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11 黒の聖女ラヴィニア

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 迷うまでもなかった。
 わたしは助けられる命があれば、救いたい。

「あまり、やりたくはないんだけどね」

 うつ伏せになっていたリオネルの体をどうにか仰向けにする。
 そこそこに体重のある男の人の体をどうにかするのは骨が折れるけど、何とかなった。
 素人目にも分かるのは明らかに腹部へのダメージだ。
 致命傷にはなっていないようだけど、決して軽くはない。
 このまま放っておけば、この人の魂は死神が連れ去るだろう。

 わたしの目には死神ではなく、魂を狙ってこちらに邪な視線を向ける黒い霊体が視えていた。
 でも、そうはさせない。

 リオネルの手を握るとまるで傷がどうしてできたのかを追体験するかのように痛みがわたしに襲い掛かってくる。
 痛い。
 ちょっと痛いなんて、代物じゃない。
 死ぬほど痛いんじゃないの、これ。

 だけど、これでいいのだ。
 リオネルの出血が止まって、傷口が塞がって、傷そのものが消える。
 じゃあ、どうなったのか?

 答えはわたしの体にリオネルが負っていた怪我が移ったのだ。
 これが霊視と同じく、あの時、わたしに覚醒した不思議な力だった。
 痛いのでやりたくないと言ったのも分かってもらえると思う。

 最初はこの力があることすら知らなかった。
 気付いたのは街中で倒れた見知らぬおばあさんを助けようとした時、偶然にも力が発動したからだ。
 おばあさんは心臓に病を抱えていて、発作が起きてしまった。
 そのままでは死を待つだけだった。
 咄嗟におばあさんの手を握ったら、わたしが死ぬかと思う痛みを味わった。
 それに比べたら、リオネルの怪我は生易しい方だ。

 わたしの力は治療したとはっきりとは分からない癒しの力らしい。
 その時、力を使っておばあさんを治したけど、誰も気付かなかった。
 唯一、気が付いたのはおばあさんだけ。
 おばあさんはくれぐれも気を付けなさいと忠告をしてくれた。
 今、思い返すとあのおばあさんも只者ではなかったのかも……。

 さて、不思議でしょう?
 ではわたしはなぜ、怪我や病を自分の身に移しても生きているのか。
 理由は簡単。
 魔女の娘だからってこともないんだろうけど、わたしの体は異常な再生能力を持っている。
 普通の人間だったら、死んでしまうような状態でもわたしは再生可能なのだ。
 とはいえ、さすがに腕や足を切り落としたら、生えてくるのかどうかは分からない。
 驚異的な再生力といっても限度があると思う。

「こちらは大丈夫です!」

 孤軍奮闘している王子様にリオネルの無事を伝えるべく、それなりに大きな声を上げる。
 あまり大きな声を出すことがないから、自分の声にちょっとびっくりしたけど。

 でも、王子様にちゃんと伝わったらしい。
 大きな剣を軽々と片手で振り回し獣を牽制すると、無手の拳でこちらにぐっと親指を上げてくれたから。
 余裕のある戦いを見せている王子様だけど、戦況は一進一退といった感じにしか見えない。

 どちらもが決定打を欠いているとでも言うんだろうか。
 このままでは埒が明かないって気がする。
 王子様の剣の腕は中々のもので獣を寄せ付けない戦いを見せているけど、人間には体力が関係する。
 獣はこの世ならざる生き物にしか見えない得体のしれない生命体だ。
 体力やスタミナなんて関係なく、戦い続けられるなら王子様の方が不利だろう。

 今は余裕で戦っているように見える王子様だけど、このままだと危ないかもしれない。
 わたしは幽霊が視えて、変な癒しの力が使えるだけ。
 戦いの力になることはできない。
 だって、素人だから。
 ここで助太刀しても足手纏いになるのが関の山だろう。
 でも、そうならない方法が一つだけある。
 浄化(ルストラー)だ。

 ただ、どうしても二の足を踏む。
 この力は傍目には分からない癒しとは違って、はっきりと見えてしまうから。
 しかし、迷っている場合ではないことも分かっている。
 どうするの?
 どうすればいいの?

「浄化(ルストラー)!」

 迷うよりも動けとばかりに気が付いたら、勝手に体と口が動いていた。
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