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第一章 俺とあきらの異常な日常
1-(6) 道切りの蛇 後編
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ご丁寧に割り箸まで用意されていて、俺とあきらはそれを指に挟んで手を合わせた。
「いただきます」
「いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
「うわー、授業中にこんなことするなんて、なんかもう、もうっ、チョー背徳感!」
「はしゃぐなよ、あきら」
「友哉だって、ちょっと嬉しいくせに」
「まぁ、否定はしない」
「この後ろめたさが、より一層おいしく感じさせるんですよね。喜んでもらえて何よりです」
音を立てて麺をすすりながら、三人で『あれ』について話してみた。
吉野が質問して、俺が答え、たまにあきらが茶々を入れる。
話の内容は怪奇現象についてのことなのに、室内の空気はなぜか和やかだ。吉野の優しいしゃべり方のおかげかもしれない。
「じゃぁ、正体の分からない『あれ』に悩まされるようになってから、もう十年が経つんですね。二人とも強いです。僕だったら耐えられる気がしない……」
「それは、俺達がひとりじゃなかったからだと思う」
「うん、その通り」
俺が顔を向けると、あきらはちゅるんと麺をすすってから、照れたように少し笑った。
互いに相手に寄り掛かって、互いに相手を支えてきた。
ひとりだったら、もうとっくに心が折れていただろう。
「でも結局、はっきりと分かっているのは二点だけなんですよね」
吉野はメモ帳をペン先でツンツン突きながら、話を簡潔にまとめていく。
「ひとつ、犬のような見えない何かが、何度も何度も襲ってくること。ふたつ、どんな交通手段を使っても、倉橋君と久豆葉君は境界線を出られないこと」
吉野は自分の右手に貼られた大きな絆創膏を見下ろす。
「いったい『あれ』というのは何なんでしょうか。かまいたちや送り犬とも違うようですし」
「ああ、そうだよな」
「かまいたち? 送り犬?」
俺はうなずき、あきらは首を傾げる。
「かまいたちというのは、つむじ風に乗って人を切りつける妖怪で、送り犬というのは山道などで後をつけてきて、転んだりすると襲いかかってくる妖怪です」
「それじゃぜんぜん違う妖怪だよね。『あれ』は風とか山道とか関係無しに、どこでも襲って来るものだから」
俺は妖怪にも悪魔にもまったく興味が無いのだが、少しでも『あれ』の攻略に役立つかと思ってそういう類いの本をいくつか読んでみたことがある。だが、『あれ』に該当するような怪異はどの本にも載っていなかった。
「吉野は『あれ』を妖怪だと思うのか」
「どうでしょうか。妖怪というのは偶然そこに来た人を驚かせたり襲ったりするイメージなので、何年もしつこく同じ人をつけ狙うのは違う気もします」
「じゃぁ、やっぱり呪いなのか?」
「そうですね……。呪われる心当たりは?」
「まったく」
「ぜんぜんないけど……」
「本当に?」
吉野の問いに対してあきらが不安そうにこちらを見るので、俺は力強くうなずいた。
「俺もあきらも、禁足地や心霊スポットみたいなところへは行ったことも無いし、墓も塚も石碑も壺も人形も壊したことはない」
「そうですか。では、もとから呪われていたということは」
「もとから?」
「もとからって何?」
「ええとつまり、生まれた時からです。個人への呪いではなくて、家とか血筋への呪いという可能性は無いですか?」
「血筋……」
「おばあちゃんから聞いたことがあるんですけど、隣の三乃峰にも狼憑きっていわれている旧家があるとか。そういう古い家の出身だと先祖代々受け継いできた怪異の伝承があったりしますよね。ご先祖様が何かやらかしてしまったせいで、代々呪われているとか、周囲に恐れられているような怖い守り神がいるとか」
「いや、俺とあきらは血がつながっていないし、うちは両親も祖父母も普通の人だし……あ……」
そこまで言って、あきらの家族がそうでないことを思い出す。
「俺は、父さんも母さんも行方不明……。早苗さんもこの前いなくなっちゃった……」
蒼ざめた顔であきらが呟く。
「では、久豆葉君の家系に何か関係があるんでしょうか?」
「いや違う」
「でも」
「俺も境界線から出られない。呪われているというなら、俺も一緒だ」
あきらが不安そうな目でこちらを見る。その視線が右耳に向けられるのを感じて、俺は片手で髪を押さえて隠した。
「とりあえず、その説は保留にしよう。まだ何も分かっていなんだから」
「え、ええ、もちろん、今のはただの僕の憶測です」
「友哉……」
「そういえば吉野がさっき言っていたミチキリってのは何なんだ?」
わざとらしいかと思ったが、むりやりに話題を変える。
血縁者に縁の薄いあきらを、その事で責めたり追いつめたりしたくなかった。
吉野が察したようにすぐ反応して、スマートフォンを出した。
「えっと、こういうものなんですけど」
画面には、藁で編まれたような楕円形の何かが映っている。隣に立つ子供とほぼ同じ大きさだ。
あきらがきょとんとした顔でそれを見た。
「でっかい、わらじ?」
「はい、正解です」
「この子供は誰だ?」
「大きさが分かりやすいかと思って、近くにいた地元の子に立ってもらいました」
「へぇ、確かに比べると分かりやすいな。ものすごく大きい」
「ええ、これがこんなに大きいのは、うちの村にはこんな大きなわらじを履く大男がいるんだぞーっていう意味なんだそうです」
「ええ、大男っつうか、これもう巨人じゃん」
「そうですよね。あとは、こういうものとか、こういうものとか」
シュ、シュ、と吉野が指を滑らせて、画面を変えていく。
木にくくり付けられた輪っか状のもの、道の左右に渡された注連縄状のもの、赤い布や御幣、何かの植物が飾られているものなど、すべて藁で作られているようだが形は様々だ。
「へぇ、いろいろ種類があるんだ」
「はい。これらが全部、道切りと言われているものです。御前市周辺や旅行先で、僕がコツコツと撮りためてきた『吉野部長厳選道切りファイル』です」
吉野がどや顔でくいと顎をそらす。
「なんで得意げ?」
「自慢する割には地味な写真だよな」
「ええっ、そうですか? すごく神秘的じゃないですか。僕はこういう山野に残っている習俗みたいなものを調べるのが大好きなんです」
「それでオカ研に入ったんだね」
「はい。当時の部長は悪魔を呼び出す気満々だったので、まったく意見が合いませんでしたけどね」
と、吉野は床の魔法陣を見て、ふっと息を吐いた。
悪魔召喚の魔法陣は、先代部長の置き土産らしい。
「で、悪魔って呼び出せたの?」
「いいえ、まったく。呪文を唱えても、うんともすんとも反応しませんでした」
「あはは、それは良かった」
「そんなことより、僕の道切りコレクションを見てくださいよ」
「うーん、見れば見るほど地味だな」
「そんなぁ……」
「で、これって結局何なの?」
「村や集落の境に立てる魔除けの一種なんです。辻切りとも呼ばれています」
そこでふと、俺は思い出した。
「ああ、そうか。道切りとか辻切りっていうのは何かの本で読んだことがある。道祖神もその一種だとか」
「ドーソジンって?」
「村境とかにあるお地蔵さんのことだ」
「お地蔵さんだけではないんですけど、まぁざっくり言うとそうですね。村に疫病や鬼などが入ってこないようにと願いを込めて建てられるものです。これなんてちょっと面白いでしょう?」
吉野が楽しそうな顔で画面を指差す。
藁で作られた何かが、細い注連縄にぶら下がっている。
「えーっと、もしかしてタコ?」
「正解です」
「あ、じゃぁこっちはエビか」
俺が指で画面を差すと、吉野はうなずいた。
「はい、そうです。御前市周辺には、いまだにこういう風習がけっこう残っているんです。この写真は東の方にある集落ですね。昔は漁師町だったのでタコとかエビをかたどったものを飾るんでしょうね」
「でも、東側の方ってあんなに開発されているのに」
「二人はマチにしか行ったことが無いんでしょう? マチから少しはずれたところは、まだまだ田んぼや畑の多い田舎なんですよ」
「へぇ、知らなかった」
「それで、最近僕が調査している変わった道切りの写真がこれです。お二人を見かけたのも、これを撮った場所の近くですね」
吉野が見せてきたのは、木の幹にからみつく細い注連縄のようなものだった。上部に紙で出来たような目玉と、緑色のとがった葉が耳か角のようにふたつ刺さっている。
「これは?」
「おそらく蛇かと」
「蛇の形は珍しいのか?」
「いいえ。蛇型の道切り自体は特に珍しくは無いんですが、その設置してある場所の意味がよく分からなくて」
吉野はスマートフォンを触って違うアプリを起動させた。
御前市周辺の地図が現れ、北側の一乃峰と南側の鹿塚山を中心に三十数個の赤い印が点在している。
「この赤いマークが全部、蛇の形の道切りがあった場所なんですが、これが何の境目なのかがよく分からないんです。普通は昔からの村や集落の境目に地域の自治会や互助会みたいな集まりで設置するものらしいのですが、古い資料を調べてみても、これはどこの村の境目にも当てはまらないし、誰が設置したのかも分からないんです」
俺とあきらはハッと顔を見合わせた。
「あきら、もしかして」
「うん友哉、あの地図は?」
「カバンの中だ。教室にある」
「地図って何ですか?」
「『あれ』の境界線を調べた地図があるんだ」
「うん、この赤いマークとかなりの部分が重なっている気がして」
「え、それって紙の地図なんですか?」
言われて吉野の持っているスマートフォンを見下ろす。
「あー、アプリとかよく分からないから。今度教えてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
「サンキュ。とりあえず、地図を取ってくる」
「待って、友哉。授業中に教室に行ったら目立つんじゃない?」
「いや、そろそろチャイムが鳴る時間だ。こっそり行って、あきらのカバンも一緒に持ってくるから」
話しながらドアについている鍵をガチャリとひねり、ノブを回す。
「じゃ、すぐ戻…………え?」
ドアを開け、見えたものに一瞬息が止まる。
ぞわりと寒気がした。
うつろな目をした女子生徒が十数人、廊下や階段の途中で、時が止まったように佇んでいるのだ。
「な、なんで……?」
まさかずっとここにいたのか?
俺達がこの部屋に飛び込んでから、応急手当てをして、カップ麺を食べて、三人で話しをしている間も、ずっと?
「どうしたの、友哉」
俺の後ろからひょこっとあきらが顔を出す。
とたんに表情の無かった彼女達の顔がぱっと笑顔になり、口々にあきらを呼び始めた。
「あきら君、どうしたのー?」
「あきら君、何してるのー?」
「あきら君、こっちを向いてー」
「あきらくーん」
「な、何ですかこれ……」
吉野が後ろで、気味悪そうな声を出した。
「ちょっと待ってよみんな! どうしてここにいるの? 授業は?!」
あきらが大きな声を出すと、女子生徒はぴたりと騒ぐのをやめた。
「じゅぎょう……?」
誰かがぽつりと呟く。
「そうだよ! 授業だよ! みんな俺を待っていて授業すっぽかしたの? 嘘だろ、そんなことしないでくれよ!」
あきらが叫ぶと、女子生徒たちは少し考えるようにあきらをみつめる。
「そうだ、授業……出ないと……」
「そうね、あきら君がそう言うんだから……」
「授業は受けないとね……」
「あきら君の言う通りよね……」
小さなささやきが波紋のように広がって、やがて彼女達は静かに引き返していく。
階段を下りていく十数人の足音が聞こえなくなるまで、俺達は固まったように動けないでいた。
「え? え? ファンってこんなもんなんですか? ちょっと常軌を逸していませんか?」
薄気味悪そうに吉野がぶるっと震えた。
あきらが俺の腕をぎゅっとつかんでくる。
ショックを受けたように顔が蒼ざめていた。
「どうしよう……俺のせい? 俺が授業をさぼったから?」
「気にするな。あきらは俺に対してさぼろうと言っただけで、あいつらには何も言っていないだろ。あいつらが勝手にそこで待っていたんだ」
「でも……」
「常識はずれな奴らのことなんかで、気に病む必要は無いって」
俺につかまっているあきらの手が少し震えているのに気付いて、ぽんぽんと優しく叩いてやる。
「あきら、今日はもう帰ろうか。先生に会ったら体調が悪いと言えばいい。なっ」
「うん……」
俺は吉野を振り返った。
「すまない、吉野。地図は明日持ってくるから」
「あ、待って下さい。せめて友達登録だけ。スクショでこっちの地図をとって送ります」
「スクショ?」
「ええと、とりあえずこの画像を倉橋君のスマホに送るので」
「分かった」
俺は吉野に教えられながらリンリンのアプリを入れて、友達登録をする。吉野が自分のスマートフォンを操作すると、俺のそれがピコンと鳴って画像が送られてきた。
「サンキュ。あっちの地図と照らし合わせてみるよ」
「はい、結果を教えてください」
「カップ麺、うまかった。ご馳走様」
「どういたしまして」
俺とあきらは吉野に見送られて部室を出た。
中庭に行くと、散らかしたはずの弁当はすでに片付けられていた。
教室に戻り、カバンの中の地図を出して見比べてみると、俺達が調べた『あれ』の境界線と、吉野が調べていた道切りの蛇の位置は、ぴったりと重なっていた。
あきらの顔色がますます蒼くなってきたので、教師に早退することを告げて、女子生徒に囲まれない内に急いで帰路につく。
家に帰りつくまで、あきらはずっと俺の制服の袖をつかんでいた。
無意識のようだったので、俺はからかったりせずにそのままにさせていた。
うつむくあきらの歩調に合わせて、ゆっくりゆっくり歩いていく。
あきらがひとりじゃなくて良かった。
俺がそばにいられて良かった。
また、心からそう思いながら。
「いただきます」
「いただきまーす」
「どうぞ召し上がれ」
「うわー、授業中にこんなことするなんて、なんかもう、もうっ、チョー背徳感!」
「はしゃぐなよ、あきら」
「友哉だって、ちょっと嬉しいくせに」
「まぁ、否定はしない」
「この後ろめたさが、より一層おいしく感じさせるんですよね。喜んでもらえて何よりです」
音を立てて麺をすすりながら、三人で『あれ』について話してみた。
吉野が質問して、俺が答え、たまにあきらが茶々を入れる。
話の内容は怪奇現象についてのことなのに、室内の空気はなぜか和やかだ。吉野の優しいしゃべり方のおかげかもしれない。
「じゃぁ、正体の分からない『あれ』に悩まされるようになってから、もう十年が経つんですね。二人とも強いです。僕だったら耐えられる気がしない……」
「それは、俺達がひとりじゃなかったからだと思う」
「うん、その通り」
俺が顔を向けると、あきらはちゅるんと麺をすすってから、照れたように少し笑った。
互いに相手に寄り掛かって、互いに相手を支えてきた。
ひとりだったら、もうとっくに心が折れていただろう。
「でも結局、はっきりと分かっているのは二点だけなんですよね」
吉野はメモ帳をペン先でツンツン突きながら、話を簡潔にまとめていく。
「ひとつ、犬のような見えない何かが、何度も何度も襲ってくること。ふたつ、どんな交通手段を使っても、倉橋君と久豆葉君は境界線を出られないこと」
吉野は自分の右手に貼られた大きな絆創膏を見下ろす。
「いったい『あれ』というのは何なんでしょうか。かまいたちや送り犬とも違うようですし」
「ああ、そうだよな」
「かまいたち? 送り犬?」
俺はうなずき、あきらは首を傾げる。
「かまいたちというのは、つむじ風に乗って人を切りつける妖怪で、送り犬というのは山道などで後をつけてきて、転んだりすると襲いかかってくる妖怪です」
「それじゃぜんぜん違う妖怪だよね。『あれ』は風とか山道とか関係無しに、どこでも襲って来るものだから」
俺は妖怪にも悪魔にもまったく興味が無いのだが、少しでも『あれ』の攻略に役立つかと思ってそういう類いの本をいくつか読んでみたことがある。だが、『あれ』に該当するような怪異はどの本にも載っていなかった。
「吉野は『あれ』を妖怪だと思うのか」
「どうでしょうか。妖怪というのは偶然そこに来た人を驚かせたり襲ったりするイメージなので、何年もしつこく同じ人をつけ狙うのは違う気もします」
「じゃぁ、やっぱり呪いなのか?」
「そうですね……。呪われる心当たりは?」
「まったく」
「ぜんぜんないけど……」
「本当に?」
吉野の問いに対してあきらが不安そうにこちらを見るので、俺は力強くうなずいた。
「俺もあきらも、禁足地や心霊スポットみたいなところへは行ったことも無いし、墓も塚も石碑も壺も人形も壊したことはない」
「そうですか。では、もとから呪われていたということは」
「もとから?」
「もとからって何?」
「ええとつまり、生まれた時からです。個人への呪いではなくて、家とか血筋への呪いという可能性は無いですか?」
「血筋……」
「おばあちゃんから聞いたことがあるんですけど、隣の三乃峰にも狼憑きっていわれている旧家があるとか。そういう古い家の出身だと先祖代々受け継いできた怪異の伝承があったりしますよね。ご先祖様が何かやらかしてしまったせいで、代々呪われているとか、周囲に恐れられているような怖い守り神がいるとか」
「いや、俺とあきらは血がつながっていないし、うちは両親も祖父母も普通の人だし……あ……」
そこまで言って、あきらの家族がそうでないことを思い出す。
「俺は、父さんも母さんも行方不明……。早苗さんもこの前いなくなっちゃった……」
蒼ざめた顔であきらが呟く。
「では、久豆葉君の家系に何か関係があるんでしょうか?」
「いや違う」
「でも」
「俺も境界線から出られない。呪われているというなら、俺も一緒だ」
あきらが不安そうな目でこちらを見る。その視線が右耳に向けられるのを感じて、俺は片手で髪を押さえて隠した。
「とりあえず、その説は保留にしよう。まだ何も分かっていなんだから」
「え、ええ、もちろん、今のはただの僕の憶測です」
「友哉……」
「そういえば吉野がさっき言っていたミチキリってのは何なんだ?」
わざとらしいかと思ったが、むりやりに話題を変える。
血縁者に縁の薄いあきらを、その事で責めたり追いつめたりしたくなかった。
吉野が察したようにすぐ反応して、スマートフォンを出した。
「えっと、こういうものなんですけど」
画面には、藁で編まれたような楕円形の何かが映っている。隣に立つ子供とほぼ同じ大きさだ。
あきらがきょとんとした顔でそれを見た。
「でっかい、わらじ?」
「はい、正解です」
「この子供は誰だ?」
「大きさが分かりやすいかと思って、近くにいた地元の子に立ってもらいました」
「へぇ、確かに比べると分かりやすいな。ものすごく大きい」
「ええ、これがこんなに大きいのは、うちの村にはこんな大きなわらじを履く大男がいるんだぞーっていう意味なんだそうです」
「ええ、大男っつうか、これもう巨人じゃん」
「そうですよね。あとは、こういうものとか、こういうものとか」
シュ、シュ、と吉野が指を滑らせて、画面を変えていく。
木にくくり付けられた輪っか状のもの、道の左右に渡された注連縄状のもの、赤い布や御幣、何かの植物が飾られているものなど、すべて藁で作られているようだが形は様々だ。
「へぇ、いろいろ種類があるんだ」
「はい。これらが全部、道切りと言われているものです。御前市周辺や旅行先で、僕がコツコツと撮りためてきた『吉野部長厳選道切りファイル』です」
吉野がどや顔でくいと顎をそらす。
「なんで得意げ?」
「自慢する割には地味な写真だよな」
「ええっ、そうですか? すごく神秘的じゃないですか。僕はこういう山野に残っている習俗みたいなものを調べるのが大好きなんです」
「それでオカ研に入ったんだね」
「はい。当時の部長は悪魔を呼び出す気満々だったので、まったく意見が合いませんでしたけどね」
と、吉野は床の魔法陣を見て、ふっと息を吐いた。
悪魔召喚の魔法陣は、先代部長の置き土産らしい。
「で、悪魔って呼び出せたの?」
「いいえ、まったく。呪文を唱えても、うんともすんとも反応しませんでした」
「あはは、それは良かった」
「そんなことより、僕の道切りコレクションを見てくださいよ」
「うーん、見れば見るほど地味だな」
「そんなぁ……」
「で、これって結局何なの?」
「村や集落の境に立てる魔除けの一種なんです。辻切りとも呼ばれています」
そこでふと、俺は思い出した。
「ああ、そうか。道切りとか辻切りっていうのは何かの本で読んだことがある。道祖神もその一種だとか」
「ドーソジンって?」
「村境とかにあるお地蔵さんのことだ」
「お地蔵さんだけではないんですけど、まぁざっくり言うとそうですね。村に疫病や鬼などが入ってこないようにと願いを込めて建てられるものです。これなんてちょっと面白いでしょう?」
吉野が楽しそうな顔で画面を指差す。
藁で作られた何かが、細い注連縄にぶら下がっている。
「えーっと、もしかしてタコ?」
「正解です」
「あ、じゃぁこっちはエビか」
俺が指で画面を差すと、吉野はうなずいた。
「はい、そうです。御前市周辺には、いまだにこういう風習がけっこう残っているんです。この写真は東の方にある集落ですね。昔は漁師町だったのでタコとかエビをかたどったものを飾るんでしょうね」
「でも、東側の方ってあんなに開発されているのに」
「二人はマチにしか行ったことが無いんでしょう? マチから少しはずれたところは、まだまだ田んぼや畑の多い田舎なんですよ」
「へぇ、知らなかった」
「それで、最近僕が調査している変わった道切りの写真がこれです。お二人を見かけたのも、これを撮った場所の近くですね」
吉野が見せてきたのは、木の幹にからみつく細い注連縄のようなものだった。上部に紙で出来たような目玉と、緑色のとがった葉が耳か角のようにふたつ刺さっている。
「これは?」
「おそらく蛇かと」
「蛇の形は珍しいのか?」
「いいえ。蛇型の道切り自体は特に珍しくは無いんですが、その設置してある場所の意味がよく分からなくて」
吉野はスマートフォンを触って違うアプリを起動させた。
御前市周辺の地図が現れ、北側の一乃峰と南側の鹿塚山を中心に三十数個の赤い印が点在している。
「この赤いマークが全部、蛇の形の道切りがあった場所なんですが、これが何の境目なのかがよく分からないんです。普通は昔からの村や集落の境目に地域の自治会や互助会みたいな集まりで設置するものらしいのですが、古い資料を調べてみても、これはどこの村の境目にも当てはまらないし、誰が設置したのかも分からないんです」
俺とあきらはハッと顔を見合わせた。
「あきら、もしかして」
「うん友哉、あの地図は?」
「カバンの中だ。教室にある」
「地図って何ですか?」
「『あれ』の境界線を調べた地図があるんだ」
「うん、この赤いマークとかなりの部分が重なっている気がして」
「え、それって紙の地図なんですか?」
言われて吉野の持っているスマートフォンを見下ろす。
「あー、アプリとかよく分からないから。今度教えてもらえるか?」
「はい、もちろんです」
「サンキュ。とりあえず、地図を取ってくる」
「待って、友哉。授業中に教室に行ったら目立つんじゃない?」
「いや、そろそろチャイムが鳴る時間だ。こっそり行って、あきらのカバンも一緒に持ってくるから」
話しながらドアについている鍵をガチャリとひねり、ノブを回す。
「じゃ、すぐ戻…………え?」
ドアを開け、見えたものに一瞬息が止まる。
ぞわりと寒気がした。
うつろな目をした女子生徒が十数人、廊下や階段の途中で、時が止まったように佇んでいるのだ。
「な、なんで……?」
まさかずっとここにいたのか?
俺達がこの部屋に飛び込んでから、応急手当てをして、カップ麺を食べて、三人で話しをしている間も、ずっと?
「どうしたの、友哉」
俺の後ろからひょこっとあきらが顔を出す。
とたんに表情の無かった彼女達の顔がぱっと笑顔になり、口々にあきらを呼び始めた。
「あきら君、どうしたのー?」
「あきら君、何してるのー?」
「あきら君、こっちを向いてー」
「あきらくーん」
「な、何ですかこれ……」
吉野が後ろで、気味悪そうな声を出した。
「ちょっと待ってよみんな! どうしてここにいるの? 授業は?!」
あきらが大きな声を出すと、女子生徒はぴたりと騒ぐのをやめた。
「じゅぎょう……?」
誰かがぽつりと呟く。
「そうだよ! 授業だよ! みんな俺を待っていて授業すっぽかしたの? 嘘だろ、そんなことしないでくれよ!」
あきらが叫ぶと、女子生徒たちは少し考えるようにあきらをみつめる。
「そうだ、授業……出ないと……」
「そうね、あきら君がそう言うんだから……」
「授業は受けないとね……」
「あきら君の言う通りよね……」
小さなささやきが波紋のように広がって、やがて彼女達は静かに引き返していく。
階段を下りていく十数人の足音が聞こえなくなるまで、俺達は固まったように動けないでいた。
「え? え? ファンってこんなもんなんですか? ちょっと常軌を逸していませんか?」
薄気味悪そうに吉野がぶるっと震えた。
あきらが俺の腕をぎゅっとつかんでくる。
ショックを受けたように顔が蒼ざめていた。
「どうしよう……俺のせい? 俺が授業をさぼったから?」
「気にするな。あきらは俺に対してさぼろうと言っただけで、あいつらには何も言っていないだろ。あいつらが勝手にそこで待っていたんだ」
「でも……」
「常識はずれな奴らのことなんかで、気に病む必要は無いって」
俺につかまっているあきらの手が少し震えているのに気付いて、ぽんぽんと優しく叩いてやる。
「あきら、今日はもう帰ろうか。先生に会ったら体調が悪いと言えばいい。なっ」
「うん……」
俺は吉野を振り返った。
「すまない、吉野。地図は明日持ってくるから」
「あ、待って下さい。せめて友達登録だけ。スクショでこっちの地図をとって送ります」
「スクショ?」
「ええと、とりあえずこの画像を倉橋君のスマホに送るので」
「分かった」
俺は吉野に教えられながらリンリンのアプリを入れて、友達登録をする。吉野が自分のスマートフォンを操作すると、俺のそれがピコンと鳴って画像が送られてきた。
「サンキュ。あっちの地図と照らし合わせてみるよ」
「はい、結果を教えてください」
「カップ麺、うまかった。ご馳走様」
「どういたしまして」
俺とあきらは吉野に見送られて部室を出た。
中庭に行くと、散らかしたはずの弁当はすでに片付けられていた。
教室に戻り、カバンの中の地図を出して見比べてみると、俺達が調べた『あれ』の境界線と、吉野が調べていた道切りの蛇の位置は、ぴったりと重なっていた。
あきらの顔色がますます蒼くなってきたので、教師に早退することを告げて、女子生徒に囲まれない内に急いで帰路につく。
家に帰りつくまで、あきらはずっと俺の制服の袖をつかんでいた。
無意識のようだったので、俺はからかったりせずにそのままにさせていた。
うつむくあきらの歩調に合わせて、ゆっくりゆっくり歩いていく。
あきらがひとりじゃなくて良かった。
俺がそばにいられて良かった。
また、心からそう思いながら。
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イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
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