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番外編
その手に抱きしめるのは
しおりを挟む門番から主人の帰宅が告げられれば、手が空いている使用人は全員出迎えるのがクリスタニア家の決まりである。
ユーグリッドとレオンの屋敷でもそれは同じだった。
夫婦仲が微妙だった時はお互いの帰宅を出迎えることなどなかったが今は違う。職場からはともに帰宅し、帰宅時間がずれた場合は在宅者が当たり前のように出迎える仲睦まじい様子を見ることができた。
外出していたユーグリッドを出迎えたのは、執事とメイド二名、乳母にレオン、そして本日初めて父の出迎えをする息子のシルヴァリエである。
出迎えると言ってもシルヴァリエは首がやっと座ったばかりの赤ん坊だ。ミルクを飲むとき以外は寝ているが、珍しく今はつぶらな空色の瞳を開け、指をくわえている。
ユーグリッドを今か今かとそわそわ待ちわびる母の気持ちが伝わっているのか、シルヴァリエもどことなくそわそわしつつも、レオンの腕の中で大人しくしていた。
扉が開き、この屋敷の主人であるユーグリッドが姿を現せば皆一斉に頭を下げた。その中でレオンは一番に声をかけ出迎える。
「おかえりなさいませ! ユーグリッド様」
(仕事帰りのユーグリッド様の少しくたびれた感じ、大人っぽくて魅力的だな。とってもかっこいい……)
相変わらずどんな時でも麗しい伴侶の姿に、レオンは惚れ惚れと見惚れてしてしまう。
「ああ、ただいまレオン、シルヴァリエ」
一方、めちゃくちゃ可愛い番が可愛い愛息子を連れて出迎えてくれる幸せに、ユーグリッドは眩しいものを見るように目を細めた。
レオンは妊娠中も大変健康で、出産した後もすぐに動き回れるほど元気を取り戻した。Ωは女性よりも出産時の体への負担が少ないことは判っている。
もちろん個人差はあるものの、レオンは特に出産に向いている体質だったようだ。
だから今までもシルヴァリエを抱き、世話をしているレオンの姿は何度も見ていた。しかし最愛が二人で出迎えてくれる感動は格別だ。笑顔で自分を待っていてくれるのだ。いつもスヤスヤ寝ているシルヴァリエにいたっては、ぱっちり目を開けて帰宅を喜んでくれているようだ。赤ん坊なのに息子は天才なんじゃないのか? とユーグリッドは涼しい表情のまま脳内では大興奮だ。
レオンが出迎えくれた日だって記念日にしたいくらいだったのに、シルヴァリエまで加わった日には国民の祝日にして、露店を出しパレードを行って盛大に祝うべきだろう。いやしかし、二人を外に出したらその愛らしさに良からぬ者に狙われるかもしれない。それはだめだ。
そんな無駄な思考を優雅な微笑みの下で巡らせながら、ユーグリッドは愛しい我が子を抱き上げようと腕を伸ばす。
その腕の中にすすすーっとレオンが収まった。
ユーグリッドのみならず、二人を見守っていた使用人たちも体を固くする。
間違いなくユーグリッドは今シルヴァリエを受け取ろうとしていた。
しかしなんということだろう、レオンがすっぽり収まってしまったのだ。確かに今まではユーグリッドがレオンを抱きしめて帰宅のキスをしていたが……。
主人同様、もちろんクリスタニア家の使用人たちも優秀である。
一生懸命で誠実なレオンの可愛らしい失敗など見なかったことにする。否、初めからユーグリッドはレオンを抱きしめようとしていたのだ。そうだ、間違いない。全員が合図もなく意思疎通を図ったが、そんな一瞬の空気にレオンは気付いてしまった。
(あれ、もしかして……?)
「あの、俺じゃなかったです、か?」
ユーグリッドが抱きしめたかったのはシルヴァリエだったのかもしれないと悟り、レオンはおずおずと上目遣いで確認する。思わず自分の欲に忠実に動いてしまった自分が恥ずかしくて、レオンの頬がじわじわと赤く染まる。
レオンには他意はない。その自分の姿がまるで拗ねて、自分を選んでほしいと懇願しているように見えるだなんて思いもしていない。
無自覚に煽るのはベッドの中でだけにしてくれとユーグリッドは心の中で天を仰ぎつつ、鋼の心で平静を装った。
「いいや、これなら二人同時に抱きしめられていい。レオンは頭がいいな」
にこりと微笑むユーグリッドはそれはもう優しげで、レオンはあまりにも綺麗な微笑みにくらくらしてしまう。
「そうですよね、良かった。これなら二人でシルヴァを抱っこできますよね」
(さすがユーグリッド様は優しいな。俺のうっかりをフォローしてくれるなんて)
失態を名案に変えてくれたユーグリッドの機転にレオンは感服すると、頬を羞恥に染めつつもふわりと自然に微笑んだ。
ユーグリッドの言った「二人同時」とはレオンとシルヴァリエを抱きしめられるという意味だったのだが、レオンの解釈も悪くない。
ユーグリッドは可愛い伴侶と我が子の額に口づければ、宝物を抱くようにレオンを抱き寄せる。
優しく抱きしめるユーグリッドの腕の中でレオンは幸せを感受する。
レオンは少しでもこの幸せを伝えたくて、背伸びをすれば、大好きな伴侶の頬にキスをした。
どうかこの幸せと愛しさが伝わりますように……。
同じことを願いながら二人は微笑み合うと、どちらからともなく口付けるのだった。
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