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1巻
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❖ ❖ ❖
「ここが俺の拠点なんだよ。良い感じでしょ? やっぱりそう思う? エイネ様が俺を届けてくれた場所だからねー。やっぱり良いところなんだよ。スラちゃんとも出会えたからね。え? スラちゃんも嬉しいって? いやー照れるなー」
プルプルと震えるスラちゃんに一方的に話し続ける和也。
それから和也はスラちゃんの触手を握って上下に動かしたり、万能グルーミングで手袋を出して撫でたりしていた。
二時間ほどが経過した頃。空腹を感じた和也は鞄から保存食を取り出す。そのまま食べようとすると、スラちゃんの視線を感じた。
「ん? スラちゃんも食べてみたい? 好きなだけ食べてくれていいよ」
いくつかに小さくちぎって保存食を渡すと、スラちゃんは数個食べただけで消化しなくなった。
「え? それだけでいいの? 水のほうが嬉しい?」
頷くような動作をしたスラちゃんに、和也は水筒を取り出して水をかけてあげた。
スラちゃんは震えながら水をどんどん吸収していく。楕円形だった形が横に広がっていき、そしてベッドのような大きさになった。
「おお!」
和也が感心していると、スラちゃんは触手を伸ばしてくる。そして優しく抱きしめるように自らの上に和也を乗せる。
その弾力と滑らかさに和也が喜んでいると、スラちゃんは包み込むように形を変えていく。
傍目にはスライムに吸収されているようにしか見えなかったが、あまりの心地よさと疲れで睡魔に襲われた和也は、抵抗することなく目を閉じた。
2.突然の危機?
「んあー、よく寝たー。こんなに熟睡したのは久しぶりだ」
和也は大きく伸びをしてゆっくりと目を開ける。
いつもなら凝り固まった身体をほぐすために首や肩を回すのだが、そんな必要がないほど爽快な朝だった。
「んへー。ベッドが柔らかくて気持ちいい。このまま二度寝がした……はっ、そうだった! スラちゃんの上で寝てたんだった。大丈夫? スラちゃん!? 疲れてない?」
寝ぼけ眼だった和也の意識が急速に覚醒する。そして彼はスラちゃんの身体から慌てて飛び下りると、スラちゃんの身体を調べだした。
「いでよ! 万能グルーミング! 指先まで研ぎ澄ませ俺の感覚! わずかな傷も見逃すなよ万能グルーミング! 今からおかしなところがないかチェックするからね。うん、ここは大丈夫そうだねー」
和也はそう言ってスラちゃんの全身をくまなく観察していく。手袋に変形させた万能グルーミング能力をフル活用して丁寧に調べていたのだが……
「ふうぇぁぁぁ。やっぱり気持ちいいー。違う違う! 傷の確認をしないと」
手に伝わってくる柔らかさに、和也は恍惚の表情を浮かべてしまう。
彼の指がスラちゃんの身体をなぞるたびに、スラちゃんのほうも大きく震えて歓喜を表現する。
二人にとってWin―Winな状態がしばらく続いていたが、和也はスラちゃんに傷がないのを確認し終えたので、名残惜しそうにしながらも指を離した。
「ふー。ありがとうございました。思わず夢中になってしまったよ。昨日も今日も素晴らしい触り心地でした。感謝感激でございますよ」
この場に誰かいれば、「傷を探していたんじゃないのかよ!」とツッコミが入ったであろうが、ここには和也の暴走を止める者はいなかった。
「スラちゃんの身体に異変もなかったし……さて、今日は何をしようかなー。スラちゃんは何がしたい? え? 俺と一緒ならそれだけでいいって? やだなー。俺もだよ!」
もちろんスラちゃんは話せないので、会話は成立していないのだが、テンションが変な方向に振り切っている和也は気にしない。
その後も和也は、スラちゃんを撫でながら夢のような時間を過ごすのだった。
❖ ❖ ❖
「そろそろヤバいかもしれない。保存食に飽きてきた」
保存食を食べてはスラちゃんとしゃべり、スラちゃんを撫でては眠る。そして、その翌朝も気分爽快に前日と同じことをする。
そんな生活を続けて二週間が経った。エイネにもらった保存食はまだ残っていたが、和也はすでに飽き飽きしていた。
「どうしよう。この環境は素晴らしいのだけどご飯が……でも俺に狩りはできないし、どの木の実や果物が食べられるのかも知らない。火もおこせない……完全に詰んだな」
和也がそう言って打ちひしがれていると、スラちゃんは彼のことを心配したのか、大きく震えだした。そして縦や横に激しく動き始める。
突然スラちゃんが変な動きを始めたので心配になった和也は、万能グルーミングで手袋を出すと、スラちゃんを優しく撫でる。
「お腹空いた? 食料あるよ。ほら食べな」
続けて、鞄から保存食を取り出して食べさせようとすると、スラちゃんは触手を使って和也の手を押しのける。そしてさらに激しく動き……
スラちゃんは二つに分裂してしまった!
「ええー! スラちゃんが割れたー」
目の前で起きたことに、和也はパニックになる。
「ど、どうしよう! スラちゃんが割れた! ……あ、あれ? 両方とも動いている? え? どこに行くの?」
戸惑う和也をよそに、二つに割れたスラちゃんの片割れは森の中に入っていった。
和也がそのスラちゃんの片割れを追おうとすると、残っているスラちゃんによって止められた。残っているスラちゃんは和也の足を掴んでフルフルと震える。
「待ってろって? ……分かったよ。スラちゃんがそう言うなら信じて待つよ」
和也は半分になったスラちゃんを撫でながら、去っていくもう一体を見送った。
しばらく眺めているだけの和也だったが、ふと思いついて気を引き締めるように頬を叩く。そして彼は生活基盤を整えるための行動を始めた。
「待ってるだけじゃ駄目だよね。まずは枝から集めようかな。火くらいはおこせるようにならないとね」
和也はそう呟きながら広場に転がっていた枝を集めだした。広場には大小たくさんの枝が散乱しており、特に苦労することなく集められた。
「枝を組んで燃えやすそうな草を使って火おこしすんだよな。テレビで観た破天荒なディレクターがやっていた火のおこし方を思い出すんだ! 何度も録画したのを観ただろう! 俺ならできる! いえすあいきゃん!」
テンションを無理やり上げつつ、和也は火おこしに取りかかる。硬い木の板の上に草を集めて、棒を用意すると、その棒を勢いよくこすり始めた。
「ぬおー高速で動かせ! 俺ならできる! ぬぁぁぁぁ! まだだ! まだ戦える! ……ダメだ! 煙すら出てこない!」
が、やり方が間違っているとしか思えないほど火が出る気配はなかった。和也がどんなに頑張っても、疲労が蓄積するだけだった。
和也の隣で触手を動かして応援していたスラちゃんだったが、彼が疲れて動けなくなったのを確認すると、触手を伸ばし始めた。
「どうしたの? 慰めてくれるの? え? そっちは俺が火おこしをしようとした……えっ、点いた!?」
スラちゃんの触手から出た溶解液が枯れた草に付いた瞬間、なんと火がおこった。
すかさずスラちゃんは触手の一部を団扇のように大きくするとあおぎ、一分もかからず大きな火にしてしまった。
3.新たなる能力
「いやー。火はやっぱり落ち着くー。俺がおこした火じゃないけどね。それにしてもスラちゃんはすごいね。万能スライムだね!」
立派なキャンプファイヤーのようなたき火を作り上げたスラちゃんは、ドヤ顔しているようだった。
「本当にすごいね。でも、ここからは俺に任せてよスラちゃん。美味しい物を採ってくるからね! 肉か果物かどっちがいい? え? 俺がいれば良いって? 照れるじゃん!」
スラちゃんがプルプル震えているのを都合良く解釈しつつ、和也が鞄と水筒を持って森の中に入ろうとする。しかし、スラちゃんが小さく震えて止めてくる。
「ん? 寂しいの? 大丈夫だよ! すぐに帰ってくるから安心して待っててよ」
和也はそう言って優しく触手をどけ、一歩を踏みだした。ちょうどそのとき、森に行っていたスラちゃんの片割れが戻ってきた。
「あれ? スラちゃん2号?」
勝手に2号と名付けたのはさておき、和也は驚きの表情になる。
スラちゃん2号が出発前より巨大になっていたのだ。というのも、その体内に多くの動物達を閉じ込めているらしい。
「大きくなったねー。身体にいっぱい動物が入っているけど、食べてきたの?」
スラちゃん2号は身体を震わせると、動物の一体を吐き出した。その動物はすでに死んでおり、ピクリとも動かなかった。
「……ひょっとして、俺のために狩ってきてくれたの?」
スラちゃん2号が小さく振動する。和也は感激するが、ふとあることに気付いて申し訳なさそうな顔をする。
「ありがとう。でも俺は解体ができないんだよ。せっかくスラちゃん2号のお土産なのに。俺って奴は! 俺って奴はー!」
自分のふがいなさに和也が地面を叩いていると、スラちゃん1号が近付いてきて触手で彼の肩を叩いた。
「慰めてくれるのかい?」
するとスラちゃん1号は和也のもとを離れ、動物に近付く。そして不思議な弾み方をして、動物に覆いかぶさって溶かし始めた。
スラちゃん1号の身体が赤く染まっていき、そのまま動き続けていると、徐々に色が元に戻っていく。スラちゃん1号は身体を震わせ、動物を吐き出した。
「え? 解体されてる? しかも部位ごとに分かれてるし内臓もない。血の匂いもしない。それに毛皮も綺麗になめされてる!」
和也が肉を手に取りながら驚いていると、スラちゃん1号は肉や毛皮を鞄の中に入れ始める。続けて、スラちゃん2号が次々と動物を出していくと、それを1号が解体・収納し、二体が協力して処理していった。
あっという間に、解体から収納まで終わってしまった。
「おお……全部で十体か。すべて解体されて鞄に入ったよ。改めてこの鞄ってすごいな。どれだけ入るんだ? さすがはエイネ様からもらった鞄だね」
ちなみにスラちゃん2号は動物だけでなく、木の実、果物、野草、鉱石なども採ってきてくれており、そのすべては鞄に収納されていた。
鞄のすごさに感心しつつ、和也はふと疑問に思う。
「すべてが一緒に収納されたけど、中で混ざったりしないのかな?」
不安になったものの、すぐに大丈夫だろうと勝手に結論付けた和也は、さっそく食事に取りかかることにした。
「肉でも焼いてみよう。火もあることだしね。せっかくだから特大の肉を焼いてやろう。ふんふふん、ふふふふんふふん。ふふふふ! 上手に焼けましたー! まだ焼いてないけどねー」
たき火の近くで変なテンションで歌う和也。ご機嫌なままに肉を取り出したところで、彼は突然崩れ落ちてしまった。
「おうぅぅぅ。網もなければトングも箸もなかった……」
すると、スラちゃん2号が寄ってきて網と箸を吐き出す。どこから取ってきたのか不明だったが、気にせず受け取る。
和也は感動して、スラちゃん2号を潤んだ目で見つめる。
「な、なんて素敵なスラちゃんなのでしょうか。もう最高だよ! すぐに肉を焼くから待っててね! 塊肉もいいけど個人的には薄切りがいいな……」
和也がそう言うと、今度はスラちゃん1号が寄ってきて、塊肉を一瞬でスライスしてしまう。
「……完璧だよ」
和也は満面の笑みを浮かべてスライス肉を受け取ると、それを次々と網に載せていく。
広場に、食欲を刺激する匂いが漂いだした。
すぐにお肉が焼けたので、和也はどきどきしながら食べてみる。
その味は、涙が出そうなほど美味しかった。
感動しながら肉を頬張る和也を見て、スラちゃん1号2号はハイタッチをするように触手をぶつけ合った。
「美味しかったー。ごめんね。自分ばっかり食べていて。どんどん焼くから二人も食べてよ!」
和也は鞄から肉を取り出して次々と焼いていく。そして焼き上がった肉を、スラちゃん1号と2号に手渡すのだった。
4.生活の基盤を整える
「お腹が膨れたー。久しぶりに食べるお肉はいいねー。やっぱり定期的に食べたいな。スラちゃん2号にお願いしても大丈夫?」
和也がそう頼むと、スラちゃん2号は触手を伸ばして問題ないと答える。そして、ボールが弾むようにして森の奥に消えていった。
「スラちゃん2号はさっそく食料調達に行ってくれたみたいだね」
和也はスラちゃん1号に向き直ると、実は以前から考えていたある構想を伝える。
「そろそろちゃんとした家を作ろっか。ずっと屋根なしというわけにもいかないしね。この広場の真ん中に家を作りたいんだよね」
和也は地面に見取り図を描いていく。それを指さしながら彼は、スラちゃん1号に自分の考えを熱く語った。ひと通り話を聞いたスラちゃん1号はすぐに動きだし、あっという間に完成させてしまったのだが……
「……うん。ちょっと小さいかなー。俺が住める大きさにしてほしいんだよね。それと立体にしてほしいなー」
和也の描いた見取り図そのままのサイズでどこからか現れたブロックを積み上げ、ドヤ顔をしていたスラちゃん1号は、和也から指摘を受けるとションボリしてしまった。
「いや俺が悪い! ちゃんと分かるように、縮尺とか説明をしなかったからね。おーけー! 地面に直接線を引いていくから、そこにブロックを置いてくれるかな? じゃあ、いくよ!」
そう言って和也は木の枝で線を引いていく。すると、スラちゃん1号はその後ろをブロックを出しながら続いていった。
和也は線を引きつつ、スラちゃん1号がどこからブロックを手に入れているのか疑問を持つ。振り返ってみると、スラちゃん1号は周りの土を取り込んでブロックを作っていた。
「う~ん、このままだと周りが凹んで段差ができるなー。こっちに移動してもらっていい? 俺が運んであげるね! ……なんたることだ! だ、抱きしめ具合が素晴らしすぎて手が離せないではないか! これは頬ずりしても問題ないよね? スベスベでしゅねー」
和也は、スラちゃん1号を抱き上げて別の場所へ移動させようとしたのだが、あまりにも柔らかすぎる感触にそれどころではなくなってしまった。
「おお! そうだった。頬ずりしている場合じゃなかった。こっちに来てほしかったんだ。家の近くでブロック用の土を集めると、その場所が凹んじゃうでしょ……」
和也はスラちゃん1号を下ろしながら、ふと思いついた。ブロック用の土を集めつつ、地下室を作ろうと考えたのだ。
「どうせ穴になっちゃうんだし、この場所は地下室にしちゃおっか。スラちゃん達が解体してくれた毛皮や肉を保管できるもんね。地下なら涼しいだろうし。あ、棚とかも欲しいなあ」
和也から説明を聞いたスラちゃん1号は、触手を動かして了承してくれた。
それからすぐにスラちゃん1号は、地面を掘り始める。ブロック作りをあと回しにして、地下室を優先するようだ。
スラちゃん1号は土を掘り進みながら、階段を作成するという器用さを発揮しつつ、和也の要望通りに棚を作り、崩れないように補強までしてくれた。
小一時間ほどで、本職の大工も感心する本格的な地下室ができた。
「おお、すごい! スラちゃん1号すごい! プロ顔負けだね!」
和也が手を叩いて褒めると、スラちゃん1号は気をよくしたのか、地下室から出てすぐに外壁を作り始めた。
それからすぐに外壁は完成し、さらには寝室、居間、台所、トイレ、お風呂まで作り上げ、あっという間に家を完成させてしまった。その頃にはすでに日は落ちて、夕方になっていた。
和也はスラちゃん1号と一緒に地下室にいた。かなり広く作られた地下室には、和也の要望以上に収納棚が設置され、使いやすさにおいても一級品であった。
そんな出来映えに和也は感激しつつ、何度もスラちゃん1号を撫でた。和也が毛皮を取り出して並べだすと、スラちゃん1号がカゴを渡してきた。
「ん? おお、カゴまで作ってくれてたんだね。これは助かるよ。待てよ、でも毛皮に虫が湧くかもしれないな。せっかくスラちゃん達が獲ってきてくれたから大事にしたいのに……」
和也が悲しそうにしていると、スラちゃん1号が小さく震え、上下左右に大きく揺れ始めた。そしてその動きが止まると、なんとスラちゃん1号から小さなスライムが数体現れた。
「え!? 小さなスラちゃん? 可愛いー。手のひらサイズのちびスラちゃんだね! ぴょこぴょこしてるー」
それから和也は、ちびスラちゃんに触れる。
「いでよ! 万能グルーミング! 綺麗にしてあげるからね!」
和也が手袋をはめてちびスラちゃん達に触れると、ちびスラちゃん達は光沢を発してピョンピョンと跳んで感謝を伝えた。
しばらくして、ちびスラちゃん達は毛皮の入ったカゴの前で陣取った。
「ひょっとして、見張りをしてくれるの?」
和也の問いかけにちびスラちゃん達は小さな触手を出し、「任せろ!」と言わんばかりにカゴの周りを警備し始める。
ちびスラちゃん達は虫やカビ対策だけでなく、毛皮の品質管理もしてくれるようで、毛皮は最高の状態で保管されるのだった。
その後、スラちゃん2号も様々な毛皮を持って帰ってきたので、その毛皮も地下室で保管されることになった。
❖ ❖ ❖
和也がお風呂の前に立ち、テンション高く声を上げる。
「うーん。うん! 素晴らしい。どの角度から見ても最高だよ! やったね、スラちゃん1号! もちろんスラちゃん2号の活躍も大きいよ! 君が集めてくれた鉱石で、お風呂まで作れたからね! でもどこで見つけたの? まあそれは今度でいいや! お風呂だー!」
スラちゃん2号が持ってきた鉱石の中に大理石のような物があり、スラちゃん1号に頼んで、それで浴槽を作ってもらったのだ。
浴槽の広さは和也が寝転がっても問題なく、大人五人くらいまでなら入れるようになっている。洗い場は数人が並んでも大丈夫なように作られており、さながら大浴場といった感じだ。
和也はすでにスライム達と一緒にお風呂に入る気満々になっていた。
「あとは水筒からお湯を出してしばらく待てばいいかな。この水筒は温度調節もできるから便利だよね」
和也が水筒を引っくり返すと、水筒から熱いお湯が出てきた。彼は感心したようにその光景を眺め、思わず口にする。
「溢れたときに排水できるようにしたし、あとは待つだけ! スラちゃんやちびスラちゃん達と一緒にお風呂に入れる! むはー。これって天国だねー」
和也は今にも飛び込みたい気持ちになっていた。
5.サービスタイム?
しばらく待っていると、浴槽にお湯が溜まりきった。
「うーん。良い感じだねー。これは素晴らしい入浴タイムになるのではないだろうか。石けんがないのが残念だけどねー。さすがに持ってないよね?」
和也が服を脱ぎながらスラちゃん達に尋ねると、スラちゃん達は石けんが何か分からないらしく困ったようにユラユラと揺れていた。
それから和也はかけ湯をして、ゆっくりと湯船に入る。
「ふぁぁぁぁサイコー! やっぱり風呂最高! 湯加減最高! ほら、スラちゃん達も入っておいでよ!」
最初はお風呂にビクビクしていたスラちゃん達だったが、いったん入ってしまうと、その気持ちよさが分かったらしい。浮かんだり潜ったり泳いだり、楽しそうに遊び始めた。
「ほいほいー。こっちにおいで。そろそろ身体を洗おっか? まずはちびスラちゃん達からかな。浴槽の中で洗っちゃおうね。普通に銭湯でやったら怒られるだろうけど、ここは俺の家だから問題ないよね。あれ? なんか泡が出てきた?」
ちびスラちゃんを捕まえて万能グルーミングで出した手袋を装着して洗うと、なぜか勢いよく泡立った。試しに手袋を外してちびスラちゃんに触ってみても泡は出ない。
和也は考え込みながら呟く。
「……つまり、俺が身体を洗うのには石けんが必要だと思ったから、手袋にその効果が付いたってこと? ん! これが、エイネ様が言っていた『望む形の道具を生み出す能力』か!」
なんとなく仕組みを理解したので、和也はさらに試してみることにした。
「じゃあ、香りも付けてみようかな……ふいー。ちょっとのぼせてきた。水筒の温度を冷たい水にして飲んで……うん! 生き返った。スラちゃん達は大丈夫なの?」
和也が水筒から水を飲みながら、スラちゃん達のほうに視線を移すと、スラちゃん達は妙な動きをしていた。
スラちゃん達は触手を動かして、何やら楽しそうにしているのである。さらによく見てみると、一匹のちびスラちゃんが触手から泡を出しているのが分かった。
「ちびスラちゃんα? ちょっとそれ、俺にもくれない?」
和也はちびスラちゃんαと勝手に命名し、その子から泡を受け取ってこすり合わせると、石けんのように泡立った。
大喜びした和也は、その泡を身体中にこすりつけて洗っていく。そしてテンションが上がった彼は、泡立った状態で浴槽の中で立ち上がりガッツポーズする。
「やった! 石けんじゃん! どうしたのスラちゃん達? なんで触手を伸ばしてくるの? ちょっ! くすぐったいよ。やめて! ちょっ! 駄目だって! くすぐったいから!」
和也としてはちびスラちゃんの能力に喜んだのだが、スラちゃん達は何やら勘違いしてるらしい。和也を喜ばせようとして、さらに泡まみれにしようとしてくる。
スラちゃん達やちびスラちゃん達は容赦することなく、全力で触手を動かして和也の身体をくすぐり続ける。
浴室にはしばらく和也の悲鳴が響くのだった。
「ここが俺の拠点なんだよ。良い感じでしょ? やっぱりそう思う? エイネ様が俺を届けてくれた場所だからねー。やっぱり良いところなんだよ。スラちゃんとも出会えたからね。え? スラちゃんも嬉しいって? いやー照れるなー」
プルプルと震えるスラちゃんに一方的に話し続ける和也。
それから和也はスラちゃんの触手を握って上下に動かしたり、万能グルーミングで手袋を出して撫でたりしていた。
二時間ほどが経過した頃。空腹を感じた和也は鞄から保存食を取り出す。そのまま食べようとすると、スラちゃんの視線を感じた。
「ん? スラちゃんも食べてみたい? 好きなだけ食べてくれていいよ」
いくつかに小さくちぎって保存食を渡すと、スラちゃんは数個食べただけで消化しなくなった。
「え? それだけでいいの? 水のほうが嬉しい?」
頷くような動作をしたスラちゃんに、和也は水筒を取り出して水をかけてあげた。
スラちゃんは震えながら水をどんどん吸収していく。楕円形だった形が横に広がっていき、そしてベッドのような大きさになった。
「おお!」
和也が感心していると、スラちゃんは触手を伸ばしてくる。そして優しく抱きしめるように自らの上に和也を乗せる。
その弾力と滑らかさに和也が喜んでいると、スラちゃんは包み込むように形を変えていく。
傍目にはスライムに吸収されているようにしか見えなかったが、あまりの心地よさと疲れで睡魔に襲われた和也は、抵抗することなく目を閉じた。
2.突然の危機?
「んあー、よく寝たー。こんなに熟睡したのは久しぶりだ」
和也は大きく伸びをしてゆっくりと目を開ける。
いつもなら凝り固まった身体をほぐすために首や肩を回すのだが、そんな必要がないほど爽快な朝だった。
「んへー。ベッドが柔らかくて気持ちいい。このまま二度寝がした……はっ、そうだった! スラちゃんの上で寝てたんだった。大丈夫? スラちゃん!? 疲れてない?」
寝ぼけ眼だった和也の意識が急速に覚醒する。そして彼はスラちゃんの身体から慌てて飛び下りると、スラちゃんの身体を調べだした。
「いでよ! 万能グルーミング! 指先まで研ぎ澄ませ俺の感覚! わずかな傷も見逃すなよ万能グルーミング! 今からおかしなところがないかチェックするからね。うん、ここは大丈夫そうだねー」
和也はそう言ってスラちゃんの全身をくまなく観察していく。手袋に変形させた万能グルーミング能力をフル活用して丁寧に調べていたのだが……
「ふうぇぁぁぁ。やっぱり気持ちいいー。違う違う! 傷の確認をしないと」
手に伝わってくる柔らかさに、和也は恍惚の表情を浮かべてしまう。
彼の指がスラちゃんの身体をなぞるたびに、スラちゃんのほうも大きく震えて歓喜を表現する。
二人にとってWin―Winな状態がしばらく続いていたが、和也はスラちゃんに傷がないのを確認し終えたので、名残惜しそうにしながらも指を離した。
「ふー。ありがとうございました。思わず夢中になってしまったよ。昨日も今日も素晴らしい触り心地でした。感謝感激でございますよ」
この場に誰かいれば、「傷を探していたんじゃないのかよ!」とツッコミが入ったであろうが、ここには和也の暴走を止める者はいなかった。
「スラちゃんの身体に異変もなかったし……さて、今日は何をしようかなー。スラちゃんは何がしたい? え? 俺と一緒ならそれだけでいいって? やだなー。俺もだよ!」
もちろんスラちゃんは話せないので、会話は成立していないのだが、テンションが変な方向に振り切っている和也は気にしない。
その後も和也は、スラちゃんを撫でながら夢のような時間を過ごすのだった。
❖ ❖ ❖
「そろそろヤバいかもしれない。保存食に飽きてきた」
保存食を食べてはスラちゃんとしゃべり、スラちゃんを撫でては眠る。そして、その翌朝も気分爽快に前日と同じことをする。
そんな生活を続けて二週間が経った。エイネにもらった保存食はまだ残っていたが、和也はすでに飽き飽きしていた。
「どうしよう。この環境は素晴らしいのだけどご飯が……でも俺に狩りはできないし、どの木の実や果物が食べられるのかも知らない。火もおこせない……完全に詰んだな」
和也がそう言って打ちひしがれていると、スラちゃんは彼のことを心配したのか、大きく震えだした。そして縦や横に激しく動き始める。
突然スラちゃんが変な動きを始めたので心配になった和也は、万能グルーミングで手袋を出すと、スラちゃんを優しく撫でる。
「お腹空いた? 食料あるよ。ほら食べな」
続けて、鞄から保存食を取り出して食べさせようとすると、スラちゃんは触手を使って和也の手を押しのける。そしてさらに激しく動き……
スラちゃんは二つに分裂してしまった!
「ええー! スラちゃんが割れたー」
目の前で起きたことに、和也はパニックになる。
「ど、どうしよう! スラちゃんが割れた! ……あ、あれ? 両方とも動いている? え? どこに行くの?」
戸惑う和也をよそに、二つに割れたスラちゃんの片割れは森の中に入っていった。
和也がそのスラちゃんの片割れを追おうとすると、残っているスラちゃんによって止められた。残っているスラちゃんは和也の足を掴んでフルフルと震える。
「待ってろって? ……分かったよ。スラちゃんがそう言うなら信じて待つよ」
和也は半分になったスラちゃんを撫でながら、去っていくもう一体を見送った。
しばらく眺めているだけの和也だったが、ふと思いついて気を引き締めるように頬を叩く。そして彼は生活基盤を整えるための行動を始めた。
「待ってるだけじゃ駄目だよね。まずは枝から集めようかな。火くらいはおこせるようにならないとね」
和也はそう呟きながら広場に転がっていた枝を集めだした。広場には大小たくさんの枝が散乱しており、特に苦労することなく集められた。
「枝を組んで燃えやすそうな草を使って火おこしすんだよな。テレビで観た破天荒なディレクターがやっていた火のおこし方を思い出すんだ! 何度も録画したのを観ただろう! 俺ならできる! いえすあいきゃん!」
テンションを無理やり上げつつ、和也は火おこしに取りかかる。硬い木の板の上に草を集めて、棒を用意すると、その棒を勢いよくこすり始めた。
「ぬおー高速で動かせ! 俺ならできる! ぬぁぁぁぁ! まだだ! まだ戦える! ……ダメだ! 煙すら出てこない!」
が、やり方が間違っているとしか思えないほど火が出る気配はなかった。和也がどんなに頑張っても、疲労が蓄積するだけだった。
和也の隣で触手を動かして応援していたスラちゃんだったが、彼が疲れて動けなくなったのを確認すると、触手を伸ばし始めた。
「どうしたの? 慰めてくれるの? え? そっちは俺が火おこしをしようとした……えっ、点いた!?」
スラちゃんの触手から出た溶解液が枯れた草に付いた瞬間、なんと火がおこった。
すかさずスラちゃんは触手の一部を団扇のように大きくするとあおぎ、一分もかからず大きな火にしてしまった。
3.新たなる能力
「いやー。火はやっぱり落ち着くー。俺がおこした火じゃないけどね。それにしてもスラちゃんはすごいね。万能スライムだね!」
立派なキャンプファイヤーのようなたき火を作り上げたスラちゃんは、ドヤ顔しているようだった。
「本当にすごいね。でも、ここからは俺に任せてよスラちゃん。美味しい物を採ってくるからね! 肉か果物かどっちがいい? え? 俺がいれば良いって? 照れるじゃん!」
スラちゃんがプルプル震えているのを都合良く解釈しつつ、和也が鞄と水筒を持って森の中に入ろうとする。しかし、スラちゃんが小さく震えて止めてくる。
「ん? 寂しいの? 大丈夫だよ! すぐに帰ってくるから安心して待っててよ」
和也はそう言って優しく触手をどけ、一歩を踏みだした。ちょうどそのとき、森に行っていたスラちゃんの片割れが戻ってきた。
「あれ? スラちゃん2号?」
勝手に2号と名付けたのはさておき、和也は驚きの表情になる。
スラちゃん2号が出発前より巨大になっていたのだ。というのも、その体内に多くの動物達を閉じ込めているらしい。
「大きくなったねー。身体にいっぱい動物が入っているけど、食べてきたの?」
スラちゃん2号は身体を震わせると、動物の一体を吐き出した。その動物はすでに死んでおり、ピクリとも動かなかった。
「……ひょっとして、俺のために狩ってきてくれたの?」
スラちゃん2号が小さく振動する。和也は感激するが、ふとあることに気付いて申し訳なさそうな顔をする。
「ありがとう。でも俺は解体ができないんだよ。せっかくスラちゃん2号のお土産なのに。俺って奴は! 俺って奴はー!」
自分のふがいなさに和也が地面を叩いていると、スラちゃん1号が近付いてきて触手で彼の肩を叩いた。
「慰めてくれるのかい?」
するとスラちゃん1号は和也のもとを離れ、動物に近付く。そして不思議な弾み方をして、動物に覆いかぶさって溶かし始めた。
スラちゃん1号の身体が赤く染まっていき、そのまま動き続けていると、徐々に色が元に戻っていく。スラちゃん1号は身体を震わせ、動物を吐き出した。
「え? 解体されてる? しかも部位ごとに分かれてるし内臓もない。血の匂いもしない。それに毛皮も綺麗になめされてる!」
和也が肉を手に取りながら驚いていると、スラちゃん1号は肉や毛皮を鞄の中に入れ始める。続けて、スラちゃん2号が次々と動物を出していくと、それを1号が解体・収納し、二体が協力して処理していった。
あっという間に、解体から収納まで終わってしまった。
「おお……全部で十体か。すべて解体されて鞄に入ったよ。改めてこの鞄ってすごいな。どれだけ入るんだ? さすがはエイネ様からもらった鞄だね」
ちなみにスラちゃん2号は動物だけでなく、木の実、果物、野草、鉱石なども採ってきてくれており、そのすべては鞄に収納されていた。
鞄のすごさに感心しつつ、和也はふと疑問に思う。
「すべてが一緒に収納されたけど、中で混ざったりしないのかな?」
不安になったものの、すぐに大丈夫だろうと勝手に結論付けた和也は、さっそく食事に取りかかることにした。
「肉でも焼いてみよう。火もあることだしね。せっかくだから特大の肉を焼いてやろう。ふんふふん、ふふふふんふふん。ふふふふ! 上手に焼けましたー! まだ焼いてないけどねー」
たき火の近くで変なテンションで歌う和也。ご機嫌なままに肉を取り出したところで、彼は突然崩れ落ちてしまった。
「おうぅぅぅ。網もなければトングも箸もなかった……」
すると、スラちゃん2号が寄ってきて網と箸を吐き出す。どこから取ってきたのか不明だったが、気にせず受け取る。
和也は感動して、スラちゃん2号を潤んだ目で見つめる。
「な、なんて素敵なスラちゃんなのでしょうか。もう最高だよ! すぐに肉を焼くから待っててね! 塊肉もいいけど個人的には薄切りがいいな……」
和也がそう言うと、今度はスラちゃん1号が寄ってきて、塊肉を一瞬でスライスしてしまう。
「……完璧だよ」
和也は満面の笑みを浮かべてスライス肉を受け取ると、それを次々と網に載せていく。
広場に、食欲を刺激する匂いが漂いだした。
すぐにお肉が焼けたので、和也はどきどきしながら食べてみる。
その味は、涙が出そうなほど美味しかった。
感動しながら肉を頬張る和也を見て、スラちゃん1号2号はハイタッチをするように触手をぶつけ合った。
「美味しかったー。ごめんね。自分ばっかり食べていて。どんどん焼くから二人も食べてよ!」
和也は鞄から肉を取り出して次々と焼いていく。そして焼き上がった肉を、スラちゃん1号と2号に手渡すのだった。
4.生活の基盤を整える
「お腹が膨れたー。久しぶりに食べるお肉はいいねー。やっぱり定期的に食べたいな。スラちゃん2号にお願いしても大丈夫?」
和也がそう頼むと、スラちゃん2号は触手を伸ばして問題ないと答える。そして、ボールが弾むようにして森の奥に消えていった。
「スラちゃん2号はさっそく食料調達に行ってくれたみたいだね」
和也はスラちゃん1号に向き直ると、実は以前から考えていたある構想を伝える。
「そろそろちゃんとした家を作ろっか。ずっと屋根なしというわけにもいかないしね。この広場の真ん中に家を作りたいんだよね」
和也は地面に見取り図を描いていく。それを指さしながら彼は、スラちゃん1号に自分の考えを熱く語った。ひと通り話を聞いたスラちゃん1号はすぐに動きだし、あっという間に完成させてしまったのだが……
「……うん。ちょっと小さいかなー。俺が住める大きさにしてほしいんだよね。それと立体にしてほしいなー」
和也の描いた見取り図そのままのサイズでどこからか現れたブロックを積み上げ、ドヤ顔をしていたスラちゃん1号は、和也から指摘を受けるとションボリしてしまった。
「いや俺が悪い! ちゃんと分かるように、縮尺とか説明をしなかったからね。おーけー! 地面に直接線を引いていくから、そこにブロックを置いてくれるかな? じゃあ、いくよ!」
そう言って和也は木の枝で線を引いていく。すると、スラちゃん1号はその後ろをブロックを出しながら続いていった。
和也は線を引きつつ、スラちゃん1号がどこからブロックを手に入れているのか疑問を持つ。振り返ってみると、スラちゃん1号は周りの土を取り込んでブロックを作っていた。
「う~ん、このままだと周りが凹んで段差ができるなー。こっちに移動してもらっていい? 俺が運んであげるね! ……なんたることだ! だ、抱きしめ具合が素晴らしすぎて手が離せないではないか! これは頬ずりしても問題ないよね? スベスベでしゅねー」
和也は、スラちゃん1号を抱き上げて別の場所へ移動させようとしたのだが、あまりにも柔らかすぎる感触にそれどころではなくなってしまった。
「おお! そうだった。頬ずりしている場合じゃなかった。こっちに来てほしかったんだ。家の近くでブロック用の土を集めると、その場所が凹んじゃうでしょ……」
和也はスラちゃん1号を下ろしながら、ふと思いついた。ブロック用の土を集めつつ、地下室を作ろうと考えたのだ。
「どうせ穴になっちゃうんだし、この場所は地下室にしちゃおっか。スラちゃん達が解体してくれた毛皮や肉を保管できるもんね。地下なら涼しいだろうし。あ、棚とかも欲しいなあ」
和也から説明を聞いたスラちゃん1号は、触手を動かして了承してくれた。
それからすぐにスラちゃん1号は、地面を掘り始める。ブロック作りをあと回しにして、地下室を優先するようだ。
スラちゃん1号は土を掘り進みながら、階段を作成するという器用さを発揮しつつ、和也の要望通りに棚を作り、崩れないように補強までしてくれた。
小一時間ほどで、本職の大工も感心する本格的な地下室ができた。
「おお、すごい! スラちゃん1号すごい! プロ顔負けだね!」
和也が手を叩いて褒めると、スラちゃん1号は気をよくしたのか、地下室から出てすぐに外壁を作り始めた。
それからすぐに外壁は完成し、さらには寝室、居間、台所、トイレ、お風呂まで作り上げ、あっという間に家を完成させてしまった。その頃にはすでに日は落ちて、夕方になっていた。
和也はスラちゃん1号と一緒に地下室にいた。かなり広く作られた地下室には、和也の要望以上に収納棚が設置され、使いやすさにおいても一級品であった。
そんな出来映えに和也は感激しつつ、何度もスラちゃん1号を撫でた。和也が毛皮を取り出して並べだすと、スラちゃん1号がカゴを渡してきた。
「ん? おお、カゴまで作ってくれてたんだね。これは助かるよ。待てよ、でも毛皮に虫が湧くかもしれないな。せっかくスラちゃん達が獲ってきてくれたから大事にしたいのに……」
和也が悲しそうにしていると、スラちゃん1号が小さく震え、上下左右に大きく揺れ始めた。そしてその動きが止まると、なんとスラちゃん1号から小さなスライムが数体現れた。
「え!? 小さなスラちゃん? 可愛いー。手のひらサイズのちびスラちゃんだね! ぴょこぴょこしてるー」
それから和也は、ちびスラちゃんに触れる。
「いでよ! 万能グルーミング! 綺麗にしてあげるからね!」
和也が手袋をはめてちびスラちゃん達に触れると、ちびスラちゃん達は光沢を発してピョンピョンと跳んで感謝を伝えた。
しばらくして、ちびスラちゃん達は毛皮の入ったカゴの前で陣取った。
「ひょっとして、見張りをしてくれるの?」
和也の問いかけにちびスラちゃん達は小さな触手を出し、「任せろ!」と言わんばかりにカゴの周りを警備し始める。
ちびスラちゃん達は虫やカビ対策だけでなく、毛皮の品質管理もしてくれるようで、毛皮は最高の状態で保管されるのだった。
その後、スラちゃん2号も様々な毛皮を持って帰ってきたので、その毛皮も地下室で保管されることになった。
❖ ❖ ❖
和也がお風呂の前に立ち、テンション高く声を上げる。
「うーん。うん! 素晴らしい。どの角度から見ても最高だよ! やったね、スラちゃん1号! もちろんスラちゃん2号の活躍も大きいよ! 君が集めてくれた鉱石で、お風呂まで作れたからね! でもどこで見つけたの? まあそれは今度でいいや! お風呂だー!」
スラちゃん2号が持ってきた鉱石の中に大理石のような物があり、スラちゃん1号に頼んで、それで浴槽を作ってもらったのだ。
浴槽の広さは和也が寝転がっても問題なく、大人五人くらいまでなら入れるようになっている。洗い場は数人が並んでも大丈夫なように作られており、さながら大浴場といった感じだ。
和也はすでにスライム達と一緒にお風呂に入る気満々になっていた。
「あとは水筒からお湯を出してしばらく待てばいいかな。この水筒は温度調節もできるから便利だよね」
和也が水筒を引っくり返すと、水筒から熱いお湯が出てきた。彼は感心したようにその光景を眺め、思わず口にする。
「溢れたときに排水できるようにしたし、あとは待つだけ! スラちゃんやちびスラちゃん達と一緒にお風呂に入れる! むはー。これって天国だねー」
和也は今にも飛び込みたい気持ちになっていた。
5.サービスタイム?
しばらく待っていると、浴槽にお湯が溜まりきった。
「うーん。良い感じだねー。これは素晴らしい入浴タイムになるのではないだろうか。石けんがないのが残念だけどねー。さすがに持ってないよね?」
和也が服を脱ぎながらスラちゃん達に尋ねると、スラちゃん達は石けんが何か分からないらしく困ったようにユラユラと揺れていた。
それから和也はかけ湯をして、ゆっくりと湯船に入る。
「ふぁぁぁぁサイコー! やっぱり風呂最高! 湯加減最高! ほら、スラちゃん達も入っておいでよ!」
最初はお風呂にビクビクしていたスラちゃん達だったが、いったん入ってしまうと、その気持ちよさが分かったらしい。浮かんだり潜ったり泳いだり、楽しそうに遊び始めた。
「ほいほいー。こっちにおいで。そろそろ身体を洗おっか? まずはちびスラちゃん達からかな。浴槽の中で洗っちゃおうね。普通に銭湯でやったら怒られるだろうけど、ここは俺の家だから問題ないよね。あれ? なんか泡が出てきた?」
ちびスラちゃんを捕まえて万能グルーミングで出した手袋を装着して洗うと、なぜか勢いよく泡立った。試しに手袋を外してちびスラちゃんに触ってみても泡は出ない。
和也は考え込みながら呟く。
「……つまり、俺が身体を洗うのには石けんが必要だと思ったから、手袋にその効果が付いたってこと? ん! これが、エイネ様が言っていた『望む形の道具を生み出す能力』か!」
なんとなく仕組みを理解したので、和也はさらに試してみることにした。
「じゃあ、香りも付けてみようかな……ふいー。ちょっとのぼせてきた。水筒の温度を冷たい水にして飲んで……うん! 生き返った。スラちゃん達は大丈夫なの?」
和也が水筒から水を飲みながら、スラちゃん達のほうに視線を移すと、スラちゃん達は妙な動きをしていた。
スラちゃん達は触手を動かして、何やら楽しそうにしているのである。さらによく見てみると、一匹のちびスラちゃんが触手から泡を出しているのが分かった。
「ちびスラちゃんα? ちょっとそれ、俺にもくれない?」
和也はちびスラちゃんαと勝手に命名し、その子から泡を受け取ってこすり合わせると、石けんのように泡立った。
大喜びした和也は、その泡を身体中にこすりつけて洗っていく。そしてテンションが上がった彼は、泡立った状態で浴槽の中で立ち上がりガッツポーズする。
「やった! 石けんじゃん! どうしたのスラちゃん達? なんで触手を伸ばしてくるの? ちょっ! くすぐったいよ。やめて! ちょっ! 駄目だって! くすぐったいから!」
和也としてはちびスラちゃんの能力に喜んだのだが、スラちゃん達は何やら勘違いしてるらしい。和也を喜ばせようとして、さらに泡まみれにしようとしてくる。
スラちゃん達やちびスラちゃん達は容赦することなく、全力で触手を動かして和也の身体をくすぐり続ける。
浴室にはしばらく和也の悲鳴が響くのだった。
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