ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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竜がいた国『パプリカ王国編』

ついに復活!? ガルガント・ヴ・ドッペルフ

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「私は、あなたの母ではありません」

 ――マルコを突き放すように女性は言った。

 女性はその場から一切動こうとせず、振り返りすらしない。
 一瞬何を言われたのかマルコは理解できなかった。苦労してここまで辿り着いた結末がこれなのか。全身の筋肉が緊張するように硬直し、下唇が震えて呼吸が浅くなっていくのを感じる。目の前の女性に向かってマルコが言葉を投げかけた。

「……どうして、そんなこと、言うの? ボク、お母さんに言われた通り……ここまで助けに来たんだよ?」
「そんなことを頼んだ覚えはありません」
「そんなはずない! いつもボクに声をかけてくれていたじゃないか!」
「――!」

 マルコの言葉を聞いて女性は背中を向けたまま頭を少し上げて動揺した素振りを見せる。しかしすぐに平静になり、マルコに言った。

「何に導かれて来たのかは知りませんが、私はあなたに声をかけたことなどありません」
「ウソ、だよね……?」
「ウソではありません」
「………………」
「帰りなさい、ここはあなたが来るような場所ではありません」

 女性は冷たい声でマルコを突き放した。
 後ろで見ていた三人の旅人たちは、どうすればいいのか分からずマルコの後ろ姿を見つめていた。

「ちょっとちょっと、なんかおかしくないっスか?? もしかして人違いっスか?」
「オレが知るかよ。確かに話が食い違ってるみてぇだが……」

 フィオがキールの耳元でヒソヒソと話している。マルコが決意したきっかけは『母の声』に導かれたからである。だからミドたちに一緒に来てほしいと依頼してきたのだ。しかしその母と思われる人物は「知らない」と否定している。これはどういうことだろうか。
 もしそれが本当なら、マルコたちは一体何のために危険な冒険をしてここまで来たのだろう。

 マルコが嘘をついていた? いや、マルコの表情を見る限りそうは思えない。
 では今までマルコが聞こえていた声は妄想で、そんな人は初めからいなかったのだろうか。それならマルコの脳内だけで完結するはずだ、声だけではなく姿もマルコにしか見えないはずだろう。

 呆然と立ちつくしているマルコをミドは黙って見ていました。何と声をかけて良いのか分からず、ただ見ているしかなかった。

「――――――――――――――――――――」

 その時マルコの脳内に聞いたことがない声が、ザーと乱れた雑音と共に響いたような気がした。すると足元から黒い手が無数に伸びてきてマルコの両手両足を掴んで持ち上げる。

「え? 何??」

 マルコは何もできずにいると、五メートルほどの高さまで持ち上げられてしまった。そのままギリギリと物凄い力で四肢を同時に引っ張られる。

「いぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 マルコはあまりの痛みに悲鳴を上げた。
 マルコのみならず、ミドやキール、フィオにも黒い手は襲いかかって来た。ミドは間一髪で黒い手を避けてマルコの元に走りだす。キールもフィオを抱えて黒い手から逃げて走った。

「出て来い! 木偶棒デクノボウ!」

 ミドはマルコの四肢を引っ張っている黒い手に集中し、木偶棒で薙ぎ払う。ブォンという空気を切る音が響いた。しかしミドが手応えがないことに目を丸くする。

 着地して振り返るとマルコを掴む黒い手の力が徐々に増しているのが見ただけも分かった。このままでは四肢をもがれてマルコが死んでしまう。ミドは悠長な時間はないと悟り、再び黒い手を弾こうとして飛び上がろうとするが、片脚を掴まれて動けなくなってしまう。

「っ!」

 ミドが振り払おうと足を動かすが、黒い手の握力はとてつもなく、まったく振りほどけない。さらに片手も掴まれてしまい、身動きが取れなくなってしまった。

「仕方ない、この手は気味悪がられるから使いたくなかったけど――」

 そう言うとミドは自分の腕を掴み、

 バキッッッッ!

 まるで木の枝を折るように腕を折ってしまった。同様に片脚も木偶棒デクノボウで薙ぎ払って折ると、トカゲの尻尾切りのようにして片腕と片脚を残したまま後ろに飛び上がって退避してしゃがみこんだ。ミドの片腕は樹木のようになっており、ささくれ立った木目の表面が露わになっている。

「こりゃ……参ったね」

 ミドが森羅の能力で腕と足を元の状態に回復させるまでには、およそ一時間はかかるだろう。それもキレイな水と太陽の光がある好条件での最短が一時間なのだ。現状の光が差し込まない暗い空間で水もないのでは、一時間の完全回復は不可能といっていいだろう。

「チクショウ! 離しやがれッ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ! ちょっと、どこ触ってるっスかああああああああああ! だ、逆さはダメっスう!! 頭に血が上るっスううううううううううううううううう!!!!!!!」

 そうこうしているとキールとフィオも黒い手に捕まったようで、苦しそうな悲鳴が聞こえてくる。
 ミドは片脚から簡易的な棒状の義足を一本伸ばして立ち上がり、無数の黒い手を間一髪で避けて逃げている。今の状態では逃げるのが精いっぱいでマルコ、キールやフィオを助けるまでの余裕がミドにはなかった。

「んぎ……あが……」

 マルコはもう限界にきている。両手両足をギリギリ引っ張られて声も出せなくなってきていた。最後の力を振り絞り、背を向ける女性に向かってマルコはか細い声を出した。

「助けて……お母さん」
「………………………………………………」

 女性はその場から動かず、沈黙を続ける。マルコは声を出す。

「お願、い……!」
「………………………………………………」
「お母、さ……」


「――マルコっ!」


 女性はたまらず振り返ってマルコと叫んだ。そして全身に金色のオーラを纏わせて手の平に光の弾を生み出し、その光の弾丸を黒い手に向かって撃ち出したのだ。すると黒い手は一瞬で消し飛んでしまったのだ。そして間髪入れずにミド、キールとフィオの三人を襲う黒い手にも光の弾丸を放って消し飛ばす。

 解放されたマルコが五メートルほどの高さから落ちてくるのを女性は受け止めてしゃがみ、優しく抱き締めた。
 マルコが女性の目を見ると涙を浮かべているのが分かった。そして女性に聞こえる程度の小さな声で言った。

「やっぱり……お母さん、なんだよね?」
「マルコ……どうしてこんなところまで来たの?」

 その女性は間違いなくマルコの母、アンリエッタその人であった。
 母の手は細く、透き通るような白い肌をしていた。優しい甘い香りがマルコの鼻を通り抜け、不思議と安心するような感覚になる。
 マルコの前髪を手でよけて隠れている顔半分を見た母アンリエッタは悲しい顔をした。マルコの龍の鱗のような火傷の跡に、母アンリエッタの涙の雫がポタポタと数滴ほど落ちて流れていく。

「ゴメンね……ゴメンね……」

 アンリエッタはマルコに何度も何度も謝った。
 マルコは不思議と涙がこぼれなかった。それよりもどこか安心したように落ち着いていた。


「――マ――――――――――だ――――――――」


 再びその声はその場にいる全員に聞こえた。不快な耳鳴りと共に男の声がブツブツと途切れながら聞こえてくる。マルコは驚いて周りを見渡す。ミドたちも周囲を警戒しているが謎の声の主は見当たらない。
 たった一人――、その声を聞いた瞬間に怒りに満ちた表情を浮かべた女性がいた。

「ドッペルフ……ッ! マルコに何を言ったのですか!」

 アンリエッタは謎の声に向かって叫んだ。すると謎の声は答える。

「――――――――――――――――――――」
「まさか……! お前がマルコをそそのかして、ここまで連れてきたのですか!」
「――――――――――――――――――――」
「黙りなさい! お前をここから自由にはさせません!」

 アンリエッタは再び全身から金色のオーラを放出させる。すると謎の声は言った。

「――――――――――――――――――――」

 ウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモウモ。

 すると空間の真上から巨大な口が奇妙な鳴き声を上げながら出現し、アンリエッタが纏っていた金色のオーラを吸い込んでいった。

「……んっ! あああっ!!」

 黒い舌が無数に伸びてきて、アンリエッタの全身を撫でまわし、まさぐり、金色のオーラを根こそぎ舐め取っていく。

「離れ、なさい……!!」

 マルコは黒い手に弄ばれる母アンリエッタの姿を見て、何が起こっているのか分からなかった。

「なに、これ……? なにが起こってるの?」

 ――その時、マルコの頭の中に声が聞こえてくる。

「マルコ……お母さんよ……」
「お母さん!!?」
「助けて、お願い……。ヤツを、好きにさせては、なりません」
「どうすればお母さんを助けられるの?!」
「私の足の、鎖を切って……お母さんを自由にして……」

 マルコはアンリエッタの足元に注意して観察すると、薄っすらとだが黒い鎖が両足にガッチリついているのが分かった。

「でも、ボクの力じゃ鎖なんて……」
「大丈夫……“切れろ”と念じながら引きちぎればよいのです……」
「……わかった!」

 アンリエッタの元にマルコは走り出した。アンリエッタは黒い両手に首を掴まれて持ち上げられている。そして両足の黒い鎖をマルコが掴んだ。
 すると黒い手に持ちあげられているアンリエッタが苦しそうに叫ぶ。

「!? やめなさいッ! マルコ!」
「待っててお母さん! 今助けるから!! こんな鎖があるから、お母さんは縛れてるんでしょ! これがなくなれば、お母さんは自由になれるんだ!」
「……ドッ、ペルフっ! これ以上、マル、コ……に……何も、言――」

(切れろ、切れろ、切れろ、切れろ、切れろ、切れろ、切れろ、切れろ、切れろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!)

 マルコは何度も切れろと念じながら鎖を引っ張った。鎖は粘土のようにぐにゃりと伸びて、細く千切れそうになっていく。

「やっ、ダメ――」

 ――プツン

 最後にアンリエッタのかすれる声がすると同時に鎖が切れる音がした。そしてアンリエッタの足元に大きなヒビが入る。そのヒビはどんどん大きくなり、空間全体に広がろうとしている。

「ちょっと、ちょっとキール!?? なんかヤバくないっスか!!?? 逃げた方がよくないっスか!!!!????」
「フィオ、オレたちから離れるな」

 フィオが不安そうに言うと、ミドとキールも警戒している。すると地面が揺れ始めて転びそうになる。ミドとキールが素早く伏せて、フィオが尻もちをついて「んぎゃん!」と言っている。

 すると、床から何かが突き破って飛び上がって来た。それは黒い塊のように見えるが、よくよく観察すると人の形状をした何かであった。
 オールバックの黒髪と痩せこけた頬と虚ろな目、特徴的なアゴ髭と丸メガネの男はマルコとアンリエッタの上で浮遊して言った。

「ふふふふふ……やっと出られた……」

 ミドたちはもちろん、マルコが聞いたこともない野太い男の声が空間に響き渡る。

「ああ……なんてことを……」

 アンリエッタがつぶやいた。マルコは男を見ていると、男もマルコを見下ろして言った。

「礼を言うマルコ王子、やっと解放されましたよ」
「あなたは……誰、ですか?」
「悲しいですね、今まで一緒に冒険してきたではありませんか」
「今まで……?」
「私の助言は役に立ちましたか? いや……あなたにとっては“お母さんの助言”でしたね」

 マルコは訳が分からなかった。この男は何を言っているのだろうか。今まで助言してきた? もし天の声のことだとしたらそれはお母さんのことであって、間違っても上から見下ろしている奇妙な男ではない。

「……お、母さん?」

 アンリエッタを見て不安そうにマルコは助けを求めた。アンリエッタは男を睨んでいる。
 すると後ろにいたキールが言った。

「なるほど……やっぱり罠だったってわけかよ」
「やれやれ、こりゃ参ったね~」

 ミドもすべてを察したように言う。すると男はマルコを見て「ふっ」と嗤いながら言った。

「やれやれ……まだ気づかないか? 本当にバカな小僧だ。人の言葉を簡単に信じるところは、親ゆずりですかね」
「ドッペルフ……!!」
「怒らないでくださいアンリエッタ様。あなたではなく“国王のこと”ですから」
「あなたという人はッ……!!」

 アンリエッタとドッペルフの会話を聞いてマルコは気づいたのだ。









 ――自分は騙されたのだということに……。
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