逃亡聖女はアンデッド従者たちと平穏な生活を望んでいます

時乃純之助

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08 水辺の聖女

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 アリアロスが王都を飛び出してから2日目の午前のことです。
 森の一画では完全武装した元マイメエントの兵たちが整列、仁王立ちしていました。

 彼らの眼前には部隊長のレイトラが同じく仁王立ちしています。

「いいか! これより我らは鉄壁の修羅となる!! 各員持ち場を絶対に離れるな! 虫一匹たりとも通すな!! 背後を振り返る者はその場で断罪されると心得よ!!」

 空気すら震わすレイトラの怒号に喋ることのできないアンデッドたちは忙しなく歯を鳴らすことで応えました。

「各員の奮闘を願う! それでは持ち場につけ!!」

 アンデッドたちはレイトラを軸に左右に広がり、等間隔に距離をとりました。

 そして、端と端が合流したことで円を形作りました。

「では、護衛開始!!」

 再びのレイトラの号令にアンデッドたちは体を90度回転させ、正面を睨んで微動だにしなくなりました。





「なにやってんだあいつらは……」

 リーサが呆れるのも無理はありません。

 レイトラたちは先日調査を終えた泉を取り囲み『護衛』をしているのです。

 護衛対象はもちろんアリアロスで、彼女はこれから水浴びをするのです。

 そう、この仰々しい警備体制はうら若き聖女の柔肌を不埒な輩から守るためのものだったのです!!

「たかが水浴びになんつー気合の入れ方だよ……」

「でも皆さんのおかげで安心できます。外で水浴びをするのははじめてなので……」

「いやいや、こんな所に覗きに来るアホなんているかよ」

 口ではそう言っているリーサですが、視線は常に周囲を睨み剣に手をかけています。

「ほら、さっさと入っちまいな。それが終わったらうまい昼飯が待ってるぞ」

「はい」

 アリアロスはボロボロになってしまったドレスに手をかけ―――

「あ、あれ?」

「どうした?」

「ど、どうやって脱ぐのか分からなくて……」

「……はぁ? 着てるんだから脱げるだろ?」

「あの、実は着替えはいつも手伝ってもらっていたので……」

「はぁ!? マジかお前……貴族は自分で着換えないってマジだったのか!?」

 本気で驚くリーサにアリアロスは恥ずかしそうに頷きました。

「ごめんなさい……」

「謝るなよオレが悪者みたいじゃねーか……しゃーない、手伝ってやるから」

 リーサはぶつくさ言いながらアリアロスのドレスに手をかけました。

「えーっと、まずはボタン外して……あ、なんだこれ取れないぞ!? それじゃ先にこっちを……」

「く、苦しいです……」

「す、すまん……あー、やっぱボタンが先か……でもこれ全然外れない、ぞ……フン!!」

 リーサが力任せにボタンを外そうとした結果、ドレスは悲鳴のような音を立てて引き裂かれました。

「あっ……」

 すでに汚れてボロボロになっていましたが、このドレスひとつでリーサの剣が数百本は買えるくらいの値段でした。
 しかし、幸か不幸か、この場にいる二人はその事実を知りません。

「わ、悪い……」

「いえ、元々ボロボロでしたし……それに、おかげで脱げました」

 そう言ってアリアロスはドレスだったものを脱ぎました。

「そ、そうか……それじゃ着替えはなんとかするから、体洗えよ」

「はい」

 アリアロスは下着も脱ぎ、ゆっくりと湖に足を運びます。

 水面は冷たく、一瞬怯みますが思い切って浸かってみるととても心地よく感じられました。

 洗うといっても水をかけて手でこするだけですが、汚れはとれていくのでアリアロスは少しホッとしました。

「あの、リーサさん」

「なんだー?」

「すみません、背中を洗ってもらえませんか?」

「いいけど……こんな手でいいのか?」

 そう言って自分の骨の手を掲げました。

「はい。私を守ってくれる、とても優しい手ですから」

「……なに恥ずかしいこと言ってんだよこのお姫様は……」

 ぶつくさ言いながらもリーサはアリアロスの体に触れました。

(うわなんだこれ柔らけぇ……え、これ大丈夫か? さっきの服みたいに破れないよな?)

 内心からかってやろうかとも思っていたリーサでしたが、アリアロスの肌はとても柔らかく自分の骨の手では傷をつけてしまわないかと怖くなりました。

 精神を集中して優しくこすってみれば、アンデッドだというのにアリアロスの柔らかさ、温かさがより鮮明に感じられます。

 ふと、腕を掴んでみれば……

(ほっそ!? なんだ貴族っていいもん食ってんじゃねーのか!? ろくなもん食えなかったガキの頃のオレと同じくらいだぞ……よく折れないなこれ!?)

 感心するやら驚くやら、段々目の前の少女がかつての自分と同じ生き物だったということが信じられなくなってきました。

「ほ、ほら、これくらいやればいいだろ!?」

 最後は殆ど逃げ出すようにアリアロスから離れました。

「ありがとうございます」

 リーサの心境など知らないアリアロスは素直にお礼を言いました。

「こっちはいいから! しばらくは浸かっとけ!」

「はーい」

「まったく……こっちの気も知らないで」

 聖女の護衛は思ってた以上に難しいと思う一方、うまく言葉にできない感情を感じました。

「……早く服なんとかしないと」

 リーサはそれ以上考えることをやめて、破れてしまったドレスとにらめっこをはじめました。





「わぁ、直してくれたんですか!?」

 水浴びを終えて戻って来たアリアロスはかつてドレスだったものが簡易的ながら洋服の形をとっていることに驚きました。

「そんな大そうなもんじゃねーよ」

 リーサは傭兵という仕事柄ある程度のことは自分でなんとかするだけのスキルを身につけていて、裁縫もそのひとつでした。
 自分の持ち物に針と糸が残っていたのも幸いしました。

「大丈夫だとは思うけど、前ほど頑丈じゃないから無理はするなよ?」

「分かりました! あ、これなら自分で着換えられそうです」

 嬉々として着替えるアリアロスをリーサは穏やかな気持ちで見守るのでした。

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