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出会い
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病院に着いた。あたりは暗くなりかけていた。風が吹くと寒い…。面会時間は大丈夫だろうかと不安がよぎったが、受付のお姉さんは快く通してくれた。まだ大丈夫だったようだ。
祖父の病室に向かう。
するとその途中、見た顔を見つけた。あのお姉さんだ…。祖父の病室の隣の部屋の、裕ちゃんというお兄さんの、きっと恋人だろう、お姉さん……。その人はそわそわと、思い詰めた眼差しで、お兄さんの病室の前をうろうろしていた。お兄さんの部屋の扉を開けたいけど、躊躇してるみたい。
カチリ、と、また私と目が合ってしまった。私はドギマギしたが、その時お姉さんは、ニコッと笑いかけてくれた。悲しそうな笑顔。泣き笑いみたい。しばらく人からの笑顔を向けられた覚えが無かった私は、少し、感動する…。
そのお姉さんは、結局お兄さんの部屋の引き戸をすうっと開けたものの、開けただけで、自らの姿も相手に見せぬよう、諦めたように去ろうとした。病室の引き戸は自動的に閉まる。
「あ…あの!」
私は勇気をふりしぼって声をかけた。お姉さんが振り向く。
「え…あ…い、行かないのですか?お兄さんの部屋に、い、行かなくて…い…いいのですか?」
彼女は驚いたように口を開いた。
「あら…」
知ってるの…と言うように、お姉さんは頬を赤らめ、私を見ると、困ったような表情で目を伏せ、「もう来ないわ」とだけ言うと、帰る方向へ歩いて行った。
私はふたりのただならぬ関係を感じていた。恋人同士だけど、大きな障害に阻まれて、別れを選んだふたりだろうと。障害というのは、きっとお兄さんの病気だろう。私は、面識のない人に話しかけるなんて、我ながら驚きだと思った。自分が自分じゃないみたい。だけど、更に信じられない行動に出た。祖父の病室の隣の扉を開けたのだ。503号室。お兄さんの部屋の扉を。
「あの…」
伝えたいことが、伝えなくちゃならないことがあるから、という強い思いがあった。
お兄さんは虚ろな表情でテレビを観ていた。そしてぼんやりと私を見た。
「お…あ、どちら様でした?」
我に返ったように私に問うた。
私は意を決し部屋に入ると、
「い今、お、お姉さんが来て……それで、あの、も、もう来ないって、あ…!違うそうじゃなくって、あの…あの…」
私はパニックになった。どんどん顔が赤くなるのがわかる。心臓がドキドキした。お兄さんが不思議そうに私を見つめているから尚更、もう言葉に詰まって、どうしようもなくなった。
「きみ、名前なんて言うの。」
ふいにお兄さんが話しかけた。
「さ、佐藤優花です。…す…すみません…でした……」
私は一体何がしたかったのだろう。無用なお節介を焼こうとしたんだと思い、恥ずかしくなって、ギクシャクと部屋を出ようとした。
「行かないで。ちょっとここに居てよ。」
意外なお兄さんの一言が、私をこの部屋に引き止めた。
「え…あの……でも…その、わ、わたし…」
私は何を言っていいか、どうして良いのかわからず激しく動揺した。
「礼花が来た事教えてくれたんだよね。ありがとう。あいつはもう来ないよ。来ないように言った。」
綺麗な横顔でお兄さんは言った。
「い、いえ…き、きっとまた、き、来ます」
「来ない」
間髪入れずにお兄さんは否定した。
「もう来てもらっちゃ困るしね。
ところで君はどうしたの。誰かの見舞い?」
「と、隣の、ご、502号室に…お、おじいちゃんがにゅう…入院してて…」
「ああ。」なるほどと言うようにお兄さんは言った。
「君さ、優花ちゃんだっけ、大丈夫?」
え…?真っ直ぐなお兄さんの瞳を受けて、またしてもドキリとしてしまう。この人、テレビに出てくる俳優さんみたいに、綺麗な顔をしている…!今更のようにそんな事に気付いて怖気付いた。こんな綺麗な人の目に、私は一体どう映るだろう。きたないニキビ面。不細工な女子中学生…だろうな。私は急に恥ずかしくてたまらなくなり、うつむいた。
「僕には優花ちゃんが、今にも壊れそうに見える。心配だな。」
お兄さんの意外な言葉に、私は驚いてまたお兄さんをまじまじと見た。い…イケメン…。
「またここ遊びに来てな。おじいちゃんの、ついでにさ。」
そう言うとお兄さんは、何だか力なく笑った。私は嬉しいような、恥ずかしいような、それでいて気味悪いような、信じられない気持ちで、それでもこくりと頷くと、お兄さんの病室を退出した。
扉が閉まってから、激しい動悸を感じた。あれ、今何が起こったんだろう。何故彼はあんなことを?
頭がハテナのまま、おじいちゃんを見舞った。おじいちゃんは、そっと薄く目を開けて、私が来た事に気付くと、「…ありがとう…」と囁くように言った。とても安心したように見えて、私も何だか安心した。
「優花だよ、おじいちゃん…」
私の言葉に、うん、うん、と言うように小さく頷いた。「だ、だい、大好き…だよ」やっと言えた私の言葉に、おじいちゃんはうっすらと微笑んだようだった。
おじいちゃんはまどろみの中にいて、長い会話をする時では無さそうだった。私はしばらくぼんやりとおじいちゃんを見ていたが、帰ることにした。
自転車にまたがって帰る道すがら、私は奇妙な経験をした。紫。紫色の塊のような何かに出会ったのだ。
もやもやとした紫の塊に、私は包まれた。
包まれたと思った瞬間、私はどこか異次元の空間に居た。自転車に乗っていた筈だけど、私はそこに立ち尽くしていた。不思議と恐怖や混乱はそれ程無かった。そして誰かがそこに居た。
髪の長いミステリアスな…見た事のある人だ。どこで見たんだろう。夢?そうだ。私は夢で、この人に会った事がある。
「お前」
ふいにその人に話しかけられた。紫の炎のような存在だ…私は思った。静かなようでいて、燃えているかのような情念を感じる。お姉さんなのかお兄さんなのか…よくわからない。私はこの人を勝手に#紫炎
__しえん__#と名付けた。
…がしかし紫炎が何を言っているのか聴こえなくなってしまった。紫炎が、周りが、消える…!と思ったその時、紫のモヤの空間がグニャリと歪んだ。一瞬耳鳴りのような不快な音が響いたかと思うと、私はまたさっきのように自転車に乗っていた。
夕暮れ…。
紫炎の事は夢だったのかな…と思う。けれど随分進んでる。もう私の家が見えていた。
祖父の病室に向かう。
するとその途中、見た顔を見つけた。あのお姉さんだ…。祖父の病室の隣の部屋の、裕ちゃんというお兄さんの、きっと恋人だろう、お姉さん……。その人はそわそわと、思い詰めた眼差しで、お兄さんの病室の前をうろうろしていた。お兄さんの部屋の扉を開けたいけど、躊躇してるみたい。
カチリ、と、また私と目が合ってしまった。私はドギマギしたが、その時お姉さんは、ニコッと笑いかけてくれた。悲しそうな笑顔。泣き笑いみたい。しばらく人からの笑顔を向けられた覚えが無かった私は、少し、感動する…。
そのお姉さんは、結局お兄さんの部屋の引き戸をすうっと開けたものの、開けただけで、自らの姿も相手に見せぬよう、諦めたように去ろうとした。病室の引き戸は自動的に閉まる。
「あ…あの!」
私は勇気をふりしぼって声をかけた。お姉さんが振り向く。
「え…あ…い、行かないのですか?お兄さんの部屋に、い、行かなくて…い…いいのですか?」
彼女は驚いたように口を開いた。
「あら…」
知ってるの…と言うように、お姉さんは頬を赤らめ、私を見ると、困ったような表情で目を伏せ、「もう来ないわ」とだけ言うと、帰る方向へ歩いて行った。
私はふたりのただならぬ関係を感じていた。恋人同士だけど、大きな障害に阻まれて、別れを選んだふたりだろうと。障害というのは、きっとお兄さんの病気だろう。私は、面識のない人に話しかけるなんて、我ながら驚きだと思った。自分が自分じゃないみたい。だけど、更に信じられない行動に出た。祖父の病室の隣の扉を開けたのだ。503号室。お兄さんの部屋の扉を。
「あの…」
伝えたいことが、伝えなくちゃならないことがあるから、という強い思いがあった。
お兄さんは虚ろな表情でテレビを観ていた。そしてぼんやりと私を見た。
「お…あ、どちら様でした?」
我に返ったように私に問うた。
私は意を決し部屋に入ると、
「い今、お、お姉さんが来て……それで、あの、も、もう来ないって、あ…!違うそうじゃなくって、あの…あの…」
私はパニックになった。どんどん顔が赤くなるのがわかる。心臓がドキドキした。お兄さんが不思議そうに私を見つめているから尚更、もう言葉に詰まって、どうしようもなくなった。
「きみ、名前なんて言うの。」
ふいにお兄さんが話しかけた。
「さ、佐藤優花です。…す…すみません…でした……」
私は一体何がしたかったのだろう。無用なお節介を焼こうとしたんだと思い、恥ずかしくなって、ギクシャクと部屋を出ようとした。
「行かないで。ちょっとここに居てよ。」
意外なお兄さんの一言が、私をこの部屋に引き止めた。
「え…あの……でも…その、わ、わたし…」
私は何を言っていいか、どうして良いのかわからず激しく動揺した。
「礼花が来た事教えてくれたんだよね。ありがとう。あいつはもう来ないよ。来ないように言った。」
綺麗な横顔でお兄さんは言った。
「い、いえ…き、きっとまた、き、来ます」
「来ない」
間髪入れずにお兄さんは否定した。
「もう来てもらっちゃ困るしね。
ところで君はどうしたの。誰かの見舞い?」
「と、隣の、ご、502号室に…お、おじいちゃんがにゅう…入院してて…」
「ああ。」なるほどと言うようにお兄さんは言った。
「君さ、優花ちゃんだっけ、大丈夫?」
え…?真っ直ぐなお兄さんの瞳を受けて、またしてもドキリとしてしまう。この人、テレビに出てくる俳優さんみたいに、綺麗な顔をしている…!今更のようにそんな事に気付いて怖気付いた。こんな綺麗な人の目に、私は一体どう映るだろう。きたないニキビ面。不細工な女子中学生…だろうな。私は急に恥ずかしくてたまらなくなり、うつむいた。
「僕には優花ちゃんが、今にも壊れそうに見える。心配だな。」
お兄さんの意外な言葉に、私は驚いてまたお兄さんをまじまじと見た。い…イケメン…。
「またここ遊びに来てな。おじいちゃんの、ついでにさ。」
そう言うとお兄さんは、何だか力なく笑った。私は嬉しいような、恥ずかしいような、それでいて気味悪いような、信じられない気持ちで、それでもこくりと頷くと、お兄さんの病室を退出した。
扉が閉まってから、激しい動悸を感じた。あれ、今何が起こったんだろう。何故彼はあんなことを?
頭がハテナのまま、おじいちゃんを見舞った。おじいちゃんは、そっと薄く目を開けて、私が来た事に気付くと、「…ありがとう…」と囁くように言った。とても安心したように見えて、私も何だか安心した。
「優花だよ、おじいちゃん…」
私の言葉に、うん、うん、と言うように小さく頷いた。「だ、だい、大好き…だよ」やっと言えた私の言葉に、おじいちゃんはうっすらと微笑んだようだった。
おじいちゃんはまどろみの中にいて、長い会話をする時では無さそうだった。私はしばらくぼんやりとおじいちゃんを見ていたが、帰ることにした。
自転車にまたがって帰る道すがら、私は奇妙な経験をした。紫。紫色の塊のような何かに出会ったのだ。
もやもやとした紫の塊に、私は包まれた。
包まれたと思った瞬間、私はどこか異次元の空間に居た。自転車に乗っていた筈だけど、私はそこに立ち尽くしていた。不思議と恐怖や混乱はそれ程無かった。そして誰かがそこに居た。
髪の長いミステリアスな…見た事のある人だ。どこで見たんだろう。夢?そうだ。私は夢で、この人に会った事がある。
「お前」
ふいにその人に話しかけられた。紫の炎のような存在だ…私は思った。静かなようでいて、燃えているかのような情念を感じる。お姉さんなのかお兄さんなのか…よくわからない。私はこの人を勝手に#紫炎
__しえん__#と名付けた。
…がしかし紫炎が何を言っているのか聴こえなくなってしまった。紫炎が、周りが、消える…!と思ったその時、紫のモヤの空間がグニャリと歪んだ。一瞬耳鳴りのような不快な音が響いたかと思うと、私はまたさっきのように自転車に乗っていた。
夕暮れ…。
紫炎の事は夢だったのかな…と思う。けれど随分進んでる。もう私の家が見えていた。
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