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帰れるはずだった…
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聖女召喚されて、地球に帰れると聞いた瞬間からすぐに帰るつもりだった。
旅も全て何もかも順調に行った。
お供のみんなには旅先でいい人を見つけてもらったし、私も未練が残らないよう恋人といった類の物はつくらないようにしていた。
だから、問題なく帰れると思った。
ーー地球に帰る1時間前
「じゃあ、契約は解除したから。今までありがとう!」
そう言って、聖獣との契約を解除した瞬間だった。
グルル……
今まで聞いたこともない声が、聖獣から漏れ出たのだ。
「ーーえ? な、なに!?」
気づいた時には私は床に押し倒されていた。柔らかなラグが衝撃を吸収するけど私はパニックだった。
今まで穏やかで私と仲良く寄り添ってくれた仲間が今は牙を剥き出しにして襲い掛かってきているのだから。
『ゆかり』
今まで聞いたこともない低い声が聖獣から聞こえてくる。
「しゃ、喋った⁇」
困惑する間にも、ベロリと頬を大きなネコ科特有のざらりとした舌で撫ぜられる。ベチョリと生々しく濡れた音がした。
『はぁ、たまらない。美味そうだな』
まさか聖獣が喋るとは思わないし、まさか自分が食べられてしまいそうになっているなんて思わなかった。それに、彼がヒトになるなんて信じられなかった。
ただ、いつの間にか虎の顔から人の顔へと変化した聖獣の瞳だけが聖獣の時と同じ金に輝いていた。
その姿は神秘的で美しいとしか言いようがない。
「はぁ……ゆかり」
ブチブチと布が裂かれるような不気味な音が私の体の上から聞こえる。スルリと胸元を風が撫ぜた。
直後、ズキッと鋭い痛みが首に走った。
「イ"ッ!?!?」
何が起こったのか?
ーー噛まれたのだ。この目の前にいる美しい獣に。
「ん、いいな」
満足げに細められる目と、口元から覗く血に染まった犬歯。以上に長いそれはおそらく聖獣の時の名残だろう。
再びソコに顔を埋めた瞬間、ジクジクとした痛みが襲う。ジュルリと何かを啜る音がした。
血だ。この獣は私の血を飲んでいる。
「あ、や、やめ……!?」
今更ながらにパニックになる。襲われている。私は襲われているんだ。
"死"という文字が頭の中を覆い尽くす。
「ん、暴れるな。これからだ」
何がこれからなのか。この1時間後には帰還の儀があるのに。大切にしていた日本で着ていた服はビリビリに裂かれており目も当てられない。
本当に私は帰れるの?
ふと、そんな思いが頭の中を駆け巡った。おかしい、そんなの当たり前じゃないか。でなければ、今まで頑張ってきた意味がない。
「お願いだから、やめて」
人に変化した聖獣の頭を押しながら、満足に動けない手足を精一杯振り回しながら懇願する。
「暴れるな」
不意に聖獣が私の胸元に埋めていた顔を上げた。
その顔を、表情を、目を、口を見て私はまたもや恐怖に凍りついた。
蛇の前でカエルが固まってしまったように、私はピクリとも動けなくなってしまったのだ。
獰猛な光を宿し、ドロリと蕩けた金の瞳。酷薄に歪められた唇。
これがあの聖獣なのか?
「そう、それでいい。優しくしてやるから」
満足げに頷いた聖獣の手が秘めた場所へと向かう。まだ誰も受け入れたことがない場所に鋭い痛みが襲った。
「うっ……っく」
痛い、痛い、いたいいたいいたいーー
「まだ濡れないか」
なんで? どうして?
混乱に揺れる私に、またもや顔を上げた聖獣がニヤリと笑った。プツリと、何かが切れる音がした。フッと意識がなくなる。
本当に私は地球に戻れるんだよね? 最初に私にこの世界のことについて説明をしてくれた神官長へ心の中で問いかけながら私の意識は闇に沈んだ。
○◇○
「ん? 意識が飛んだか」
がくりと力の抜けたゆかりの体を撫ぜながら、聖獣は呟いた。
「はぁ、ゆかり。可愛いなぁ。帰れると思ってるんだもんなぁ。無理だよ。お前は帰れない。何故なら俺がお前を見初めたからだ。聖女でも帰れなくなった奴もいる。それはな、ゆかり。聖獣と交わった者だ」
時期にお前は俺の伴侶となり、この世界で永遠に生きていくことになる。
「生涯離れることはない。もうすぐここに俺のものがはいって印を刻むことになる」
グッと気絶したゆかりの滑らかな腹を押しながら、ラグはそっと囁いた。
聖獣とは人が決めたもの。昔は悪魔と呼ばれる方が多かった。その悪質な執着心で生き物の運命まで捻じ曲げてしまうからだ。
「ククク、さぁひとつになろうなぁ。"ゆかり"」
もう一つ。悪魔に名を知られた者は心までも縛られる。
ずぷりと欲望が聖女を貫き、その瞬間パキィンと運命の歯車が壊れる音がラグの耳に聞こえた。
「アァ、やっと手に入った」
意識のないゆかりを繋がったまま抱き起こし、ギュッと抱きしめる。儀式が行われるはずの1時間が過ぎても、ラグとゆかりがいる部屋には誰も入ってこなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「えー、こちらが20代の女性が行方不明となった現場です。切り立った岩肌が所々あり、足を滑らせ転落した可能性が挙げられます。近くの滝からは女性の持ち物と見られるリュックが落ちていたそうです」
中継先に男性キャスターが映し出される。
「そうですか。ですが、この山は初心者でも登りやすいと評判とのことでしたが……」
「そうですね、普段ならば転落は柵によって阻止されるのですが、偶然その柵がイノシシにより破壊されており、女性は運悪くそのあたりで転落したようです」
スタジオにいる山の事故を研究している専門家は痛ましそうに顔を顰めた。
「今は女性の方の無事を祈りましょう」
ーー終ーー
旅も全て何もかも順調に行った。
お供のみんなには旅先でいい人を見つけてもらったし、私も未練が残らないよう恋人といった類の物はつくらないようにしていた。
だから、問題なく帰れると思った。
ーー地球に帰る1時間前
「じゃあ、契約は解除したから。今までありがとう!」
そう言って、聖獣との契約を解除した瞬間だった。
グルル……
今まで聞いたこともない声が、聖獣から漏れ出たのだ。
「ーーえ? な、なに!?」
気づいた時には私は床に押し倒されていた。柔らかなラグが衝撃を吸収するけど私はパニックだった。
今まで穏やかで私と仲良く寄り添ってくれた仲間が今は牙を剥き出しにして襲い掛かってきているのだから。
『ゆかり』
今まで聞いたこともない低い声が聖獣から聞こえてくる。
「しゃ、喋った⁇」
困惑する間にも、ベロリと頬を大きなネコ科特有のざらりとした舌で撫ぜられる。ベチョリと生々しく濡れた音がした。
『はぁ、たまらない。美味そうだな』
まさか聖獣が喋るとは思わないし、まさか自分が食べられてしまいそうになっているなんて思わなかった。それに、彼がヒトになるなんて信じられなかった。
ただ、いつの間にか虎の顔から人の顔へと変化した聖獣の瞳だけが聖獣の時と同じ金に輝いていた。
その姿は神秘的で美しいとしか言いようがない。
「はぁ……ゆかり」
ブチブチと布が裂かれるような不気味な音が私の体の上から聞こえる。スルリと胸元を風が撫ぜた。
直後、ズキッと鋭い痛みが首に走った。
「イ"ッ!?!?」
何が起こったのか?
ーー噛まれたのだ。この目の前にいる美しい獣に。
「ん、いいな」
満足げに細められる目と、口元から覗く血に染まった犬歯。以上に長いそれはおそらく聖獣の時の名残だろう。
再びソコに顔を埋めた瞬間、ジクジクとした痛みが襲う。ジュルリと何かを啜る音がした。
血だ。この獣は私の血を飲んでいる。
「あ、や、やめ……!?」
今更ながらにパニックになる。襲われている。私は襲われているんだ。
"死"という文字が頭の中を覆い尽くす。
「ん、暴れるな。これからだ」
何がこれからなのか。この1時間後には帰還の儀があるのに。大切にしていた日本で着ていた服はビリビリに裂かれており目も当てられない。
本当に私は帰れるの?
ふと、そんな思いが頭の中を駆け巡った。おかしい、そんなの当たり前じゃないか。でなければ、今まで頑張ってきた意味がない。
「お願いだから、やめて」
人に変化した聖獣の頭を押しながら、満足に動けない手足を精一杯振り回しながら懇願する。
「暴れるな」
不意に聖獣が私の胸元に埋めていた顔を上げた。
その顔を、表情を、目を、口を見て私はまたもや恐怖に凍りついた。
蛇の前でカエルが固まってしまったように、私はピクリとも動けなくなってしまったのだ。
獰猛な光を宿し、ドロリと蕩けた金の瞳。酷薄に歪められた唇。
これがあの聖獣なのか?
「そう、それでいい。優しくしてやるから」
満足げに頷いた聖獣の手が秘めた場所へと向かう。まだ誰も受け入れたことがない場所に鋭い痛みが襲った。
「うっ……っく」
痛い、痛い、いたいいたいいたいーー
「まだ濡れないか」
なんで? どうして?
混乱に揺れる私に、またもや顔を上げた聖獣がニヤリと笑った。プツリと、何かが切れる音がした。フッと意識がなくなる。
本当に私は地球に戻れるんだよね? 最初に私にこの世界のことについて説明をしてくれた神官長へ心の中で問いかけながら私の意識は闇に沈んだ。
○◇○
「ん? 意識が飛んだか」
がくりと力の抜けたゆかりの体を撫ぜながら、聖獣は呟いた。
「はぁ、ゆかり。可愛いなぁ。帰れると思ってるんだもんなぁ。無理だよ。お前は帰れない。何故なら俺がお前を見初めたからだ。聖女でも帰れなくなった奴もいる。それはな、ゆかり。聖獣と交わった者だ」
時期にお前は俺の伴侶となり、この世界で永遠に生きていくことになる。
「生涯離れることはない。もうすぐここに俺のものがはいって印を刻むことになる」
グッと気絶したゆかりの滑らかな腹を押しながら、ラグはそっと囁いた。
聖獣とは人が決めたもの。昔は悪魔と呼ばれる方が多かった。その悪質な執着心で生き物の運命まで捻じ曲げてしまうからだ。
「ククク、さぁひとつになろうなぁ。"ゆかり"」
もう一つ。悪魔に名を知られた者は心までも縛られる。
ずぷりと欲望が聖女を貫き、その瞬間パキィンと運命の歯車が壊れる音がラグの耳に聞こえた。
「アァ、やっと手に入った」
意識のないゆかりを繋がったまま抱き起こし、ギュッと抱きしめる。儀式が行われるはずの1時間が過ぎても、ラグとゆかりがいる部屋には誰も入ってこなかった。
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「えー、こちらが20代の女性が行方不明となった現場です。切り立った岩肌が所々あり、足を滑らせ転落した可能性が挙げられます。近くの滝からは女性の持ち物と見られるリュックが落ちていたそうです」
中継先に男性キャスターが映し出される。
「そうですか。ですが、この山は初心者でも登りやすいと評判とのことでしたが……」
「そうですね、普段ならば転落は柵によって阻止されるのですが、偶然その柵がイノシシにより破壊されており、女性は運悪くそのあたりで転落したようです」
スタジオにいる山の事故を研究している専門家は痛ましそうに顔を顰めた。
「今は女性の方の無事を祈りましょう」
ーー終ーー
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