ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

文字の大きさ
62 / 87
竜がいた国『パプリカ王国編』

死人に口なしです。死んだ人間に自由などありません

しおりを挟む
「ごぷっ……」

 王家の墓の屋上で石畳の上に横たわるカタリナ。口から唾液と混ざり合った血を吐き出して震えるように呼吸を繰り返している。
 そこには倒れているカタリナを見下ろしているキレイな金色の髪の女性。マルコの母、アンリエッタが立っていた。彼女はタイトな白いワンピースを着ており、その純白の上には血しぶきがポツポツと飛んでいる。

「ごめんなさいね……カタリナ」

 アンリエッタは笑顔でつぶやいた。すると折れた剣を軽く指でつまんで剣先をカタリナに向けて言う。

「さようなら」
「──待てよ」

 その時、背後から男の声が聞こえてきた。アンリエッタドッペルフは頭部のみでぬるりと振り返る。そのまま真顔で声の人物に鋭い視線を向けた。そこに立っていたのは金髪でくせ毛、鋭い目。かつて大盗賊『フクロウ』と呼ばれた男である。男は言った。

「ずいぶんと楽しそうじゃねぇか」
「あなたは……………………そうだ、思い出した! マルコと一緒にいた旅人さんの……キールさんですね?」

 アンリエッタはキールを認識すると笑顔を見せながら言った。するとキールはアンリエッタの顔を睨んだ。その姿はドラゴ・シムティエール迷宮の亜空間の中で見た姿と同じだった。しばらく彼女を観察すると眉間にしわを寄せてキールが言った。

「お前……マルコの母親じゃねぇな」
「何を言ってるんですか? 私はマルコの母ですよ。うふふ」

 アンリエッタは折れた剣を捨てると血まみれの手をハンカチで拭き、その手で口を隠しながら笑った。キールは言った。

「もうちょっとマシな嘘つけねぇのかよ」
「え?」
「ヘタな変装しやがって……化けるなら事前によく相手を観察しておけよ」
「私は本物ですよ」
「黙れ。いい加減正体みせろよ……亡霊野郎」
「信じてください。実は私もいま目を覚ましたばかりで……。この状況も何が起こっているのか分か──」

 ──ピンッッッッッ!

 問答無用でキールは鬼紅線きこうせんを張り巡らせ、アンリエッタを縛りつけようとした。
 アンリエッタは一瞬で鬼紅線を軽々と避けてキールの背後に回り、心臓を貫こうと抜き手を突き出す。キールはそれを間一髪で脇の下でかわして後方に下がる。するとアンリエッタは言った。

「いきなり酷いじゃないですか。何をするのですか? 旅人さん……」
「やっと正体見せたか。まさかと思うが、オレの心臓急所狙っといてまだシラ切るつもりじゃねぇだろうな?」
「………………………………………………………………………………………………」

 アンリエッタはしばらく沈黙してから言った。

「勘のいい男は嫌いですよ……。ええそうです、私はドッペルフです」

 その声にはアンリエッタの声とドッペルフの声が二重に混ざっていた。キールは警戒心を強めて言った。

「どういうことだ。何でお前がマルコの母親になってんだ?」
「さぁ……どうしてでしょうねぇ……」
「どうやって化けたか知らねぇが、それに騙されて女王さんはボロボロにされたわけか」

 アンリエッタドッペルフは不気味に嗤って何も答えない。キールは鬼紅線きこうせんを両手の間でピンッと張ったまま言う。

「悪いが、てめぇには死んでもらう。覚悟しろ」
「いいんですか? 本当に私を傷つけて?」
「てめぇを殺せば女神の能力は消滅する。それでこの騒ぎもしまいだろうが」

 煽ったような表情をするアンリエッタドッペルフにキールが苛立ちを覚え、再び鬼紅線きこうせんを出してアンリエッタを縛りつけようとした。そのときである──。

「ダメ……やめ……てッ!」

 キールは誰かの声に驚いて鬼紅線の手を止める。周囲を確認すると、声の主は一人しか考えられない。
 キールは近くで倒れているカタリナにチラリと意識を向けた。一瞬だけ視線を向けて確認すると、彼女は体中を痛々しい痣だらけで両足を折られているのが見える。口からは吐血の跡が見えるが息はしている様子だ。カタリナがキールの足元に這いずって足の裾を掴んで言った。

「その人、を……傷、つけな、いで……」
「それ以上しゃべんな、傷に響くぞ」
「お、願い……聞いて……」

 必死に声を出すカタリナ。キールは微笑むアンリエッタに注意を払いながらカタリナの声に耳を傾ける。カタリナはかすれた声でキールに訴えかけた。

「ヤツを……止めないと……」
「だから、今からあの偽物の肉体ごとバラバラに──」
「違うの……あの体は……本物……なの……ッ!」
「……? どういうことだ?」

 キールはカタリナの声に耳を傾ける。

 どうやらドッペルフはアンリエッタに化けているわけではなく、本物の肉体に憑依した状態らしい。つまり、ドッペルフを殺そうとして攻撃するとその損傷ダメージはアンリエッタの肉体に蓄積される。
 キールがカタリナに訊ねる。

「アレは間違いなくマルコの母親の身体なのか?」
「ええ……間違い、ありません……」

 さらにアンリエッタの身体からだごとドッペルフを殺そうしても無駄である。ドッペルフは憑依して操っているだけなので、憑依している肉体が死亡した場合、新しい車に乗り換える感覚で次の身体を探すだけである。肉体は死んでも憑依した亡霊は消滅しないということだ。
 キールはドッペルフが霊体ではなく肉体を持っている状態であることに物理攻撃が通用すると好機を見出していたのだが、そうは問屋が卸さないらしい。

 なぜ天才剣士のカタリナがここまでボロ雑巾のように酷い有様になっているのか。
 カタリナが手も足も出せなかった理由は、ドッペルフを傷つけることは『アンリエッタ様を傷つけること』に等しいからだ。

 キールは状況が悪化していることに苛立って言う。

「チッ……めんどくせぇことになってんな」
「だから……お願い……あの女性ひとを、傷つけないで……!」
「じゃあどうしろってんだ。このままあの亡霊野郎に好き勝手させんのかよ」

「──お話は終わりましたか?」

 キールとカタリナの会話を遮ってアンリエッタが言った。キールは歯噛みしながら片脚を後ろにズズズと引いた。

「動くな」

 キールが動きを止めて睨む。アンリエッタが指先を瀕死のカタリナに向けて言った。その指先には小さな金色の弾が浮かんでいた。どうやらキールが怪しい動きをすれば、アンリエッタの指先がカタリナに止めを刺すことになりそうだ。するとアンリエッタドッペルフが笑顔で言った。

「ご理解いただけたかしら? 私を傷つけることの意味が」
「ああ、理解した。てめぇが気色の悪りぃ野郎だってことがな」
「酷い言い方しますね。旅人さん」
「惚れた女を操り人形にしてそんなに楽しいか?」
「ええ、とても心地よい気分ですよ。まさに一心同体ですね」
「何が一心同体だ。笑わせんじゃねぇ」
「あなたも男なら一度は考えたことがあるんじゃないですか? いた女性を自分の思い通りにしたいと……」

 そのとき、キールの脳裏にとある少女の顔が浮かぶ。

   ×  ×  ×

「キール様……」

   ×  ×  ×

 愛らしい桃髪のショートカットで和服を着た鬼族の少女が頬を赤らめている光景がフラッシュバックする。キールは眉間にしわを寄せて威嚇するように言った。

「てめぇと一緒にすんじゃねぇ……!」
「そう怒らないでください。男として生まれたのなら、誰でも考えることです」
「一緒にすんじゃねぇって言ってんだろうがッ!」

 吸血鬼の牙を剥き出しにしてキールは怒鳴った。アンリエッタドッペルフは一切動じずキールをからかうように嗤った。そしてアンリエッタドッペルフが言う。

「あなたの相手をしてもいいのですが、私も計画の第二段階に進まなければいけません。ですからあなたの相手は“彼”にやってもらいましょう……」

 するとアンリエッタドッペルフは指をくいっと動かした。すると周囲にいた亡霊たちが魂の抜けた体格の良い兵士を一人運んで来た。アンリエッタドッペルフの片手に青白い炎のような人魂ひとだまが現れ、そのまま兵士の中に入っていく。キールは警戒を強めてアンリエッタドッペルフと兵士を睨む。次の瞬間、体格の良い兵士はむくりと起き上がった。するとアンリエッタドッペルフが言う。

「お前に命じる。目の前にいる金髪の旅人を殺しなさい」

 すると兵士はキールに向かっておもむろに剣を抜いて構えた。するとキールが言う。

「そんな一般兵士一人でオレを止められると思ってんのか?」
「あなたに彼を殺すことができますか?」
「オレが殺しもできねぇ、お優しい旅人さんだとでも思ってんのかよ?」
「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」

 アンリエッタドッペルフは不気味に嗤っているだけである。キールの目が鋭く冷たくなっていく。

 この様々な思想が乱立する混沌カオスの世界に生きる旅人は人殺しに躊躇ためらいなどない。一瞬でも躊躇った者が先に殺されてしまうシビアな世界だからだ。キールはミドと共にそんな理不尽な世界を生き抜いてきたのだ。今まで殺人をした回数も両手では数え切れないほどである。赤の他人である兵士一人殺すくらいで動じることはない。邪魔をするなら排除するだけなのだ。

 キールは冷徹な目で兵士を睨んで言う。

「悪いが邪魔するならそいつも殺す。その次はてめぇだ、亡霊野郎」
「残念ですが、そう簡単にはいかないでしょうね……」
「あぁ?」

 キールが訝しげな表情をする。その時──。

 ギュオンッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!

 キールとは一〇メートル以上離れていた兵士がものすごい勢いでキールの首を取りに来た。キールが目を向けたときには既に目の前に剣を振り被った兵士が両目を紅く光らせて大剣を薙ぎ払おうとしていた。

「──なっ!?」

 キールは体を背面に曲げて大剣を間一髪で避ける。剣がキールの鼻先をかすめる。警戒を怠って反応が遅れていれば間違いなくキールの首が飛んでいただろう。そのままキールは後方に両手をつき、バク転をしながら兵士から距離を取った。
 しゃがんで片手を床の石畳の上に置いたキールが兵士の男を観察する。男は大剣を振った位置から動いておらず、ゆっくりと剣を構え直している。キールはつぶやくように言う。

「……ただの兵士じゃねぇな」
「ドッペルフ様ノ命令ニヨリ……オ前ヲ排除スル……」

 体格の良い兵士は無機質な声でつぶやき、キールに剣を向けて構えた。

「どうしました? 人殺しなんて簡単なんですよね?」
「その兵士に改造手術でもしたのか? この国にそれだけ動ける剣士はそこの女王さん以外はいねぇはずだ……」
「忘れたんですか? もう一人いるじゃないですか……」
「もう一人??」

 キールが理解できないと言った表情で言うと、アンリエッタドッペルフが言った。

「彼の名はシュナイゼル……『シュナイゼル・パプリカ』です」
「はぁ? どうみても違うだろうが! それにその男は死んだはずだ!」
「肉体は違いますよ。ですが、魂は同じです」
「なんだと!?」

 目の前の体格の良い兵士がシュナイゼルだと言われてキールは驚愕する。だが、剣技のそれは間違いなくシュナイゼルと同等のものだろう。
 生きていたときのシュナイゼルの全力をキールは実際に見たわけではないが、情報収集の際に知った彼の様々な大会での優勝歴や肉体の筋肉の付き方と歩き方などを見て総合的に計算すれば、おおよその戦闘力の高さは予想できる。

 それにドッペルフは女神の絵本の能力のろいを持っているのだ。その『亡霊』の力によってシュナイゼルの魂を捕縛。そして別の肉体に憑依させるなんていう非常識なことが起こっても驚くことではないだろう。

「本当に、シュナイゼル……なのですか?!」
「………………」

 カタリナが目を見開いて言った。しかし一般兵士シュナイゼルは返答せず、キールを抹殺することだけを考えているのか、カタリナには目もくれていない様子だ。
 キールがつぶやく。

「死んで楽になったと思ったら、こんな野郎に利用されるとは……浮かばれねぇな」
「死人に口なしです。死んだ人間に自由などありません」
「……ま、そうだな。オレもその意見には同意してやるよ」
「あら? 珍しく意見が一致しましたね」
「オレは悪党なんでね。死んだ人間の人権なんざ興味ねぇよ」
「ええ、死んだ人間に人権などありません。うふふふふ」

 アンリエッタドッペルフは嬉しそうに目をつぶって嗤った。するとキールが言う。

「ああ、もちろん亡霊野郎のてめぇにもな!」

 キールの無数の鬼紅線きこうせんアンリエッタドッペルフを縛りつけようと一直線に飛んでいく。カタリナが驚いてキールを止めようとする。だがどうやらキールはアンリエッタを縛り付けて動けなくすることが目的の様で、切り傷一つアンリエッタの身体にはついていなかった。

 ──バツンッッッッッ!

 だがしかし、鬼紅線は横から割り込んできた影に切られてしまう。鬼紅線は弾かれるように四方八方飛んでいき、情けなく地面に落ちていった。キールが影を睨むと、それは一般兵士シュナイゼルであった。そして無機質な声で言った。

「ドッペルフ様ノ敵……排除スル……!」
「チッ……上等だよ。まずてめぇから先に沈めてやる」

 キールの肌が白く透き通り、両手の爪が鋭く尖る。その指先には先ほど一般兵士シュナイゼルに切られた鬼紅線きこうせんが地面に垂れ下がっていた。

 そして、パプリカ王国随一の剣士『シュナイゼル・パプリカ』と『キール・エルディラン』の殺し合いが始まったのである──。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【魔法少女の性事情・1】恥ずかしがり屋の魔法少女16歳が肉欲に溺れる話

TEKKON
恋愛
きっとルンルンに怒られちゃうけど、頑張って大幹部を倒したんだもん。今日は変身したままHしても、良いよね?

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

処理中です...