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第五章 友哉とあきらの視える日常
5-(3) それぞれに見える世界 後編
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―― あれぇ、久しぶりだなぁ。俺だよ、竹久、竹久一球。
「うん、覚えているよ、久しぶりだ」
少し嬉しそうに友哉が応じた。
―― えっと、確か倉橋だよな。あ、後ろのは久豆葉か? はは、お前ら相変わらずニコイチなんだな。
「まぁね、あきらとは兄弟みたいなもんだし」
嬉しそうに微笑む友哉。
きょとんとするミコッチ。
頭を抱えてうずくまる吉野。
そして、どう動けばいいか判断しかねている俺と雪華。
―― でもこれ何の集まり? 吉野先輩と知り合いなのか?
「それはこっちが聞きたいよ。竹久、どうして俺の目にお前が見えるんだ?」
―― 倉橋の目がどうかしたのか?
「俺、二週間くらい前に失明したんだ。その俺に見えるってことは、お前、もしかして」
―― はぁ? 失明? なんでそんなひどいことになっているのに明るい口調なんだ?
「竹久だって、ぼんやりと宙に浮かんでいるくせに笑ってるじゃないか」
竹久一球は中学校での友哉のクラスメイトだったが、そんなに親しかったわけではない。
でも学内では有名人だった。名前を見れば分かる通り親が野球好きで小さい頃から野球に打ち込み、リトルリーグでも中学野球でもエースだった。確か、都内の野球名門校へ進学したはずだ。
―― ああ、やっぱ俺って死んでるの? なんか実感ねぇんだけど。
あっけらかんとした風に、竹久は言った。
ちょっと動くたびに、内臓がずるずると這って床を汚していく。
「友哉……」
友哉の肩を抱く腕に、知らず力が入る。
なんでだ? こんなおぞましいものを見て、なぜ友哉は平気そうなんだ?
「あきら? なんでそんなに緊張しているんだよ? ほら、竹久だよ、めちゃくちゃ野球がうまかったやつ」
俺はごくりとつばを飲んだ。
「友哉には、どう見えているの?」
「どうって……あきらにも見えるんだろ?」
「俺は……幽霊が怖いから直視できなくて……」
本当は腹の切り裂かれた断面や、腸みたいなものが長く伸びている様子や、そこに群がっている何本もの黒っぽい手まで、全部くっきり見えている。
けれど、友哉の反応からして、俺と同じものを見ているとは思えない。
「あきらって幽霊苦手だったっけ? でもこいつぜんぜん怖くないぞ。ちょっとぼやけてはいるけど、生きている時とそう変わりない姿だし」
生きている時と変わらない姿?
ではこの腹から垂れるグロいものはやっぱり見えていないのか?
「友哉、竹久の足は……見える?」
「足? ううん、足は見えない。やっぱ幽霊だから?」
―― あれほんとだ。俺にも自分の足が見えない。
竹久本人までが、さも大発見をしたというように目を見張っている。
「見えないって、どんな感じに」
「どんなって、こう、ぼやーってしている感じ? 上半身はまぁまぁよく見えるんだけど」
では無残に引き裂かれて、ぼとぼとと内臓を落としながら、しかも無数の黒い手にしがみつかれているこの恐ろしいものが、友哉には見えていないのか。
「ちょっといいか? お前ら普通に話しているけど、竹久一球の幽霊が見えているってことなのか?」
ミコッチが胡散臭そうな顔をして、俺達を見てきた。
「見えてるよ。見たくもないけど」
吐き捨てるように言うと、友哉が顔を寄せてきて「そんな失礼なこと言うなよ」と囁いてくる。なんで竹久の幽霊にそれほど気を遣うのか。中学生の頃だって、あまり話したことはなかったはずだ。友哉と竹久の間に、俺の知らないつながりがあったのか?
「俺は竹久が見えて嬉しいよ。いや、死んで嬉しいってことじゃなくて、見えないより見えた方が嬉しいって意味で」
―― 分かってるよ。
「御子神も竹久のことを知っているのか?」
「あ、いや直接は知らないけど、吉野さんが野球やってた時の後輩らしい」
「ええ? 吉野部長、野球やってたの?」
口調や物腰の柔らかさから、ずっと文化部なのかと思っていた。
吉野はよほど体調が悪いのか、こくんと首を動かしたが何もしゃべろうとしない。
「竹久が死んだのはこの前の週末だったらしいんだけど、吉野さんは今日になって知ったらしくて……ここに来る前に踏切に花を供えに行ったんだ。そうしたら吉野さん、『ここから逃げないと』って急に言い出して、しかも頭痛と耳鳴りがするって」
ミコッチは話しながら友哉をじっとみつめた。目線が合わないことで友哉の目が見えていないことを実感したらしく、気まずそうに目をそらした。
「ええとじゃぁ、竹久は踏切で死んだのか? なぁ竹久、どうして死んだんだ。事故か?」
友哉は話しながら竹久の方に近づこうとするから、俺はぐっとその肩を押さえて止めた。
「あきら? そんなに警戒しなくても」
「ダメだ、近づくな」
竹久の内臓にまとわりついている気味の悪い手に触れてしまったら、何が起こるか分からない。友哉はすでに、魂の弱っている状態だ。
「俺は吉野さんから死因は自殺だって聞いたぞ」
ぐったりしている吉野の代りに御子神が答えた。
「自殺って、なんで? 希望の高校に行けたし、何もかもこれからだったろ?」
―― うーん。さぁ……なんでだろ? 気付いたら遮断機をくぐっていたんだよなぁ。
「気付いたらって、そんな」
―― 死にたかったわけじゃなかったんだけど。
「それってほんとに自殺なのか? 事故とか、もしかしたら誰かに」
「ちょい待って」
ミコッチがこちらに近づいて来る。その時に竹久の内臓を踏んだのだが、ミコッチにも竹久にもその自覚は無いようだった。ミコッチには霊が見えないし、霊にもミコッチが見えていない。
「なぁ、もしかして倉橋って、幽霊と普通にコミュニケーション取れてる?」
「あ、ああ、声も聞こえるから」
「はぁー、まじかよ。何にも見えないの、俺だけ?」
まったく何も見えず、まったく影響も受けないミコッチ。
気配を感じ取れるせいで、影響も受けてしまった吉野。
竹久の上半身の無事な部分だけが見えている友哉。
竹久の下半身のドロドロと、そこに群がる無数の黒い手まで全部見えている俺と雪華。
カオスだ。
見えるか見えないかだけの二通りだけならまだ分かりやすいのに、それぞれに見えているものが全く違っている。
雪華は友哉と竹久を見比べて、どうするべきか途惑っている。
俺はさっさと竹久を始末してしまいたい。
「竹久。死んだお前が何でここに来た? 何が目的だ」
友哉を庇うようにして睨みつけると、竹久は頭をかいた。
―― いやぁ、よくわからないんだけど、いつのまにかここにいてさ。
「では、なぜこの人にくっついているんだ?」
雪華が吉野を指す。
竹久の手は吉野の背中をつかんでいる。
―― あれ、ほんとだ。なんでだろう? あれ、手が離れない。
幽霊本人にも取り憑いている自覚が無いとは、何だろうかこの状況、収拾がつかない。
俺は雪華を見た。
「雪彦おじさん、一番よく見えるのはおじさんだよね。どうしたらいいの」
どうにかしてくれと目で合図を送る。
雪華は軽く咳払いをすると、もっともらしい顔を作って俺達の顔を順に見た。
「この霊はあまり良くないもののようだ。放って置けば、こちらの人も死ぬかもしれない」
「吉野部長が? そんな!」
俺が大げさに驚いて見せると、友哉が俺の腕をぎゅっとつかんだ。
「吉野部長が死ぬ……?」
「ああ。悪い霊に取り憑かれている状態だ。だが、私の式なら祓うことが可能だと思う」
「狼に襲わせるんですか」
「生きているものに悪影響を及ぼすものは消してしまった方がいい」
「そんな」
これで式狼を使って、竹久もろとも下のドロドロも食べさせてしまえば終了だ。
少しでも友哉に危険なものは、早く消してしまいたい。
「叢雲、碧空」
雪華は指示を出そうと二匹を振り返った。
「待って下さい、雪彦さん!」
友哉が身を乗り出す。
テーブルにぶつかりそうで、俺は後ろから友哉に抱きとめた。
「ダメだ、友哉、危ない」
友哉はいやいやするように身をよじる。
「式狼で竹久を退治するんですか。そんなことやめてください」
―― ええ、俺、退治されちゃうの?
竹久がびっくりしたような顔をする。自分の姿がどれほど不気味なことになっているのか、吉野にどんな影響を与えているのか、まったく分かっていないらしい。
「雪彦さん、他に方法はありませんか。えっと、成仏させてあげるとか、そういうことは出来ないんですか」
「いや、大賀見家は本来、拝み屋ではないんだが」
「でも……竹久は悪霊なんかじゃ……」
「だが実際に吉野君に取り憑いている」
「でも」
「どうして友哉はそこまで竹久を庇うの? 別にあいつと友達だったわけでも無かったよね?」
友哉は顔を伏せて、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「竹久一球は……なんていうか、俺の憧れだったから」
―― え、倉橋が?
竹久が驚いたように友哉を見る。
「憧れって何? 俺そんな話聞いたこと無いけど」
―― 俺も初耳。つうか、あんまりしゃべったこともなかったような。
「えっと、そんなに大げさなもんじゃないんだ。でも、見かけるたびにいいなって思っていたから」
「いいなって? いいなって何?」
何でも知っているはずの友哉に秘密があったみたいで、俺は大きな声を出してしまった。
「いいなはいいなだよ。俺とあきらはいつも『あれ』に怯えていたから部活動もまともに出来なかっただろ? あきらと一緒で毎日楽しかったから別に自分を不幸だとは思っていないけど、でも、ちょっとだけ考えたことがある。ああいう風に何かに打ち込んでみたいって」
友哉には『あれ』のせいで出来なかったことが数えきれないほどある。
そして、目を奪われたことでこれからも出来ないことが数えきれないほどあるだろう。
友哉の人生は奪われてばっかりだ。
「俺、中学の頃、竹久が毎朝近所を走っているのを知っていたし、俺達が登校する前に朝練を終えてからクラスに来ることも知っていたし、それでも成績を落とさないように必死に勉強しているのも知っていたし、とにかく毎日頑張っている竹久の姿が眩しかったんだ。俺とあきらが体験できない『青春』ってやつの象徴みたいでさ」
雪華がつらそうな顔で友哉を見た。
友哉が普通の子供みたいな青春を経験できなかったのは『あれ』のせいだから、雪華にはひどい罪悪感があるんだろう。
「あんなにまっすぐ前へ前へと向かっていた竹久が簡単に死んでしまって、しかも悪霊として消されて終わりなんて、俺はすごく嫌だ」
「友哉……」
―― 俺はお前らが羨ましかったけどな。ニコイチってやつ?
「え」
―― 俺、自分のことに精一杯で親友とかいなかったし、友人とも広く浅くって感じ? お前らが何かするたびに、こぶし合わせてパチンってやってただろ。二人だけの合図ってやつ。あれ、正直いいなって思ってた。
「そっか……お互い無いものねだりだな」
俺は友哉の肩を抱いたまま黙っていた。
友哉がそっと、俺の手に自分の手を重ねてくる。
ミコッチは竹久の声が聞こえないから会話の内容はよく分かっていないだろうけど、口をはさんでは来なかった。
雪華は吉野に取り憑いている竹久に近寄り、下半身からこぼれている内臓をじっと観察した。
俺も一緒に目を凝らす。群がっているたくさんの黒い手こそが元凶みたいだけど、式狼がそれだけを選んで食べるのは難しそうだ。竹久の本体をかじってしまうと、その体は粒子状に崩れて式狼に吸収されてしまう。
雪華は次に内臓から垂れている気持ちの悪い血の跡を見た。それは部屋から外へと、長くつながっているようだった。
「元を断てば何とかなるかも知れん」
ぼそりと雪華が言った。
「元を、ですか?」
「あの、何とかできるんですか? 本当に?」
ミコッチと友哉が聞き返す。
雪華が俺を見てくる。
竹久を切なそうに見つめる友哉に諦めろなんて言えるはずもなく、俺は仕方なくうなずいた。
雪華は吉野を支えて立ち上がらせ、ミコッチに聞いた。
「彼が死んだという踏切に案内してくれるか」
「うん、覚えているよ、久しぶりだ」
少し嬉しそうに友哉が応じた。
―― えっと、確か倉橋だよな。あ、後ろのは久豆葉か? はは、お前ら相変わらずニコイチなんだな。
「まぁね、あきらとは兄弟みたいなもんだし」
嬉しそうに微笑む友哉。
きょとんとするミコッチ。
頭を抱えてうずくまる吉野。
そして、どう動けばいいか判断しかねている俺と雪華。
―― でもこれ何の集まり? 吉野先輩と知り合いなのか?
「それはこっちが聞きたいよ。竹久、どうして俺の目にお前が見えるんだ?」
―― 倉橋の目がどうかしたのか?
「俺、二週間くらい前に失明したんだ。その俺に見えるってことは、お前、もしかして」
―― はぁ? 失明? なんでそんなひどいことになっているのに明るい口調なんだ?
「竹久だって、ぼんやりと宙に浮かんでいるくせに笑ってるじゃないか」
竹久一球は中学校での友哉のクラスメイトだったが、そんなに親しかったわけではない。
でも学内では有名人だった。名前を見れば分かる通り親が野球好きで小さい頃から野球に打ち込み、リトルリーグでも中学野球でもエースだった。確か、都内の野球名門校へ進学したはずだ。
―― ああ、やっぱ俺って死んでるの? なんか実感ねぇんだけど。
あっけらかんとした風に、竹久は言った。
ちょっと動くたびに、内臓がずるずると這って床を汚していく。
「友哉……」
友哉の肩を抱く腕に、知らず力が入る。
なんでだ? こんなおぞましいものを見て、なぜ友哉は平気そうなんだ?
「あきら? なんでそんなに緊張しているんだよ? ほら、竹久だよ、めちゃくちゃ野球がうまかったやつ」
俺はごくりとつばを飲んだ。
「友哉には、どう見えているの?」
「どうって……あきらにも見えるんだろ?」
「俺は……幽霊が怖いから直視できなくて……」
本当は腹の切り裂かれた断面や、腸みたいなものが長く伸びている様子や、そこに群がっている何本もの黒っぽい手まで、全部くっきり見えている。
けれど、友哉の反応からして、俺と同じものを見ているとは思えない。
「あきらって幽霊苦手だったっけ? でもこいつぜんぜん怖くないぞ。ちょっとぼやけてはいるけど、生きている時とそう変わりない姿だし」
生きている時と変わらない姿?
ではこの腹から垂れるグロいものはやっぱり見えていないのか?
「友哉、竹久の足は……見える?」
「足? ううん、足は見えない。やっぱ幽霊だから?」
―― あれほんとだ。俺にも自分の足が見えない。
竹久本人までが、さも大発見をしたというように目を見張っている。
「見えないって、どんな感じに」
「どんなって、こう、ぼやーってしている感じ? 上半身はまぁまぁよく見えるんだけど」
では無残に引き裂かれて、ぼとぼとと内臓を落としながら、しかも無数の黒い手にしがみつかれているこの恐ろしいものが、友哉には見えていないのか。
「ちょっといいか? お前ら普通に話しているけど、竹久一球の幽霊が見えているってことなのか?」
ミコッチが胡散臭そうな顔をして、俺達を見てきた。
「見えてるよ。見たくもないけど」
吐き捨てるように言うと、友哉が顔を寄せてきて「そんな失礼なこと言うなよ」と囁いてくる。なんで竹久の幽霊にそれほど気を遣うのか。中学生の頃だって、あまり話したことはなかったはずだ。友哉と竹久の間に、俺の知らないつながりがあったのか?
「俺は竹久が見えて嬉しいよ。いや、死んで嬉しいってことじゃなくて、見えないより見えた方が嬉しいって意味で」
―― 分かってるよ。
「御子神も竹久のことを知っているのか?」
「あ、いや直接は知らないけど、吉野さんが野球やってた時の後輩らしい」
「ええ? 吉野部長、野球やってたの?」
口調や物腰の柔らかさから、ずっと文化部なのかと思っていた。
吉野はよほど体調が悪いのか、こくんと首を動かしたが何もしゃべろうとしない。
「竹久が死んだのはこの前の週末だったらしいんだけど、吉野さんは今日になって知ったらしくて……ここに来る前に踏切に花を供えに行ったんだ。そうしたら吉野さん、『ここから逃げないと』って急に言い出して、しかも頭痛と耳鳴りがするって」
ミコッチは話しながら友哉をじっとみつめた。目線が合わないことで友哉の目が見えていないことを実感したらしく、気まずそうに目をそらした。
「ええとじゃぁ、竹久は踏切で死んだのか? なぁ竹久、どうして死んだんだ。事故か?」
友哉は話しながら竹久の方に近づこうとするから、俺はぐっとその肩を押さえて止めた。
「あきら? そんなに警戒しなくても」
「ダメだ、近づくな」
竹久の内臓にまとわりついている気味の悪い手に触れてしまったら、何が起こるか分からない。友哉はすでに、魂の弱っている状態だ。
「俺は吉野さんから死因は自殺だって聞いたぞ」
ぐったりしている吉野の代りに御子神が答えた。
「自殺って、なんで? 希望の高校に行けたし、何もかもこれからだったろ?」
―― うーん。さぁ……なんでだろ? 気付いたら遮断機をくぐっていたんだよなぁ。
「気付いたらって、そんな」
―― 死にたかったわけじゃなかったんだけど。
「それってほんとに自殺なのか? 事故とか、もしかしたら誰かに」
「ちょい待って」
ミコッチがこちらに近づいて来る。その時に竹久の内臓を踏んだのだが、ミコッチにも竹久にもその自覚は無いようだった。ミコッチには霊が見えないし、霊にもミコッチが見えていない。
「なぁ、もしかして倉橋って、幽霊と普通にコミュニケーション取れてる?」
「あ、ああ、声も聞こえるから」
「はぁー、まじかよ。何にも見えないの、俺だけ?」
まったく何も見えず、まったく影響も受けないミコッチ。
気配を感じ取れるせいで、影響も受けてしまった吉野。
竹久の上半身の無事な部分だけが見えている友哉。
竹久の下半身のドロドロと、そこに群がる無数の黒い手まで全部見えている俺と雪華。
カオスだ。
見えるか見えないかだけの二通りだけならまだ分かりやすいのに、それぞれに見えているものが全く違っている。
雪華は友哉と竹久を見比べて、どうするべきか途惑っている。
俺はさっさと竹久を始末してしまいたい。
「竹久。死んだお前が何でここに来た? 何が目的だ」
友哉を庇うようにして睨みつけると、竹久は頭をかいた。
―― いやぁ、よくわからないんだけど、いつのまにかここにいてさ。
「では、なぜこの人にくっついているんだ?」
雪華が吉野を指す。
竹久の手は吉野の背中をつかんでいる。
―― あれ、ほんとだ。なんでだろう? あれ、手が離れない。
幽霊本人にも取り憑いている自覚が無いとは、何だろうかこの状況、収拾がつかない。
俺は雪華を見た。
「雪彦おじさん、一番よく見えるのはおじさんだよね。どうしたらいいの」
どうにかしてくれと目で合図を送る。
雪華は軽く咳払いをすると、もっともらしい顔を作って俺達の顔を順に見た。
「この霊はあまり良くないもののようだ。放って置けば、こちらの人も死ぬかもしれない」
「吉野部長が? そんな!」
俺が大げさに驚いて見せると、友哉が俺の腕をぎゅっとつかんだ。
「吉野部長が死ぬ……?」
「ああ。悪い霊に取り憑かれている状態だ。だが、私の式なら祓うことが可能だと思う」
「狼に襲わせるんですか」
「生きているものに悪影響を及ぼすものは消してしまった方がいい」
「そんな」
これで式狼を使って、竹久もろとも下のドロドロも食べさせてしまえば終了だ。
少しでも友哉に危険なものは、早く消してしまいたい。
「叢雲、碧空」
雪華は指示を出そうと二匹を振り返った。
「待って下さい、雪彦さん!」
友哉が身を乗り出す。
テーブルにぶつかりそうで、俺は後ろから友哉に抱きとめた。
「ダメだ、友哉、危ない」
友哉はいやいやするように身をよじる。
「式狼で竹久を退治するんですか。そんなことやめてください」
―― ええ、俺、退治されちゃうの?
竹久がびっくりしたような顔をする。自分の姿がどれほど不気味なことになっているのか、吉野にどんな影響を与えているのか、まったく分かっていないらしい。
「雪彦さん、他に方法はありませんか。えっと、成仏させてあげるとか、そういうことは出来ないんですか」
「いや、大賀見家は本来、拝み屋ではないんだが」
「でも……竹久は悪霊なんかじゃ……」
「だが実際に吉野君に取り憑いている」
「でも」
「どうして友哉はそこまで竹久を庇うの? 別にあいつと友達だったわけでも無かったよね?」
友哉は顔を伏せて、少し恥ずかしそうに口を開いた。
「竹久一球は……なんていうか、俺の憧れだったから」
―― え、倉橋が?
竹久が驚いたように友哉を見る。
「憧れって何? 俺そんな話聞いたこと無いけど」
―― 俺も初耳。つうか、あんまりしゃべったこともなかったような。
「えっと、そんなに大げさなもんじゃないんだ。でも、見かけるたびにいいなって思っていたから」
「いいなって? いいなって何?」
何でも知っているはずの友哉に秘密があったみたいで、俺は大きな声を出してしまった。
「いいなはいいなだよ。俺とあきらはいつも『あれ』に怯えていたから部活動もまともに出来なかっただろ? あきらと一緒で毎日楽しかったから別に自分を不幸だとは思っていないけど、でも、ちょっとだけ考えたことがある。ああいう風に何かに打ち込んでみたいって」
友哉には『あれ』のせいで出来なかったことが数えきれないほどある。
そして、目を奪われたことでこれからも出来ないことが数えきれないほどあるだろう。
友哉の人生は奪われてばっかりだ。
「俺、中学の頃、竹久が毎朝近所を走っているのを知っていたし、俺達が登校する前に朝練を終えてからクラスに来ることも知っていたし、それでも成績を落とさないように必死に勉強しているのも知っていたし、とにかく毎日頑張っている竹久の姿が眩しかったんだ。俺とあきらが体験できない『青春』ってやつの象徴みたいでさ」
雪華がつらそうな顔で友哉を見た。
友哉が普通の子供みたいな青春を経験できなかったのは『あれ』のせいだから、雪華にはひどい罪悪感があるんだろう。
「あんなにまっすぐ前へ前へと向かっていた竹久が簡単に死んでしまって、しかも悪霊として消されて終わりなんて、俺はすごく嫌だ」
「友哉……」
―― 俺はお前らが羨ましかったけどな。ニコイチってやつ?
「え」
―― 俺、自分のことに精一杯で親友とかいなかったし、友人とも広く浅くって感じ? お前らが何かするたびに、こぶし合わせてパチンってやってただろ。二人だけの合図ってやつ。あれ、正直いいなって思ってた。
「そっか……お互い無いものねだりだな」
俺は友哉の肩を抱いたまま黙っていた。
友哉がそっと、俺の手に自分の手を重ねてくる。
ミコッチは竹久の声が聞こえないから会話の内容はよく分かっていないだろうけど、口をはさんでは来なかった。
雪華は吉野に取り憑いている竹久に近寄り、下半身からこぼれている内臓をじっと観察した。
俺も一緒に目を凝らす。群がっているたくさんの黒い手こそが元凶みたいだけど、式狼がそれだけを選んで食べるのは難しそうだ。竹久の本体をかじってしまうと、その体は粒子状に崩れて式狼に吸収されてしまう。
雪華は次に内臓から垂れている気持ちの悪い血の跡を見た。それは部屋から外へと、長くつながっているようだった。
「元を断てば何とかなるかも知れん」
ぼそりと雪華が言った。
「元を、ですか?」
「あの、何とかできるんですか? 本当に?」
ミコッチと友哉が聞き返す。
雪華が俺を見てくる。
竹久を切なそうに見つめる友哉に諦めろなんて言えるはずもなく、俺は仕方なくうなずいた。
雪華は吉野を支えて立ち上がらせ、ミコッチに聞いた。
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