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2 陽だまり
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あれから十五年後の秋、両親が死んだ。
──その日が来ることを、私は知っていた。
あの夜、神社の木に触れた時から。
それ以来、私は“運命”を見るようになった。
人が、いつ、なぜ、どんな形で終わるのか。
カップに注いだコーヒーに、砂糖をひとすくい。
スプーンがカップの縁を打つ音が、静かな部屋に響いた。
香りより先に、温度が消えていく気がする。
テレビをつける。
街頭インタビューの映像。
「健康のために心がけていることは?」
マイクを向けられた若い女性が、はにかむように笑った。
──二ヶ月後、赤い信号。
遠ざかる悲鳴。
砕けたガラス。
彼女の未来が、冷たい映像のように流れ込んでくる。
彼女だけじゃない。
通りすがりのサラリーマンも、
画面の端に映る小さな子どもも。
無意識にリモコンを握りしめ、画面を消した。
『……土曜日か』
呟きが、部屋の静けさに吸い込まれていく。
外に出よう。
そんな思いつきだけで、玄関のドアを押し開けた。立て付けの悪い蝶番が、鈍い音を立てる。
外では、大家が花壇に水をやっていた。
「美琴ちゃん、おはよう。最近は腰が上がらんくってねぇ。外に出るなんて珍しいね」
『……仕事の気分転換です』
そう答えながらも、目を合わせられなかった。
彼の咳が長く続く。
水が土に染みこみ、陽に透けた滴が光った。
──それが、最後の朝露のように見えた。
知っている。彼は、もうすぐこの世界を離れる。明るい陽射しの下で、私だけが薄暗い部屋に取り残されたようだった。
****
当てもなく歩いた。
人混みを抜けるたびに、他人の顔を見ないようにしてしまう。知らなければ、きっと優しくなれた。知らなければ、まだ笑えたのに。
スマホを取り出そうとした、そのとき。
耳に届いたのは、踏切の警告音。金属が軋むような、鋭い音。視線の先に、遮断機が降りていた。人々が足を止める中、ひとりの少女がいた。
淡い水色の髪飾り。
夕陽を受けて、儚く光る。
──どこかで見た色だ。
あの夜、神社の木に宿っていた光。
胸の奥で、遠い記憶がざわめいた。
少女は線路脇の緊急停止ボタンを叩いている。
視線の先には、小さな子猫。
動かない。
そして──私はわかってしまう。
間もなく、電車が通り、あの猫は命を落とす。
少女が動いた。
遮断機の下をくぐり、線路へ。
赤い光。警告音。
鉄の車輪の音が近づく。
考えるより先に、身体が動いた。
『──っ!』
少女の腕を掴み、全力で引き寄せる。
地面に倒れ込み、腕の中で彼女を抱きしめた。
背後で、鈍い衝撃音が響く。
空気が震え、砂埃が舞う。
運命は、狂わない。
少なくとも、私はそう信じていた。
子猫は、きっともう、見ることはできない。
そう思わなければ、私はこの力と一緒に生きてこられなかった。
唇の内側を強く噛む。鉄の味がした。
『大丈夫か!』
声が震えた。
少女は目を丸くしたまま、言葉を失っている。
怯えた小動物のように、肩が小刻みに震えていた。私は彼女を道路脇に座らせた。
その細い肩が、夕陽に照らされて小さく光る。
──死。
そればかりを見てきたのに、
この少女は、ためらいもなく命を差し出した。
『どうして……何も考えずに……』
声にならない。
けれど、目が合った瞬間、胸を刺すような冷たさが走った。
彼女の“最期”が見えた。
それは、私と同じ。
自ら命を絶つ未来だった。
──その日が来ることを、私は知っていた。
あの夜、神社の木に触れた時から。
それ以来、私は“運命”を見るようになった。
人が、いつ、なぜ、どんな形で終わるのか。
カップに注いだコーヒーに、砂糖をひとすくい。
スプーンがカップの縁を打つ音が、静かな部屋に響いた。
香りより先に、温度が消えていく気がする。
テレビをつける。
街頭インタビューの映像。
「健康のために心がけていることは?」
マイクを向けられた若い女性が、はにかむように笑った。
──二ヶ月後、赤い信号。
遠ざかる悲鳴。
砕けたガラス。
彼女の未来が、冷たい映像のように流れ込んでくる。
彼女だけじゃない。
通りすがりのサラリーマンも、
画面の端に映る小さな子どもも。
無意識にリモコンを握りしめ、画面を消した。
『……土曜日か』
呟きが、部屋の静けさに吸い込まれていく。
外に出よう。
そんな思いつきだけで、玄関のドアを押し開けた。立て付けの悪い蝶番が、鈍い音を立てる。
外では、大家が花壇に水をやっていた。
「美琴ちゃん、おはよう。最近は腰が上がらんくってねぇ。外に出るなんて珍しいね」
『……仕事の気分転換です』
そう答えながらも、目を合わせられなかった。
彼の咳が長く続く。
水が土に染みこみ、陽に透けた滴が光った。
──それが、最後の朝露のように見えた。
知っている。彼は、もうすぐこの世界を離れる。明るい陽射しの下で、私だけが薄暗い部屋に取り残されたようだった。
****
当てもなく歩いた。
人混みを抜けるたびに、他人の顔を見ないようにしてしまう。知らなければ、きっと優しくなれた。知らなければ、まだ笑えたのに。
スマホを取り出そうとした、そのとき。
耳に届いたのは、踏切の警告音。金属が軋むような、鋭い音。視線の先に、遮断機が降りていた。人々が足を止める中、ひとりの少女がいた。
淡い水色の髪飾り。
夕陽を受けて、儚く光る。
──どこかで見た色だ。
あの夜、神社の木に宿っていた光。
胸の奥で、遠い記憶がざわめいた。
少女は線路脇の緊急停止ボタンを叩いている。
視線の先には、小さな子猫。
動かない。
そして──私はわかってしまう。
間もなく、電車が通り、あの猫は命を落とす。
少女が動いた。
遮断機の下をくぐり、線路へ。
赤い光。警告音。
鉄の車輪の音が近づく。
考えるより先に、身体が動いた。
『──っ!』
少女の腕を掴み、全力で引き寄せる。
地面に倒れ込み、腕の中で彼女を抱きしめた。
背後で、鈍い衝撃音が響く。
空気が震え、砂埃が舞う。
運命は、狂わない。
少なくとも、私はそう信じていた。
子猫は、きっともう、見ることはできない。
そう思わなければ、私はこの力と一緒に生きてこられなかった。
唇の内側を強く噛む。鉄の味がした。
『大丈夫か!』
声が震えた。
少女は目を丸くしたまま、言葉を失っている。
怯えた小動物のように、肩が小刻みに震えていた。私は彼女を道路脇に座らせた。
その細い肩が、夕陽に照らされて小さく光る。
──死。
そればかりを見てきたのに、
この少女は、ためらいもなく命を差し出した。
『どうして……何も考えずに……』
声にならない。
けれど、目が合った瞬間、胸を刺すような冷たさが走った。
彼女の“最期”が見えた。
それは、私と同じ。
自ら命を絶つ未来だった。
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