40 / 55
本編
(40)罪と罰
しおりを挟む父上は母上の不貞を知っていた。しかも、不貞のあった翌日に、だ。
もちろん母上はそんなことを父上に報告していない。それならシシリーが俺達を入れ替えるわけもない。
父上に報告したのは、不貞を働いた護衛騎士だった。
王妃の悲しみを紛らわせるため、王の信頼を裏切った、悪いのは自分で死んで詫びると言ったらしい。
俺が生まれる前は母上の立場はとても弱く、王宮では孤立していた。
父上や他の王妃達、セダー兄上達は良くしてくれたものの、王宮に居るのは王族だけではない。
母上が寵愛を受けることで輿入れが出来ないと考える貴族たちは母上の排除を狙っていた。
そんなこともあって父上は信頼できる者を母上の護衛とした。その騎士ももちろん父上が厳選した騎士の一人だった。
兄上はこの話を聞いた時に、黙って消えろよ……と思ったらしいが、そこは父上とその護衛騎士の関係性とか諸々あってのことなのだろう。
父上はその騎士を遠方領地へ移動させた。彼は現在もそこで元気に職務をこなしているらしい。
自分の子どもに甘い人だとは思っていたが、自分の子ども以外にも父上はだいぶ甘い人だった。
「ほら、ヴェルはユアーナ様にそっくりだし、可愛かったから、自分の子じゃなくても良かったんだそうだ。ユアーナ様の子という事は疑ってなかったらしいけど。だから今回の対面の儀が失敗しても、そのままお前が他国へ旅に行っても、父上は受け入れようと思ったって言ってたぞ」
一国の王として、父上の対応はどうなのだろうと思うんだが……家族仲のいい、今の王家だから許されるお考えなのではないだろうか。いや父上がこうだから、俺達の仲が良かったのだろうか。
父上のお考えもどうかと思ったが、それよりも俺は母上の不貞が真実であったことを、意図せずレーヴンに知られてしまい気まずく思った。
レーヴンの様子をそれとなく伺ったが、特に反応もなく兄上の話を静かに聞いていた。母上達の身勝手で、レーヴンは王宮から出されたのだ。よい印象を持てなくても仕方がない。
でもそれは、やはり悲しいと思った。
レーヴンが受けるべき多くの愛を、俺が受けていたのだ。だからその優しさも判るから、母上のことを嫌ってほしくなかった。
「で、ルハルグ様からヴェル以外の奴が第四王子だって言われたから大混乱だよ。結局、ユアーナ様を問いただして全部聞いたそうだ。侍女が入れ替えたことや、ヴェルにそのことを伝えたことも」
「え、そ、それでは、もしや母う……いえ、ユアーナ様の身は……」
「うん? ああ、ユアーナ様は一か月自室で謹慎してる。父上と一緒に俺達の赤子の面倒みてるはずだ」
「ま、お待ちください! 父上と母上が赤子の面倒などみれるはずがないじゃないですか!? 御子が可哀想です」
母上への処罰が甘いとかそういう事でなく、俺はセダー兄上達の御子が心配になって思わず声を荒げてしまった。
「ああ、もう、ヴェルは本当にそういうところ優しいよね。大丈夫、さすがにお二人だけになんて任せてないよ。うちの乳母もついている」
俺の様子にからからとマフノリア様が笑いながら答える。
それならばよかった。ちゃんと乳母がついているなら安心だ。
「そもそもユアーナ様の過ちの件は不問になっているし、今回の謹慎は侍女のしたことを報告しなかったことに対してだそうだ」
「……セダー様、これではあまりにも甘い処罰に思います。母上……ユアーナ様の分の罪も俺と、シシリー、侍女が受けますので」
「ヴェルヘレックはどうしても厳罰されたいみたいだな。貴族教育の賜物というべきか。キルクハルグ王家から出ていきたいのか?」
「その覚悟でおります」
俺が言うと、セダー兄上は深くため息をついた。
「実行した侍女はもう死んでいるし、連れ去った王子はヴェル、お前が探し出してくれたからそれも父上は考慮されているんだよ。もし、レーヴンが既に死んでいた場合は話が違ったかもしれないけど、たらればの話をする必要もないだろ。ヴェルも被害者なんだ、責任を取るとか処罰されるとかはない」
「あの、でもそれではレーヴンがあまりにも……」
不憫とか、不幸とか……その言葉が正しいのか判らない。
俺はレーヴンを見ると、レーヴンも視線に気付いたのかこちらを見た。目が合えば視線を彷徨わせて、セダー兄上に向き直る。心なしか顔が少し赤い気がする。
「俺は吃驚したけど、別に捨てられた? って言うんですかね判らないけど、それはわりとどうでもいいっていうか、今までも毎日楽しかったし」
「レーヴン……」
俺が名を呼べば、視線をこちらに移して安心させるように微笑んでから、再び兄上に向き直った。
「王妃様の話を聞いても他人事にしか思えないし、キルクハルグ王が咎めないというならそれでいいです。こういっちゃなんだけど、俺には関係ない。俺にとって大事なのはヴェルがこれから幸せに過ごせるかどうかってことだけなんで」
「だそうだぞヴェル。第四王子の身分については二人で話して決めてくれ。決めたら父上に報告して、帰国しよう」
自分の予想とかけ離れた展開になっていて、セダー兄上の言葉に、俺は静かに頷くことしかできなかった。
その後、エールックのことを報告した。
拘束された時の話をすると、どうしても声が震えてしまって、顔を上げていることも出来なかった。
それに気づいたレーヴンが、手を握ってくれた。
「……レーヴン、感謝するよ。弟からヴェルヘレックを護ってくれてありがとう」
マフノリア様の声はとても冷たかった。
エールックのしたこと、この家に罠を仕掛けたことなどは、ルハルグ様もご存じのことで言い逃れることはできないな、とセダー兄上はどちらかと言えば暖かい声で仰った。
「これだけは言っておくけど、エールックのことは同情とかしなくていいからね、ヴェル」
「……あ、の、マフノリア様。エールックは俺のことを心配してくれて、それなのに俺が王子じゃなかったから」
「ヴェル。あいつは君のためなんて、少しも考えていない。自分の欲を満たすためにヴェルに執着しただけだ」
マフノリア様が冷めた声で吐き捨てるように言われた。感情を殺した声、というのだろうか。
そんなマフノリア様の肩をセダー兄上は労うように軽く叩くと、俺に視線を向ける。
「まあ心配するな、エールックの言い分もきちんと聞いたうえで判断するから」
「はい、よろしくお願いします」
俺はセダー兄上の言葉に、ほっと息をついた。
23
あなたにおすすめの小説
クズ令息、魔法で犬になったら恋人ができました
岩永みやび
BL
公爵家の次男ウィルは、王太子殿下の婚約者に手を出したとして犬になる魔法をかけられてしまう。好きな人とキスすれば人間に戻れるというが、犬姿に満足していたウィルはのんびり気ままな生活を送っていた。
そんなある日、ひとりのマイペースな騎士と出会って……?
「僕、犬を飼うのが夢だったんです」
『俺はおまえのペットではないからな?』
「だから今すごく嬉しいです」
『話聞いてるか? ペットではないからな?』
果たしてウィルは無事に好きな人を見つけて人間姿に戻れるのか。
※不定期更新。主人公がクズです。女性と関係を持っていることを匂わせるような描写があります。
異世界転生したと思ったら、悪役令嬢(男)だった
カイリ
BL
16年間公爵令息として何不自由ない生活を送ってきたヴィンセント。
ある日突然、前世の記憶がよみがえってきて、ここがゲームの世界であると知る。
俺、いつ死んだの?!
死んだことにも驚きが隠せないが、何より自分が転生してしまったのは悪役令嬢だった。
男なのに悪役令嬢ってどういうこと?
乙女げーのキャラクターが男女逆転してしまった世界の話です。
ゆっくり更新していく予定です。
設定等甘いかもしれませんがご容赦ください。
ルピナスの花束
キザキ ケイ
BL
王宮の片隅に立つ図書塔。そこに勤める司書のハロルドは、変わった能力を持っていることを隠して生活していた。
ある日、片想いをしていた騎士ルーファスから呼び出され、告白を受ける。本来なら嬉しいはずの出来事だが、ハロルドは能力によって「ルーファスが罰ゲームで自分に告白してきた」ということを知ってしまう。
想う相手に嘘の告白をされたことへの意趣返しとして、了承の返事をしたハロルドは、なぜかルーファスと本物の恋人同士になってしまい───。
目覚めたらヤバそうな男にキスされてたんですが!?
キトー
BL
傭兵として働いていたはずの青年サク。
目覚めるとなぜか廃墟のような城にいた。
そしてかたわらには、伸びっぱなしの黒髪と真っ赤な瞳をもつ男が自分の手を握りしめている。
どうして僕はこんな所に居るんだろう。
それに、どうして僕は、この男にキスをされているんだろうか……
コメディ、ほのぼの、時々シリアスのファンタジーBLです。
【執着が激しい魔王と呼ばれる男×気が弱い巻き込まれた一般人?】
反応いただけるととても喜びます!
匿名希望の方はX(元Twitter)のWaveboxやマシュマロからどうぞ(^^)
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
侯爵様の愛人ですが、その息子にも愛されてます
muku
BL
魔術師フィアリスは、地底の迷宮から湧き続ける魔物を倒す使命を担っているリトスロード侯爵家に雇われている。
仕事は魔物の駆除と、侯爵家三男エヴァンの家庭教師。
成人したエヴァンから突然恋心を告げられたフィアリスは、大いに戸惑うことになる。
何故ならフィアリスは、エヴァンの父とただならぬ関係にあったのだった。
汚れた自分には愛される価値がないと思いこむ美しい魔術師の青年と、そんな師を一心に愛し続ける弟子の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる