不死身の吸血鬼〜死を選べぬ不幸な者よ〜

真冬

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第42話「狂楽②」

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「君は壊れないんでしょ?」とアーノルドはささやくように、そして味わうように言った。

 無数に並んだ小さな刃が初めは脇をくすぐりながら肌をかすめて、やがて楓の脇に切り込みを入れていく。
「アーノルド! お願いこんなこともう止めて!」
 楓はめいいっぱい体をのけぞらせようとするが体は杭で固定されて動かない。それどころか余計な力を加えたことで楓に刺さる杭は深く体に食い込んでいく。
 アーノルドは楓の怯える反応を待っていたかのようにニィとまた笑って。
「それそれ! その表情! ゾクゾクするよ」と興奮で鼻息を荒くする。しかし、興奮したせいで手元が狂って楓の肩の切り込みはより深くなった。
 その切り込みが演奏の合図となった。

 アーノルドは1曲演奏を終えた指揮者のようにチェーンソーの下から上へ持ち上げ快楽を全身で感じる。ちょうど、空中を飛び散る赤い液体がまるでアーノルドの弾き飛ばす汗のように照明が照らし出した。
「あぁぁぁぁぁぁっ! うげあがっ うげあがっぁあぁ」
 楓は腹の奥そこから悲鳴を上げた。痛みを堪えて顔を歪め、奥歯を噛みしめる。しかし、力めば力むほど意に反して肩の切り口から出血はひどくなる。
 肩の付け根、腕、手首に刺されている杭があり、腕と手首に刺されている杭が切断された腕を2本の杭が空中に留めている。
 
 (ぁぁ、肩がジンジン、ジワジワする。感覚がまったくない。気落ち悪い、吐き気がする。
 僕は一体何やってるんだろう? なんでこうなった?
 どうして…。いつもこうなんだよ‥。
 もうヤダ。)
 

「気持ちぃ! 気もぢぃぃぃい! もっとやりたいもっともっともっともっともっともっともっともっと。モットゥー!!」
 エビのように仰け反るアーノルドはチェーンソーのエンジン音を楽器のように強弱を付けて今の高ぶるテンションを表現した。今度は指揮者からロックスターのように。
 一通り暴れまくったアーノルドは額に玉のよな汗を流して呼吸を荒くした。シャツのボタンが弾き飛び、だらしなく腹の肉がズボンからこぼれ出ている。

 次にアーノルドは楓の左腕にチェーンソーを向けた。チェーンソーはまるで食欲に飢えている生き物が吠えるようにエンジン音を弾ませる。
 しかし、アーノルドはすぐに残った左腕を味わうことはしなかった。
 興が乗ったアーノルドは急遽実験を行う工程の予定を変更する旨を伝えた。
 変更内容は左の肩を切断した後、右から左へももの付け根を切断するプランだったが、手首と腕と肩の3回に分けて腕部を切断した後、休憩を挟んで脚部も同様に3回に分けて切断してじっくりと味わおうというプランに変更するということだった。
「ナイスなアイディアだろ?」とアーノルドは焦点の合っていない目で親指を立ててよだれを垂らしながら言う。
 プラン通りアーノルドはまず楓の左手首を切断し、肘を切断し、肩を切断した。
 一つ一つのパーツを切断するごとに楓の叫びはこの実験室に響き渡り、アーノルドはまるで快楽の境地にたどり着いたように喘ぎ声を上げてしみじみと快楽を味わう。
 切断された両腕は杭で刺されているため地面に落ちることはなく宙に浮いているように見える。普通ではありえない方向に傾く肘や肩や手首からまるで楓は傀儡人形になったようだ。

 アーノルドは充足したエクスタシーを感じた後、性行為を終えた後の賢者タイムのようにヘナヘナと楓の前方にある切り株のような椅子に座り込み、返り血で真っ赤に染まった顔をテーブルの上に置いてあった手ぬぐいで拭き取る。
「君は実に良い反応をするんだね。腕だけでこんなに気持ちよくなれるなんて。痛みに弱いタイプ? いや、痛みの弱さで言ったら3日前に味わったやつの方が弱かったような気がするな。うーん、でも痛みの弱さは関係ないのかな」
 ブツブツとつぶやいて1人の世界に思考が逝ってしまったアーノルドを楓は乱れた白髪の前髪の隙間から睨みつける。
「…お前はどうかしてる」
「僕が質問してんだ答えろ」とアーノルドは吹き出すように即答し、そこら辺に落ちているものなら何でもいいと落ちていたピストルを拾い上げ楓のへそめがけて引き金を引いた。当然発射された鉛玉は楓を貫通し、後ろの壁に穴を開けた。
「とりあえず、へそにした。心臓は後でのお楽しみぃ~☆」とアーノルドは腹を揺らしてケタケタ笑う。

 アーノルドは上がった息を整えてライトアップされ、両腕を細切りにされた楓を製作途中の彫刻でも眺める芸術家のように首を少し引いて、目をしかめて作品の引きでの見栄えを気にしていた。
「お前はどうしてこんな事する?」と楓は息を切らしながら言う。
「どうして?」とアーノルドは顎に手を置いてしばらく考え込んでから答えた。
「趣味かな。うん、これは趣味だね」とアーノルドは自分が出した結論に納得するように頷いた。
 楓は黙ってアーノルドを睨みつける。杭を外せば今にも襲ってきそうなほど緋色の瞳は鋭い眼光で楓の面影はないほど怒りに満ちている。
「その顔は僕のことをキモいやつだと思ってるだろ?」
「当然だろ」
 アーノルドはそんなことは予想していた反応だというように肩を揺らして笑った。
「別に君が僕の事をどう思おうが構わないよ。もうそんな反応は見飽きた。それにさ、これは僕の趣味だ。他人にとやかく言われる筋合いはない。生きとし生けるものは皆自由だ。余暇時間をどんな楽しみ方をしてもそれは個人の自由。誰かにその自由を妨害される筋合いは無いね」
 アーノルドは突き放すように語尾を上げてそう言った。そして、肩を落として大きく息を吐いてから話を続けた。
「でもね、この趣味を見つけるまで長かったよ。本当に色々試したんだ僕のこの充実した私生活を手に入れるまで」
 アーノルドは昔の記憶を懐かしむように遠い目をする。
「充実ってなんだろう? って僕はずっと考えてた。それは彼女がいること? スポーツ万能なこと? 勉強ができること? 友達がたくさんいること?」
 アーノルドは首をブンブンと横に振る。
「違う違う。僕は勉強は嫌いだし成績も悪い、好きな子はいたけどフラれたし、友達もいないし、スポーツも楽しくない。何の取り柄もないこんな無能に世間が勝手に決めた充実という型にハマることはできないんだよ僕は。でもね、」
 アーノルドは近くの棚に手を伸ばし、手のひらサイズほどの透明なプラスチックケースを取り出して楓に見せた。
 そのケースの中にはショウリョウバッタのようなシルエットで体はカブトムシのような甲殻に覆われている6本足の昆虫が標本にされていた。アーノルドはそれをビービーという昆虫だと言った。鳴き声がビービーと音を立てることからフォンツではそう呼ばれているらしい。
「コイツは僕が外出しようとしたときに玄関にいたんだよ。あれは運命だったな。まるで神様が僕に授けてくれたみたいにね。あの時の僕は本能に身を任せたように衝動的だった。何ていうのかなぁ…。こう、内側から湧き上がってきたんだ。僕はその衝動に駆られてこいつを捕まえて一本一本手足を引き離していくとビービーは残った手足を激しくばたつかせてビービーとしか発することができない声を懸命にあげて抵抗した。その姿、そして手足を一本一本引き抜いていくあの感触! 今でも忘れられないよ。その時の僕はもう自分でも止められなかったな。その後何をしたかって? 庭にいるビービーを全て捕まえて分解した。気がつけば日もくれて辺りは真っ暗になっていたんだ。あんなに物事に没入したのは初めてだった。だから、僕はようやく見つけたんだ本当の充実を」

 アーノルドは顔の前で神に祈りを捧げるように手を組んで天井を見上げた。
 そして、両手を後ろに組んで楓の前を右へ左へと行ったり来たりして語りだす。
「人生というのは実験の連続だ。楽しいこともあれば辛いこともある。やっと楽しいことを見つけたと思えば楽しくなくなってしまう…」
 声がだんだん小さくなって立ち止まり、急にブスッとした表情になる。
「どんなビービーでも手足が次第に動かなって壊れちゃうんだよ。楽しみは延々に続いてくれないんだ。そのとき、僕は閃いたんだ。そうだもっと頑丈な生物にしようって。そしたら、僕の楽しみを拡張できるって。だから、色んな生物を試したよ、小動物からケーロスのような大きな動物。でもね、」
 アーノルドは楓に視線を向けた。
「一番丈夫なのは結局ヴァンパイアだった。手足をちぎっても生えてくるし、恐怖に怯える表情は僕の欲求をちょうど満たしてくれる」
 楓は右へ左へと動く丸い物体を白髪の隙間から視界から外すまいと緋色の眼球で動きを追う。
「そうやってお前は何人もの命を奪ってきた。動物だってヴァンパイアだって未来があったはずなのにお前は奪ってきた。自分が何をしてるのかわかってるのか?」
「だから何?」とアーノルドは首を傾げてキョトンとした。まるで言語が伝わっていなかったかのように。
「お前みたいな命を粗末にするよ奴は絶対に地獄に落ちる。誰もお前のことなんか助けてくれない。こんなことして、お前の味方をしてくれるやつなんて絶対にいない」
「じゃあ、地獄に落としてみろよ。そして、見せてくれ地獄という世界を」
 アーノルドは小馬鹿にするように肩を揺らして笑う。
 アーノルドはプラスチックケースに入れられたビービーを懐かしむように見てから再びチェーンソーを起動した。再び、けたたましい音が静謐な室内に鳴り響く。
「君はビービーじゃないだろ? もっと僕を楽しませてくれよ」
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