闇夜に道連れ ~友哉とあきらの異常な日常~

緋川真望

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第六章 穢れなき友哉と大妖狐あきらと

6-(6) 食べられた16人 後編

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「お狐様にみんな……みんな殺された、みんな食べられてしまったんだぁ……!」
「食べられた?」
「そうだ! 見ろこの手を! 俺はこの目ではっきりと見た。この耳で聞いた。『取られたものを返してもらう』と、あの化け物が……! 狐だ、狐の女が生んだ穢れた子供だ! あの子はやはり大いなる災いだったのだ! 生まれてすぐに殺すべきだったんだぁ!」
「あきらが何をしたって言うんですか」

 むっとしたような、怒りを含んだ声で雪華が聞いている。

「狐の子が大賀見を滅ぼす。予言は実現されてしまったんだ。あああ、なんてことだ、大賀見はもう終わりだ。もうおしまいだ。どうか、どうかもうこれ以上は! あああー!」

 狂ったような悲鳴を上げて、男の声がまだ続く。

「雪彦ぉ! お前は大賀見の誇りを捨てて狐のガキに媚びへつらっているのだろう」
「当主とあなた達が命じたことでしょう。生贄になれと言ったのは誰ですか」
「うまいことやって、お狐様に気に入られたのだろう? だからお前だけはそうやってのうのうと無傷でいられるのだろう?」
「いったい何のことですか」
「お前から頼んでくれ! もうこれ以上奪わないでくれと! お前から言ってくれ! もうこれ以上殺さないでくれと! ああ……! せめて、せめて娘と孫は助けてくれぇ……」

 その後はもう意味が読み取れない叫び声になって、医師や看護師らしき人達が落ち着くようにと呼びかける声とともに、5、6人の足音がバタバタと遠ざかっていった。

 静かになった病室で、友哉が俺の方へ顔を向けてくる。

「人が……死んだのか?」
「俺は誰も殺していないよ!」

 間髪かんぱつ入れずに否定すると、友哉は驚いたような顔をした。

「分かっている。そんなこと疑っていないよ」
「でも、あの人は俺が犯人だと決めつけていた」
「俺はあきらがやったなんて思っていない。でも、大賀見家の誰かが死んだってことだよな」
「うん、そうみたいだけど……」

 大賀見英司が死んだことを言っていたのか? でも、典孝は死んだのは一人や二人では無いかのような口ぶりだった。

 廊下からタタタッと軽い足音が近づいてきた。
 がらりと引き戸を開けて、

「おい、テレビをつけろ。すごいことになっているぞ」

 と、ハルは病室に入るなり自分でリモコンを取ってテレビをつけた。

 映し出されたのは三乃峰警察署の前だ。レポーターらしき男がマイクを持って立っている。

『……いずれも大型犬のような動物に襲わせるという手口が同じことから、警察では同一犯の犯行の可能性も高いとみて捜査を進めています』

 画面の右上に大きく『野犬か? 連続殺人か? 14人死亡1人重傷』とテロップが出ていて、その下に『狼憑きの噂の旧家 呪いか 祟りか 地元住民騒然』と少し小さめの字で書かれている。

『武井さーん、今回は被害者15人がすべて同じ家の親族ということで、地元ではすごい騒ぎになっているということなんですが』

 女の声が少し興奮気味に聞いている。

『はい、そうなんです。三乃峰市周辺では、大賀見家というと市議会議員を多数輩出していて、不動産・物流・病院・教育など地域の暮らしと産業を支えてきた名家だということです。江戸時代から続く歴史の古い家なので実は狼が憑いているなんて怖い噂もあるそうなんです』
『はぁ……狼憑きの家ですかぁ。いわくつきの旧家でそんな事件が起こるなんて、まるで横溝正史の小説のようですねぇ』
『ここら辺は、野犬の被害が多いことでも有名なんです。それで、大賀見家の悪口を言うと狼に襲われるとかいう言い伝えまであるということなんです』
『野犬ですか? そんなに山奥ってわけでも無いのに。その旧家でドーベルマンでも飼っていたのかな』
『いやいや、それこそ狼の妖怪の仕業なんじゃないですかぁ?』
『はは、マンガじゃないんですから。現実的には大型犬か何かを訓練してやらせたってことじゃないですかね』
『15人がそれぞれ別の場所で襲われたんですよね。犯人はたった一晩で次々と犯行を重ねた。そうなると複数犯ってこともあるのかな』
『そうですよねぇ。いくら大きい犬だって10人以上食べたらお腹いっぱいですよねぇ』
『え、食べたなんて報道ありました?』
『あ、違うんですかぁ? 私はてっきり』
『遺体の体の一部が欠損していたなんて報道もありましたね』
『じゃぁやっぱり食べたんですよ、こわーい』
『実は一ヶ月ほど前にもひとり亡くなっているんです。高校生なんですが』
『その高校生も獣に襲われたんですか』
『いえ、学校の屋上からの転落死で容疑者も捕まっています』
『では、今回とは無関係ですかね』
『もし関係あるとすると、被害者は16人ということになりますけど』

 コメンテーターらしき男女が、画面の中で喜々として話し出し、画面には被害者の名前と顔写真が順番に映し出されていく。その中に大賀見英司の顔もあった。

「16人も……?」

 友哉が蒼ざめた顔で呟いた。

「どうして、そんな」
「久豆葉あきらが殺したのではないのか?」

 友哉の声に重ねるように、ハルが聞いてきた。

「久豆葉あきらからは、ぷんぷんと血の臭いがしているが?」
「俺は誰も殺していない。臭いがついたのは、多分、死体を近くで見ちゃったから……」
「死体を? あきら、どういうことだ?」

 友哉の顔がさらに蒼ざめる。
 優しい友哉に死体の話なんてしたくなかったのにと、俺はぎろりとハルを睨みつけた。
 ハルは対抗するようにさっと指を立て、ぶつぶつと小声で何かを唱えだす。

てんげんみょうぎょうじん……」
「え、ハルさん? またあきらに何かするつもりですか」

 友哉が俺を庇うように前へ出ようとするから、ハルはびっくりして唱えるのをやめた。

「倉橋友哉、なぜそいつを庇う」
「あきらは人を殺したりしない。あきらのことは俺が一番よく分かっています」
「私はそうは思わないが」

 友哉はハルを無視するように俺の方を向いた。

「あきら、死体を見たなんて、いったいどこで? 危ないことは無かったのか? どうして俺に黙っていたんだ?」
「ごめんなさい……。俺、怖くて……言葉にするのもすごく怖くて……」

 子供のように泣きそうな声を出すと、友哉はハッとしたように俺の手を強く握ってきた。

「そうだよな、怖かったよな」
「黙っていてごめんなさい」
「俺は心配なだけだ。あきらは怖がりなのに死体を見ちゃったなんて……大丈夫か?」
「うん……うん、すごく怖かった……」

 友哉の前では幽霊を怖がって見せたり、悪夢で眠れないと甘えてみたりしてきたから、友哉は俺を相当な怖がりだと思っている。俺がわざと指先をカタカタと震わせると、友哉は慰めるように優しく撫でてくれた。
 ハルが羨ましそうな目で友哉の手を見ている。

「怖いだろうけど教えて欲しい。何があったのか、話せるか」
「うん……。俺ね、今朝、大賀見英司という人の家に行ったんだ。昨日の公園での襲撃を依頼したのがその人だと分かって、もうこんなことはやめて欲しいからちゃんと話し合おうと思って……」

 ハルは『嘘ばかりつくな』とでも言いたそうにシラケた目を向けてくる。
 まぁ確かに話し合いなんてする気はさらさらなかった。俺は英司を脅しに行ったんだ。

 俺が『余計なこと言うなよ』と瞳で語ると、『嘘つきのケダモノめ』とハルが瞳で返事をしてくる。パチパチと火花が散りそうな俺達の間で、目の見えない友哉は俺のシャツをぐいっとつかんできた。

「あきら、そんな奴の家にひとりで行ったのか? どうして俺や雪彦さんと一緒に行かなかったんだ」
「ごめん……。全部、俺が狐のあやかしの血を引いているせいだと思って……」
「あきらは何も悪くないだろ。あやかしの血を引いているからっていうだけで、襲う方がおかしいんだ。どうしてそんな危ない奴の所に一人で行ったんだ」
「うん、ごめんなさい。心配すると思って」
「心配するに決まっているだろ。俺の目がこんな状態になって、ぜんぜん頼りないのは分かるけど、でも」
「違うよ、頼りないなんて思っていない」
「思っているから何も言ってくれないんだろ」
「違うよ! ひとりで行ってすごく後悔した。死んでいる人を見ちゃって、怖くて怖くて、早く友哉の所に戻りたかった。本当だよ……!」

 ほんとは死体なんて怖くもなんともなかったけれど、怖がるふりをして友哉の体に抱きつく。

「友哉ぁ……」

 俺が恐れているのは、友哉に嫌われることだ。
 じんわりと涙が出て来て、俺は少しすすり上げるように息を吸った。

「あきら……」
「ごめん、もうひとりで危ないところへ行かないから、怒らないで」
「……怒ってるわけじゃないよ」
「俺を嫌わないで」
「バカ、嫌うはずないだろ」
「うん……」

 友哉は、はぁっと息を吐いた。

「とにかく、あきらが無事でよかった」

 耳元でそう言って、優しく抱きしめてくれた。

 へその緒の封印が解けてから、俺は妖狐の力も使えるようになったし、身体能力も格段に上がった。18匹も式狼を持っているし、大妖狐にもなれるような化け物だ。

 それでも、友哉は俺を心配する。心の底から案じてくれる。
 まっすぐ向けられる情愛が俺を優しく包んでくれて、あったかくてくすぐったくて、いつも少し泣きたくなる。

「友哉お兄ちゃん、ごめんね」

 自分より小さな飼い主にじゃれつく大型犬のように友哉にのしかかる。

「わ、重いって!」

 友哉が笑ってぽんぽんと俺の背中を叩いた。
 ハルが氷のように冷めた顔で、そんな俺達を見ている。

「それで? 早く続きを話せ、久豆葉あきら」
「う、うん、えっとね、その人の家へ行ったらなぜか鍵が開いていて……俺、つい中に入っちゃったんだ。そしたらリビングに死体が転がってた。お腹がちぎれてて、いっぱい血が出てて、すごく怖かった……」

 ぶるぶるっと全身を震わせると友哉が優しく背中を撫でてくれて、ハルの目がさらに冷たくなる。

「友哉ぁ、俺、心臓が止まるかと思ったよ」
「……怖かったな」
「うん。こうしてると、安心する」

 俺はハルに見せつけるように、友哉の髪に鼻や頬を擦り付けた。





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