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第五幕
しおりを挟む黒い熊の様な物体が鳥を咥えたままこちらをみる。赤い眼と目があってしまった。
ああこれはやばい。特務隊の討伐対象の魔物だ。特殊能力や訓練をしていない一般人は手も足も出ない。
闇から出てくる魔物は神出鬼没だ。一応湧き出るスポットみたいなところはあって、そこの浄化とかを第一特務隊は行う。こういった街中に出てくる魔物に対処するのが第三特務隊である。劇場内の警備にも数名いる。
俺はバン!と力いっぱい控室の扉を閉めればカイの手をとって警備のいる方へ走り出した。そこまで行けばどうにかなる。幼い頃、そうカイくらいの年齢の頃、魔物からは逃げるしかないのだということも学んだ。
だが衣装の長衣は走りにくくてスピードが出せない。魔物は俺が閉めた扉を破壊して廊下に飛び出してきた。
「カイ、いけ!」
これでも俺はむかし特務隊を目指していた、魔物の基本対応とかには多少自信もある。追いつかれると悟った俺はカイの背を押し、魔物に向き直った。芝居でさっき使った模擬剣でも多少の時間稼ぎにはなるだろう。
カイはごねることなく「必ず助けに来ます!」といって走り去った。
戻ってくることは正直期待していない。だけど二人で死ぬより一人は生き残る方がいいのは確かなはずだ。
黒い熊みたいな魔物からいくつも鞭みたいなものが飛んでくる。
それを模擬剣で叩き落としたが五本目で剣が折れた。そして両手足と首に黒い鞭が巻き付くと、あっという間に熊に引き寄せられて目の前に赤い瞳があった。
さっきまで鳥を食べていた口から鳥の羽根や血や肉が覗いている。ああ俺もこうやって食われるのか、髪の毛が歯にでも引っかかるのかな。
今度こそ終わったな。
折角助けてもらった命なので無くすのは正直惜しいが、世の中には絶体絶命という場面も存在する。まさに今がその時だろう。
俺が目を閉じ力を抜いてだらんとした瞬間、体に巻き付いた鞭みたいなひもがウネウネと動き出した。蔦植物みたいに身体中に巻きついてくる。そんなに巻きつけなくても逃げれねぇよ。
「ん? なんで???」
ウネウネした蔦は服の中に入り込んでくる。
するすると服の隙間から入り込んできた蔦? 鞭? 触手? からネトネトした液体が出てきてはっきり言って気持ち悪い。ナメクジが這いずったらこんな感じか?
目を開ければ目の前に魔物の口があって、食べ残しの鳥の頭と視線が合ってしまったので目を閉じた。視界情報は有ってもなくても変わらない。
ヌルヌルした魔物のナニかは下着の中にはいってくると尻の割れ目にそって移動している。これは噂の凌辱か? いやいや魔物がそんなことするとか聞いたことがない。
「うわっ……」
食べるなら早く食ってくれないかな? 体にまとわりついて気持ち悪いし、ついに尻穴にズルズルと入り込まれて悪寒が走った。排泄と逆とか気持ち悪すぎる。あーこれ内臓からちゅるーって吸われて食われるのか? 痛くないといいな、と完全諦めモードでいたら拘束が解けてしこたま床に尻を打ち付けた。
まとわりついていたヌルヌルした蔦は影も形もない。
「いってぇ!」
「すまない。無事か?」
カチンと剣を鞘に納める音と共に頭の上から心地のいい低い声が降ってくる。
俺はこの声を知っている。
「イワン・レイグナー……」
驚いて見上げれば、緑の瞳と目が合った。
見間違えるわけがない、第一特務隊のイワン・レイグナーその人だ。なぜこんなところにいるんだ?!!!! うそだろう? 心の準備が間に合わない…!!!
突然現れた、二度と会うことがないと思っていた好きな人に、俺は驚きのあまり呼吸困難を起こして、そのまま泡を吹いて気を失った。
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