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本編
(32)裏切り・2
しおりを挟む「はな……しが、あるんだろう?」
俺は本能的にエールックから距離を取ろうとする。
膝立ちで数歩前に進めばすぐに樹の幹にぶつかった。俺は樹を利用して立ち上がり、エールックに向き直る。
視線はエールックから外せない。
俺のそんな様子をエールックが満足そうな顔で見つめてくる。それすらもあの男達と同じように感じた。
勝ち誇った、自分が支配者だという顔。俺を物として見てくる、ヒトとも思っていない見下した顔。
そんな顔を、エールックがするわけがない。
俺はこの状況に恐怖心でそんな風に感じるんだ。
そう思おうとしたところで、俺の両手の拘束はとれない。
手首には8の字の形をしているのだろう手枷が嵌めらているようだ。触れればそれは金属でできているのがわかる。ひやりと冷たい感触、引きちぎろうとしたところでピクリともしない。
肉体強化をすればあるいは、と思い、エールックに視線を向けたまま呪文を詠唱した。
「ふっ……あはは、駄目ですよヴェルヘレック様。その手枷は魔法を無効にします。魔族用の拘束具なんです。凄いですよね、作った奴は天才なんじゃないかな」
俺の様子にエールックは酷く楽しそうな顔で笑う。
エールックを睨んでいれば、一瞬で間合いを詰められ腕を引かれて花の上に投げ出された。
うつぶせになった身体をすぐに起こし、どうにかエールックから距離を取ろうと後ずさる。
「エールック、これはどういうことだ。……俺がお前を騙していたから怒っている、のか?」
「ああ、やはり、とても似合う! ここを見つけた時に貴方を連れて来たいと思ったんです! この可憐な花の中で善がる貴方はどれだけ美しいのだろうかと。ああ、想像以上に美しい!」
俺の問いかけを無視して、エールックが俺を見下ろしながら恍惚とした表情で微笑む。
「何を言って……」
「……貴方は裏切者です。ヴェルへレック様。私の忠誠を裏切りました。国民を欺きました。貴方が王子ではないと知っているのはユアーナ様だけですか? ダフィネ様も偽物の王女なのですか?」
エールックは膝をつけば俺の足首を掴み引き寄せ、俺の目の前に顔を近づけた。
「それは……お前を騙したことは、すまなかった。みんなを騙していたことも……すまないと思っている。だが、母上とダフィネは関係ない。レーヴンに会えず母上も悲し……っ!」
ごんっと頭にものすごい衝撃が走った。エールックが俺の頭を殴ったのだ。
その衝撃で思わず俺は起こしていた上半身を花畑に沈める。
「レーヴンレーヴンレーヴンと! こんな時に他の男の名前を出すなんて、失礼ですよヴェルヘレック様」
殴られたせいか、眩暈がする。
その間にエールックは俺の両足の間に身体を滑り込ませ、俺の足を広げるように内腿を撫であげていた。
撫でる手の動きが、気持ち悪い。
「ああ、ああ、可哀想なヴェルヘレック様。この身をあんな下賤な者に差し出して! 貴方はこれから子どもを産むのですよ? 身体を大事にしなくてはなりません。その為にここまで、竜の加護を受けに来たのですから!」
頭がぐらぐらするのは殴られたせいか、エールックのこの行動や言葉を聞いているせいなのか。
「……何を言っているんだ。俺は子を成すために竜の加護を受けたいなど思ったことはない」
「いいえ、貴方は竜の加護を受けて、私の子を産むはずだったんです! 兄さんのように、男のくせに恥ずかしげもなく男に抱かれ、子どもを産むんですよ!!」
「なっ、ふざけるなっ! あろうことかマフノリア様のことまで愚弄するなどっ……!!!」
エールックの言葉に思わずカッとなって上体を起こしたところで、今度は頭を掴まれ地面に叩きつけられた。そのまま耳元でねっとりとした声がする。
「だから何度も言わせないでください。こんな時に他の男の名前なんて言ってはいけません」
「……ひぅっ!」
そう耳元で囁かれれば、ねちょりと耳に生暖かい感触が落ちる。ぬちょぬちょと耳穴に舌を突っ込まれ舐められれば聞きたくもない水音が頭に響いた。
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