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03 魔の住む森
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アリアロスはひたすら走り続けました。
当てなどありません。王都の外に頼れる者もおりません。これからの見通しも立ちません。
そのことを思うと夜闇に飲み込まれてしまいそうなほど不安になりますが、右手にあるランタンの明かりを掲げ、不安を振り払うように走ります。
しかし、それから大して進まずアリアロスは座り込みました。
「す、少しだけ……」
遠出するときは決まって馬車を使っていたアリアロスにとって自分の足で進んだ距離は間違いなく人生で最長の移動距離でした。
「王都の明かり、遠いな……」
今まで運動らしい運動をやってこなかったアリアロスにとってはこんな状況ではありますが、少しばかりの達成感と先に進む活力を得られました。
「大丈夫、まだ進める」
呼吸を整えると、アリアロスは歩き出しました。
とはいえ、体力がないのは変わりないので休んでは歩き、休んでは歩くの繰り返しでなかなか進めません。
何度か目の休憩後、どれくらい進めたかと確認しようと振り返ると、遠くにゆらゆら揺れる灯りが見えました。
「まさか……もう追手が!?」
アリアロスの僅かに舞い上がっていた心は急激に落ち込み、焦りが生まれます。
周囲を見渡してみれば踏み固められた道と遠くまで続く平原、そして……木々が生い茂る森だけがありました。
アリアロスはランタンの灯りを消し、足に力を籠め、森に向かい走り出しました。
なんとか隠れてやり過ごそうという算段ですが、灯りはどんどん近づいてきます。
心臓は破裂しそうなほど速く激しくアリアロスの控えめな胸を打ち、呼吸は安定せず、吐いているのか吸っているのか分かりません。
何度も転びそうになりながらも、それでも足をしっかりと前に出し続け、アリアロスはついに森へと飛び込みました。
「もっと、もっと奥へ……」
うわ言のように呟きながら、アリアロスは森の奥へ向かいました。
それからしばらくして、森の脇を荷馬車に荷物を山積みにした行商人が通り過ぎていきました。
アリアロスは森をひたすら進み続けました。
道なき道を進んでいくため煌びやかだったドレスは既にボロボロ。アリアロス自身も傷だらけになっていました。
それでも構わずに進み続け、ついには森を抜けてしまいました。
「ここは……」
そこは広い森の中にあって木々が一切生えていない、ぽっかりと開けた場所でした。
さすがに少し休もうかと思ったところで小さな音が聞こえました。
「なにか聞こえる……声?」
まるで誘われるように、アリアロスは再び歩きだしました。
歩きづらい地面に悪戦苦闘しながら進み、開けた場所のほぼ中心までやってきました。
「ここのはずだけど……きゃ!?」
そこまで来て、アリアロスは歩きづらかった理由に気づき、慌ててランタンを点けました。
錆びてしまった鎧や剣、ボロボロの衣服だったもの、そして、真っ白な大量の骨。
地面を覆いつくさんばかりの人骨と遺品がそこかしこに散らばっていました。
「これ……もしかしてここって……」
アリアロスは以前歴史の授業で習ったことを思い出しました。
王都近くの平原で隣国との大規模な戦闘があり、多くの戦死者が出たこと。
戦場は魔の木々に占領され、魔物が住み着く森になってしまい当時の国王は遺体の回収を断念してしまったこと。
「そんな所に来てしまうなんて……」
森を通ったとき、魔物に襲われなかったのはとんでもない幸運だったとアリアロスは身震いしました。
「でも、それじゃあこの声は……」
アリアロスは頭蓋骨をひとつ、恐る恐る持ち上げました。
「やっぱり、聞こえる……」
ハッキリとはしないものの、頭蓋骨から声が聞こえる。そしてその声は辺り一面に散らばる骸骨から聞こえてくるのです。
「これが闇の聖女の力なのね……」
ドタバタしてしまったので力の使い方を知ることはできませんでしたが、なんとなくやり方のようなものは理解できたようです。
「骸骨さん、あなたはどうしたいのですか?」
なんとか会話を試みようとしますが骸骨の声は聞き取りづらく、さらに四方八方からも聞こえてくるのでなんと言っているのか分かりません。
困り果てていると森の奥から大きな足跡が聞こえてきました。
「な、なに?」
不安そうに音の方向を見てみると、木々をかき分け巨大な魔物、ジャイアントベアーが出てきたのです。
「そんな……」
ジャイアントベアーはアリアロスの姿を確認すると、舌なめずりをしながら近づいてきます。
アリアロスは逃げようとするのですが、誰かの骨を踏んづけて滑って転んでしまいます。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて立ち上がろうとするが、すでにジャイアントベアーは眼前まで来ていました。
2本足で立ち上がり、今にもアリアロスに襲い掛かりそうです。
「いや……誰か……助けて!!」
その叫び声をきっかけに、ジャイアントベアーが鋭い爪を振り下ろしました。
当たればまず間違いなく命を奪う凶器は、しかし……
キィン!!
甲高い音を立てて弾かれました。
「え!?」
「……ご無事ですかな、聖女様?」
何者かがアリアロスとジャイアントベアーの間に割り込んできました。
長年放置されていた剣と鎧で武装し、真っ黒な空洞で敵を見据えた『彼』は叫んだのです。
「総員、かかれ!!」
その声を合図にそれまで地面に倒れていた骸骨たちが一斉に立ち上がり、ジャイアントベアーに殺到しました。
ジャイアントベアーはもちろん応戦しましたが、凶暴な爪も牙も強大な力でも倒すことのできない大量の骸骨たちに押し切られ、地面に倒れ伏しました。
「我々の勝利だ!!」
その宣言に骸骨たちは雄たけびの代わりに歯を打ち鳴らして勝利を祝いました。
「……助かったの?」
アリアロスがポツリと呟くと、骸骨たちの視線が彼女に集まりました。
「ひっ!」
「いかん。全員整列だ!!」
号令を受けた骸骨たちはアリアロスの前で整列して一斉に跪きました。
「え? えぇ!?」
「我ら、マイメエント兵47名、ガエクムン兵25名、総勢72名はこれより聖女様に従います。何卒ご命令ください」
訳も分からぬまま、アリアロスは大量の骸骨……アンデッドたちを従者にしてしまったのでした。
当てなどありません。王都の外に頼れる者もおりません。これからの見通しも立ちません。
そのことを思うと夜闇に飲み込まれてしまいそうなほど不安になりますが、右手にあるランタンの明かりを掲げ、不安を振り払うように走ります。
しかし、それから大して進まずアリアロスは座り込みました。
「す、少しだけ……」
遠出するときは決まって馬車を使っていたアリアロスにとって自分の足で進んだ距離は間違いなく人生で最長の移動距離でした。
「王都の明かり、遠いな……」
今まで運動らしい運動をやってこなかったアリアロスにとってはこんな状況ではありますが、少しばかりの達成感と先に進む活力を得られました。
「大丈夫、まだ進める」
呼吸を整えると、アリアロスは歩き出しました。
とはいえ、体力がないのは変わりないので休んでは歩き、休んでは歩くの繰り返しでなかなか進めません。
何度か目の休憩後、どれくらい進めたかと確認しようと振り返ると、遠くにゆらゆら揺れる灯りが見えました。
「まさか……もう追手が!?」
アリアロスの僅かに舞い上がっていた心は急激に落ち込み、焦りが生まれます。
周囲を見渡してみれば踏み固められた道と遠くまで続く平原、そして……木々が生い茂る森だけがありました。
アリアロスはランタンの灯りを消し、足に力を籠め、森に向かい走り出しました。
なんとか隠れてやり過ごそうという算段ですが、灯りはどんどん近づいてきます。
心臓は破裂しそうなほど速く激しくアリアロスの控えめな胸を打ち、呼吸は安定せず、吐いているのか吸っているのか分かりません。
何度も転びそうになりながらも、それでも足をしっかりと前に出し続け、アリアロスはついに森へと飛び込みました。
「もっと、もっと奥へ……」
うわ言のように呟きながら、アリアロスは森の奥へ向かいました。
それからしばらくして、森の脇を荷馬車に荷物を山積みにした行商人が通り過ぎていきました。
アリアロスは森をひたすら進み続けました。
道なき道を進んでいくため煌びやかだったドレスは既にボロボロ。アリアロス自身も傷だらけになっていました。
それでも構わずに進み続け、ついには森を抜けてしまいました。
「ここは……」
そこは広い森の中にあって木々が一切生えていない、ぽっかりと開けた場所でした。
さすがに少し休もうかと思ったところで小さな音が聞こえました。
「なにか聞こえる……声?」
まるで誘われるように、アリアロスは再び歩きだしました。
歩きづらい地面に悪戦苦闘しながら進み、開けた場所のほぼ中心までやってきました。
「ここのはずだけど……きゃ!?」
そこまで来て、アリアロスは歩きづらかった理由に気づき、慌ててランタンを点けました。
錆びてしまった鎧や剣、ボロボロの衣服だったもの、そして、真っ白な大量の骨。
地面を覆いつくさんばかりの人骨と遺品がそこかしこに散らばっていました。
「これ……もしかしてここって……」
アリアロスは以前歴史の授業で習ったことを思い出しました。
王都近くの平原で隣国との大規模な戦闘があり、多くの戦死者が出たこと。
戦場は魔の木々に占領され、魔物が住み着く森になってしまい当時の国王は遺体の回収を断念してしまったこと。
「そんな所に来てしまうなんて……」
森を通ったとき、魔物に襲われなかったのはとんでもない幸運だったとアリアロスは身震いしました。
「でも、それじゃあこの声は……」
アリアロスは頭蓋骨をひとつ、恐る恐る持ち上げました。
「やっぱり、聞こえる……」
ハッキリとはしないものの、頭蓋骨から声が聞こえる。そしてその声は辺り一面に散らばる骸骨から聞こえてくるのです。
「これが闇の聖女の力なのね……」
ドタバタしてしまったので力の使い方を知ることはできませんでしたが、なんとなくやり方のようなものは理解できたようです。
「骸骨さん、あなたはどうしたいのですか?」
なんとか会話を試みようとしますが骸骨の声は聞き取りづらく、さらに四方八方からも聞こえてくるのでなんと言っているのか分かりません。
困り果てていると森の奥から大きな足跡が聞こえてきました。
「な、なに?」
不安そうに音の方向を見てみると、木々をかき分け巨大な魔物、ジャイアントベアーが出てきたのです。
「そんな……」
ジャイアントベアーはアリアロスの姿を確認すると、舌なめずりをしながら近づいてきます。
アリアロスは逃げようとするのですが、誰かの骨を踏んづけて滑って転んでしまいます。
「ご、ごめんなさい!」
慌てて立ち上がろうとするが、すでにジャイアントベアーは眼前まで来ていました。
2本足で立ち上がり、今にもアリアロスに襲い掛かりそうです。
「いや……誰か……助けて!!」
その叫び声をきっかけに、ジャイアントベアーが鋭い爪を振り下ろしました。
当たればまず間違いなく命を奪う凶器は、しかし……
キィン!!
甲高い音を立てて弾かれました。
「え!?」
「……ご無事ですかな、聖女様?」
何者かがアリアロスとジャイアントベアーの間に割り込んできました。
長年放置されていた剣と鎧で武装し、真っ黒な空洞で敵を見据えた『彼』は叫んだのです。
「総員、かかれ!!」
その声を合図にそれまで地面に倒れていた骸骨たちが一斉に立ち上がり、ジャイアントベアーに殺到しました。
ジャイアントベアーはもちろん応戦しましたが、凶暴な爪も牙も強大な力でも倒すことのできない大量の骸骨たちに押し切られ、地面に倒れ伏しました。
「我々の勝利だ!!」
その宣言に骸骨たちは雄たけびの代わりに歯を打ち鳴らして勝利を祝いました。
「……助かったの?」
アリアロスがポツリと呟くと、骸骨たちの視線が彼女に集まりました。
「ひっ!」
「いかん。全員整列だ!!」
号令を受けた骸骨たちはアリアロスの前で整列して一斉に跪きました。
「え? えぇ!?」
「我ら、マイメエント兵47名、ガエクムン兵25名、総勢72名はこれより聖女様に従います。何卒ご命令ください」
訳も分からぬまま、アリアロスは大量の骸骨……アンデッドたちを従者にしてしまったのでした。
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