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163 黒い炎
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「それが返答、と言うことで良いのかな?」
愉悦にも似た、禍々しい殺気を放つラミアへと、ガルドが静かに問いかけた。
「休戦、そして同盟。貴方の提案はとても素晴らしかったわ。でもねぇ、駄目。駄目なのよ。貴方が最高であるからこそ、私は貴方のお願いを聞いてはあげられないの。だってそうでしょう? こんな素晴らしい子を、私の可愛い子を、あのお方に取られるなんて、そんなの許せるはずがないわ。それなら私が、この私が全てを喰らうわ。そうするべきなのよ」
あの方? 誰のことだ?
気にはなるが、とても口を挟める雰囲気ではない。
少女の体から放たれる魔力。それは鳴動する大地のような途方もなさで場を支配していた。
「さて、それじゃあお喋りはここまでかしらね」
直後、小さな体に押し込められていた質量が爆発する。冗談じみた視覚的な変化。その後に現れたのは空を突くかのような巨体。その上半身は少女から大人の女性へと成長を果たした人間のもので、下半身は森すら横断しそうな巨大な蛇のもの。
ラミア。古より人類の脅威であり続けた存在が、ついにその正体を現した。
「……いくら何でもデカすぎだろ」
いや、デカイなんてものじゃない。目の前のあれは嵐とか雷とかそういった自然現象と同一に扱うべきものであって、どうみても生物にカテゴライズしていい存在には見えなかった。相手はただ正体を表しただけだというのに、それだけで聖人の張った結界が強風に打たれるガラスのように砕け散りそうだ。
「交渉は決裂か。残念だよ」
ガルドの嵌めていた指輪が発光、淡い粒子となったそれは直後に黄金の槍へと変わった。光を纏うその槍はオオルバさんに貰った炎の魔剣にも劣らない、まさに最強の聖人が持つにふさわしい武装に見えた。
「私のこの姿を見ても、まるで動じない。それどころか緊張すら見えない。素晴らしいわ。後学の為に娘達も何魔かこちらに連れてくるべきだったわね。まぁ、相手がエルフなのだから戦略的には仕方のないことなのだけど、本当に残念よ」
「…………は?」
なんだ? 今あの魔物はなんて言ったんだ?
決して聞き逃せない。そんな一言だった気がする。
「おい。今なんて言った?」
「さぁ、それでは始めましょうか。こんな豪華な踊り食いは久しぶりだから、どうか簡単には終わらないでちょうだいね」
「なんて言ったんだ!!」
俺は魔剣を抜き放つと、怒りのままに山のように巨大な蛇へと炎を放った。いや、放たれたのは炎だけじゃない。渦を巻く氷の嵐が一直線に大蛇へと向かう。
「あら? 餌を彩る飾りつけの割には意外な強さね。『■■■』」
ラミアが何事か口にすると、大気が闇を纏って炎と氷の嵐を阻んだ。
圧縮詠唱? それとも魔物特有の言語なのか?
「こんなに活きがいいと、目移りするわね。メインディッシュの前に前菜から頂こうかしら」
「今すぐ……引け」
「キッシッシッシ。小さすぎて聞こえないわよ。もっと大きな声は出せるかしら?」
「今すぐエルフの里から兵を引け!!」
恐怖だとか、不安だとか、そんな感情は残らず俺の中から燃え尽きていく。
絶対的強者に噛み付く俺とアリアさんを見て、ラミアの整った顔、その口元が耳まで裂けた。そして蛇の長い舌が挑発するように顔をのぞかせる。
「止めたければ自分で……と、言いたいところだけど、ここで私に食われる貴方達にできるはずもなし。ああ、なんて可哀想なのかしら。そして貴方達の悲劇は何故こうまで喜劇染みているのかしら。キッシッシッシ!!」
「……焼き尽くしてやる」
「存在ごと凍らせる」
アリアさんと同時に攻撃を仕掛けるーー前に光の爆発がラミアを襲った。
「勘違いしては困る、貴方の相手は私だよ」
「キッシッシッシ!! 可愛いね。儚いね。だから好きだよ。だからこそ、こんなにもいい匂いなんだろうね。纏めてかかっておいで、私の可愛い餌達。みんな仲良く食べてあげるわ」
「やってみろよ」
「ルネラード! ラミアはガルド様にお任せしろ。私達はあれを片付けるぞ」
「あれ?」
見れば正体を現したラミアの巨体と魔力で波打つ結界、その隙間を縫うように蛇の大群が光の壁を越え始めていた。
「連中はラミアを勝たせるためならば死など物ともせずガルド様に襲いかかるぞ。勝つ為に何をすべきか、最善を考えろ」
それだけ言うと、リリーナさんは時間がないとばかりに一人、蛇の大群へと立ち向かった。冷気を纏ったアリアさんがこちらに視線を向ける。
「レオ」
「……分かってる」
ガルドがあれに勝てるのかは分からない。だがガルドが敗れたら俺達だけであれに勝つのは奇跡でも起こらない限り無理だろう。
なんて……遠いんだ。
遥かな高みに存在する聖人と魔物。それに比べて俺が立っている場所はどうだ。ここ最近、自分は強いのだと思い始めていた。だがそれはとんだ思い上がりだった。ちっぽけな俺は迫り来る暴力の荒波に呑み込まれ、自由に泳ぐことすらままならない。本当は今すぐにでも君のもとに向かいたいのに。
俺の意思に呼応するように魔剣がドクンと脈打った。
力が欲しいか?
そう問われている気がした。
「キッシッシッシ! それじゃあ始めましょうか。私と貴方達の生存競争を。お願いだから、ねぇ、愛しい玩具達。簡単に壊れないでね『■■■■』」
ラミアの詠唱。それに続いて結界に覆われた空から無数の火の玉が落ちてくる。
戦術級魔法。千を超える命を容易に摘み取るであろう脅威を前に、しかし沸き起こってくるのは恐怖ではなかった。覚えたのは砂漠で水を求めるかのような、切実なる渇望だった。
「欲しい。力が欲しい。全てを焼き尽くせる力が……彼女を守れるだけの力が、だから、だから……」
降り掛かる天災のごとき魔法。押し寄せてくる万を超える魔物の群れ。それら目掛けて俺は剣を振るう。
「力をよこせ! 炎の魔剣!!」
直後、魔剣から暗黒の如き黒い炎が飛び出す。明らかな異様。だが驚きはない。そんなものはこの胸を焦がす炎が全て焼き尽くしてしまうから。ただ、やれる。そう直感した。
待っててくれ、ドロシーさん。すぐに全部倒して君のもとに行く。だからそれまで無事でいてくれ。頼むから、絶対、絶対、無事でいてくれ。
「うぉおおおお!!」
暗黒の炎を身に纏い、俺は戦場のど真ん中へと突っ込んだ。
愉悦にも似た、禍々しい殺気を放つラミアへと、ガルドが静かに問いかけた。
「休戦、そして同盟。貴方の提案はとても素晴らしかったわ。でもねぇ、駄目。駄目なのよ。貴方が最高であるからこそ、私は貴方のお願いを聞いてはあげられないの。だってそうでしょう? こんな素晴らしい子を、私の可愛い子を、あのお方に取られるなんて、そんなの許せるはずがないわ。それなら私が、この私が全てを喰らうわ。そうするべきなのよ」
あの方? 誰のことだ?
気にはなるが、とても口を挟める雰囲気ではない。
少女の体から放たれる魔力。それは鳴動する大地のような途方もなさで場を支配していた。
「さて、それじゃあお喋りはここまでかしらね」
直後、小さな体に押し込められていた質量が爆発する。冗談じみた視覚的な変化。その後に現れたのは空を突くかのような巨体。その上半身は少女から大人の女性へと成長を果たした人間のもので、下半身は森すら横断しそうな巨大な蛇のもの。
ラミア。古より人類の脅威であり続けた存在が、ついにその正体を現した。
「……いくら何でもデカすぎだろ」
いや、デカイなんてものじゃない。目の前のあれは嵐とか雷とかそういった自然現象と同一に扱うべきものであって、どうみても生物にカテゴライズしていい存在には見えなかった。相手はただ正体を表しただけだというのに、それだけで聖人の張った結界が強風に打たれるガラスのように砕け散りそうだ。
「交渉は決裂か。残念だよ」
ガルドの嵌めていた指輪が発光、淡い粒子となったそれは直後に黄金の槍へと変わった。光を纏うその槍はオオルバさんに貰った炎の魔剣にも劣らない、まさに最強の聖人が持つにふさわしい武装に見えた。
「私のこの姿を見ても、まるで動じない。それどころか緊張すら見えない。素晴らしいわ。後学の為に娘達も何魔かこちらに連れてくるべきだったわね。まぁ、相手がエルフなのだから戦略的には仕方のないことなのだけど、本当に残念よ」
「…………は?」
なんだ? 今あの魔物はなんて言ったんだ?
決して聞き逃せない。そんな一言だった気がする。
「おい。今なんて言った?」
「さぁ、それでは始めましょうか。こんな豪華な踊り食いは久しぶりだから、どうか簡単には終わらないでちょうだいね」
「なんて言ったんだ!!」
俺は魔剣を抜き放つと、怒りのままに山のように巨大な蛇へと炎を放った。いや、放たれたのは炎だけじゃない。渦を巻く氷の嵐が一直線に大蛇へと向かう。
「あら? 餌を彩る飾りつけの割には意外な強さね。『■■■』」
ラミアが何事か口にすると、大気が闇を纏って炎と氷の嵐を阻んだ。
圧縮詠唱? それとも魔物特有の言語なのか?
「こんなに活きがいいと、目移りするわね。メインディッシュの前に前菜から頂こうかしら」
「今すぐ……引け」
「キッシッシッシ。小さすぎて聞こえないわよ。もっと大きな声は出せるかしら?」
「今すぐエルフの里から兵を引け!!」
恐怖だとか、不安だとか、そんな感情は残らず俺の中から燃え尽きていく。
絶対的強者に噛み付く俺とアリアさんを見て、ラミアの整った顔、その口元が耳まで裂けた。そして蛇の長い舌が挑発するように顔をのぞかせる。
「止めたければ自分で……と、言いたいところだけど、ここで私に食われる貴方達にできるはずもなし。ああ、なんて可哀想なのかしら。そして貴方達の悲劇は何故こうまで喜劇染みているのかしら。キッシッシッシ!!」
「……焼き尽くしてやる」
「存在ごと凍らせる」
アリアさんと同時に攻撃を仕掛けるーー前に光の爆発がラミアを襲った。
「勘違いしては困る、貴方の相手は私だよ」
「キッシッシッシ!! 可愛いね。儚いね。だから好きだよ。だからこそ、こんなにもいい匂いなんだろうね。纏めてかかっておいで、私の可愛い餌達。みんな仲良く食べてあげるわ」
「やってみろよ」
「ルネラード! ラミアはガルド様にお任せしろ。私達はあれを片付けるぞ」
「あれ?」
見れば正体を現したラミアの巨体と魔力で波打つ結界、その隙間を縫うように蛇の大群が光の壁を越え始めていた。
「連中はラミアを勝たせるためならば死など物ともせずガルド様に襲いかかるぞ。勝つ為に何をすべきか、最善を考えろ」
それだけ言うと、リリーナさんは時間がないとばかりに一人、蛇の大群へと立ち向かった。冷気を纏ったアリアさんがこちらに視線を向ける。
「レオ」
「……分かってる」
ガルドがあれに勝てるのかは分からない。だがガルドが敗れたら俺達だけであれに勝つのは奇跡でも起こらない限り無理だろう。
なんて……遠いんだ。
遥かな高みに存在する聖人と魔物。それに比べて俺が立っている場所はどうだ。ここ最近、自分は強いのだと思い始めていた。だがそれはとんだ思い上がりだった。ちっぽけな俺は迫り来る暴力の荒波に呑み込まれ、自由に泳ぐことすらままならない。本当は今すぐにでも君のもとに向かいたいのに。
俺の意思に呼応するように魔剣がドクンと脈打った。
力が欲しいか?
そう問われている気がした。
「キッシッシッシ! それじゃあ始めましょうか。私と貴方達の生存競争を。お願いだから、ねぇ、愛しい玩具達。簡単に壊れないでね『■■■■』」
ラミアの詠唱。それに続いて結界に覆われた空から無数の火の玉が落ちてくる。
戦術級魔法。千を超える命を容易に摘み取るであろう脅威を前に、しかし沸き起こってくるのは恐怖ではなかった。覚えたのは砂漠で水を求めるかのような、切実なる渇望だった。
「欲しい。力が欲しい。全てを焼き尽くせる力が……彼女を守れるだけの力が、だから、だから……」
降り掛かる天災のごとき魔法。押し寄せてくる万を超える魔物の群れ。それら目掛けて俺は剣を振るう。
「力をよこせ! 炎の魔剣!!」
直後、魔剣から暗黒の如き黒い炎が飛び出す。明らかな異様。だが驚きはない。そんなものはこの胸を焦がす炎が全て焼き尽くしてしまうから。ただ、やれる。そう直感した。
待っててくれ、ドロシーさん。すぐに全部倒して君のもとに行く。だからそれまで無事でいてくれ。頼むから、絶対、絶対、無事でいてくれ。
「うぉおおおお!!」
暗黒の炎を身に纏い、俺は戦場のど真ん中へと突っ込んだ。
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