ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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竜がいた国『パプリカ王国編』

逃げるは恥だが――

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「ミドさん?!!」

 マルコは思わず声を洩らす。ぐったりと床に倒れるミドは青白い肌、紫色に染まる唇をしている。頭部からは白い紐のようなものが薄っすらと伸びている。それは部屋の外、方角から言って、おそらく王家の墓の方向に向かって伸びているようだった。

 マルコがゴクリと唾を呑み込んで言う。

「キールさん、この白い紐みたいなのは……?」
「生命線ってやつだろうな」
「え、じゃあ、これが切れたら……」
「ミドが死ぬ」

 簡潔にだが、キールはミドの状態をマルコに説明した。ミドが幽体離脱マシンによる仮死状態であること。死んでいるのではなく、限りなく弱々しいが生命を維持している。心臓の鼓動もあり、ミドの肉体が微かに呼吸を繰り返しているのがマルコにも分かる。

 そして、幽体離脱には“制限時間”があること。

 キールからそれを聞いたマルコの呼吸が震え出す。ミドのやり方が邪道だというのはそういうことかと理解できたのだろうか。

「悠長に話してる時間はない。今やるべきことは──」

 そう言ったキールが背負っていた女王カタリナをベッドに横に寝かせた。カタリナは気を失っていた。そして床に倒れているミドを抱え上げてカタリナの隣に寝かせる。そしてキールが言う。

「フィオ、オレの薬箱持ってこい」
「了解っス!」

 フィオはキールに言われて部屋を出て行く。マルコはこれから一体何をするのか分からず、ただじっとキールや眠っているミドとカタリナに交互に目線を移動させた。マルコはキールにたずねる。

「キール! 持ってきたっスよ!」

 フィオは両手で薬箱を持ってくる。マルコがそれを見てたずねる。

「キールさん、これから何をするんですか?」
「見てりゃ分かる」

 キールはそう言ってフィオから薬箱を受け取って開ける。中には複数の茶色の小ビンやガーゼ、包帯。注射器や乾燥した薬草らしきものが透明な袋に入っているのが分かる。その中からキールは注射器と包帯、ガーゼ等を取り出した。

 キールはミドの肉体抜け殻の腕に注射器を突き刺す。注射器の中に濃い血液が流れ込んでいく。血液はチューブを通って小さな細長いビンにミドの血液が入っていった。キールがある程度ミドの血を採血すると、注射器を抜いてミドの腕を消毒して塞ぐ。そしてキールは包帯やガーゼにミドの血を染み込ませていった。眠っているカタリナに目線を映したキールが言う。

「ちょっと失礼するぞ」

 キールがゴキゴキッと右手を操作すると血管が浮き上がって爪が鋭利に尖る。そのまま右手を左肩方向に上げて勢いよく右下斜め方向に「シュンッ!」と薙ぎ払うように振り下ろす。

 ザンッ!

 一瞬でカタリナの服に爪の切り傷ができる。その穴に指を突っ込んで一気に引き裂いた。

 ビリビリビリッ! ビリッ! ビリッビリッ!

 キールはボロボロになったカタリナの服を片手の爪で切り裂いて引っぺがし、あっという間に全裸にしてしまった。カタリナの全身がキールたちの目の前に露わになった。するとキールがつぶやく。

「こりゃひでぇな……」

 それはあまりにも酷い傷跡である。カタリナの顔はもちろんだが、胸や腹部はさらにひどい。陥没したのではないかと思われるほどの打撲や切り傷。両足はどう見ても曲がってはいけない方向に曲がっている。そえ木で固定されていなければ千切れていたかもしれないと思うほどである。あのまま放置していたら彼女の命はあと数時間だっただろうか。

 するとマルコに説明するようにキールが手を動かしながら言う。

「ミドの血をそのまま使ってもいいが、今のミドの肉体からだには負担が大きすぎる。だからミドからもらう血は最小限にする」

 キールはミドの血で真っ赤に染まった包帯をカタリナの全身に巻いていった。その見た目はまるでミイラ男、いやミイラ女と言った方が正確だろう。その不気味な見た目と裏腹にカタリナの傷が癒えていった。

「しばらくすれば、ある程度の傷は治るはずだ」
「本当ですか!」
「ああ、ただ……」
「ただ?」
「完治は無理だ。特に両足はな……」

 カタリナの両足は折れてるだけでなく、皮膚も紫色や赤黒い色をしており、細胞が壊死していると思われる。

 ミドの血に含まれる『世界樹のしずくの原液』ならば骨折や細胞が壊死していようと完治させることは不可能ではないだろう。だがそれはミドの全身の血を全て抜き取るようなものである。それでミドが失血死しまっては意味がない。

 ゆえにキールはミドの血を薄めて使い、表面の傷だけでも治すことにしたのだ。残念だが、カタリナは二度と自分の足では歩けない可能性がある。

 キールはついでに自分の傷もミドの血を吸わせた布で癒していく。吸血鬼族の力のおかげで多少は傷の直りも早く回復はしていたのだが、ミドの血のおかげで大幅に回復できたと言える。

 するとフィオがキールにたずねた。

「女王様の様子はどうっスか?」
「とりあえず、これで安心だ。まぁ、最低でも半日以上は安静にする必要があるけどな」
「これからどうするっス? ミドくんの援護に行くっスか?」
「いや、下手に援護なんてしに行ったらミドの邪魔になるだけだ。それより女王さんの身の安全を確保する方がいい。ミドの戦いが終わるまでな」
「マンボウ号の中なら安心っスね!」
「この船にも亡霊どもがうろついてたこと忘れたのか? このままっといたらまた亡霊奴らが集まってくるかもしれねえ。今はミドの肉体抜け殻だってあるんだ。最低でも一人はマンボウ号ココに残って二人の身体を守る必要がある」

 そう言うとキールは少し沈黙して次の手を考えている。

 ミドが幽体離脱してからおおよそ一五分以上は経過している。多めに見積もって一〇分以内にミドの決着がつかなければミドの生命線が切れて死んでしまうと考えた方が賢明だろう。

「フィオ、飛行船をいつでも動かせるようにしておけ」
「分かったっス!」

 フィオはキールに言われた通り、マンボウ号のエンジンルームに向かう。続いてキールはマルコにも指示を出す。

「オレは船の周りに結界を張る。マルコは二人を見ててくれ。いつでも逃げられるように体力温存しろ」
「わ、分かりました」

 マルコはミドとカタリナが眠る部屋に残り、二人を見守ることになった。
 キールは船の屋上に出ると、マンボウ号の先端の上に立つ。目をつぶって深呼吸を一度すると、鋭い目つきになる。

鬼紅線きこうせん ──紅蜘蛛の巣レッド・スパイダー──』

 キールは両手から鬼紅線きこうせんを四方八方に飛ばして全方位を囲む。ちょっとでも侵入者が触れれば一瞬でキールの指に振動が伝わり、敵を感知するのだ。

「亡霊を感知できるかどうかは分からねぇが……何もしないよりはマシだろう」

 キールが戻るとフィオも既に戻っていた。フィオによると、五分以上エンジンを動かせばマンボウ号は飛ばせるそうだ。ミドの生命線が切れるであろうタイムリミットには一〇分はある。十分助ける時間はあるはずだ。

 もし生命線が切れるタイムリミットギリギリになってもパプリカ王国の王家の墓に変化がなく、ミドが戻ってくる気配がない場合は緊急事態と判断。撤退をするとキールは言った。

 仮にミドが敗北してもマンボウ号を飛ばして王家の墓で倒れているミドを救出。そのままパプリカ王国を見捨てて逃げればいいだけだ。キールは基本的に正義の味方でも救世主でもない。したがってパプリカ王国が危機に陥っていたとして命を懸けてまで助けるつもりはない。

 あくまでキールの最優先はミドやフィオ等の仲間の身の安全である。彼はシビアに現実を考えているのだ。

「なんかのど乾いたっスね。あーし、飲み物取ってくるっス!」

 そう言ってフィオは部屋を出ていった。キールとマルコが二人になる。するとキールが言う。

「先に行っておくが、もしミドが敗けたら、オレはこの国を見捨てて逃げるつもりだ」
「え、そんな……!? 最初からミドさんが敗けることを考えるなんて……」
「勝つことばかり考えてたら、敗けたときに冷静な判断ができねぇからな」
「だからって……」
「──逃げるは恥だが役に立つ」

 キールは静かに言った。マルコはその言葉を聞いたことがある。ミドがマルコに言ったことわざだ。たしか戦う場所を選べという意味だっただろうか。

 キールにマルコが言う。

「そのことわざ……ミドさんも言ってました」
「オレは逃げることを恥だとは思わねぇ」
「………………」
「勝つことしか考えてねぇヤツは、勝ててる間はいいだろうが……敗けたときに冷静な判断ができない。大抵はバカな行動をとって余計に自分の首を絞めちまうもんだ。勝ったときどうするか。仮に敗けた場合はどうするか。双方の可能性を事前に考えておく。それが戦略ってもんだろ」
「さっきの諺とどういう関係が……?」
「敗ける可能性も考えられる奴は、敗ける覚悟が最初からできてて精神も安定してる。だから『逃げる』ことを迷いなく選べるんだ。勝つことしか考えてねえ奴は、負けを認めたくなくて『逃げる』ことを選ぶのに無駄な時間をかけちまう。最悪は無謀な特攻した挙句に全滅するのがオチだ」

 マルコは閉口してキールの言葉を聞いている。キールは続けて言う。

「人間には、未来は今よりも良くなるって考えるバイアスがあるらしい。だから『きっと勝てるに違いない!』なんて根拠もなく考えちまうんだろうな。まぁ、オレもミドが勝つことを信じたいって気持ちは同じだ。あくまでも“最悪の展開を避けるため”だ」

 キールはそう言うと、マルコに目線を向けると八重歯を見せて微笑んだ。マルコはさっきまでの厳しい意見に緊張していたようだが、キールの微笑みを見て緊張がほぐれたのか、少し安心した様子で微笑み返した。

「──心配いりませんよ旅人さん。あなたの最悪の予想は当たりましたから」

 その時、背後から男の声が聞こえた。キール、マルコが部屋の外に出て船の甲板に出る。

「そんな……なんで、お前……!」

 マルコが見上げる先、そこには不気味に嗤うドッペルフが空に浮かんでいた。

「見つけましたよ……マルコ王子」
「てめぇ……ミドはどうした!」
「ミド? ああ、あの雑草の男ですか。彼なら、ここにいますよ」

 キールが言うと、ドッペルフは片手を上げてみせた。キールはその先を見て目を見開いた。

「まさか……ウソ、だろ」

 キールが目を向けた先、そこにはしおれた風船のようにへたり込んでいるミドの霊体がいた。ドッペルフの手にはミドの生命線を掴んでいるのが見える。ミドは電源が切れたように両目を見開いたまま動かない。その目に光はなく、本当に死んでいるかのようだった。

 キールの嫌な予想が当たったらしい。するとドッペルフが言う。

「この生命線を辿ってきて正解でしたね。簡単に見つけることができましたよ」

 ドッペルフは片手に握っているミドの白い生命線を見て「ふふふ」と笑いながら言った。

「これ以上、この雑草の男に邪魔されてはかないませんからね。カタリナも一緒のようですから、二人ともここで殺しておきましょうか」

 ドッペルフはかろうじて息をしているミドの肉体抜け殻と瀕死のカタリナを一緒に始末するつもりだ。ドッペルフだけはミドの肉体に傷をつけられるのだから、本体の息の根を止めれば、霊体のミドも一緒に死ぬ、絶体絶命のピンチである。どうすればいい。マルコはキールを見た。

「!?」

 キールの口元が少しだが笑っていたのだ。なぜ笑っていられるのか。マルコには一瞬、理解できなかった。するとキールはドッペルフではなくマルコに向かって言った。

「たしかに……ミドを殺すには“本体の息の根を止める”以外の方法はねぇ。最悪の展開だな」

 この言葉を聞いてマルコは違和感を覚える。キールは絶対絶命という表情をしているが、それは演技であると気づいた。マルコはキールの『嘘』に気付いたとき、なぜキールが笑っていたのかをようやく理解できた。

 ミドを殺す方法は『“本体の息の根を止める”以外の方法はねぇ』これは完全な嘘である。方法はもう一つある。

 それはミドの気絶させたまま制限時間タイムリミットで生命線が切れるのを待つという方法だ。

 もしドッペルフがそれを知っていれば、ミドを気絶させたまま生命線が切れるのを待っていればいいはずだ。だがそうしていない。それはなぜか。ミドの“生命線が切れる制限時間タイムリミットがあることを”ドッペルフは知らないのだ。だからわざわざミドの本体を狙いにきた。

 ミドの本体を狙って必ずドッペルフは追いかけてくるはずだ。カタリナは瀕死の状態。後回しにしても簡単に殺せると考えるのが自然だ。ドッペルフにとってミドが復活することの方がよっぽど脅威のはず。だから真っ先にミドを狙う可能性が高い。

 キールはドッペルフから目線を外さずにマルコに言う。

「マルコ、頼みがある」
「なんですか?」
「ミドを背負って、ヤツの囮になってくれ」
「え……」
「頼む」

 マルコがミドの本体を背負って逃げている間に罠を張る時間が稼げる。マルコは追われる弱者のフリをしながらドッペルフを罠のある場所に誘導できるだろう。

 キールが言う。

「一〇分以内に必ず合図を送る。そしたら王家の墓まで一直線に走れ」
「分かりました!」
「逃げ切れそうか?」
「大丈夫です、任せてください!」
「逃げるは恥だが――」
「役に立ちます!」
「ああ、その通りだ!」

 マルコは決意を固めるように頷くとキールもニヤリと笑い返す。フィオは飲み物を抱えながら物陰に隠れて怯えている。幸いにもドッペルフはフィオに気づいていない様子である。するとキールはマルコに叫んだ。

「マルコいけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 その掛け声と共にマルコは部屋に入ってミドの本体を背負う。

「逃がすかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」

 マルコが部屋を出てくると、ドッペルフが金色のオーラの弾をマルコに向けて放つ。するとキールの鬼紅線が船の甲板の上に現れて弾き返した。ドッペルフはオーラの弾を避けて下を睨む。そこにはキールがニヤついた表情をしていた。

「追わせねぇよ」
「邪魔をするなああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!」

 一瞬キールに狙いを定めようとした様子だったが、すぐに気持ちを切り替えてマルコを追って飛んでいく。マルコは既にマンボウ号から一〇〇メートル以上先をミドを背負ったまま逃走していた。

 マルコとドッペルフの鬼ごっこが始まった──。
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