【完結】その令嬢、キリングマシーンにつき

黒幸

文字の大きさ
5 / 5

真相、またの名を蛇足と言う名の最終回

しおりを挟む
 令嬢連続殺人事件が解決し、娘を持つ親が胸を撫で下ろす。
 ようやく国に平穏が訪れたと誰もが一安心していた。
 ただ一人、オーギュスト・ポタンスを除いて。

 オーギュストは弟の告白に動揺を隠せない。
 虫も殺せない心優しく、大らかな性格のエクトルが発した言葉とは思えないものだった。

「そうです、兄上。僕の考えた通りに彼女がやってくれたのです」
「どういうことだ、エクトル」
「その通りの意味です。全ては兄上の為に。兄上の力になりたく、僕が計画したのです」

 真相は驚くべきものだった。
 エクトルは婚約者を選定しないまま、成人の日を迎えようとしていた。
 それが急に六人の候補者を選出し、婚約者を決めると言い出した。
 全てに裏があったのだ。

 婚約者候補として、リストに上げられた令嬢の家はどこもきな臭い。
 社交界どころか、市井でも良くない噂を囁かれているような家ばかりだった。
 しかし、噂は噂に過ぎない。
 誤解と偏見に基づいた裏打ちの無い話だった。
 実のところ、国の暗部に関わるがゆえに黒い噂を立てられようとも黙認せざるを得なかっただけなのだ。

 エクトルは残念なことにこの信憑性の乏しい噂を全面的に信じた。
 いずれ兄が治める国は平和で幸せであるべきと狂信的に考えたエクトルは、そのような輩が蔓延らないように一計を案じた。
 そこで思いついたのが、利用するのに最適な人材――狂える令嬢コンスタンスだった。
 コンプリス家が古い血筋を継ぎ、コンスタンスもその力の一端を使えることを知ったエクトルはありもしない婚約者候補を発表したのである。

 何も知らないコンスタンスはまさか、当の本人エクトルに煽られているとは知らず、操り人形のように動いた。
 もっともコンスタンスはエクトルが想定以上に狂い咲きを見せたが、作戦は恙なく続行される。
 その結果、六人の罪の無い令嬢が惨殺されるばかりか、ありもしない罪を捏造され、取り潰された家が続出した。

「平和になりました。兄上の国はきっと世界で一番、幸せな国になることでしょう」
「エクトル……お前……」

 オーギュストは恐怖を覚えた。
 血を分けた愛すべき弟が恐ろしくなった。
 満面の笑みを浮かべるエクトルの顔に一切の悔恨や慚愧の念が窺えない。
 罪悪感の欠片も感じられなければ、むしろ達成感を抱いているのではないか。
 エクトルの微笑みはそう捉えられて、当然のものだった。

(許せ、エクトル)

 ゆえにオーギュストは苦渋の決断を下した。
 怪物のような弟をこのまま、野放しにしておけないと判断したオーギュストは、エクトルが口へ運ぶ杯に仕掛けを施した。
 致死性の毒である。
 微量でも必ず、死に至る恐るべき毒だった。

「ぐっ」

 遅効性ではなく、即効性の毒だ。
 エクトルは焼き付ける毒の痛みに喉を掻きむしり、床で悶え苦しむがそれも時間の問題だった。
 やがて身動き一つしなくなった。

「エクトル……すまぬ」

 オーギュストは生涯、その死に顔に悩まされた。
 猛毒で苦しみ、死んだのにも関わらず、安らかな顔をしていたからだ。
 まるで死ぬことを最初から知っており、望んでいたかのように……。

 エクトルは知っていた。
 清廉潔白な人柄をしたオーギュストが自分を許すはずはないと……。
 だからこそ、どのように最期を迎えるべきなのかと悩んだ。
 そして、一つの結論に辿り着いた。
 己の死に際を最愛の兄に強く刻む。
 いつまでも心に残るように。
 記憶から消えないように。
 エクトルもまたコンスタンスと同じだった。
 狂気を孕み、彼岸へと至る者だったのである。



 後年、オーギュストは退位する父王の後を受け、王となる。
 しかし、即位式で頭部に凶弾を受け、帰らぬ人となった。
 暗殺犯は未成年の少年アムル。
 犯行に使われた火器は市場に出回っていない最新鋭の試作型狙撃銃であり、背後関係が疑われた。
 ところが取り調べでもアムルは「赤い髪の魔女が」と繰り返すばかりで埒が開かない。
 捜査が思うように進まないまま、事件の真相は闇の中へ葬り去られた。

 トルチュル王国が突如、襲来した異形の魔物の大軍に吞まれ、文字通り、地図上から消え去った……。
 かくして全ての者が退場し、誰一人幸福をその手に掴むことなく終わった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

つかまえた 〜ヤンデレからは逃げられない〜

りん
恋愛
狩谷和兎には、三年前に別れた恋人がいる。

処理中です...