「ただの経費削減ですが?」 銀河最弱の補給艦隊が、俺の「在庫管理」で最強になったようです

空木 架

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アストラ艦長のランチェスター戦略

第17話 フェイスの確認と聞き間違い

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 ヘルディナンドは、司令室のホログラムディスプレイと睨み合いをしていた。つい先程、艦隊のホログラム用3Dデータが納品されたのだ。

「これではダメだ。傷跡が一本多い。色も少し違う。ここの色は、『Dic080』ではなく『Pantone Red 032 C』だろうが。もっとリアリティを出せ! この角はコンマ1ミリ丸めるんだ。現実世界に完全に角が出ているものなど無いんだよ! そういう細かい部分へのこだわりでリアリティが生まれるんだ!」

 変なこだわりを発揮したヘルディナンドが、とてつもなく面倒くさいダメ出しをしていると、後ろから唐突に声をかけられた。

「おい、ヘルディナンド! どれに決まりそうなんだ?」

 聞き慣れた声に、ヘルディナンドが恐る恐る振り返る。
 声の主はもちろんフェイス。自分のデザインがどれに決まるか楽しみで眠れないフェイスは、わざわざ司令室まで選考の進捗を確認しに来たのだった。

「こ、これはフェイス殿下ではありませんか」

(ま、まずい……。却下されたなんて到底言えない……)

 フェイスの機嫌を損ねると、何をされるか分からない。その恐ろしさを、誰よりもよく知るヘルディナンドの額に一筋の汗が流れ、指先が震え始めた。
 ヘルディナンドが選べる選択肢は、たった一つ――〝誤魔化す〟だ。

「まだ何も決まっておりません。殿下が描かれたデザインは、どれも素晴らしいので、選考委員も頭を悩ませておる……らしいのです」

 フェイスはそれを聞き、ふんっと鼻を鳴らしながら、声を弾ませる。

「ほう? それなら仕方ない。オレが描いたデザインはどれも芸術的だからなぁ! うわはははっ!」

(まぁ、選考委員会なんていうものは存在しませんが……)

 フェイスの自尊心を最大限に持ち上げてやる。それが、この星における国民の処世術なのだ。

「ところで、選考委員長は誰がやっているんだ? 並の者では、あの芸術は理解できまい」

「……え? せ、選考委員長でございますか?」

 突然の質問に、ヘルディナンドの呼吸が止まった。目の前にいるフェイスは、満面の笑みを浮かべながら答えを待っている。
 窮地に立たされたヘルディナンドの脳が、通常時の100倍はあろうかと思われるクロックスピードで計算し、瞬時に結論を出した。

(よし、アストラ艦長に全て委ねよう……。あの知将なら何とかしてくれる)

 ヘルディナンドが出した結論――それは〝丸投げ〟だ。それはもう鮮やかに、アストラに丸投げした。
 ヘルディナンドは、フェイスと目を合わせないように、天井の一点を見つめたまま大声で叫ぶ。

「アストラ艦長であります! フェイス殿下の素晴らしい芸術作品に感動し、自ら選考委員長を買って出たようであります!」

「なんだと!? あの様な唐変木に、オレの芸術が分かる訳あるまい!」

 フェイスの顔から笑顔が消え、手のひらに爪が食い込むほど拳を硬く握りしめた。アストラに対する怒りは、まだ薄れてはいない。

「は! フェイス殿下の芸術は、それほどまでに完璧だという事であります!」

「それは嘘ではあるまいな?」

 フェイスは、その目を細めながらヘルディナンドを睨みつける。ヘルディナンドの心臓が大きく脈を打った。
 もう一押しだ。もう少し押し切ればこの場をくぐり抜けられる。

「もちろんです! フェイス殿下の芸術にはそれだけの力がございますのです、はい!」

 フェイスが疑わしげにヘルディナンドの顔を覗き込む。その目はもはや獲物を狙う爬虫類のそれだ。

「少しでも動きがあったら、逐一オレに報告しろ。いいな……」

「イエス! サー! すぐにお知らせいたします!」

 フェイスが靴音高く出ていくと、ヘルディナンドは慌てて無線に駆け寄った。

「アストラ艦長! 大変です! フェイス殿下が来られました! 自分が描いた絵がどうなったか連絡しろとおっしゃっています!」

 ◇

 俺は補給倉庫でARディスプレイ(物理的に見えるやつ)を展開していた。そこに映し出されているのは、ネットショップ最大手マーカリアンのページだ。

「うーむ、悩ましい。どうするべきか……」

 俺の悩みを察したのか、隣にいたエライアが俺のヘルメットが表示しているページを見ながら話しかけてきた。もちろん廃オイルまみれだ。

「トイレットペーパーなんか眺めて、何を悩んでいるんですの?」

「ん? あぁ、いまちょうどマーカリアン創業祭でセール中なんだよ。通常時だと144ロール入一箱で5695ヌールが、今だと5645ヌールなんだ」

「50ヌールしか変わらないではありませんか」

 俺はエライアの脳天気さに、若干うんざりした。しかし、まぁ帝国の姫君なのだ、多少世間知らずな部分があるのは仕方ない。フェイスよりはかなりましだろう。

「エライア……。よく考えて見ろ。クロス・ヴァーン帝国軍は全体で何人いると思っているんだ?」

「五千人くらいかしら?」

「桁が違う。一千万人だ」

「え? そ、そんなにおりますの!?」

「当たり前だろ。一国の――いや、一星の軍だぞ。それでも少ないくらいだ。それだけの人数が使うトイレットペーパーの数だぞ。天文学的な数だ。いいか?」

 俺は、ARディスプレイにスプレッドシートを表示させて、エライアに説明を始めた。エライアにも分かりやすいように、段階を追って計算していく。

「まず、一人が三日で1ロール使用すると仮定しよう。1千万÷3で、一日あたりの使用量は約333万3333ロールだ」

「なぜですの? 三日で1ロール使用するのであれば、一日目の使用量はゼロですわ」

 お、お前……。
 エライアは笑顔を崩さず、平然としている。完全に無邪気だ。
 おい! 皇帝! あんた子供の教育、完全に失敗してるぞ!
 俺は、説明するのを諦めた。
 もうこうなったらやけくそだ!

「さすが姫様だなぁ! すごい分析力だあぁ! これなら、クロス・ヴァーン帝国も安泰だぁ!」

「そうですわぁ! 安泰ですわよ!」

 エライアが満面の笑顔で叫んだその時、無線が鳴り響いた。

「アストラ艦長……ザーッ……フェイス殿下が……ザザッ……自分が描いた絵……う…………れ……ザッ……とおっしゃっています!……ザザッ!」

 え? なんて?

「いま、お兄様の絵を売れと言っていましたわね? お兄様の絵なんて持っていますの?」

「確かにそう言ってたな。そこのコンテナの中にあるんだが……」

 エライアがコンテナの扉に廃オイルでヌメヌメの手を伸ばす。
 ガチャリと重々しい音を立てて扉が開いた。

「これですの?」

 エライアが取り出した、ひしゃげたメガネの様な絵には、べっとりとエライアの手の跡が黒いオイルで付いていた。

「あ、お前汚い手で触るから、黒い手形が付いちゃったじゃないか!」

「あら、本当ですわ。でも、落書きみたいだから、問題ありませんわ。……あっ」

 そう言いながら、エライアが一歩踏み出そうとした時、今度は潰れたカエルの様な絵を踏みつけた。

 グシャア!

「あっ! お前また――」

 エライアがその勢いのまま倒れる。その先は食べかけのドーナツの様な絵だ。

 ドシャア!

「顔面から行ったあぁ! 大丈夫か! エライア!」

「だ、大丈夫ですわぁ……」

 よろよろと立ち上がるエライア。その後ろに見える、食べかけのドーナツの隣には、見事な黒い染み――芸術的なまでのエライアの顔拓が出来上がっていた。

 全滅じゃねぇか! どうすんだこれ! いや、待て。魚のような絵だけは残ってる。何とかこれだけでも売らないと……。

「なぁエライア、この絵を売る方法はなんかあるか? ネットオークションとか?」

「それでしたら、ノヴァオクですわね」

「よし! すぐに出品の準備だ!」

 俺はそう叫びながら、ヘルメットのカメラを起動するのであった。

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