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第44話 近づいてくる

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 ユリナは麗央が作ったふわふわでとろとろとした極上のオムレツが乗ったオムライスを一口、自分の口に運ぶと「美味しい」と舌鼓を打った。
 お裾分けと言わんばかりにすぐに麗央の口にも運ぶ。
 これも二人の日常の一コマである。
 麗央も既に慣れたもので餌を待つ雛鳥の如く、大きく口を開け待っていた。

(こうなるまでは結構、かかったけど)

 夫婦や恋人は食べ物を『あ~ん』させて、食べ合うものだとに唆されたユリナは、それを真に受けている。

 恥ずかしいからとかたくなに拒否の姿勢を崩さない麗央を何とか、説得したまではうまくいった。
 顔を真っ赤にした麗央が可愛いので餌付けをしているようで、実に心地良かったからだ。
 元々、年上なこともあり、お姉さん風を吹かせたくて仕方がないユリナである。
 庇護欲を誘うような麗央の姿に内心、悶えまくっていたほどだった。

 ところが、いざ自分も『あ~ん』される側になるとさすがのユリナも気が付いた。
 これは恥ずかしくて死んでしまうと……。

 互いに恥じらいの感情を捨てきることが出来ず、まるで思春期の付き合い始めたばかりのカップルのような二人だったが、ようやく慣れてきたところだったのである。

「リーナ。どうしたの? 何か、気になることがあったかい?」

 ユリナはもぐもぐごくんと食べ物を飲み込む麗央の姿も可愛いんだけど! とついつい緩みそうになる自分の表情筋に活を入れる。
 しかし、気遣うような一言にそれも無駄な努力で終わった。

 麗央は気付いていた。
 機嫌が良さそうにニコニコと自分を見つめてくる妻の姿をいつも通りだと感じながら、微かな違和感があることに……。
 何かを隠していると気付かない麗央ではなかった。

「そうよね。レオにはバレるよね」

 「ふぅ」と軽く、溜息をくとユリナは頬杖をついた。
 先程までの機嫌の良さはどこへやら。
 一転して、眉間に皺を寄せ、不機嫌さを隠そうともしない。

「俺も薄っすらと感じてるんだ」
「レオも感じてたの?」
「ああ。ユリナや義兄にいさんに似た感じだよね」

 麗央とユリナは窓辺の日当たりのいい場所に陣取り、日向ぼっこをしながら鼻提灯を作り、惰眠を貪っている銀毛のポメラニアンに視線を向けた。
 仲良く、溜息をくあたりは新婚夫婦とは思えないほどに息が合っている。

 この世界にやって来てから、完全に怠け癖がついたのか、喰っちゃ寝生活を続けている最も強大にして、最も凶悪なる魔獣フェンリルと呼ばれた者のなれの果てである。
 もっともユリナはそのまま、大人しくしておいてくれる方が世界の為にもいいと願ってすらいるようだが……。

「間違いないわ。来るわね」

 お返しとばかりに麗央に『あ~ん』をされると我知らず、桜色に染まる頬を知られまいとして、ユリナは強がってみせる。
 変なところで意地っ張りなユリナも可愛いと麗央が思っているとは、当の本人は知る由もない……。
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