偽王子は竜の加護を乞う

和泉臨音

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本編

(23)竜の渓谷・2

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 流れは速いが、水面より上空にいるロアのお蔭で二人がどこにいるかは判った。
 肉体強化のお蔭で泳ぐのもそこまで苦ではない。しかし追いつけるのか? 水を含んだ衣服はどんどん重くなる。俺が持っている物は最小限のものだけだ。それでも水に入る前に捨ててくるべきだったのか? 今からでも捨てるべきか?
 だけど剣を捨てるのは怖い。これからの道のりを考えても回収できない場所に放置すべきじゃない。それにもし、ロアの様子もおかしかったら……必要になるかもしれない。

 俺はそこまで考えると、どうにか二人に追いつくように泳いだ。

 それは大して長い時間ではなかったと思うが、俺には永遠に続くのではないかと思えた。
 さらに俺の気持ちを焦らせる音が、聞こえてくる。

 ゴーゴーっと聞こえるこの音の先には滝があるのだろう。浮いているロアは平気だろうがグリムラフは落ちれば助からない高さじゃないのか、そう思うのに十分な轟音だった。

 二人に目を向ければロアもそれに気付いたのか、おろおろと周りを見回していた。そんなロアの手をグリムラフは両手で握っている。
 さっきロアがグリムラフを川に押し付けているように見えたが、あれは俺の見間違いだったのか、今は懸命にロアがグリムラフを助けようとしているように見えた。

「ロアーっ!!!」

 俺はありったけの声で叫ぶ。水を飲んでしまったが、何度か叫ぶとロアが俺に気付いた。
 空いている片手を俺の方に伸ばす、俺も手を伸ばす。もちろん掴めるような距離じゃない。まだ数十メートル先だ。

 なのに、俺の手をロアが掴んだ。

「べる、いっしょ。ぐり、ちからない」
「え?」

 いきなりのことに俺の思考はついていけなかったが、手を握るロアの体温と、ロアの言葉がはっきり聞こえた。
 ロアの言いたいことは良く判らなかったが、グリムラフの力がない、という言葉に彼を見る。どうにか意識を保っているがロアの手を今にも放してしまいそうだった。

「おい、グリムラフしっかりしろ!」

 俺はグリムラフの腰に手を回して引き寄せる。

「………っ」

 グリムラフが力なく俺に何かを言ったが、その声は聞こえなかった。
 声が小さかった、それもあったと思うが。

「おちる」

 この爆音の中でもロアの声ははっきりと聞こえた。

 ざぶんっと水から押し出されるように空中に放り出された感覚がした。俺はロアの手を放してグリムラフを抱きしめる。グリムラフもとっさに俺の首に手を回して離れないように抱き付いてきた。ロアは一人なら飛べるはずだ。道連れにする必要はない。

 音からして滝壺はだいぶ遠い。考えろ、なにか落ちても助かる方法を。

「……っ! <我は乞う、世界を駆ける風の精霊! 世界を満たす水の精霊! 生命の形を変え、空を舞う力を!>」

 上手くいくかなんてわからない。とにかく目に映る物を利用しようと思った。
 ロアのように空中に浮かび、流れる水をつかって、落下速度だけでも減速できないかと思った。

「ひかりも。べるにちからをあげて」

 ロアの声がすぐ近くでした。その瞬間、身体が上空に引き上げられた。服が何かに引っかかって落下が止まった、そんな感じだ。
 だが、服がひっかかる様な木は周辺にはない。完全にここは空中だ。

「へ?……なに? 浮いてる?? てか、王子様すごっ!」

 先に声を発したのはグリムラフだった。顔を上げて俺を見ればぎょっとした顔をしている。

「きれい」

 俺達よりも下方にいたロアがすいーっと浮かんで俺たちの傍にくる。滝壺まであと5メートルくらいの位置で俺達は浮いていた。そう、浮いていた。

 何が起きたのか判らないが、とりあえず小さく上下しているが無事に浮いていることに安堵する。
 急ごしらえの魔法が効果を発揮してくれたようだ。

「背中に羽根はえてるよ! すっご! えーなにこれ? 水なの?」

 グリムラフが手を伸ばしたところにロアがやってきて、ぺちんとその手を叩く。

「だめ。べる、しんじゃう。はやくおりる」
「羽根??」 

 俺はグリムラフを抱きしめたまま自分の背を振り返る。激しく落ちる滝の水しぶきと、それとはあきらかに違う水の塊が見える。
 水がまるで鳥の羽根のような形を作り、俺の背中には大きな翼があった。

「べる、こっち」

 ロアが俺の服を引っ張ると、誘導するように飛ぶ。
 しかし翼など生えていたことのない俺は、翼が背中にあると意識するとどう動かすのか判らず混乱した。
 そうなると当然。

「うわああああ! 王子様頑張ってよー!!」

 ――… 飛べずに、落ちた。
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