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155 簒奪者の影
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向き合っていた時間はどれくらいだろう? 多分そんなに長くはなかった。
まず最初に静寂があった。そして微かな大気の揺らぎ。それを知覚した時にはドルドさんの姿はエルフの少女と全く同じになっていた。
「エルフの子供になったってことは、こっちの子が本物な感じなのかな?」
アリリアナがこっそりと耳打ちしてくる。
今私達は台座を囲む円から少し離れた所でドルドさんの様子を見守っている。円の周囲は武装したエルフの人達が囲んでいて、誰もが鋭い眼差しを円の中心にいる二人へと向けていた。
「あれは相手の姿を真似ることで対象と同調し易くするための前段階だから、まだ分からないんじゃないかな」
これからドルドさんは徐々に対象の深層心理へと潜っていき、そこから相手がもっとも恐れる、あるいは苦手とする形を引き出すのだ。
「そっか。でも偶然ラミアとあの子の怖いものが同じだったらどうする感じなんだろ?」
「流石にそんな偶然はないんじゃないかな。それにもし仮にそんなことになっても、ドルドさんならどっちがラミアか分かると思うよ」
変身できたということは相手の心を読めたということだから、仮にラミアとあの子が全く同じものを恐れていたとしても、どっちがエルフでどっちがラミアなのかの判断はできそうだ。
などと話している内に、ドッペル族の体から溢れた霧状の魔力がドルドさんの全身を覆った。エルフの姿が白い……毛皮? うん。毛皮っぽい。に変わって、それがどんどん膨れ上がる。まるで風船みたいに。
「わっ。なんか大きい感じじゃん。ひょっとしてこっちが黒かな?」
「どうだろ? 大きな魔物が怖いって普通のことのような気もするけど」
まだ変化の途中だからどんな姿になるのかは分からないけど、あの様子を見るだけでも変身完了後の姿がどれくらい巨大かは容易に想像できた。
「って、どんだけ大きくなる感じなわけ?」
「見て! 足と腕が生えてきたよ」
白い毛皮から伸びる四肢。続いて顔と尻尾が生える。
唐突に心臓が早鐘を打った。まるで海底に引き摺り込まれたかのような重圧が全身を襲う。
「狼? これってまさかベルウルグ!?」
かつて世界を喰らったとも伝えられている神格種フェンリル。その遠縁とも言われる狼型の魔物。
でもどうなんだろう? 確かにベルウルグは危険指定Aの危険な魔物だけど、それにしても大きすぎるような……ううん。大きさの問題じゃない。この魔物、ベルウルグというにはあまりにもーー
ギロリ! と血よりも炎よりもなお紅い、まるで世界の涙のような瞳が私達を見下ろした。
「ひっ!?」
それは誰の悲鳴だったのか。私かもしれないし、アリリアナかイリーナさん、あるいはエルフの誰かだったのかもしれない。誰のものであったにしろ、この場にいる全ての人がきっと同じものを感じていた。
圧倒的なまでの格差。
これと争ってはならない。これこそが完全なる簒奪者なのだから。捕食者のような下剋上が可能な強者ではない。どうやっても敵わない。戦うこと自体が間違いなのだと確信させられる。そう、目の前のあの存在こそが神によって定められたこの星の頂点。
そんな怪物が私達を見下ろしている。そして、そしてーー小鳥へと変わった。
「へ? えっと……」
途端、消失する圧倒的なまでの存在感。
……何これ? 変化が激しすぎて頭がついてこない。まるで不可解な白昼夢を見ているかのようだ。
「ドルド」
イリーナさんがエルフの包囲をすり抜けて小鳥へと近づいた。
何故ドルドさんは小鳥になったのか。疑問はあるけど今はクランの仲間が心配だ。私とアリリアナは顔を見合わせると頷き合った。そして一緒になって駆け出したんだけどーー
「離れなさい!」
メローナさんが叫んだ。それにイリーナさんは咄嗟にドルドさんを抱えると飛び退く。お陰で巨大な尾の一撃を回避できたんだけど、私達とは正反対の方に飛んだからエルフの人達に紛れて姿が見えなくなっちゃった。
「とっ!? とっとっと。やっぱりこっちが黒な感じか」
私とアリリアはたたらを踏みながらも何とか急停止に成功する。台座の上で寝ていたエルフの子供。巨大な尾は彼女から生えていた。
「ぐ、が、あ、ああっ……GAAAA!!」
咆哮をあげながら少女の体が変化する。巨大な蛇へと。
「ちょっ!? 何これ何これ? 思った以上の大きさなんですけど?」
「攻撃開始!!」
メローナさんの指示でエルフの放つ幾つもの魔法がラミアの体へと降り注いだ。
「アリリアナ、今の内にイリーナさん達と合流しよう」
「オッケー。てかそれっきゃない感じね」
魔法攻撃が起こす爆発。その衝撃が風となって体を叩いてくる。
凄い魔法。でも思ったよりもエルフの動きが鈍い。やっぱりあの正体不明の魔物の影響? ドルドさんが変身したアレは一体何だったんだろ? ラミアは一体何を恐れていたのかな。
「ドロシー? どったの?」
「う、ううん。何でもない」
いけない。今は目の前のことに集中しなきゃ。目の前のこと……に?
「って? あれ? アリリアナ、ロロルドさんがいないよ」
「ロロルドさんなら私達が足踏みしてる間にさっさと合流した感じ」
うそ? ラミアの変化に気を取られて全然気付かなかった。
「そんなわけだから、私らも急ご」
「うん」
エルフの邪魔をしないよう気を付けながら、私達はイリーナさん達と合流するべく駆け出した。
まず最初に静寂があった。そして微かな大気の揺らぎ。それを知覚した時にはドルドさんの姿はエルフの少女と全く同じになっていた。
「エルフの子供になったってことは、こっちの子が本物な感じなのかな?」
アリリアナがこっそりと耳打ちしてくる。
今私達は台座を囲む円から少し離れた所でドルドさんの様子を見守っている。円の周囲は武装したエルフの人達が囲んでいて、誰もが鋭い眼差しを円の中心にいる二人へと向けていた。
「あれは相手の姿を真似ることで対象と同調し易くするための前段階だから、まだ分からないんじゃないかな」
これからドルドさんは徐々に対象の深層心理へと潜っていき、そこから相手がもっとも恐れる、あるいは苦手とする形を引き出すのだ。
「そっか。でも偶然ラミアとあの子の怖いものが同じだったらどうする感じなんだろ?」
「流石にそんな偶然はないんじゃないかな。それにもし仮にそんなことになっても、ドルドさんならどっちがラミアか分かると思うよ」
変身できたということは相手の心を読めたということだから、仮にラミアとあの子が全く同じものを恐れていたとしても、どっちがエルフでどっちがラミアなのかの判断はできそうだ。
などと話している内に、ドッペル族の体から溢れた霧状の魔力がドルドさんの全身を覆った。エルフの姿が白い……毛皮? うん。毛皮っぽい。に変わって、それがどんどん膨れ上がる。まるで風船みたいに。
「わっ。なんか大きい感じじゃん。ひょっとしてこっちが黒かな?」
「どうだろ? 大きな魔物が怖いって普通のことのような気もするけど」
まだ変化の途中だからどんな姿になるのかは分からないけど、あの様子を見るだけでも変身完了後の姿がどれくらい巨大かは容易に想像できた。
「って、どんだけ大きくなる感じなわけ?」
「見て! 足と腕が生えてきたよ」
白い毛皮から伸びる四肢。続いて顔と尻尾が生える。
唐突に心臓が早鐘を打った。まるで海底に引き摺り込まれたかのような重圧が全身を襲う。
「狼? これってまさかベルウルグ!?」
かつて世界を喰らったとも伝えられている神格種フェンリル。その遠縁とも言われる狼型の魔物。
でもどうなんだろう? 確かにベルウルグは危険指定Aの危険な魔物だけど、それにしても大きすぎるような……ううん。大きさの問題じゃない。この魔物、ベルウルグというにはあまりにもーー
ギロリ! と血よりも炎よりもなお紅い、まるで世界の涙のような瞳が私達を見下ろした。
「ひっ!?」
それは誰の悲鳴だったのか。私かもしれないし、アリリアナかイリーナさん、あるいはエルフの誰かだったのかもしれない。誰のものであったにしろ、この場にいる全ての人がきっと同じものを感じていた。
圧倒的なまでの格差。
これと争ってはならない。これこそが完全なる簒奪者なのだから。捕食者のような下剋上が可能な強者ではない。どうやっても敵わない。戦うこと自体が間違いなのだと確信させられる。そう、目の前のあの存在こそが神によって定められたこの星の頂点。
そんな怪物が私達を見下ろしている。そして、そしてーー小鳥へと変わった。
「へ? えっと……」
途端、消失する圧倒的なまでの存在感。
……何これ? 変化が激しすぎて頭がついてこない。まるで不可解な白昼夢を見ているかのようだ。
「ドルド」
イリーナさんがエルフの包囲をすり抜けて小鳥へと近づいた。
何故ドルドさんは小鳥になったのか。疑問はあるけど今はクランの仲間が心配だ。私とアリリアナは顔を見合わせると頷き合った。そして一緒になって駆け出したんだけどーー
「離れなさい!」
メローナさんが叫んだ。それにイリーナさんは咄嗟にドルドさんを抱えると飛び退く。お陰で巨大な尾の一撃を回避できたんだけど、私達とは正反対の方に飛んだからエルフの人達に紛れて姿が見えなくなっちゃった。
「とっ!? とっとっと。やっぱりこっちが黒な感じか」
私とアリリアはたたらを踏みながらも何とか急停止に成功する。台座の上で寝ていたエルフの子供。巨大な尾は彼女から生えていた。
「ぐ、が、あ、ああっ……GAAAA!!」
咆哮をあげながら少女の体が変化する。巨大な蛇へと。
「ちょっ!? 何これ何これ? 思った以上の大きさなんですけど?」
「攻撃開始!!」
メローナさんの指示でエルフの放つ幾つもの魔法がラミアの体へと降り注いだ。
「アリリアナ、今の内にイリーナさん達と合流しよう」
「オッケー。てかそれっきゃない感じね」
魔法攻撃が起こす爆発。その衝撃が風となって体を叩いてくる。
凄い魔法。でも思ったよりもエルフの動きが鈍い。やっぱりあの正体不明の魔物の影響? ドルドさんが変身したアレは一体何だったんだろ? ラミアは一体何を恐れていたのかな。
「ドロシー? どったの?」
「う、ううん。何でもない」
いけない。今は目の前のことに集中しなきゃ。目の前のこと……に?
「って? あれ? アリリアナ、ロロルドさんがいないよ」
「ロロルドさんなら私達が足踏みしてる間にさっさと合流した感じ」
うそ? ラミアの変化に気を取られて全然気付かなかった。
「そんなわけだから、私らも急ご」
「うん」
エルフの邪魔をしないよう気を付けながら、私達はイリーナさん達と合流するべく駆け出した。
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