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「トーマス・アスター。殿下がお呼びだよ」
マリアと共に王宮料理を楽しんでいたトーマスに声を掛けたのは、一緒に留学していたアレン・ラングレー公爵令息だ。
彼は先ほど貴族を代表して祝辞を述べたラングレー公爵の三男で、トーマスと同じように第一王子の側近候補として留学した令息だった。
「お久しぶりでございます、ラングレー公爵令息アレン様。この度は兄が大変お世話になりました」
そういうマリアの顔を眩しそうに見つめたアレンが、嬉しそうな声を出す。
「マリア嬢、お久しぶりです。いつもお美しいですが、今宵のあなたはまるで光の女神のように輝いておられますね。やはり婚約者が無事に戻ってきたからでしょうか?」
「お褒め戴き光栄ですわ。婚約者であるアラバス殿下はもちろんのこと、同行なさった皆様が無事にご帰還なさったこと、大変喜ばしいと存じます」
どちらともとれるような言葉を紡いだマリアの唇を、愛おしそうに見ているアレンにトーマスが言った。
「殿下がお呼びなんだろ? マリア、なるべく早く戻るからここで待っていてくれ。すぐに護衛を寄こす」
「ええ、お兄様。ここでお料理を楽しんでおりますわ」
後ろ髪を引かれるように離れていく二人を見送ったマリアを、遠巻きに見ている令嬢たち。
その視線などものともせず、マリアは優雅な手つきで小さく切り分けたミートパイを、ゆっくりと口に運んだ。
ワンダリア王国の王族は、たとえ婚約者といえども公式の場には同伴しない。
婚姻式を終え、神の前で夫婦の誓いを立てて初めて、王族として並び立つ権利と義務を持つのだ。
王族でない貴族たちは普通に婚約者を伴っているし、たとえ正式に婚約していないカップルだとしても、それほど問題視されることはない。
「まあまあ!お寂しいことですわね。それにしても派手な壁の花ですこと」
嫌味なセリフを背中から浴びせられたマリアは、小さくため息を吐いた。
第一王子であるアラバスと侯爵令嬢マリアの婚約は、今から六年前に結ばれている。
本人の望むか望まぬかにかかわらず、通達によって集められた当時十歳から十八歳までの令嬢たちのなかで、厳しいテストを通過したのがマリアだけだったというのが最大の理由だ。
「いいえ、王家の決まりは誰しもが存じているところ。私がどの壁でどのような花を咲かせようとも、それを不思議に思う方はおられませんわ」
嫌味に皮肉で返すのも、王子妃教育の賜物だろう。
ケバケバと飾り立てた令嬢たちの先頭で、ギラギラと不躾な視線を飛ばしているのは、ワンダリア王国にある三つの公爵家のひとつであるクランプ家の長女であるレイラだ。
「ええ、確かにあなたがどこの壁でどれほど無駄に咲こうとも、誰も気になどしませんわね」
マリアは気づかれないように小さく息を吐いた。
レイラはマリアより二つ上なので、今年で十八歳になっているはずだ。
あの王子妃候補試験でも一緒だったのだが、彼女は二次試験辺りで早々に姿を消していた。
「あら、これはこれは。レイラ・クランプ公爵令嬢ではございませんか。お久しぶりですわ。このところ少々忙しくしておりまして、どこのお茶会にも出向いておりませんの。ですから、なかなかお顔を拝見することもありませんでしたわね」
「ええ、その冷たそうな顔を見なくて済んでいたので、とても快適でしたわ。ところで今日のドレスはどなたからの贈り物ですの? 今度はどなたを篭絡されたのかしら」
マリアはわざと目を見開いて見せた。
「仰っている意味が分かりかねますわ」
レイラは取り巻き達を振り返りながら、片眉だけを上げた。
「まあ! あなたの良くないお噂を耳にすることが多くて、私も皆様も辟易しておりますの。この国の若き太陽であらせられるアラバス様の妃に、果たして相応しいのかどうか……ねえ? みなさま?」
レイラの後ろで令嬢たちが何度も頷いている。
アリアは相手にするだけバカバカしいと判断した。
「私がアラバス第一王子殿下の婚約者となったのは、私の意思ではございませんわ。一緒に試験を受けたクランプ公爵令嬢ならご存じではございませんか。それなのに、そのような下品な噂に惑わされる人がいまだにいるなどとは、なんとも嘆かわしいことでございますわね。品位を疑いますわ。では、私は兄に呼ばれておりますので失礼しますわね。皆様、ごきげんよう」
優雅な手つきで扇を広げたマリアが、見本にしたいほどの高貴な微笑みを浮かべた。
事あるごとに突っかかって来るくせに、一度も口でさえ勝ったことの無いレイラが、悔しそうに手を震わせた。
「ああ、ここに居たのか。父上と母上が探しておられたぞ」
助けに入ったのは、第二王子のカーチスだった。
カーチスはマリアと同い年で、貴族学園でも学友として過ごしている仲だ。
「あら、カーチス殿下。それは失礼いたしましたわ」
カーチスがマリアの方へ腕を出した。
その腕にそっと指先を乗せるマリア。
「相変わらずだねぇ。懲りない奴らだ」
「負け犬の遠吠えも少々飽きてきましたわ」
「ああ、みっともないことだ。みっともないと言えば、隣国から第二だったか第三だったか忘れたが、王女が兄上を追って留学してくるんだ。というかすでに来ている」
「アラバス殿下を追って?」
「うん、どうやら結婚したいらしいよ? 一目惚れだってさ。強敵だぞ? フフフ」
「お決めになるのはアラバス殿下ですわ。それに、身分的にはあちらが上でしょう? もしそうなるなら私はグッドルーザーを目指しますわ」
カーチスが不思議な生き物を見るような目でマリアを見た。
マリアと共に王宮料理を楽しんでいたトーマスに声を掛けたのは、一緒に留学していたアレン・ラングレー公爵令息だ。
彼は先ほど貴族を代表して祝辞を述べたラングレー公爵の三男で、トーマスと同じように第一王子の側近候補として留学した令息だった。
「お久しぶりでございます、ラングレー公爵令息アレン様。この度は兄が大変お世話になりました」
そういうマリアの顔を眩しそうに見つめたアレンが、嬉しそうな声を出す。
「マリア嬢、お久しぶりです。いつもお美しいですが、今宵のあなたはまるで光の女神のように輝いておられますね。やはり婚約者が無事に戻ってきたからでしょうか?」
「お褒め戴き光栄ですわ。婚約者であるアラバス殿下はもちろんのこと、同行なさった皆様が無事にご帰還なさったこと、大変喜ばしいと存じます」
どちらともとれるような言葉を紡いだマリアの唇を、愛おしそうに見ているアレンにトーマスが言った。
「殿下がお呼びなんだろ? マリア、なるべく早く戻るからここで待っていてくれ。すぐに護衛を寄こす」
「ええ、お兄様。ここでお料理を楽しんでおりますわ」
後ろ髪を引かれるように離れていく二人を見送ったマリアを、遠巻きに見ている令嬢たち。
その視線などものともせず、マリアは優雅な手つきで小さく切り分けたミートパイを、ゆっくりと口に運んだ。
ワンダリア王国の王族は、たとえ婚約者といえども公式の場には同伴しない。
婚姻式を終え、神の前で夫婦の誓いを立てて初めて、王族として並び立つ権利と義務を持つのだ。
王族でない貴族たちは普通に婚約者を伴っているし、たとえ正式に婚約していないカップルだとしても、それほど問題視されることはない。
「まあまあ!お寂しいことですわね。それにしても派手な壁の花ですこと」
嫌味なセリフを背中から浴びせられたマリアは、小さくため息を吐いた。
第一王子であるアラバスと侯爵令嬢マリアの婚約は、今から六年前に結ばれている。
本人の望むか望まぬかにかかわらず、通達によって集められた当時十歳から十八歳までの令嬢たちのなかで、厳しいテストを通過したのがマリアだけだったというのが最大の理由だ。
「いいえ、王家の決まりは誰しもが存じているところ。私がどの壁でどのような花を咲かせようとも、それを不思議に思う方はおられませんわ」
嫌味に皮肉で返すのも、王子妃教育の賜物だろう。
ケバケバと飾り立てた令嬢たちの先頭で、ギラギラと不躾な視線を飛ばしているのは、ワンダリア王国にある三つの公爵家のひとつであるクランプ家の長女であるレイラだ。
「ええ、確かにあなたがどこの壁でどれほど無駄に咲こうとも、誰も気になどしませんわね」
マリアは気づかれないように小さく息を吐いた。
レイラはマリアより二つ上なので、今年で十八歳になっているはずだ。
あの王子妃候補試験でも一緒だったのだが、彼女は二次試験辺りで早々に姿を消していた。
「あら、これはこれは。レイラ・クランプ公爵令嬢ではございませんか。お久しぶりですわ。このところ少々忙しくしておりまして、どこのお茶会にも出向いておりませんの。ですから、なかなかお顔を拝見することもありませんでしたわね」
「ええ、その冷たそうな顔を見なくて済んでいたので、とても快適でしたわ。ところで今日のドレスはどなたからの贈り物ですの? 今度はどなたを篭絡されたのかしら」
マリアはわざと目を見開いて見せた。
「仰っている意味が分かりかねますわ」
レイラは取り巻き達を振り返りながら、片眉だけを上げた。
「まあ! あなたの良くないお噂を耳にすることが多くて、私も皆様も辟易しておりますの。この国の若き太陽であらせられるアラバス様の妃に、果たして相応しいのかどうか……ねえ? みなさま?」
レイラの後ろで令嬢たちが何度も頷いている。
アリアは相手にするだけバカバカしいと判断した。
「私がアラバス第一王子殿下の婚約者となったのは、私の意思ではございませんわ。一緒に試験を受けたクランプ公爵令嬢ならご存じではございませんか。それなのに、そのような下品な噂に惑わされる人がいまだにいるなどとは、なんとも嘆かわしいことでございますわね。品位を疑いますわ。では、私は兄に呼ばれておりますので失礼しますわね。皆様、ごきげんよう」
優雅な手つきで扇を広げたマリアが、見本にしたいほどの高貴な微笑みを浮かべた。
事あるごとに突っかかって来るくせに、一度も口でさえ勝ったことの無いレイラが、悔しそうに手を震わせた。
「ああ、ここに居たのか。父上と母上が探しておられたぞ」
助けに入ったのは、第二王子のカーチスだった。
カーチスはマリアと同い年で、貴族学園でも学友として過ごしている仲だ。
「あら、カーチス殿下。それは失礼いたしましたわ」
カーチスがマリアの方へ腕を出した。
その腕にそっと指先を乗せるマリア。
「相変わらずだねぇ。懲りない奴らだ」
「負け犬の遠吠えも少々飽きてきましたわ」
「ああ、みっともないことだ。みっともないと言えば、隣国から第二だったか第三だったか忘れたが、王女が兄上を追って留学してくるんだ。というかすでに来ている」
「アラバス殿下を追って?」
「うん、どうやら結婚したいらしいよ? 一目惚れだってさ。強敵だぞ? フフフ」
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