植物使いの四天王、魔王軍を抜けてママになる

名無しの夜

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34.制裁

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「散々引っ掻き回しておいて、後は他の者任せか? 貴様のそういうところが私を苛立たせるのだ」 
「え?」

 突然の声に禁術の発動が僅かに遅れ、その隙を突くかのようにーー

 ドォオオン!!

 燃え盛る爆炎がフラウダを襲った。

「ぐはっ? なっ!? これは……ふぎゃ!?」

 頭を踏んづけられて地面にその美貌をのめり込ませるフラウダ。緑の髪を踏みつけた者がその足をグリグリと動かした。

「私に何の相談もなく勝手に軍を抜けて辺境で母親ごっこ。挙句それすら投げ出すつもりとはな。八方美人とはまさに貴様のことだな、この愚図が」
「そ、その声にこの懐かしくも腹立つ仕打ちは……フレイアナハス!?」

 頭部の重みを跳ね除けて顔を上げる。そんなフラウダの前で空間が歪んで、その中から二人の幼子が飛び出してきた。

「ママ!」
「お母さん!」
「二魔とも何でここに?」

 自分の胸に飛び込んでくる二人を抱きとめながら、フラウダは非難の眼差しを真紅の美女へと向けた。

「何だその目は? 言っておくがな、連れて来られたのは私の方だぞ」
「え?」

 と目を瞬くフラウダ。そんな四天王にーー

「あのね、ママ。夢でね、ママが危ないって分かったの。だからね、あのね、ママを助けなきゃって思ったんだけどね、お姉ちゃんの持ってる種を見たらね、これだって思ったの。それでね、えっと、えっと、とにかくビュンって飛んだんだよ! お姉ちゃんのおかげなの。ママはもう大丈夫なんだよ」
「傷は大丈夫ですか? これ、以前頂いた兵糧丸です。後のことはこちらの二魔に任せて早く逃げましょう。ここまでしたのだからニアの予知を超えたと思いますが、まだ安心は出来ません。ですから一刻も早くここから逃げましょう。さぁ、早く」
「ちょっ、ちょっと二魔とも落ち着いて。あっ、クローナこれありがとね」

 フラウダは娘から兵糧丸を受け取ると、自分が持つ最も効果の高い黒色の兵糧丸と一緒にそれを呑み干した。四天王の強力無比な奥義まじゅつを行使した後では焼け石に水程度の癒しではあるが、戦場に娘が現れた以上そうも言ってられなかった。

「いいかい二魔とも、ここは危ないから絶対ママから離れたら駄目だからね」

 ギュッと二人の娘を抱きしめるフラウダ。

「えへへ」
「…………」

 状況も忘れて母親の温もりを堪能するニアと、少しだけ頬を赤くしながらも自らの腕を母親へと回すクローナ。

 ハァ、と深い吐息が吐き出された。

「本当にお母さんをやっているのね。心配してた私がバカみたいじゃない。貴方、予想外のことをしなければならない病気にでもかかっているんじゃない?」

 風に揺れる海を思わせる蒼い髪。緑の瞳が大きく見開かれた。

「スイナハ!? いたの?」
「いたわよ。転移してくる数も分からないなんて、戦場で気を抜きすぎよ。貴方らしくもない」
「ふん。この状況……貴様奥義を使ったな」

 周囲を見回したフレイアハナスがポツリとつぶやいた。その真紅のしせんが遠く離れた場所へと向けられる。

「あれが貴様の敵か。帝国軍かと思えば獣か。だがこの力……一先ず貴様への制裁は後回しだな」
「驚異的な力を持った幻獣ね。でも、貴方が勝てない程とは思えないのだけど」

 真紅の瞳と同じ場所を眺めるスイナハが解せぬという面持ちで友を見た。

「アハハ。ちょっと色々とツキがなくてね」
「下らない問答は後回しにしろ。愚図とはいえ四天王と戦って生存できるレベルの獣を放置しておくわけにはいかん。……殺るぞ」
「そうね。私も友人を傷付けられたままでは面白くないわ。殺りましょうか」

 静かな口調とは裏腹にそれは強い感情を秘めた言葉だった。

 幻想山脈に嵐のような魔力が二つ吹き荒れた。



 獣は遁走していた。己に与えれた超越的な能力、その全てをもって疾く、疾く、風よりも疾く、獣はひた走る。

(何だ? 何だあれは!?)

 勝ったはずだった。獣を統べるという己の権能を存分に酷使し、あの大地の如く巨大な存在を打倒したはずだった。後は近づきその肉を喰らう。それだけだったはずなのに。それだけで己は勝利と共に更なる進化を果たせる、そんな予感があったのに。だが勝利の美酒は唐突に取り上げられた。突然現れた大地に勝るとも劣らない二つの巨大な存在によって。

(喰われる。このままでは喰われてしまう)

 新たに現れた二つの存在はその力もさることながら、大地にはなかったモノを放っていた。それは絶対にお前を殺すという、あまりにも明確なる殺意いし

 烈火の如く猛り狂う殺意ほのおに、獣は初めて恐怖というものを知ったのだ。

(まだだ。まだ我は何も喰ろうてない)

 この世界のすべてを喰らうべく生を受けた己が何の命も喰えずして終わるなどあっていいものか。獣は遁走しながらも近くにいた同族を片端から食い殺していく。初めて喰らう命の味は屈辱に満ち満ちていた。

「GAAAAAAAAAA!!」

 もっと、もっと喰わせろ! 鮮血にその顔を歪めながらも皮肉なほど完璧な満月つきへと向かって吠える、それは殺戮の慟哭。

 だがどれだけ吠えようが恐れていた瞬間はやってくる。地面から伸びた蔓が白銀の獣、その両足へと絡みついた。

「GAA!? GAAA!!」

 必死に爪や牙を振るうが両足に絡み付いた蔓はまるで何らかの加護を受けているかのように、獣のいかなる攻撃も寄せ付けない。そしてーー

 太陽が落ちてくる。

 それはそう錯覚するほどの巨大な火球。逃げ場はない。防ぐこともできない。全てを焼き尽くす恒星を前に白銀の獣、その左目がーー

「GAAAAAA!!」

 虹色に輝いてーー砕け散った。



「…………む?」

 遠く離れた場所から二魔の四天王が敵を拘束した場所へと火球を落としたフレイアナハスは柳眉をひそめた。

「今の手応え……貴様らはどう思う?」
「逃げる隙間はなかったはずだと思うのだけど……仕留めた気がしないわね。フラウダは?」
「ハァハァ……植物から妙な波動を感じた。ひょっとしたら何かの天授兵器を使用したのかも」

 そう答えるフラウダの顔は蒼白で今にも倒れそうだった。

「天授兵器!? 何で獣がそんなものを……いえ、それよりも貴方大丈夫?」
「アハハ。流石に今の体調で二魔に合わせるのは無理があったかも」
「ママ、大丈夫?」
「あの、座った方がいいと思います」

 心配そうに母親を見上げる二人の幼子。フラウダはそんな子供達の頭を優しく撫でた。

「……スイナハ、ソイツはもう使いモノになりそうにない。貴様が先行して獣の生死を確認しろ。ただし深追いはするなよ。幻想山脈内とはいえ、既に人間領だ。親衛隊のいない状態で帝国兵とことを構えるのは避けたい」
「分かったわ。ただ……」

 水を総べる四天王の蒼い瞳が心配そうにフラウダを見る。

「何をしている? このバカに次いで索敵能力が高いのは貴様だ。早く行け」
「……フラウダとその子達のこと任せたわよ」

 そうしてスイナハは空高く跳躍。夜の闇へと飛び込んでいった。フレイアナハスはその後ろ姿をしばらく眺めていたが、やがて十分な距離が開いたことを確認するとーー

「さて」

 と呟きフラウダへと視線を向けた。何気のないその動作にフラウダとクローナが身を強張らせる。

「ほう、若いのに聡いな。将来はさぞ立派な戦士となるだろう。何なら私が鍛えてやってもいい」
「ど、どういうことですか? 何でーー」
「クローナ、下がって。ニアも」
「ママ?」
「でもお母さん。こいつ」

 子供二人を背後に庇うフラウダは満身創痍で、立っているのも辛そうだった。

「無駄な抵抗は止めておけ。いらん痛みが増えるだけだぞ」
「僕を……どうする気?」
「くだらんことを聞くな。私のことは理解しているだろう? 裏切り者には血の粛清を。例外はない」
「フレイアナハス。僕はーー」
「喋るな。いくぞ」

 直後、真紅の美女が幼子二人の認識から消える。百戦錬磨の技量と魔族でトップクラスの身体能力から生み出される、それは空間転移の如き踏み込み。この場でフレイアハナスの動きを目で追えたのは同じ四天王であるフラウダだけ。しかしーー

(あ、ダメだこれ)

 疲弊し切った肉体に幼子二人を背にするという回避にはあまりにも不利な態勢。フラウダは己の運命を悟り、そしてそれは過たず現実のものとなった。

 貫かれる体。二人の幼子が呆然と母親を見上げた。

「マ、ママ?」
「おかあ……さん?」

 ポタッ、ポタッと地面を叩く赤い雫。神速の踏み込みと同時に繰り出された拳がフラウダの腹部を貫通し、フレイアナハスの肘が背中から出るほどの大穴を元四天王の体へと開けたのだ。

「ガハァ」

 フラウダの口から鮮血が飛び散った。それと同時に幼子達の時間が動き出す。

「ママァアアアアア!!」
「いやぁあああああ!!」

 悲痛な慟哭が山脈に木霊した。
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