ミドくんの奇妙な異世界旅行記

作者不明

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竜がいた国『パプリカ王国編』

男に二種類いる。マザコンか、ロリコンかだ。

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 ドッペルフはマルコに囁く。

「鬼ごっこは終わりですよ」

 パプリカ王国の中央公園。噴水が勢いよく空に吹き出しており、天気の良い日ならキレイな虹が現れる憩いの場だ。国の人たちの間では待合場所、ストレス解消の癒しの場、デートスポット等として人気の場所である。

 だが、そんな癒しのスポットでマルコは殺されかけていた。

「んぐ……あ、が……」

 いくら逃げる才があったとしても体力の限界はマルコにもある。それに加えて人を一人背負っているのだ。通常の倍以上に体力の消耗は激しいはずだ。それに比べてドッペルフは亡霊であり、体力という概念がそもそも通用しない。

 ついに体力の限界に達したマルコはドッペルフに捕まり、追い詰められてしまったようだ。ドッペルフの右手の指がマルコの首に巻き付くように伸びており、締め付けて離さない。ドッペルフが言う。

「簡単には死なせませんよ」

 ジワジワと締め上げていくドッペルフ。顔を真っ赤にして両手でドッペルフの手を離そうと必死になっている。マルコの足元、公園の石畳の上にはミドの肉体抜け殻が捨てられたように落ちている。捕まってしまった時に手を離してしまったのだ。

 ドッペルフは左手にミドの生命線を掴み、右手ではマルコの首を絞めている。元々ミドの本体の息の根を止めるためにマルコを追いかけていたドッペルフだが、マルコを先に始末するつもりだ。

 ミドの本体は生命線を握っていれば動くことはないが、マルコは今仕留めないと逃げられる可能性が高い。その際、ミドの肉体まで再び持っていかれたらさらに面倒だ。そのためドッペルフはマルコを先に殺そうと考えたようだ。

「それではさようなら、マルコ王子」
「ふっぐ……がぁ! いぎぎぁ……!」

 そう言うと大口を開けて息を吐く。すると金色のオーラの炎弾がドッペルフの顔の前で膨れ上がり、マルコの顔をジリジリと焼く。マルコは悲痛な声を洩らし、必死にもがいてドッペルフの手をほどこうとするが触れることさえできずにいる。

 このままではマルコは首から上を焼かれて灰にされるだろう。

 あっという間に見事な金色に輝く炎の弾が出来上がる。ドッペルフは安心したように顔の筋肉を緩ませる。後は「フッ」軽く息を吹きかければ炎弾が飛び出すことだろう。ドッペルフは鼻から息をすぅ~っと吸って数秒止める。マルコはいよいよ終わりだと覚悟したのか両目をつぶる。





 ヒュルルルルルル〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰〰………………ドンッッッ!





「!?」
「何ですか!? アレは?」

 そのときだった。薄っすらと目を開けるマルコの目線の先、そこには美しい花火が上がっていた。衝撃波のような音の波が響き渡り、マルコの全身を震わせる。ドッペルフも何事かと後ろを振り返ってつぶやく。その先には見覚えのある飛行船が飛んでいる。

「おい! これ閃光弾じゃなくて花火だろ!」
「いいじゃないっスか! 結果的に合図は送れてるんスから!」

 飛行船『まんまるマンボウ号』である。船の甲板の上でキールがフィオと言い合いをしていた。どうやら閃光弾と間違えて打ち上げ花火を使ってしまった模様である。

「そんなこと言ってる場合じゃないっス! 早く行くっスよキール!」
「分かってる!」

 ──タンッ!

 するとキールはマンボウ号から飛び降りていく。片手からは鬼紅線きこうせんが一本だけ伸びていてマンボウ号に繋がっている。マンボウ号はマルコとドッペルフの上空を飛んでおり、キールはぶつかる勢いで近づいて行った。

 ドッペルフはマルコに振り返って炎弾をマルコにぶつけようと息を吐こうとした。

 片手の鬼紅線がプツンと切れるとキールは凄まじい勢いのままマルコとドッペルフに近づき、すれ違いざまに一瞬で鬼紅線を巻きつけて、マルコの全身をまゆのように包んでしまう。

「フッッッッ!!」

 ドッペルフが息を吐くと金色の炎弾がマルコのまゆに激突して高温で焼いていく。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!

 ドッペルフが熱さに耐え切れず右手を離すと、真っ黒に焼けこげたまゆが真っ逆さまに落ちていく。するとマルコが落下してくるポイントでキールが待ち構えていた。キールは周囲の民家に鬼紅線きこうせんを張り巡らせてハンモックのように鋼線を張ってマルコのまゆを受け止めた。

 ボフンッ。ぼよんぼよん。

 黒焦げのまゆがハンモックの上でぴょんぴょん跳ねる。
 キールが真っ黒に焼けこげたまゆを掴んで支え、破って穴を開ける。すると中からマルコの顔が現れた。火傷の跡があるが致命傷にはなっていない様子のマルコは咳き込んでゆっくりと目を開ける。

「げほっ! げほ……」
「大丈夫か?! すまねぇマルコ、囮なんてさせちまって……」

 激しく咳き込むマルコにキールはドッペルフから目を離さずに謝罪する。

 キールとしては逃げているマルコを見つけたら、まずドッペルフに気付かれないように近づこうと考えていた。しかしフィオが望遠鏡でマルコを見つけたときには既に絶体絶命の状態であったため急遽予定変更。閃光弾でドッペルフの注意をこちらに向けようと試みたのだ。実際に使ったのは花火だったが結果オーライだろう。

「げほっ……キー、ルさん。どうして……?」

 マルコはキールにたずねる。
 本来の予定は、合図があったら『王家の墓まで走れ』のはずだ。合図だと思われる花火の後で、キールがなぜ助けに入って来たのか。マルコは疑問に感じて問いかける。キールは苦々しそうに返答した。

「予定通りにいかねぇのが人生なんだよ」

 キールの額から汗が一滴流れ落ちていく。マルコはキールの横顔を見て表情を曇らせた。
 するとドッペルフがゆっくりと降りてきて石畳の上から二〇センチほどの高さで浮かびながらキールに言う。

「また会いましたね。マルコ王子を囮にして逃げたと思ってましたよ……わざわざ私に殺されに追いかけて来たんですか? ご苦労さまです」
「忘れ物を取りに来たんだよ。ミドを返してもらうぞ」
「無駄なことを……私に触れることも出来ないのにどうやってですかねぇ」

 ドッペルフは鼻で笑いながら言う。キールの後ろでは、マルコが焼け焦げた鬼紅線の繭から出てきて息を切らしている。キールが言う。

「マルコ、まだ動けるか?」
「少しなら……どうするつもりですか?」
「ミドを奪還する」
「何か方法があるんですか?!」
「ああ、成功すればだけどな……」

 キールはマルコに聞こえる程度の声で何かを言っている様子だ。ドッペルフはやれやれとため息をついて言う。

「相談は終わりましたか?」

 するとキールは返答をせずにドッペルフを撹乱するように周りを動き回る。ドッペルフは微動だにせずキールを観察していた。キールの服の袖から鬼紅線きこうせんが四方八方に張り巡らされていく。すると周囲が真っ赤に染まっていき、あっという間にドーム状の空間が生まれた。キールの鬼紅線によって造られた簡易的なテントのようなものである。

 キールの両手から鬼紅線きこうせんがドームの内部の四方八方に伸びていて、いつでもドッペルフを捕らえることができそうな雰囲気である。ドッペルフの視界からマルコが消えて、キールと真っ赤な世界だけが映る。するとキールが叫んだ。

「今だマルコ! オレが時間稼ぎしてる間にミドを連れて逃げろ!」
「分かりました!」

 キールの声に返答するようにマルコの声が聞こえてきた。赤いドームの向こう型から走って遠ざかる足音が聞こえる。

「なるほど……マルコ王子を逃がすために、今度はあなたが囮になると?」
「察しがいいな」
「少しは頭が切れるのかと思いましたが……残念です」
「!?」

 次の瞬間、ドッペルフはキールの真正面に現れた。すると「がはっ」と声を洩らし、苦しそうな表情でキールは唾液を吐き出してしまう。

「時間稼ぎにもなりませんよ」

 ドッペルフが貫手ぬきてをキールの腹部に突き刺す。キールは吐血して歯を食いしばっている。ドッペルフの右手はキールの腹部の中心からやや右に逸れて突き刺さっている。透き通るような白い肌から真っ赤な血がドッペルフの右手を伝って流れ出してくる。

「最初に見たときから思っていましたが……あなた人族ではありませんね? その白い肌、鋭利な牙……吸血鬼族ですか。道理でしぶといわけです」
「だったら、どうした? オレは、まだ、死んで、ねえ、ぞ」
「それも時間の問題ですよ。純粋な吸血鬼ならまだしも、あなた、マルコ王子と同じ混血ハーフでしょう? 他種族人間の血が混じっている時点で話になりません」

 ドッペルフに吸血鬼と人間の混血であることを指摘されたキールがこめかみに青筋を立てて睨む。ドッペルフは続けて言う。

「不死で有名な純血の吸血鬼族なら、純血の竜人族である私と良い勝負ができたでしょう。やはり純血こそ本物。マルコ王子や、あなたのような混血まざりものは偽物です」
「ごちゃごちゃ、うるせぇんだよ……ごはッ!」
「もう少しで死にそうですね……まったくとんだ時間の損失ロスですよ」

 キールが再び吐血すると、ドッペルフの顔に血が飛び散った。ドッペルフがため息をついて言うとキールがニヤリと笑う。それに気づいたドッペルフは目を細めて言った。

「へ……へへ……」
「何がおかしいのですか?」
「時間の……損失ロス、か……。それで十分、だろうが」
「血を流しすぎて頭がおかしくなったんですか?」
「バ~カ。まだ気づいて、ねえ、のかよ」
「──ンぐッ!?!??」

 そのときである。ドッペルフは首に違和感を感じ始めた。ようやくドッペルフは異変に気付く。

「ぐ、何だッ!」

 ドッペルフは首に締め上げるような感覚を覚えた。何が起こっているの分からずどうにか必死に動くが、動く度に首が閉まっていく感覚が襲ってくる。ドッペルフはキールの腹部に突き刺していた貫手を抜くとキールは落ちるように石畳の上に倒れる。ドッペルフは自身の首に触れることで初めて何が起こったのかを理解した。

「こ、これは……!??」

 ドッペルフの首にミドの生命線が絡まっていたのだ。上手く首に絡まるように結ばれており、簡単には解けないような状態になっていた。

 キールは両手の鬼紅線すべてを振動させた。するとドーム状の空間が一瞬にして解けて、ハラハラと鬼紅線が地面に落ちていき、外の世界が顔を出す。ドッペルフが苦しそうに外を見ると、そこにはマルコの姿があった。倒れているキールが顔を上げてマルコに叫ぶ。

「マル、コ! そのまま……締め上げろ!」
「はい!」

 するとドッペルフの首に巻き付いたミドの生命線がさらに絞められていく。生命線が固結びのようにドッペルフの首を絞めていく。ドッペルフはそこで初めて気づく。

 ──マルコは逃げていなかった。

 マルコはキールを囮にして逃げたように見せかけて足音を立てないように戻ってきていたのだ。

 まず鬼紅線きこうせんでドーム状の空間を作って視界を遮り、マルコとミドの肉体をドッペルフに見えないようにする。

 ミドの肉体は鬼紅線きこうせんで作られたドームの外にあった。マルコは一時的に離れるようにわざと分かるように足音を立てて走り、グルッと回って戻ってきたのだ。そのままミドの肉体を抱えてドームの周りを回るよう動いた。

 ドームの中のキールはドッペルフが握るミドの生命線の動きに注意を向け、微妙に動いたのを察知。マルコが戻ったことを知ると鬼紅線を弾き、振動させて誘導する。

 マルコは鬼紅線ドームの微細な振動の道筋を感じて動く。どう動けば上手くドッペルフの首にミドの生命線を巻きつけられるかを知る。その振動した箇所に向かってマルコはミドを背負いながら移動しただけだ。

「あ……ッ! がぁッ!」

 ドッペルフは右手のみで首に絡まったミドの生命線を解こうとするが片手では解くことができない。マルコの逃げ足が速く、解こうとしてもすぐに絡みつけられてしまう。

 ドッペルフは苦しさに耐え切れず、片手に掴んでいたミドの生命線を離してしまう。両手が解放されて安堵したドッペルフが生命線を解こうとしたとき──。


 ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!


 鈍く痛々しい音が響き渡る。顔面が陥没するほどの衝撃を受けて地面に叩きつけられるドッペルフ。

「──ごふッッッッ!!!!」

 ドッペルフが何とも言えない声を洩らして倒れている。すると目を覚ました緑髪の人物が言った。

「いや~、こりゃ参った参った……でも、助かったよキール、マルコ」
「やっと、お目覚めか。ミド……」
「派手にやられたね~、キール。死んでないよね?」
「今のお前に、言われたくねぇよ……ったく」

 キールは幽体離脱で死にかけのミドに言った。するとマルコが駆け寄って言う。

「ミドさん! よかった、目を覚ましたんですね!」
「ありがとうマルコ、おかげで生き返ったよ」

 ミドはマルコに礼を言っていつものように笑う。キールが腹部を押さえて立ち上がり、ミドの元に来る。するとミドが言った。

「あれ、キールもう治ったの?」
「ああ、おかげさんでな。ミドの血を持ってきて正解だった」
「え?!」

 キールはマンボウ号でミドの血(世界樹の雫)を少量だけ持参していたようだ。といって大量には無理なので、本当に少量を細長いガラス瓶に入れていたものである。一度使えば無くなってしまう程度の量だ。それを使ってもキールの傷は完治ではなく、傷口を縫い合わせたように塞いだ程度だ。しばらくは自由に動けないだろう。重症のキールにミドが言う。

「キールは休んだ方がいい、ボクの血を使ったならしばらくすれば完治するよ。ここからはボクの出番だ」

 するとミドはドッペルフに向かって言い放った。

「さ~て第二ラウンドだ。まさか今ので終わりじゃないよね?」

 ミドの目線の先には首をもたげて下を向いたままフラフラと立って震えているドッペルフがいた。彼は抑えきれない感情を洩らすようにつぶやく。

「貴様らあああぁぁ……いい加減に──」

 そのときドッペルフが言いかけて言葉を止め、何かを感じたように別の方角を見た。ミドとマルコ、キールもその方角を見る。するとドッペルフは恍惚な表情をして言う。

「お、おお! ついに……この時が!」

 ドッペルフはいきなり涙を流して感動していた。キールが眉間にしわを寄せて言う。

「なんだ? なんだってんだ??」
「キール、あれ見て」

 ミドの目線の先を見ると、ドッペルフの背中辺りから薄い白い線が伸びているのが見え始める。それは見覚えのあるものだ。最初に言葉を発したのはマルコだった。

「あれって……ミドさんの生命線と同じ……」
「うん」

 ミドが小さく頷きながら言う。

 ドッペルフから伸びる生命線は王家の墓まで伸びており、その頂上で眠っているアンリエッタのお腹の中に繋がっていた。

「見なさい。これが私とアンリエッタ様の、運命の赤い糸ですよぉおおおおおお!」

 ドッペルフの本来の目的にある輪廻転生計画の一部、新たなる生命として生まれ変わることが、ついに実現へと近づく。

「いま行くよおおおおおおおおおおおおおお! ママあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 ドッペルフは急に甘えん坊の幼児のような口調になり、王家の墓に向かって飛んでいってしまった。

 残されたミド、キール、マルコ。ミドがキールにフィオはどうしたかたずねると、フィオはマンボウ号に乗って王家の墓に向かったとキールは言った。それを聞いたミドはマルコと一緒にもう一度、王家の墓に向かうことを決める。キールは傷が治るまで現在地に残ることになった。




 ──一方その頃、マンボウ号で上空から王家の墓を見下ろしているフィオがいた。

「ヤバいっス! ヤバいっス! なんかよく分かんないけど、とにかくヤバいっスよぉッ!!」

 ミドの森羅の力によって樹木や植物がすべてをのみ込むように生えており、まるで樹齢何千年の大樹のような姿に王家の墓は変貌していた。

 大樹の上空には赤黒い渦が巻いており、その中心にアンリエッタの体が、まるでシャボン玉の中に入っているかのように浮かんでいる。彼女のお腹から白い生命線が伸びているのが分かる。

 ミドの生命線が切れるまで、あと「五分」──。
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