも捨てるしか――」
「それはダメっス!」
フィオはキール決断に顔を上げて異議を唱えた。キールも応戦するように言う。
「お前状況分かってねぇのか! 持ってるだけで罪に問われるんだぞ!」
「捨てちゃったらマルちゃんが困るっス!」
「オレたちには関係ねぇだろ!」
「キールは、マルちゃんの話を聞くって約束したっス! それなのにマルちゃんの大切なものを捨てて、約束まで破ってイイっスか?!」
「うっ……それは、確かに言ったけどよ……」
キールは確かにマルコの話ぐらいなら聞くと約束している。それはつまり、マルコともう一度接触を図るということである。
フィオがキールに向かって言う。
「マルちゃんに会って返すっス!」
「………………」
キールはフィオに押し負けて沈黙してしまう。するとミドが声をかけた。
「キールの負けだね」
「ミド……」
ミドの手がキールの肩に置かれて、キールはミドの顔を見て言う。
「キールの判断は間違いとも言い切れないよ。その方が合理的でリスクが少ないとボクも思う。でも、ボクもマルコともう一度会って話がしたいと思ってたんだ」
「……でもミド、どうするつもりだ? 返すったって、ただの旅人が城の中に入れてくれなんて、門番が信用するはずがねぇ。門前払いが関の山だ」
キールも冷静になって言うと、フィオが入ってくる。
「そうだ! 『マ~ル~ちゃ~ん! あ~そ~ぼ~!』って叫べばいいっスよ!」
「お友達じゃねえんだよ! 門番が信じるわけねぇだろおおおおおお!」
「マルちゃんは、もうお友達っス!」
するとフィオの言い分に呆れたキールは、財布から札束を出して数え始める。
「しょうがねぇ。門番に賄賂でも渡して通してもらうか」
「門番の忠誠心が強くて、それに応じなかったらどうするっス?」
「そんときゃあ、一瞬で息の根を――」
「ぎゃああああああああ、それはダメっスううううううう!」
キールが鬼紅線をキラリと光らせて言う。フィオが慌ててキールの邪悪な作戦を止める。キールは冗談だと言わんばかりに鬼紅線をしまった。
するとフィオがひらめいたといった顔で言う。
「いい考えを思いついたっス! 宅配事業者を装って『届け物で~す。ハンコお願いしま~す』っていけば、通してもらえるっス!」
「門番が中身を確認するに決まってんだろ。爆発物とか毒物とか、危険物の可能性があるからな」
「その時は……そうだ! 中身を見せられない理由を作ればいいっス!」
「どんな理由だよ?」
キールの追及にフィオが腕を組んで考える仕草をする。すると急に何かを思いついたのか、顔を赤くして、ボソボソと何かを言い始めた。その顔に反応してミドが嬉しそうに顔を近づけて聞く。
「例えば……男の子が夜に一人で使う、大人の玩具とか……」
「アナル“自主規制”ズとか?」
「そこまで考えてないっスうううううううううううううううううううう!!」
ミドに不意打ちのように言われたフィオが、マルコがそれを使うシーンを想像しかけて顔を紅くし、ミドの頭をポカポカ叩いて怒る。そしてキールが眉間にしわを寄せて言う。
「なんにせよ、その案は却下だ」
「じゃあ、どうするっスかぁ?」
フィオが代替案を求めると、キールが沈黙する。するとミドが言った。
「簡単だよ、ボクたちは世間じゃ悪党だ。ならやることは一つしかない」
「はぁ……やっぱそうなるのか」
キールがミドの顔を見て察したように覚悟を決める。
「なになに?? どうするっスか??」
「決まってんだろ、忍び込むんだよ」
「不法侵入っスか?! 捕まったら打ち首獄門っス!」
「宅配業者を装うよりはリスクが低いだろ、見つからなければな……」
キールが邪悪な顔をして言う。そしてミドが言った。
「それじゃあ。その忘れ物、届けに行こっか!」
ミドはそう言うと、振り返ってパプリカ王国城を見上げた――。
*
――現在、時刻は夜の二三時五分。
夜空には月が顔を出し、星たちが輝いている。
目の前のパプリカ城は暗闇に包まれている。所々に灯が見えて、ポツポツと見張りの兵士たちが見えていた。
三人の旅人は湖を小船を使って城に近づく。一本しかない橋の下に来るとその上に門番の兵士の気配を感じる。
ミドとキールが左右に分かれて登っていく。フィオだけが小船に残って爆竹に火をつけている。その爆竹を橋の上に投げて爆発させる。
バチバチバチバチ!
爆竹が橋の上で弾け飛び、大きな音を立てた。空を見上げていた門番と、居眠りをしていた門番は驚いて爆竹の音がした方に走っていった。そこには爆竹の破片以外は何もなく、門番は首を傾げて戻ろうとした。その時――
ドス! バコ!
鈍い音がして、門番の二人がその場に気絶する。背後に立っていたのは、ミドとキールだった。
二人はお互いに見合ってニヤリと笑うと、端の下からフィオが小声で呼んでいるのが聞こえてきた。
「ちょっとー、二人ともー。早くハシゴかロープを下ろして欲しいっスよー」
ミドが橋に触れると蔓のような植物が下に伸びていく。三、四本の蔓が絡み合い、太いロープになり、最終的に縄梯子になる。フィオはそれにしっかり掴まって登っていった。
三人はお互いに顔を見遣って城の中に入っていく。
「マルコのお部屋はどこですか~……っと」
「あそこだ」
「ほうほう、なるほど~」
ミドが独り言を言うと、キールが答えた。事前に情報屋から情報は入手しており、パプリカ城の見取り図と、マルコの部屋の位置は既に把握済みである。
「ミドくん、ミドくん! 早くするっス!」
「慌てない、慌てない」
フィオがミドを急かすと、ミドは落ち着きながら地面に種を植える。するとみるみるうちに植物が芽を出して、どんどん伸びて成長していく。
ミドが最初にその樹木の枝に乗り、キールがそれに続く。フィオも慌てて枝に掴まって登っていった――。
*
「どうしよう、アレを失くすなんて……」
その頃、マルコは途方に暮れていた。大事なブレスレットを失くした何て知られたら大変である。
すると、部屋の隅から誰かの声が聞こえてきた。
「こんばんわ~……」
「――っ!! 誰ですか!?」
マルコは驚いて警戒し、その声の方向を見やる。ロウソクの火に照らされたその姿は見覚えのあるもので、マルコは落ち着いて言葉を発する。
「あなたは……今朝の旅人さん?! なんで城の中に、どうやって??」
「ちょっとキミの忘れ物を届けにね」
ミドはそう言うと、マルコに紋章が刻まれたブレスレットを見せる。それを見たマルコは驚いた。
「大切なものだと思ってね」
「ありがとうございます……でも、その為に城に忍び込むなんて危険すぎます! 見つかったら命が――」
「――話ぐらいなら聞いてやるって、約束したからな」
キールがマルコの言葉を遮って言った。マルコは小さく驚いてキールを見つめて言う。
「……そんなことの、ために」
「もう一度訊く、何で死のうとしてたんだ?」
「………………」
キールはマルコを真っ直ぐに見て、解答を待っている。マルコはしばし沈黙してから口を開く。
「分かりました……お話します」
マルコはミドたちに、自分のことをポツポツと話し始める。
自分に両親がいないこと。
自分が竜の血を引いていること。
その竜が自分の母親であること。
誰も自分が生まれることを望んでいなかったこと。
「ボクは……生まれてきちゃいけなかったんです」
マルコは静かに呟いた。
ミドは微笑んだままマルコの話を聞いていた。キールは目をつぶり、腕を組んで黙って聞いている。するとフィオが言う。
「だ、大丈夫っスよ! 時には死にたくなる事ぐらい誰だってあるっス! 人間だもの!」
するとマルコが思い詰めた様子で言った。
「旅人さん……『緑髪の死神』って、知ってますか?」
フィオがあからさまに表情を硬くして固まる。キールは目をつぶったまま微動だにしない。ミドは変わらずニコニコしながら答えた。
「……うん、知ってるよ」
ミドは笑顔で空を見つめたまま沈黙したが、すぐに返事をした。
「もし、ボクがその殺し屋さんに『ボクを殺してください』ってお願いしたら、いくらで引き受けてくれると思います?」
「さぁ……どうだろうね~。どうして、そんなこと知りたいの?」
マルコは自分で死ぬ勇気がなかった。だから他人の手で殺してもらおうと考えてしまったのだ。ミドが訊ねると、マルコは言葉を返す。
「死にたいんです……死ねば、お母さんに会えるから」
「そっか……」
ミドは一言だけつぶやいた。
「旅人さんなら、どこかで緑髪の死神の噂くらい聞いたことあるかと思って……」
「――あるよ」
マルコが顔を上げてミドを見る。
「本当ですか……!?」
「……うん」
「どこにいるんですか!」
「………………」
ミドは黙り込んでしまう。隣でフィオが動揺を隠しきれずに二人を交互に見つめる。キールは相変わらず黙って目をつぶったままだ。
マルコは立て続けに言う。
「お願いです! 教えてください!」
「………………」
「お金ならいくらでもあるんです。どうせ死ぬなら、全財産でもいい!」
すると、横で聞いていたキールが言う。
「変なヤツだな。自分の殺害依頼に自分で金を出すってのか?」
キールは眉をひそめて片目を開くと、腕を組んだまま言う。
「皆さんは、もうご存知だと思いますけど……ボク、この国の王子なんです」
確かに疎まれているとはいえ、王家の人間であることは間違いない。となれば、それ相応の金銭を要求されても眉一つ動かすことはないだろう。
するとミドは少し目をつぶり、深呼吸をしてから言った。
「……分かった」
ミドが静かに言う。
「ボクが緑髪の死神に依頼してあげるよ、マルコの殺しを――」
するとキールとフィオが驚愕したようにミドを見る。そしてマルコが言う。
「本当ですか?」
「うん、でも依頼はボクからする。死神に会うのは危険すぎるからね」
「本当に依頼してくれるんですか?」
「うん、約束する」
「あ……ありがとうございます……!」
ミドが死神に依頼するとマルコに約束する。するとキールが言う。
「おい、ミド!」
「いいから、いいから~」
ミドは飄々とした態度に切り替わり、ヘラヘラと笑った。
「それじゃあ忘れ物も届けたし、そろそろおいとましようかな~」
ミドがそう言うとキールとフィオも同意して窓から外に出ようとする。フィオが先に降りて、続いてキールが降りていく。最後にミドが出て行こうとする時、マルコが声をかけた。
「ミドさん……信じていいんですよね??」
「………………」
「ミドさん!」
「――大丈夫。緑髪の死神は必ず、パプリカ王国第三王子を殺しにくる」
ミドはそう言い残して去っていく。マルコはその後ろ姿を、ただ黙って見送った――。
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