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真相、またの名を蛇足と言う名の最終回
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令嬢連続殺人事件が解決し、娘を持つ親が胸を撫で下ろす。
ようやく国に平穏が訪れたと誰もが一安心していた。
ただ一人、オーギュスト・ポタンスを除いて。
オーギュストは弟の告白に動揺を隠せない。
虫も殺せない心優しく、大らかな性格のエクトルが発した言葉とは思えないものだった。
「そうです、兄上。僕の考えた通りに彼女がやってくれたのです」
「どういうことだ、エクトル」
「その通りの意味です。全ては兄上の為に。兄上の力になりたく、僕が計画したのです」
真相は驚くべきものだった。
エクトルは婚約者を選定しないまま、成人の日を迎えようとしていた。
それが急に六人の候補者を選出し、婚約者を決めると言い出した。
全てに裏があったのだ。
婚約者候補として、リストに上げられた令嬢の家はどこもきな臭い。
社交界どころか、市井でも良くない噂を囁かれているような家ばかりだった。
しかし、噂は噂に過ぎない。
誤解と偏見に基づいた裏打ちの無い話だった。
実のところ、国の暗部に関わるがゆえに黒い噂を立てられようとも黙認せざるを得なかっただけなのだ。
エクトルは残念なことにこの信憑性の乏しい噂を全面的に信じた。
いずれ兄が治める国は平和で幸せであるべきと狂信的に考えたエクトルは、そのような輩が蔓延らないように一計を案じた。
そこで思いついたのが、利用するのに最適な人材――狂える令嬢コンスタンスだった。
コンプリス家が古い血筋を継ぎ、コンスタンスもその力の一端を使えることを知ったエクトルはありもしない婚約者候補を発表したのである。
何も知らないコンスタンスはまさか、当の本人エクトルに煽られているとは知らず、操り人形のように動いた。
もっともコンスタンスはエクトルが想定以上に狂い咲きを見せたが、作戦は恙なく続行される。
その結果、六人の罪の無い令嬢が惨殺されるばかりか、ありもしない罪を捏造され、取り潰された家が続出した。
「平和になりました。兄上の国はきっと世界で一番、幸せな国になることでしょう」
「エクトル……お前……」
オーギュストは恐怖を覚えた。
血を分けた愛すべき弟が恐ろしくなった。
満面の笑みを浮かべるエクトルの顔に一切の悔恨や慚愧の念が窺えない。
罪悪感の欠片も感じられなければ、むしろ達成感を抱いているのではないか。
エクトルの微笑みはそう捉えられて、当然のものだった。
(許せ、エクトル)
ゆえにオーギュストは苦渋の決断を下した。
怪物のような弟をこのまま、野放しにしておけないと判断したオーギュストは、エクトルが口へ運ぶ杯に仕掛けを施した。
致死性の毒である。
微量でも必ず、死に至る恐るべき毒だった。
「ぐっ」
遅効性ではなく、即効性の毒だ。
エクトルは焼き付ける毒の痛みに喉を掻きむしり、床で悶え苦しむがそれも時間の問題だった。
やがて身動き一つしなくなった。
「エクトル……すまぬ」
オーギュストは生涯、その死に顔に悩まされた。
猛毒で苦しみ、死んだのにも関わらず、安らかな顔をしていたからだ。
まるで死ぬことを最初から知っており、望んでいたかのように……。
エクトルは知っていた。
清廉潔白な人柄をしたオーギュストが自分を許すはずはないと……。
だからこそ、どのように最期を迎えるべきなのかと悩んだ。
そして、一つの結論に辿り着いた。
己の死に際を最愛の兄に強く刻む。
いつまでも心に残るように。
記憶から消えないように。
エクトルもまたコンスタンスと同じだった。
狂気を孕み、彼岸へと至る者だったのである。
後年、オーギュストは退位する父王の後を受け、王となる。
しかし、即位式で頭部に凶弾を受け、帰らぬ人となった。
暗殺犯は未成年の少年アムル。
犯行に使われた火器は市場に出回っていない最新鋭の試作型狙撃銃であり、背後関係が疑われた。
ところが取り調べでもアムルは「赤い髪の魔女が」と繰り返すばかりで埒が開かない。
捜査が思うように進まないまま、事件の真相は闇の中へ葬り去られた。
トルチュル王国が突如、襲来した異形の魔物の大軍に吞まれ、文字通り、地図上から消え去った……。
かくして全ての者が退場し、誰一人幸福をその手に掴むことなく終わった。
ようやく国に平穏が訪れたと誰もが一安心していた。
ただ一人、オーギュスト・ポタンスを除いて。
オーギュストは弟の告白に動揺を隠せない。
虫も殺せない心優しく、大らかな性格のエクトルが発した言葉とは思えないものだった。
「そうです、兄上。僕の考えた通りに彼女がやってくれたのです」
「どういうことだ、エクトル」
「その通りの意味です。全ては兄上の為に。兄上の力になりたく、僕が計画したのです」
真相は驚くべきものだった。
エクトルは婚約者を選定しないまま、成人の日を迎えようとしていた。
それが急に六人の候補者を選出し、婚約者を決めると言い出した。
全てに裏があったのだ。
婚約者候補として、リストに上げられた令嬢の家はどこもきな臭い。
社交界どころか、市井でも良くない噂を囁かれているような家ばかりだった。
しかし、噂は噂に過ぎない。
誤解と偏見に基づいた裏打ちの無い話だった。
実のところ、国の暗部に関わるがゆえに黒い噂を立てられようとも黙認せざるを得なかっただけなのだ。
エクトルは残念なことにこの信憑性の乏しい噂を全面的に信じた。
いずれ兄が治める国は平和で幸せであるべきと狂信的に考えたエクトルは、そのような輩が蔓延らないように一計を案じた。
そこで思いついたのが、利用するのに最適な人材――狂える令嬢コンスタンスだった。
コンプリス家が古い血筋を継ぎ、コンスタンスもその力の一端を使えることを知ったエクトルはありもしない婚約者候補を発表したのである。
何も知らないコンスタンスはまさか、当の本人エクトルに煽られているとは知らず、操り人形のように動いた。
もっともコンスタンスはエクトルが想定以上に狂い咲きを見せたが、作戦は恙なく続行される。
その結果、六人の罪の無い令嬢が惨殺されるばかりか、ありもしない罪を捏造され、取り潰された家が続出した。
「平和になりました。兄上の国はきっと世界で一番、幸せな国になることでしょう」
「エクトル……お前……」
オーギュストは恐怖を覚えた。
血を分けた愛すべき弟が恐ろしくなった。
満面の笑みを浮かべるエクトルの顔に一切の悔恨や慚愧の念が窺えない。
罪悪感の欠片も感じられなければ、むしろ達成感を抱いているのではないか。
エクトルの微笑みはそう捉えられて、当然のものだった。
(許せ、エクトル)
ゆえにオーギュストは苦渋の決断を下した。
怪物のような弟をこのまま、野放しにしておけないと判断したオーギュストは、エクトルが口へ運ぶ杯に仕掛けを施した。
致死性の毒である。
微量でも必ず、死に至る恐るべき毒だった。
「ぐっ」
遅効性ではなく、即効性の毒だ。
エクトルは焼き付ける毒の痛みに喉を掻きむしり、床で悶え苦しむがそれも時間の問題だった。
やがて身動き一つしなくなった。
「エクトル……すまぬ」
オーギュストは生涯、その死に顔に悩まされた。
猛毒で苦しみ、死んだのにも関わらず、安らかな顔をしていたからだ。
まるで死ぬことを最初から知っており、望んでいたかのように……。
エクトルは知っていた。
清廉潔白な人柄をしたオーギュストが自分を許すはずはないと……。
だからこそ、どのように最期を迎えるべきなのかと悩んだ。
そして、一つの結論に辿り着いた。
己の死に際を最愛の兄に強く刻む。
いつまでも心に残るように。
記憶から消えないように。
エクトルもまたコンスタンスと同じだった。
狂気を孕み、彼岸へと至る者だったのである。
後年、オーギュストは退位する父王の後を受け、王となる。
しかし、即位式で頭部に凶弾を受け、帰らぬ人となった。
暗殺犯は未成年の少年アムル。
犯行に使われた火器は市場に出回っていない最新鋭の試作型狙撃銃であり、背後関係が疑われた。
ところが取り調べでもアムルは「赤い髪の魔女が」と繰り返すばかりで埒が開かない。
捜査が思うように進まないまま、事件の真相は闇の中へ葬り去られた。
トルチュル王国が突如、襲来した異形の魔物の大軍に吞まれ、文字通り、地図上から消え去った……。
かくして全ての者が退場し、誰一人幸福をその手に掴むことなく終わった。
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