逃亡聖女はアンデッド従者たちと平穏な生活を望んでいます

時乃純之助

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02 闇の聖女

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 闇の聖女が選出されたことはすぐに王城へも報せが届きました。

 王はすぐに臣下を集め、緊急の会議を開きました。

「まさか闇の聖女がまた現れるとは……」

「前に現れたのは100年前だったか?」

「しかもそれがフレクト家の一人娘とは……」

 その言葉にその場にいた全員の視線がひとりの男性に集まりました。

 立派な黒いヒゲを蓄えたその男性は視線を気にした様子を見せず、黙り込んでいます。

「レカムス殿、この度はなんと言えばいいのか……」

 報告にやって来た神官長はまるで自分の責任のように申し訳なさそうに視線をさまよわせています。

「いや、お気遣いは結構。それよりも詳細を聞かせてください」

 レカムス・フレクトは現フレクト家当主にしてこの国の大臣のひとり、そしてアリアロスの父親です。

「……分かりました」

 神官長は一礼し、儀式当時の説明をしました。

「皆様もご存知の通り、最初の闇の聖女は100年ほど前に選ばれました。その能力は他の属性の聖女が行うアンデッドへの『浄化』とは異なり『従属』させること。当時の記録によるとアンデッドの軍を率いて王国への謀反を目論んだとされ、討伐されたとあります」

 一般には知られていない6番目の聖女。その存在はとても忌まわしいものとされ、極一部の者しか知りませんでした。

「なんと恐ろしい……そんな危険な者は即刻死刑だ!!」

「なにを言う! それはあくまで先代聖女の話だ! レカムス殿の娘がそのような恐ろしいことを考えるはずがない!!」

「そうだとも! 私は彼女を幼い頃から知っておるが慈しみの心を持ったまさに聖女と呼ぶに相応しい乙女よ!!」

「信用ならん!! 闇の力を得た今どのような邪悪な企てをしていることか……」

「なんだと!?」

 突然はじまった言い争いに神官長は内心「またか」とため息をつきました。

 この国では現在急速に発言力を増しているレカムス……の取り巻きと、旧体制の派閥がことあるごとに衝突していました。

 普段ならレカムスの一喝で言い争いを止めるのですが、今回は自身の娘のことなので口を出せずにいました。

 国王はレカムスが止められないと分かると誰にも気づかれないよう小さくため息をつき、言い争いが落ち着くのを黙って待つのでした。





 その頃アリアロスは大教会地下の倉庫に閉じ込められていました。

 神官長の権限で独房に入れることもできましたが、自らが言い出したこととはいえ事情を呑み込めていない娘を檻の中に入れることに罪悪感を覚え、一時的な措置として倉庫を選んだのです。

(あぁ、どうしてこんなことに……)

 アリアロスは用意された椅子の上で膝を抱え、流れそうになる涙を必死に抑え込んでいました。

(私はどうなってしまうの? 神官さんたちはいずれ牢に入れられると言っていた……まるで罪人のような扱いだわ)

 その先はどうなるのだろう? と考えると嫌な想像ばかりしてしまいます。

 死ぬまで一生牢屋の中で過ごすのか? あるいは処刑されてしまうのか……あまりの怖さにアリアロスの小さな体は震えが止まりません。

(あぁ、お父様、早く……早く助けて……)

 しかしその願いは届く気配がありません。

 時間だけがゆっくりと過ぎてゆきます。1度だけ兵士が食事を差し入れてくれましたが、食べる気にもなりません。

 薄暗い倉庫の中、ずっと膝を抱えていた彼女の耳に、ふと声が聞こえてきました。

「あ、あー、こんな所の見張りも退屈だなー!」

 やけに大きなその声にアリアロスは覚えがありました。

 まだ彼女が小さな頃、屋敷の門番をしていた男性の声です。

「うーん、暇だし少しサボっちゃおうかなー!? 倉庫のドア、鍵がついてないけどまさか逃げ出さないだろうなー!」

 まるで自分に聞かせるために言っているような声に、アリアロスはイスから立ち上がり、ゆっくりとドアの前まで来ました。

「そうだなー! 交代の奴ももうすぐ来るし、迎えに行ってやるかー! えーと、あいつは正面の扉から来るんだったよなー! 裏口からは誰も来ないからそっちには行かないようにしないとな―!」

(あぁ……この方は……)

「よーし、そろそろ行くぞー! 10分もすれば戻ってこられるだろうな―!!」

 兵士の声は調子外れな歌を歌いながら遠ざかっていきました。

 アリアロスがそっと倉庫の扉を開けると、正面には彼の物であろうブーツとランタン、そしてお金が少し入った革袋が置かれていました。

「……ありがとうございます。フレクト家の名に誓い、いつか必ずこのご恩はお返しします」

 すでに見えない兵士に深々と頭を下げ、アリアロスは自分には大きなブーツを丁寧に履き、ランタンと革袋を持って裏口へと向かいました。

 普段なら施錠されているはずの裏口のカギは外されていました。

 アリアロスはもう一度兵士に頭を下げ、大教会の外へと出ました。

 すでに日は落ち空には星が瞬いています。

 アリアロスは自分の屋敷に向かおうとしましたが、すぐに足が止まりました。

 なぜあの兵士は歩きやすいブーツと暗い道を照らすランタン、少しとはいえお金を残したのか、その理由を考えたのです。

(……屋敷には帰れない)

 アリアロスは自分がどのような立場に置かれているのかまだハッキリとは分かりませんが、屋敷に戻ってはいけないと考えました。

(それなら……)

 アリアロスはできるだけ目立たない、人の少ない道を選び西側の城壁までやってきました。

「確かここに……」

 石壁をペタペタと触っていると、一部だけ感触の違う箇所がありました。
 そこに力を加えて押し込むと、石壁がドアのようにスライドしました。

 そこは一部の有力者のみが知る非常時用の出入り口だったのです。

 ここから一歩外に出てしまえば、アリアロスは後戻りができなくなります。
 そのことが分かっている彼女はなかなか一歩が踏み出せず、ゆっくりと深呼吸を繰り返しています。

 何度か目に息を吸い込んだ瞬間、背後から足音が聞こえてきました。

 アリアロスは息を吐きだすことを忘れ、そのまま城壁の外へと飛び出しました。

 そのあとは振り返らず、走り出しました。
 お世辞にも速いとは言えないながらも、必死に、しかし確実に王都から遠ざかっていきました。

 この日、アリアロス・フレクトははじめてひとりで王都を後にしたのです。

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