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 その日の夕方、私は母と一緒に夕食の片づけをしながら、何気ない口調で弁当の件を切り出した。

「おばあさんが許すわけ無いでしょ? 無理言わないでよ」

 敢無く玉砕……許せ、葛城。
 冷蔵庫を開けて麦茶を出していた兄が声を掛けてきた。

「お前さあ、弁当二個も食うと太るぞ?」

「私のじゃなくて、友達のだよ。その子の親がご飯作ってくれなくて、いつもパン食べてるんだけど、お金も自由にならないらしくてさ、肌も荒れちゃって悲惨なんだよね」

「ネグレクトされてんの? そうかぁ……しかし、洋子にも友達ができたのか。そうかそうか、お兄ちゃんは嬉しいよ」

「もう! 揶揄わないでよ!」

「ああそうだ、母さん。僕も明日からお弁当を作ってもらおうかな。部活が始まる前に少し腹に入れとかないとバテるんだ。食い過ぎても良くないから、量は洋子と同じでいいよ」

「そう? お腹すくと気持ち悪くなるもんねぇ。でもおばあさんには……」

「ああ、僕から言うよ」

 兄は麦茶の入ったコップを持って、テレビの前に陣取るおばあさんのところに行った。
 この家でおばあさんに正面切って話ができるのは兄だけだ。
 おばあさんは兄だけを家族として認めてるのだろう。
 これが我が家の現実だから仕方がない。

「良いって。じゃあ母さん頼むね?」

 兄は私の肩をポンと叩いて台所を出た。
 母が大きな溜息を吐いて、冷蔵庫の中を確認している。
 明日からのおかずはグレードアップするみたいだが、弁当二個は諦めた方が良さそうだ。
 そうだ、一個でいいから量を増やしてって頼んでみようか……と考えていたら、廊下に続くドアの隙間から、兄が手招きをしていた。

「どうしたの?」

「弁当いるんだろ? 俺はお前より早く出るから、倉庫のポストに入れといてやる。持っていけ。友達にやるんだろ?」

「お兄ちゃん……」

「さっさと持って行かないとバレるぞ。もしバレたら俺が忘れていったことにしとけ。くれぐれもおばあ様には見つかるな」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、私は心の中で呟いた。

『今までありがとう。そしてさようなら、スノーホワイト』

 弁当ひとつでなぜここまで心が浮つくのかわからないまま、私は早めにベッドに入った。
 あくる朝、約束通り会社の倉庫前に設置されている大きめのポストの中に、兄のランチバックが置かれていた。
 私は準備していた紙袋にそれを入れ、何事も無かったように学校へ向かう。
 そして昼休み、昨日と同じようにコンビニ袋をぶら下げた葛城がやってきた。

「洋子ちゃん、ご飯行こうよ」

「うん、行こう」

 私はロッカーから紙袋を取り出して、ウキウキとした気分で歩き出した。

「ねえ、これ。葛城の分だよ。食べて」

「え? 洋子ちゃんのは?」

「あるよ。一個作るのも二個作るのも手間は変わらないから、遠慮しないで」

 まるで自分が作ったように言ったのは、ただの見栄だ。
 しかし、予想に反して受け取るのを渋る葛城の口から、意外な言葉が出てきた。

「ダメだよ。誰かに何かを貰ったりしちゃお姉ちゃんの評判に響くからってお母さんに言われてるんだもん」

「え? でもたった弁当一個だよ?」

「でも……」

「そうか……それなら無理強いはしない。でも一人で二個は食べられないから、これは捨てるしかないね」

 昨夜から高揚していた気分が、一気に下がった。
 やはり他人に関わりすぎるのは良くない。
 私らしくない行動だったし、なにより兄に申し訳ない気持ちになった。

「ねえ、洋子ちゃん。それ……売ってくれない? 貰うのはダメだけど買うのならいいと思うんだ」

「買う? それは……」

「でもね、あまりお金が無いの。300円位しか払えないんだけど……捨てるなんてもったいないよ」

「そりゃ勿体ないけど……売るのは……」

「お願い! お願いお願いお願い!」

 結局200円で手を打つことになった。
 なんだか兄の愛を売っているような気分になったが、貯めたお金で何かをプレゼントすることにして自分を納得させる。

「美味しい! 凄いね。洋子ちゃんちのお弁当! コンビニ弁当の千倍美味しいよ」

 そりゃ美味かろうて。
 肉も揚げ物も入っているし、オマケにオレンジまで添えてある。

「でも洋子ちゃんのお弁当も、昨日と同じで美味しそうだね」

 そうなのだ。
 同じおかずになると信じた私の能天気ぶりを笑って欲しい。
 お帰りスノーホワイト、そしてこれからもよろしく。


「う……私はもう飽きてるんだけど……」

「じゃあこっち食べる? 私はどっちでも嬉しい」

「半分こしようか」

「わ~い! 洋子ちゃんと半分こ!」

 良心の呵責に耐えかねて、弁当代を100円にする交渉をした私は意外と小心者だ。
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