植物使いの四天王、魔王軍を抜けてママになる

名無しの夜

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20.追う者達

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「それで、フラウダは辺境に入ったというのね」

 部下の報告を聞き終えたスイナハは持っていたペンを机に置くと、深い溜息をついた。

「フラウダさんにも困ったものですね。どうするんですか?」

 小さな羽をパタパタ振るわせてスイナハの周りを飛び回る妖精達。その中で唯一、六枚羽の妖精が問いかける。

「現在フラウダを追っている部隊は?」
「チョルダスト師団長が部隊を率いて追っています。ただ部隊といっても親衛隊のみで構成された少数精鋭で、数は十か二十くらいとのことです」

 その報告にスイナハは自嘲するかのように笑った。

「四天王を相手に軍団長ではなく師団長、それも千にも満たない部隊で追跡ね」
「その甲斐あってというべきか、軍上層部の混乱は既に治っていますね。今ではフラウダさんがいつ軍に戻ってくるか賭けが行われているくらいです」
「最初こそフラウダを本気で処罰するかのような手回しの良さだったけど、初動のあとはこのおざなりな対応。これではいつもの悪ふざけと取られても仕方ないでしょうね」
「本当のところ、戻っては来られないんですか?」

 小さな妖精のその問に、スイナハは本日二度目の溜息をついた。

「分からないわ。いつもであれば何事もなかったように戻ってくることもあったでしょうけど……」
「今回は違いますか?」
「少しだけ、そう、少しだけ違うわね」

 スイナハはフラウダが軍を去ると言ったあの日のことを思い出す。激しい戦闘の最中、結局不意をつかれて逃げられてしまったが、あのまま戦っていれば敗北していたのは自分であったという確信がスイナハにはあった。

(やっぱり能力の相性も含めて私はフラウダに弱いわね。魔王軍の中で確実にあの子に勝てるとしたら、やはりーー)

 スイナハが物思いにふけっていると部屋のドアを透過して、幾魔もの妖精達が飛び込んできた。

「大変、大変ですよスイナハ様」
「何ですか貴方達は? 部屋に入るときはノックをしなさいと言ったでしょう」
「わぁ!? ウインガル様?」

 部屋の主の横にいる銀髪で六枚羽根の妖精を見て、部屋に入ってきた他の妖精達は大層慌てた。

「だからノックしようって言ったじゃん。折檻よ、折檻されちゃうわ」
「待って! 大丈夫、今からでもきっと間に合うはず」
「そうだね。じゃあ私がノックするわ」

 妖精の一魔が入ってきた時同様ドアをすり抜けた。そしてーー

 コン、コン、コン。

「はいはい。開いてますよ」

 と答えたのは同じ仲間の妖精。それを聞いてノックをした妖精が笑顔で戻ってくる。

「これで完璧だね」
「まさに完璧」
「ノック万歳」

 きゃっきゃと色めき立つ妖精たちを見て、六枚羽の妖精ウインガルはこめかみに指をあてた。

「申し訳ありません、スイナハ様。後できっちり躾けておきますので」
「あまりやりすぎないようにね。それで貴方達、何が大変なのかしら?」
「はい、スイナハ様。それがですね……ん? ちょっと待って? 今躾けるって言いませんでしたか?」
「言った、言ったよね?」
「そんなはずないよ、だってちゃんとノックしたし」
「そうよ、そうよ。コンコンやったし、コンコン」
「貴方達、早くスイナハ様の質問に答えなさい。怒りますよ?」

 六枚羽の妖精がキッと睨みつければ、他の妖精達は顔色をなくした。

「え、えっとですね、アレですよアレ……あれ? アレって何だっけ?」
「何だっけ?」
「何を言ってんのよ。フレイアナハスさんでしょ」
「そうだったそうだった。フレイアナハスさんがすごい剣幕でこっち来てますよ」
「スイナハ様ピンチ」
「ピンチ! ピンチ!」

 スイナハの周りを飛び回る妖精達。ウインガルが気遣わしげな視線を主人へと向けた。

「スイナハ様」
「ずいぶん早い戻りね。確かフレイアナハスは南部に集結していた帝国軍の対処を任されていたはずだけど」

 コン、コン、コン。

「キタァアアアア!!」

 歓喜とも恐怖ともつかない妖精達の絶叫。スイナハが入室を許可すれば、部屋の中に炎を思わせる真っ赤な髪をポニーテールにした軍服の女が入ってきた。

「ふん。貴様といいフラウダといい、どこにいても本当に喧しいな」

 燃えるような美貌。その頰に走る一筋の傷は不思議と女によく似合っていた。真紅の一暼を受けて、ウインガルを除いた部屋中の妖精達がスイナハの背中へと隠れる。

「嫌味を言うためにわざわざ来たのかしら?」
「そんなわけあるまい。用件は貴様の片割れについてだ」

 フレイアナハスが手に持っていた資料を机の上へと放った。

「これは?」
「私なりに今回のあらましを調べた調査結果だ。不備があれば言え。言っておくが今言わなかった事を後出ししても私がそれを信用することはないぞ」

 資料の中にはフラウダが軍を抜けることになった原因から経過まで全て正確(少なくともスイナハが把握しているのと同レベルで)に調べられていた。

(流石ね)

 魔王軍最大派閥の長。魔族といえども多くの人材が集まればそこに様々な思惑を抱えた派閥が生まれるのは必定。そして魔王軍で最も勢力を振るう派閥の長ともなれば、遠く離れた場所で戦っていてもこの程度の情報収集は容易なのだろう。

 スイナハは本日三度目の溜息をつきながら、開いていた資料を閉じた。

「間違いないわ」
「そうか。あの軟弱者め、いつかはやらかすと思っていたがついにか」

 フレイアナハスは炎のような怒気をまとった背中をスイナハへと見せる。

「待って! フレイアナハス、貴方どうする気なの?」
「知れたこと。魔王様の許しなく軍を抜けた者には血の粛正を。例外はない」
「今からフラウダを討ちに行く気?」
「戯け。大きな仕事を終えたばかりだ。戦地で奮闘した部下をねぎらうのは無論のこと、他にも様々な調整がある。すぐにとはいかん。……いかんが、あの軟弱者を相手にそれほど時間をかけるつもりもない。……くれぐれも私の邪魔だけはするなよ、スイナハ」

 そうしてフレイアナハスは静かに部屋を出て行った。

「……ウインガル、幾つかの仕事を前倒しで終わらせるわ。手伝ってもらえる?」
「勿論です、スイナハ様。時間を作って会いに行かれるんですね」
「ほんと、いつまで経っても手の掛かる親友よ」
「そこが魅力的なのでしょう?」

 ウインガルの言葉にスイナハは唇の端をほんの少しだけ持ち上げると、机の上のペンを取った。
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