不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第35話「烏丸京香の過去①」

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 楓たちが滞在している国ルーロでは深夜の静けさと夜の闇が包み込む中、楓たちが泊まっている翔の家では酔っ払いたちがテーブルを枕にしていびきを掻いている。
 酒を飲まなかった素面の楓と立華と烏丸は3人並んでリビングで眠っていた。
 そして、毎度のことながら楓は机に突っ伏して轟音を立てる2人と今回は父を含めて3人のおかげで安眠することが困難を極めていた。

 楓は騒音に起こされて目を覚ます。そして、部屋の中は真っ暗闇に包まれている。しかし、ヴァンパイアの鋭敏な視覚で辺りを確認した。
 隣では立華がいつも通りに耳栓をしてスースーと子供のような寝息を立てて眠っている。その隣では烏丸が眠っているはず…だったが今夜も姿が見えない。


「この時間、いつも外にいるんだね」
 ベンチに腰掛ける烏丸に向かって後ろから楓が声をかけたが烏丸は驚くことはなく、まるで来ることを知っていたかのように平然としていた。
「寝なくて良いんですか? 明日も朝早いんですよね?」
「まあ…そうなんだけど。やっぱりうるさくて…」
 烏丸も楓も室内の様子を思い出して苦笑した。
「楓さん毎日夜中に外に出てきてて寝てませんけど良いんですか? ていっても、寝なくても死なないんでしょうけど」
 烏丸は冗談ぽく楓に言った。楓は肌と同じ程に白い歯を見せて苦笑を見せた。
「うん…まあ、そうなんだけどね…でも、烏丸さんもいつも夜中に外にいるよね?」
「私は良いんですよ。別に武闘会に出るわけじゃないし、それにあんまり眠くないんで」
「この前夜型だって言ってたね」
「夜の仕事してたからですよ。それに、部屋に一人じゃ寂しくて眠れないんです。ヴァンパイアの女の子でも怖がりなんです」
「本当にそれが理由なの?」
「どういうことですか?」
 烏丸は訝しむように楓の事を見つめた。
 楓は少し間を置いてから口を開いた。
「いや、翔のお母さんに訊いてたときの烏丸さんがいつもと様子が違ってたっていうか…」
 楓が途中まで言いかけた時、烏丸は空を見上げて頬を緩ませた。
「やっぱり気になりましたか? つい思っちゃったんで訊いてみたんですよ」
「いや、僕が言えたことじゃないけど烏丸さんは普段おとなしいからそういう事言うのが意外だなって思って…」
「そうですか?」と言って烏丸は楓の顔を覗き込んだ。
「この前言った通りですけど私、親はいないし、そもそも親なんて死んでよかったとさえ思ってるくらいの存在だったんで親の愛情とかよくわからないんですよ。だから、訊いてみたかったんです。普通に幸せに暮らしてる家族の親は子供のことをどう思っているのか」
 烏丸は遠くを見るように長いまつげの目を細めてそう言った。
「烏丸さんは今まで親と何があったの? もし僕なんかで良かったら何か相談に乗らせて。あ、ほら、悩みって人に言ったらスッキリすることがあるし」隣に座る烏丸に視線を向けて楓は恐る恐る烏丸の機嫌を確かめるように訊いた。
 烏丸は楓の方を振り向いてじっと楓の目を見た。
「あ、でも、思い出したくなかったら…」
「殺されかけたんです。親に」
 楓が途中まで言いかけた時、烏丸は話を遮って唐突にそう告げた。
「え?」
 楓が作っていた笑顔は潮が引いていくように消えていった。
「自分の過去のことって親が死んでからまだ誰にも話したこと無いんですよね」
 烏丸は首を傾けてボーイッシュな黒髪がふわりと揺れて言った。
「訊いてくれますか?」



  私はALPHAに近い国フルーラという国で生まれた。
 フルーラはALPHAに近い国ではあるが国の文化的に全体としてモラド寄りの思想を持っている国だった。だから、フルーラのヴァンパイアは人間を直接殺して吸血するヴァンパイアよりも他国から血液を輸入して血液を摂取している方が多い。もちろん中にはこっそりと地上に出て人間を殺してくるものもいる。かと言って、それは国で罰せられるわけではない。
 そんな国の貧しい家庭で私は育った。
 と言うよりも貧しくなるべくしてなった。なぜなら、物心ついた時から家庭内が崩壊していたし、そのことは幼い私の目から見ても明らかだったから。
 父は働かず朝から晩まで酒を飲んで、苛立てば母には暴力をふるい、家に父の友達が誘いに来た時は朝方まで遊んで帰ってくる。もちろん、どこで何して遊んでいるのかは知らない。知りたくもないけどどうせ夜の店に行ったり、こっそり地上に出て人間を食い散らかしていたんだと思う。どうせ家族のことなんか考えずに遊びたいだけ遊んで食いたいだけ食ってきたんだということは大体分かる。父はそういうヤツだから。

 そんな家族と過ごしているある日の事だった。
「今月もこれじゃたりねぇよ! お前もっと金稼いでこい! こんな金じゃ酒も買えねぇだろーがよ」
 父は母の給料を見て目の前で頭を下げる母を見下し、頭を足の裏で床にねじ込むように踏みつけた。
「ごめんなさい。でも、私達が食べていくのにこれで精一杯なんです。許してください」
 母は何度も何度も父に誤りながら床に頭がめり込むのではないかと思うほどに頭を下げた。
 だから、私はこの光景を見ていていつも思う。
 なんでお母さんは悪くないのに謝っているんだろう? 
 自分がお金を稼いでいるんだからもっと堂々としていればいいのに。こんなやつの言いなりになんてなる必要は無いのに。
 だから、つくづく思う、お母さんはなんで、こんなどうしようもない奴と結婚したんだろう? もっとしっかりした相手を選べばよかったのに。別に私なんて生まれてこなくてもよかったから違う結婚相手を見つけて幸せになってほしかった。
 街なかを歩いていても友達の話を聞いていても道々を行き交う家族の幸せそうな姿や友達から訊く家族の話はとても楽しそうだった。私が思っている家族のイメージと彼らが実現している家族という集団生活には乖離があった。恐らく、彼らが言う「家族」が一般的なんだろう。私達みたいなのはごく少数だと思う。だから、世の中には多くの幸せな家族がいるのになんで家の家族はこんなにも不幸なんだろう。そんな疑問が私の頭をもたげた。

 でも、そんな事直接母には言えなかった。なぜならこんなどうしようもない父がいながらしっかりと働いているし、私のことを養ってもらっているのだから文句なんて言えるわけがない。
 そんな事を言ってしまったら頑張っている母の今までの人生を否定してしまっているような気がして言えなかった。
 でも、そう思っていてもいずれ母をこの苦しみから開放させてあげたいと娘心ながら思っていた。私は今は小さいからまだ働けないけど働けるようになったらお金を溜めて母とこの家を出たい。だから、私は早く働きたかった。

 父から受けるそんな精神的苦痛に耐えながらもそんな日が何十年と繰り返されて私は人間で言えば小学生くらいから高校生くらいの肉体になっていた。
 幼い頃から少しでも早くこの生活を抜け出したいと私にできるだけの労働はしようとした。けれど、小さいやつは体力がないから使えないとかまだ小さい女は使い物にならないとか言ってあしらわれてどこへ行っても「もっと大きくなってから来い」とどの職場も門前払いを食らっていた。そんな事があったけど、私はようやく大人のヴァンパイアと思われても良いほどに成長した。
「これでお母さんを楽にさせてあげられる」そう思った。
 しかし、そう思ったときにはもう時すでに遅かったのかも知れない。
 母は過労が祟って精神的に病んでしまった。こうなることは覚悟していた。母明らかにヴァンパイアでも体を壊す程だったからいつかこの日が来ると思っていた。
 でも、私は母が頑張っている姿をずっと見てきたから、母を慰めようと私も出来る限りのことはやってきたつもりだった。

「お母さんもう無理はしないでね。ゆっくり休んで」
「京香ありがとう。でも、私は大丈夫だから。心配しなくていいよ」

 私がそう言うと母は今できる最高の笑顔をいつも私に向けてそう言ってくれた。
 それでも、私は毎日、母の姿を見ていて気づいていた。母は命の灯火が消えかけていくように表情に力がなくなっていくことが。母の背中はいつの間にかゴツゴツと骨ばった背中になっていたことが。
 それでも母は家庭のために働き続けた。

 結局、私の力が及ばず母は病に侵されてしまい働くことのできない体になってしまった。それからは、精神がおかしくなってしまった母は毎日毎日何か独り言をつぶやきながら布団に横たわっている。そして、深夜になると何か言葉として意味をなしていない音を叫びだして外に出ようとする。きっと、こんな状況でも外に働きに出ようとしてるんだろう。こうなることは覚悟はしていたけど母は身も心も壊れてしまったのだ。

 そして、母が過労で倒れる前のこと、毎日眠らずに24時間働き続け家にお金を入れ続ける間、父はその金で依然として良質な血液を求めて飲み歩いたり、時には地上で人間を襲ったり、好き放題遊んだら家に帰ってきて寝たいだけ眠り、欲のままに生活し、ブクブクと肥え太って豚のように醜い姿になっていた。
 まるで、この豚に母の養分がすべて抜き取られてしまったかのように日が経つにつれ母の体は更に衰弱していった。
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