婚約者の地位? 天才な妹に勝てない私は婚約破棄して自由に生きます

名無しの夜

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90 退院

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「荷物はこれで全部か?」
「うん。でもこれくらい自分で持つよ?」
「持たせてくれ。昼休みに友達の退院に付き合いたいと言ったら多めに時間をもらった。これくらいしないとな」

 オオルバさんが持ってきてくれた着替えの入ったバック。それをセンカさんはひょいと持ち上げると、肩に担いだ。一日しか泊まってないから大した量じゃない。だから重くはないと思うんだけど、友達に荷物持って貰っておいて自分は手ぶらというのは、何だか落ち着かない感じだ。

「ぐ、軍のお仕事って意外と融通きくんだね」

 メルルさんはここが職場だから頻繁に顔を見せてくれたけど、軍の兵士として就職しているセンカさんが退院に付き添ってくれるとは思わなかった。

「いや、多分入院したのがドロシーだからじゃないか?」
「え? それってーー」
「まぁ、昨日から城は色々と騒がしくて、教官達も新兵の訓練どころではないといった感じだから、そっちの方が理由かもしれないがな」
「何かあったの?」

 センカさんと一緒に病室を出る。その前に振り返って忘れ物がないか確認しておこう。

 荷物はちゃんとバックに全部詰めたし、アリリアナさんが持ってきたお菓子の袋はゴミ箱に全部入れた。ベッドのシーツも綺麗に直したし……あれ? そういえばアリリアナさんが以前、シーツは洗うからあんまりキッチリしてない方が、回収しやすくて楽だとか言ってたっけ? でもグチャグチャのまま出るのも何か悪いし、これくらいなら大丈夫だよね? 

「王妃様が……ドロシー? どうかしたか?」
「あ、ごめん。忘れ物がないか気になっちゃって。それで王妃様がどうかしたの?」

 時折すれ違う看護師さん達に頭を下げながら、センカさんと並んで病院の廊下を歩く。

「どうも床に伏せておられるようなんだ」
「そうなんだ。風邪かな? あ、でも騒ぎになってるってことは結構重い病気なのかな?」

 王妃様にはあまり良い思い出がないけど、それでも顔見知りが病気と聞いたらちょっと心配になっちゃう。……ちょっとだけだけど。

「症状については私のような下っ端には分からん。ただ城が慌ただしくなっているのは同時に、その……」

 言いにくそうに言葉を切るセンカさん。

「どうかしたの?」
「……ゲルド王子とアリア様の婚約が決まり、同時にドロテア家当主のジオルド殿が王城付き魔法使い筆頭となったんだ」
「お父様が王城付き魔法使い筆頭って……えっ!? 王城付き魔法使いに筆頭なんてあったの?」

 王城付き魔法使いは簡単に言えば軍とは別に王様が独自に雇ってる魔法使い達のことを指すけど、ほとんどの魔法使いは城以外の仕事を持ってて、王様に呼ばれた時だけその力を貸す形が多い。だからそれぞれの専門家はいても、筆頭だとか順列のようなものはない制度だったはずなのに。

「どうもジオルド殿のために王が新たにお決めになられた身分のようだ。筆頭は王と同じように王城付き魔法使いをいつでも招集出来て、無論指示も出せる。さらに今後創設される魔法使いのみで構成された、軍部から完全に独立した特殊部隊の指揮権も与えられるそうだ」
「な、なんかそれ、ちょっと権限強すぎないかな?」

 王城付き魔法使いの中には有力貴族も結構いるって話だし、その人達全員に命令できる上に、私兵のようなものを持てるなんて。実際はどうか分からないけど、傍から聞く分には、王様が二人になったみたい。

「確かにいくら身内になるとはいえ、いささか過剰な気もするが、時期が時期なだけに恐らく二人の婚姻を強く印象付けようとしているのだろう。王はよほどジオルド殿を信頼しておられるのだな」
「そう、なのかな?」

 王様とは話したことがあるけど、お父様に対して感謝はしていても、必要以上に強い権限をお父様に与えることはなさそうだったのに。センカさんの言う通り、ゲルド王子の一件が影響してるのかな?

「軍では反発する者、ジオルド殿にいち早く取り入ろうとする者など、まるでこれから起こるであろう派閥争いの前夜祭だ。教官達もそちらに気を取られているようで、私達新兵は自主練くらいしかやることがない」
「そうなんだ。お父様が……」

 ドロテア家が魔法貴族として名を馳せたのは遥か昔、今は有名ではあれどその辺りの有力貴族と変わらない影響力しかない。それが時代の流れだと思ってた。お父様はもはや届かぬ栄光を追っているのだと。だけどそれは私の早計で、お父様の方が正しかったのかな? 

「その様子だとドロシーは何も聞かされていないのか?」
「うん。全然」

 私が王子の婚約者だった時には筆頭だなんて話は一度も出てこなかった。もっともたとえ初めからそういう計画だったのだとしても、お父様が私にそれを話さなかったことは不思議でも何でもないけれど。それよりも気になるのはーー

「……アリア、大丈夫かな?」
「心配か?」
「どう……なのかな? 分からないよ。心配? ……うん。心配、なのかも」

 まだ助けてもらったお礼も言ってないし。そもそもあのゲルド王子と本当に仲良くやれているのかな? 姉である私でさえコミュニケーション取るのがすっごく難しい子なのに。いや、でもアリアだしなぁ。案外そつなくこなしてるのかも。

「そうか。それとこれは伝えようか悩んだが、一応教えておく。少し前にギルドがアリア・ドロテアに対してシャドーデビル討伐を要請し、それを現ドロテア家当主であるジオルド・ドロテアが受託した」
「ええっ!? ど、どうしてアリアに?」

 ギルドなら魔物退治を専門とする凄く強い人が沢山いるはずなのに。なんで冒険者でもないアリアに?

「現地で戦っている職員からの情報によると、シャドーデビルは光魔法以外の攻撃をほぼ無効化するらしい。知っての通り光魔法は原罪を持たない聖人にしか使えないからな。聖女様に依頼するよりも、リトルデビルを光魔法で倒したことで新たな聖女と目されているアリア様に依頼するのがベストだと判断したのだろう」

 そ、そんなっ!? 私がちゃんと名乗り出なかった影響がこんな形で出るなんて……。ど、どうしよう?

「アリアとあの魔物が……戦う?」

 闇でできた能面のような顔。最後に私を見た時の怖気の走るあの笑み。あんな不気味な怪物とアリアが? で、でもアリアならーー

 ズキリ、と包帯に巻かれた右腕が酷く痛んだ。

「大丈夫か?」
「う、うん。平気」
「そうか。相談があるなら聞くからいつでも言ってくれ。助力は惜しまない」
「うん。……ありがとう」

 口数が極端に少なくなった私に何を言うでもなく、センカさんはオオルバ魔法店までの道を一緒に歩いてくれた。
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