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第24話 孤狼VS女狐
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「あなた、高名なリンブルク将軍までいらしたということは何か、大事なお話がありますのね?」
これは一筋縄ではいかない相手だというのが第一印象で分かってしまう。
フレデリクの記憶ではクシカ先輩との接点もあまりなかった。
ましてや、その奥方には何の興味もなかっただろう。
アデライド・ティボーという名前しか、記憶に残ってないから、これは想定外だぞ。
応接室へと案内された俺をさらに戸惑わせたのはこの奥方の腹の底が全く、読めないことだ。
応接室で腰を下ろした途端、この奥方、何と言ったと思う?
「はぁ。堅苦しいのは面倒だから、リンブルクさんももっと楽にしていいわ。私もそうさせてもらうから」
「あぁ、フレデリク。アディは元々、こういうとこがあってな。まぁ、気にすんな」
「は、はぁ」
人目があるところでは完璧な淑女を演じているだけってことか。
食えない人だな。
「それでフレデリクさんだっけ? あなた、うちの旦那に何をさせようっていうの? それとも私に何かをさせる気なの?」
単刀直入に切り込んできたか。
ますます、読めない人だな、これは!
「皇宮の方で何らかの動きがあったことは既に御存知でしょうか?」
「私、これでも社交界では知られた顔なの。表では話せないようなことでも私的なお茶会ではそういったお話が噂になるものなのよ? 知らなかった?」
「ほぉ、そうなのか」
いや、クシカ先輩。
あんたはもうちょい、政治的なものというか、学んだ方がいいと思うぞ、うん。
しかし、この奥方がいるのなら、余程のへまをしない限り、平気そうだが。
「それなら、話が早いですね。ド・プロットという楔を失うと西はどうなるでしょうか?」
「ふぅ~ん。あなたって、聞いていた噂と大分、違うのね。思慮が足りない乱暴者で冷酷非情な男と聞いてたんだけど?」
俺の心の中を探るように濃緑色の美しい瞳で射竦めてくる。
しかし、この美しさだ。
勘違いをする男がいてもおかしくないだろうな。
勿論、俺は勘違いなどしない。
これは戦いだからな。
「俺も奥方が聞いていた以上にお美しくて、しかも思った以上に賢いお方のようで驚いていますよ」
「へぇ、言うのね?」
「いやいや、あなたほどではありませんよ」
二人とも表面は穏やかににこやかな笑みを浮かべながらなのに火花が飛び散るような妙に刺々しい空気なのは気のせいではない。
その証拠にクシカ先輩は俺たちを見比べながら、おどおどしている。
熊みたいな見た目の割にそれはかわいく見えるんじゃないかね。
あぁ、奥方もそのギャップにやられた人か。
「まぁ、いいわ。楔がなくなった以上、西の諸国は動き出すでしょうね。鈴がなくなったのよ? 自由に動きたくなって、仕方がないことでしょうね」
「さすが、良く見ておられるようで。そうなると厄介ですよね」
「ええ、厄介でしょうね。一度ついた火種は決して、消えることなく、西の地を焼き尽くすでしょうね」
「俺には何のことだか、さっぱりだぜ」
先輩はちょっと、黙っておこうか。
借りてきた熊でいいと思うんだ、あなたは。
「まさか、あなた。うちの旦那にその楔になれって、言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだったら、どうします?」
「無理よ。うちの旦那にそういう芸当が出来ると思うの? 腹芸なんて、器用なことが出来る人じゃないし、この人にそういう生き方をして欲しくないの」
そう言って、先輩を見つめる瞳は慈愛に満ち溢れていた。
少女のような見た目のこの奥方がどれだけ、先輩のことを愛しているのかが良く分かる。
「あなたがいれば、それが出来ると思うのですよ。ティボー家のあなたにはそれが出来るはずだ」
「言ってくれるわね。確かに私には出来るかもしれないわ。でも、私は気が進まないの。言ったでしょ? うちの旦那を矢面に立たせたくないのよ」
狂おしいほどの愛情と強い意志を持った女性か。
強敵どころか、難敵だぞ、これ。
どうするかね?
こういう人が相手だと下手にカードを隠しておくより、手の内を明かした方が得策かもしれんね。
「俺も覚悟を決めましてね。デルベルクの名を継ぐことに決めたんですよ」
「へぇ、あなたも? でも、それくらいで私たちが動くとでも?」
先輩は相変わらず、何の話か分からないらしく、オロオロしているようだが……。
「陛下は東に都を遷されるでしょう」
「そうでしょうね。むしろ、こんな西に都を遷すなんて、無能にもほどがあるわ。下手したら、あっという間に都を包囲されかねないんだから、本当、無能よね」
「アディ。大将だって、無能じゃなかったんだ。故郷に近いから、それでなんだ」
「それを無能って言うのよ? じゃなきゃ、馬鹿なのよ」
言いたいことを言い合える夫婦って、素敵だな。
いや、この場合、年下の娘くらいの妻の尻に敷かれているだけとも言うか。
「そして、我々は有力な皇族お二方からの支持も取り付けているんですよ」
「北の流星と氷の姫君でしょ? あなたのような人が認めるまともな皇族は他にいないから、すぐに分かるわ。それで……あなたが主と仰いだのはどっちなの?」
この人は間違いなくどちらを選んだのか、分かっていて聞いてるんだろうな。
ティボー家に女として生まれたのを嘆かれたベルトランの再来という肩書は伊達じゃないようだ。
「ゾフィーア皇女ですよ。彼女が本拠とするオステン・ヘルツシュテレは東の要衝にして、発展著しい大都市です。それに彼女の下に集まった者は俊才・英傑ばかりだ。将来性を考えても彼女に賭けるのがいいと思いましてね」
「嘘ね。本当はモドレドゥス皇子に賭けたかったんでしょ? でも、それは出来なかった。違う?」
鋭すぎて、もう怖いくらいだ。
この人を敵に回したら、絶対やばいのではないかってくらいに怖いな。
「ご明察の通りですよ。俺はモドレドゥスとは古い仲ですし、良く分かっていますからね。ただ、あいつには野心がない。自分のことが分かっているから、望みなんて持たない。あいつはいいやつなんですよ」
「そう。そうするといずれ、北も不穏になる可能性があるわね。それはあなたがどうにかしてくれると思っていいのね? 私と旦那が西を守る、あなたは北を守る。片方が苦しい時は必ず、助ける。こんな感じなら、悪くないわ」
「それって、つまり、話を受けてくださる?」
「どういうことだ、アディ?」
「クーちゃんはちょっと黙っておいて?」
「お、おう」
「そういうことよ。よろしく、フレデリクさん」
「こちらこそ、よろしく。アデライドさん」
先輩は分かってないんだから、黙っときなって。
というか、あんた、その顔でクーちゃん呼ばわりか。
いや、いいんだけどさ。
いいんだけど、商談がまとまった途端にイチャイチャするのは俺が帰ってからにしてくれませんかね?
これは一筋縄ではいかない相手だというのが第一印象で分かってしまう。
フレデリクの記憶ではクシカ先輩との接点もあまりなかった。
ましてや、その奥方には何の興味もなかっただろう。
アデライド・ティボーという名前しか、記憶に残ってないから、これは想定外だぞ。
応接室へと案内された俺をさらに戸惑わせたのはこの奥方の腹の底が全く、読めないことだ。
応接室で腰を下ろした途端、この奥方、何と言ったと思う?
「はぁ。堅苦しいのは面倒だから、リンブルクさんももっと楽にしていいわ。私もそうさせてもらうから」
「あぁ、フレデリク。アディは元々、こういうとこがあってな。まぁ、気にすんな」
「は、はぁ」
人目があるところでは完璧な淑女を演じているだけってことか。
食えない人だな。
「それでフレデリクさんだっけ? あなた、うちの旦那に何をさせようっていうの? それとも私に何かをさせる気なの?」
単刀直入に切り込んできたか。
ますます、読めない人だな、これは!
「皇宮の方で何らかの動きがあったことは既に御存知でしょうか?」
「私、これでも社交界では知られた顔なの。表では話せないようなことでも私的なお茶会ではそういったお話が噂になるものなのよ? 知らなかった?」
「ほぉ、そうなのか」
いや、クシカ先輩。
あんたはもうちょい、政治的なものというか、学んだ方がいいと思うぞ、うん。
しかし、この奥方がいるのなら、余程のへまをしない限り、平気そうだが。
「それなら、話が早いですね。ド・プロットという楔を失うと西はどうなるでしょうか?」
「ふぅ~ん。あなたって、聞いていた噂と大分、違うのね。思慮が足りない乱暴者で冷酷非情な男と聞いてたんだけど?」
俺の心の中を探るように濃緑色の美しい瞳で射竦めてくる。
しかし、この美しさだ。
勘違いをする男がいてもおかしくないだろうな。
勿論、俺は勘違いなどしない。
これは戦いだからな。
「俺も奥方が聞いていた以上にお美しくて、しかも思った以上に賢いお方のようで驚いていますよ」
「へぇ、言うのね?」
「いやいや、あなたほどではありませんよ」
二人とも表面は穏やかににこやかな笑みを浮かべながらなのに火花が飛び散るような妙に刺々しい空気なのは気のせいではない。
その証拠にクシカ先輩は俺たちを見比べながら、おどおどしている。
熊みたいな見た目の割にそれはかわいく見えるんじゃないかね。
あぁ、奥方もそのギャップにやられた人か。
「まぁ、いいわ。楔がなくなった以上、西の諸国は動き出すでしょうね。鈴がなくなったのよ? 自由に動きたくなって、仕方がないことでしょうね」
「さすが、良く見ておられるようで。そうなると厄介ですよね」
「ええ、厄介でしょうね。一度ついた火種は決して、消えることなく、西の地を焼き尽くすでしょうね」
「俺には何のことだか、さっぱりだぜ」
先輩はちょっと、黙っておこうか。
借りてきた熊でいいと思うんだ、あなたは。
「まさか、あなた。うちの旦那にその楔になれって、言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだったら、どうします?」
「無理よ。うちの旦那にそういう芸当が出来ると思うの? 腹芸なんて、器用なことが出来る人じゃないし、この人にそういう生き方をして欲しくないの」
そう言って、先輩を見つめる瞳は慈愛に満ち溢れていた。
少女のような見た目のこの奥方がどれだけ、先輩のことを愛しているのかが良く分かる。
「あなたがいれば、それが出来ると思うのですよ。ティボー家のあなたにはそれが出来るはずだ」
「言ってくれるわね。確かに私には出来るかもしれないわ。でも、私は気が進まないの。言ったでしょ? うちの旦那を矢面に立たせたくないのよ」
狂おしいほどの愛情と強い意志を持った女性か。
強敵どころか、難敵だぞ、これ。
どうするかね?
こういう人が相手だと下手にカードを隠しておくより、手の内を明かした方が得策かもしれんね。
「俺も覚悟を決めましてね。デルベルクの名を継ぐことに決めたんですよ」
「へぇ、あなたも? でも、それくらいで私たちが動くとでも?」
先輩は相変わらず、何の話か分からないらしく、オロオロしているようだが……。
「陛下は東に都を遷されるでしょう」
「そうでしょうね。むしろ、こんな西に都を遷すなんて、無能にもほどがあるわ。下手したら、あっという間に都を包囲されかねないんだから、本当、無能よね」
「アディ。大将だって、無能じゃなかったんだ。故郷に近いから、それでなんだ」
「それを無能って言うのよ? じゃなきゃ、馬鹿なのよ」
言いたいことを言い合える夫婦って、素敵だな。
いや、この場合、年下の娘くらいの妻の尻に敷かれているだけとも言うか。
「そして、我々は有力な皇族お二方からの支持も取り付けているんですよ」
「北の流星と氷の姫君でしょ? あなたのような人が認めるまともな皇族は他にいないから、すぐに分かるわ。それで……あなたが主と仰いだのはどっちなの?」
この人は間違いなくどちらを選んだのか、分かっていて聞いてるんだろうな。
ティボー家に女として生まれたのを嘆かれたベルトランの再来という肩書は伊達じゃないようだ。
「ゾフィーア皇女ですよ。彼女が本拠とするオステン・ヘルツシュテレは東の要衝にして、発展著しい大都市です。それに彼女の下に集まった者は俊才・英傑ばかりだ。将来性を考えても彼女に賭けるのがいいと思いましてね」
「嘘ね。本当はモドレドゥス皇子に賭けたかったんでしょ? でも、それは出来なかった。違う?」
鋭すぎて、もう怖いくらいだ。
この人を敵に回したら、絶対やばいのではないかってくらいに怖いな。
「ご明察の通りですよ。俺はモドレドゥスとは古い仲ですし、良く分かっていますからね。ただ、あいつには野心がない。自分のことが分かっているから、望みなんて持たない。あいつはいいやつなんですよ」
「そう。そうするといずれ、北も不穏になる可能性があるわね。それはあなたがどうにかしてくれると思っていいのね? 私と旦那が西を守る、あなたは北を守る。片方が苦しい時は必ず、助ける。こんな感じなら、悪くないわ」
「それって、つまり、話を受けてくださる?」
「どういうことだ、アディ?」
「クーちゃんはちょっと黙っておいて?」
「お、おう」
「そういうことよ。よろしく、フレデリクさん」
「こちらこそ、よろしく。アデライドさん」
先輩は分かってないんだから、黙っときなって。
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