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本編
(39)家族
しおりを挟む「王の座なんて要りません。俺が欲しいのはヴェルヘレックです」
隣に座るレーヴンに思わず振り返る。
レーヴンの顔はひどく真面目で、冗談などではないようだが、何を言い出しているんだろうか。
「ヴェルは物じゃない」
明らかな不快感をのせて、セダー兄上が低い声で言い放つ。その兄上の返事にレーヴンは席を立つと、ばんっとテーブルに手をついた。
「そんな事は判ってる! もちろんこれは、ヴェルがいいって言わなければ成立しないけど……っ!」
「待てレーヴン、お前急に何を言ってるんだ?」
兄上だけでなくマフノリア様からのレーヴンへ対する視線も冷たくなった。それをどうにかしたくて俺は思わず声をかける。
「グリに、ヴェルが竜の加護についてルハルグ様と話していた内容を聞いた。キルクハルグの王族として生きたいって、言ってたって」
「あ、ああ。それはそうだが、俺は王の子じゃない。俺の考えが浅はかで、竜の加護を受ければ王族になれると思ってただけで無謀な願いだ」
「いや、だからさ、俺と結婚すれば王族になれるだろ?」
「……は?」
「俺、孤児だからかもしれないけど、結婚したら奥さんだけじゃなくて親も出来るし、自分も親になるのかって、すごく家族ってのに夢見てた時期があってさ、それを思い出した。俺と結婚すれば王様だって義理だけどヴェルの親になるだろ? セダー王子だって兄貴のままだ」
「それは……そうだが」
立ったまま、俺の方に向き直りレーヴンが真面目な顔で言う。俺を見つめる緑の瞳に、とくんと心臓が鳴る。
レーヴンの言っていることは、凄く名案に聞こえるが。
「駄目だレーヴン」
「どうして? 俺だと……その、好きになれなさそうってことか?」
まっすぐこちらを見ているのは変わらないが、先ほどまでどこか自信ありげに提案していたのに、今は少し声が小さくなって表情が曇っている。
困った時に眉が寄るのは癖なんだろうな。
「そうじゃない、レーヴンに抱いてもらうと安心するし、俺にとってはこの上なくありがたい申し出だ。だけど、俺はお前を16年間、王宮の外に追いやり、自分が成り代わっていたという罪がある。それは償わないといけない」
「待てって、マフノリア落ち着け!」
俺がレーヴンに説明していると、兄上の声が聞こえた。
何事かと正面を向けばマフノリア様が立ち上がり剣に手をかけている。
な、なぜだ?
「おい、小僧。お前……ヴェルに手を出したのか? 殺すぞ」
「落ち着け、マフノリア! レーヴンはそういう奴じゃない!!」
美人が怒ると部屋の温度まで下がるんじゃないか? ってくらい背筋が凍る。セダー兄上がマフノリア様を押しとどめているが怒りは収まりそうもない。
「マフノリア様……え、あの、なにが……」
「あっ、ああああ! 違います! ヴェルの言った「抱いて」っていうのは添い寝のことで!」
わけがわからず混乱する俺の横で、レーヴンが慌てて説明をする。
「添い、寝……だと?」
「? はい。一時期眠れなくて、レーヴンに毛布の上から抱きしめて寝てもらったんですけど……問題が、あったんでしょうか?」
俺が詳しく説明をするとマフノリア様は落ち着いたのか、剣から手を離して腰に抱き付いていたセダー兄上の肩をそっと叩いている。
セダー兄上はその様子にほっと一息つくと、席に座り直した。
「そう、ならいいよ。話を続けて」
にこっと美しくマフノリア様は微笑まれ、静かに座られる。俺だけじゃなくて、多分レーヴンもセダー兄上も時が止まっている。
「えっと……何の話をしてたんだっけな」
「俺が一応、ヴェルを口説いてたんですけど……」
「え? 俺が口説かれてたのか?」
レーヴンも大人しく席に座る。その顔は真っ赤だ。
そ、そうか。俺は今、レーヴンから口説かれていたのか。そうだったのか、と噛みしめれば、なんだか俺もつられて顔が赤くなってきている気がする。
「結婚するとかしないとかは、まず二人で決めてくれ。父上はレーヴンが王子としての名乗りを上げないのであれば、そのままヴェルが第四王子を名乗ればいいと仰っていたし」
兄上がそんな俺達二人を、薄い目で見ながらつぶやく。絶対に呆れている。
だけどそんな兄上の言葉にどうしても気になったことがあった。
「……そのまま俺が王子を名乗るって、あの、それはさすがに」
「父上はお前が自分の子でない可能性を知っていたんだよ。その上でお前を王子として認め、育てていた」
兄上から聞かされた話は、俺が想像もしていなかったことだった。
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