愛すべきマリア

志波 連

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「まあ! 皆様ご覧になって? あの豪奢なドレスときたら!」

「本当に素晴らしいドレスですわね。いったいどなたからの贈り物やら……」

 扇子で口元を隠しながらも、その下卑た性根を覆い切れていない令嬢たちがコソコソと悪口を言い始めた。

「まさかご婚約者様ではない殿方からプレゼントされたドレスだと仰りたいの? 信じられないわ」

 ワイングラスを片手に、興味津々の様子で話に加わったのは、ここワンダリア王国の公爵を父に持つレイラ・クランプだ。

「だってレイラ様、かの方はどなたかにプレゼントを渡すような方ではございませんでしょう? そしてあの方のご実家は……ねえ?」

 三人はクスクスと笑っている。

「気にするな、マリア」

 噂の的となっている少女に極上の微笑みを向けながら、エスコートしている男が言った。

「ええ、お兄様。この程度は覚悟しておりましたし、今日はお兄様も主役のおひとりですわ。私のことはお気になさらず、どうぞ第一王子殿下の側にお戻りになってくださいませ」

 心配そうな兄に微笑みを返しながらそう言ったのは、アスター侯爵家令嬢のマリアだ。

「そうは言っても心配は心配だよ。別に隠しているわけではないが、母上のご実家が隣国ではトップを争うほどの商会を保有する資産家だということを知らないようだね」

「そうですわね。きっとそういう繋がりにはご興味が無いのでしょう。それにしてもおじい様ったら少し張り切り過ぎですわ」

「ははは! 確かにこのドレスは素晴らしいね。まだわが国には入ってきていないマテリアルだろう? まあ、知ろうともしない奴らには猫に小判だがね」

「確かに素晴らしいドレスですが、おじい様はまた私を広告塔になさるおつもりなのかもしれませんわ。そして話題になったところで……」

「ああ、その線は否めないな。商魂たくましい方だから」

 二人は笑い合いながらウェイターからシャンパングラスを受け取った。

「そろそろかな? 奴の衣装も?」

 マリアの兄であるトーマスが、壇上から視線を離さずに聞いた。

「侍従長にはお渡しいたしましたが、どのような意匠にされたのかは伺っておりません。きっといつものように、タイかチーフくらいではないでしょうか」

 トーマスが盛大な溜息を吐く。

「あいつは朴念仁だからな。今回の留学でもそうだが、何の忖度もなく近寄る女性たちをバッサバッサと切り捨てていたよ。ちょっとは愛想というものを覚えてもらいたいものだ」

 マリアがクスッと笑った。

「側近であるお兄様にとっては頭の痛い事でございますね」

「ああ。しかし奴の正妃となるお前の兄としては安心でもあるよ。あいつは冷徹だが非道ではない。行動は無慈悲に見えるが、そんなことはないんだ。あくまでも理論的で、己にも他人にも厳しいだけさ。そういう意味ではこの上なく誠実だと言えるだろう」

 マリアは何も言わずニコッと笑うに留めた。
 会場に流れていた静かな音楽が消え、正面の扉にスポットライトが当たる。

「さあ、そろそろお出ましのようだ」

 二人は飲みかけのシャンパングラスを近くのテーブルに置いて、その扉が開くのを待った。

「国王陛下並びに王妃陛下、並びにアラバス第一王子殿下、カーチス第二王子殿下のご入場です」

 会場中の視線が集まり、静かに扉が開いた。
 その場にいる女性たちの視線で、その真っ白な扉が焼け焦げそうな勢いだ。
 厳かなファンファーレが鳴り響き、片手を上げてみせる国王夫妻と後ろに続く二人の王子に、その場にいる全員が頭を下げる。
 ゆっくりと壇上へと上がった国王が、少し低いがよく通る声を出した。

「よくぞ集まってくれた。今宵は留学から戻ったアラバス達の帰還を祝うための宴である。存分に楽しんでくれ」

「ワンダリア王国の若き太陽が、益々の輝くを手になさった事をお喜び申し上げます」

 居並ぶ貴族たちの最前列で声を出したのは、この国の筆頭公爵家当主であるレイモンド・ラングレーだ。

「お喜び申し上げます」

 会場中の貴族たちが口々にそう言うと、ワンダリア王国の若い太陽と呼ばれた青年が一歩前に出た。

「皆からの祝福を嬉しく思う。学んできたことを存分に活用し、この国の更なる発展につなげていくことをここで約束しよう。今宵は存分に楽しんでほしい」

 盛大な拍手が鳴り響く。
 国王と王妃が着席したのを合図に、再び音楽が流れ始め、貴族たちは、我先にとばかりに今日の主役である第一王子の側へと動いて行った。
 その大移動を冷めた目で見ながら、トーマスがマリアにだけ聞こえる声で言う。

「見たか? マントに仕立てていたな」

「ええ、驚きましたわ。おそらく王妃陛下のご意向ではないでしょうか」

「だとしても、気に入らないものを着るような奴じゃないさ」

「それもそうですわね」

 二人は不思議なものを見たような顔で壇上の王子に視線を戻した。
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