【完結】(自称)モブ令嬢は見た

黒幸

文字の大きさ
3 / 41

3 アルスターの闇

しおりを挟む
「ありていに申しましょう。貴女の力を貸して欲しいの」
「えぇ……はぁ」

 改めて、話を続けるという体で仕切り直しになった。けれど、私は石化されて石像になったみたいに動けない。
 見るからに高そうなテーブルセットに着くとリムジンの運転もしていた人狼の青年が、お茶の準備をしている。
 この青年が人狼でなければ、私の能力はバレないで済んだと思う。
 むしろ罠だったので引っかかったのが悪いのだ。

 案外、神話に出てくるメデューサやゴルゴンの石化の視線の正体は、これなのかもしれない。
 圧倒的な威圧感の前に動けなくなるのは石化と変わらない……。

「要は同志になれってこと。お分かりいただけるかしら?」
「は、はぁ」

 妙に砕けた喋り方をした気がするけど、気のせい?
 そう思えば、学園で見かけた時に感じた棘が見えない。
 あれはウィステリア嬢が自分の身を守ろうと無意識に発していたのかもしれない。

「私はね。国に踊らされる生き方はしたくないの。ですから、貴方には同志……いいえ、共犯になって欲しいの」

 彼女の声にはどこか険があって。
 強さではなく、何かを拒絶しているように思えた。
 今はそれを感じられない。
 私を仲間に引き入れるのが、それだけ切実な思いだから?
 そうとしか思えない。
 でも、何が彼女をそこまで追い詰めているのか、皆目分からなかった。

 思うがままの権力を持つ公爵家の令嬢で将来は王妃となることが約束されている人だ。
 何も憂うことなどないのでは?

「貴女は王家をどう思いますの? 私は……あんなボンクラどもと添い遂げるなんて、御免被りたいですわ!」

 ウィステリア嬢は急にぶっちゃけた。
 どうされたの? と心配になってくる。
 なぜ、そんなに弾けてしまったのだろうか。

 これでも例の人狼の青年は他人事のように我関せずの姿勢を崩さない。
 そして、歯ぎしりすら聞こえてきそうな恐ろしい形相でウィステリア嬢が、実に恐ろしいことを言い始めた。



 アルスター王国の歴史は非常に短い。
 建国から百年どころか、半世紀とちょっと程度しかない。
 何しろ、国を建てたのは先代の王ヒューゴーで現在の国王、ノーマン陛下は二代目。
 たったの二代しか続いていない盤石とは言えない王家なのだ。

 しかし、王家が不安定なのは歴史が短いせいだけではない。
 そこには深い闇がある。

 創建王ヒューゴーは確かに一代の英雄だったと思う。
 もっとも歴史なんて、自分に都合のいいことしか書かないから、そう書いてあるだけかもしれないけど、それを言っては元も子もない。
 そう。
 ヒューゴー王は英雄色を好むを地で行く人だった。
 口の悪い人は彼のことをこう呼ぶ。
 稀代の種蒔き王と……。

 現国王のノーマン陛下は
 ノーマン王は恐らく、名君だったと歴史書に書かれる有能な為政者だ。
 田舎に住む私ですら、それがよく分かる。
 政情は安定しているし、欧州で屈指の平和を維持したであるのは間違いない。

 これだけなら、長子より優秀な第二王子や第三王子といった次子、三子が後を継いだ。
 そう考えてしまうと思うだろう。
 でも、そうではない。
 ノーマン王は王子であるのは確かだけど、第何子か分からない。
 そういうことなのだ。

 私は知らないけど、彼より年長の王子も何人か、いたらしい。
 でも、いつの間にか消えていて、他国に亡命した者もいるとか、いないとか。
 信じるも信じないもあなた次第な噂に過ぎないけど……。
 単なる噂話で終わっていないのは、この噂の信憑性が極めて高いことだ。

 まず、現在の王家の状況が非常にきな臭い。
 ノーマン王は一国の王という立場にありながら、独身時代の長い王様だった。
 そんな王が王妃に迎えたのは令嬢の中の令嬢と呼ばれたツリーヴィレ伯爵家のジョスリン。
 美男美女の国王夫妻に国民も期待したのだけど、中々子宝に恵まれなかった。
 生まれたのは王女二人だけ。
 しかもまだ幼い。
 それを予期していたのか、ノーマン王は若い頃に後継者となる養子を迎えているのだ。
 それがまた、闇が深い。
 ノーマン王の弟にあたる諸王子三人が王太子となるべく、王の下で育てられることになった。

 もうしっちゃかめっちゃかとしか、言いようがない。
 これでも国が平穏を保っているのは奇跡なのかもしれない。

 止めとばかりにウィステリア嬢は衝撃的な一言を言い放った。

「私がのは確定ですのよ? なぜ? 私が嫁がないと王家に正当性がないんですもの。笑わせてくれるわね」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

処理中です...