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第七話 逆境に抗うは男のロマン
しおりを挟むすでに夜闇に包まれている時間ではあるが、屋敷の中なら明かりはあるだろうし、火の手があがっているなら光は充分にある。
俺はエルレにバレる覚悟で屋敷を覗き見る。
屋敷のリビングに報告通りレイリーとそのお供が五人ほどおり、犬族だろう獣人と対峙している。その獣人の背に守られるようにエルレがレイリーを見つめてなにか叫んでいるようだ。
闇魔法の結界は消えているので俺の魔法にエルレは気付いていないだろう。
残念ながら俺の魔法では音は聞こえないので、会話の内容は聞こえない。だがまあ碌でもない事になっているだろうことは推測できる。
「引き続きご報告いたします。現在庭に複数名の人影があります。アストラシス家の者たちが獣人たちを無理やり連れ出しているようです。いかがなさいますか?」
「獣人たちは保護して、アストラシス家の者たちは無力化の上で確保」
「承知いたしました」
「あと、地下の倉庫にシュヴァルト家の足の悪い執事と耳の遠いメイドが閉じ込められているようだ。屋敷への侵入を許可する、救出してくれ」
「承知いたしました」
どこへともなく指示をすれば、火災の報告をしてくれた影の声が答えた。
これで屋敷に居る者たちは救出できた。
残るはエルレとあの獣人だけだ。
……レイリーが邪推していた獣人とは彼のことだろう。
なんというか、たしかにすごく精悍な顔つきの青年だし、俺とは系統の違う美形である。
エルレはもしかしてワイルド系が好きなのか? と、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
「シュヴァルト家の屋敷までどれくらいかかる?」
「あと30分くらいで到着いたします」
小窓から声をかければ、まさか向かう先の屋敷が燃えているとは思っていない御者がのんびりと答える。
馬車だとやはりそのくらいかかるよな。
それでは多分、間に合わない。
俺が馬車の扉を開け身を乗り出せば、馬車の脇を馬でついてきていた騎士がギョッとした顔をする。
驚かして悪いが、非常事態なので許して欲しい。
「!?!?! ヴェルダード殿下! 何をっ……」
「お前たちはこのまま屋敷へ向かってくれ。俺は先に行く!」
「えっ! お待ち下さい!! 殿下っ!!」
影を使ってエルレを救出する手はあるが、どうせならレイリーの悪事の証拠を掴みたいし、エルレとあの獣人の関係も確認したい。
俺は慌てふためく騎士や御者の声を無視し身体に強化魔法をかけると、全速力でエルレのもとへ駆けつけることにした。
屋敷に着けば門の外には影に助けられた人達が集まっていた。
その中から年老いた執事が足を引きずりながら俺の下へやってくる。
「ヴェルダード殿下! な、中にエルレ様がっ! 私たちのせいで、エルレ様が、た、たいへんなことに……っ!!」
「わかっている、大丈夫だ。お前たちはここで待っていてくれ」
屋敷は思ったよりも火の回りが早い。入口はすでに炎に包まれている。
普通なら決死の覚悟で突入しなくてはならないが、この世界には魔法という便利な原理が存在する。
火属性の魔法がそれなりに使えれば火を操ることもできるので炎で火傷することもない。なので火の海であっても有能な俺にはさして脅威にならない。
もちろんレイリーも火に関してはほぼ無力化できるだろう。あれほど鮮やかな真紅の瞳の持ち主なら、燃え盛る炎の中で部下と自分を守るくらい容易いはずだ。
先程覗き見たリビングへ焼け落ちた天井などを乗り越え向かえば、状況は変化していた。
エルレを守るように立ちふさがっていた犬族の獣人はレイリーの部下に取り押さえられ、剣を喉元に突きつけられている。
それだけじゃない、既に腹部に剣が数本刺さっていた。その状態でもなお歯を剥き出しにして、低い唸り声をあげて威嚇している。まだ諦めていない顔だ。かっこいい……これぞ俺が求めていた異世界転生のキャラに思える。
エルレも同じだ。
膝をついてはいるものの、眼の前に立つレイリーを見上げる瞳は鋭く、相手をしっかりと睨みつけている。
どんな逆境でも折れないその姿に思わず見惚れてしまう。
「どお? お得意の闇魔法を使ったら? ま、その瞬間にあの老いぼれたちはみーんな死んじゃうけどね! ううん、違うや。もう遅いよねぇ、エルレのせいでこの屋敷の奴らっみーんな死んじゃったよおぉ!」
「………っ」
レイリーの分かりやすい悪役セリフに俺は思わず柱の陰に隠れた。
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