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29 痛快無比
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(つうかいむひ=気持ちがスッとするほど愉快で楽しい)
正装し大きな花束を抱えたジェラルドが、緊張の面持ちで公爵邸に来た。
子供たちと公爵夫妻、そしてダニエルとその妻子を前にして、リリアに改めて求婚した。
チラッとロベルトを見た後、リリアは承諾の意を伝えた。
マーガレットとロベルトは、寮を出てパーシモン侯爵家から通学を始めた。
それから半年後、公爵家の庭にある小さな礼拝堂で挙式をしたジェラルドとリリアは、新婚旅行に行くと言い出した。
行先はアネックス領で、宿泊先はルモントンホテル。
リリアが絶対に譲らず決定したコースだ。
見送る皇太子妃とアイラがリリアにボソッと言った。
「あんた……エグイわ」
「そう? まだ序章よ。それに可愛いもんでしょう? 子供たちは置いて行くんだから」
三人はそっとロベルトとマーガレットを見た。
二人は無表情で俯いている。
吹き出しそうになる皇太子妃をアイラが宥め、リリアに向かって言った。
「楽しんでいらっしゃい。あのホテルの料理は絶品よ」
ものすごく顔色が悪いジェラルドを心配して、皇太子が背中を擦ってやっている。
「さあ、ジェラルド。出発しましょう。私とても楽しみだったの。だって初めて行く土地だもの。あなたも初めてよね?」
「そ……そうだね……いや、僕は一度……」
皇太子が慌てて咳払いで誤魔化し、皇太子妃は遂に吹き出した。
「行ってきます」
馬車の窓から手を振るリリアの表情は、どこまでも明るかった。
それから数年、皇太子が国王として即位し、ダニエル・サザーランドが宰相となった。
ジェラルド・パーシモンは外相として文字通り馬車馬のごとく働き、リリアに貢ぎ倒していた。
マーガレットは皇太后の推薦により第二王子との婚約が整い、卒業と同時に皇子妃教育のため王宮に移り住むことになった。
「まあ、皇子妃教育は半分以上進んでいるから問題ないわよ。痛みを知る者は良い為政者になるわ。あなたの思惑通りでしょう? リリア」
気軽にそういう皇太后に、リリアは苦笑いで応えた。
頑なに侯爵家の相続権を固辞していたロベルトだったが、マーガレットが王族に嫁ぐという現実に折れた。
そんなロベルトにリリアが耳打ちをする。
「お父様の次はあなたが働いて貢いでね? ロ・ベ・ル・ト・君」
ロベルトは何度もコクコクと頷き、引き攣った笑みを浮かべた。
学生時代に血を吐くほどの努力で習得した語学を活かし、国王や宰相の外国訪問に駆り出されるロベルトは、優秀な外務次官としてその名を轟かせていき、行く先々でリリアに高価な土産を購入した。
マザコンだと揶揄う同僚たちにも、何も言い訳をしない。
リリアは相変わらず観劇や旅行や買い物などの散財に忙しく、友人二人とお揃いの指輪やネックレスをいくつも作って楽しんでいた。
リリアは一度だけ、ロベルトと二人でバネッサの眠る北の修道院に行った。
想像以上に過酷な環境に驚きつつ、バネッサの墓前で静かに涙するロベルトを、リリアはあの日のように抱きしめた。
ロベルトはリリアのその温もりに、母となる体を持つ『女』という生き物の強さを改めて思い知った。
そしてマーガレットが嫁ぎ、その数年後にはロベルトの婚約も整った。
マーガレットが二児の母となり、ロベルトも男の子を授かった。
それを機に爵位を譲り、領地に引っ越すことを決めたジェラルドとリリアは、誰が見ても幸せな熟年夫婦だ。
明日には領地に出発するという夜、リリアがジェラルドに言った。
「ねえ、私ってずっと前から記憶が戻っていたんだけど気づいてた?」
「うん、帰国してすぐに気づいたよ。でもリリアは隠していたでしょ?」
「そうよ。隠していたのにバレていたのね」
「いつからなの?」
「あなたが子供たちを初めて連れてきたときよ。ロベルトは私の憧れたあなたそのままだった。あなたがどれほど私を愛していたかも一気に思い出したの。だからゆっくりいろいろ考えたわ。真相を聞いて少しずつ消化したの。まあ思うところはいろいろあったから、とにかく時間が必要だったわ。あの時点で私とあなたは離婚していたでしょう? 選択肢はいくらでもあったもの。記憶がない振りをしながら、どれにしょうかなぁってね」
「そうか……時間か……それでダニエルが海外行きを示唆したんだな。まあ僕としても行って良かったとは思ってるけど」
「みんな気づかない振りをしてたのね」
「気づいた時期はまちまちだろうけれど、未だに気づいてないのは国王陛下だけじゃないか?それにしても……侯爵家の後継ぎのことも……離婚承諾書のことも……」
「何言ってるのよ。侯爵家より王家に私の血が残るのよ? どっちがいいかなんて考えるまでも無いでしょうに。そのつもりでマーガレットをローラに託したのだもの。離婚承諾書はただの脅しのつもりだったわ。そうでもしなくちゃ怒りが収まらなかったしね。瞬間沸騰するなんて私も貴族として未熟だったと思うわ。それにしても上手に騙していたつもりだったのに残念ね」
「リリアのうそには愛があったよ。マーガレットのために貫いたんだろ?」
「ええ、何度考えても、結局私は母親だった。絶対的にね。それにあんな子にしてしまった私も責任を負うべきだと思ったのよ」
「うそをついてくれて助かったよ。早い段階で正面切って記憶が戻ったなんて言われたら、僕もマーガレットもそれこそ身の置き所が無かった。もしかしたら二人で自死を選んだかもしれない」
「ええ、それだけは避けたかった。でも徹底的な再教育は必要だったし。私にもあなたにも無理でしょ? 結局甘やかすから。それにしても、国王だけ気づかないって……この国って大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。トップは愛想笑いが上手で臣下の言を素直に聞く奴が一番だ。その上見目麗しければ言うことなしさ。それに皇后があれほどしっかりしてるんだ。安泰だよ」
「ふふふ、そうかもね。ねえ? 騙したのは私? それともあなた?」
「そんなことどうだっていいさ。傷つけたのは僕で、許してくれたのが君だ」
「許してないわよ?」
「えっ! うそだろ……」
「何言ってるの? 死ぬまでイジメてあげるからね。一生をかけて償いなさい。愛してるわジェラルド」
「はい、仰せのままに女王様。心から愛してるよリリア……君だけを愛している」
二人は笑いながら乾杯した。
おしまい
拙作に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
志波 連
正装し大きな花束を抱えたジェラルドが、緊張の面持ちで公爵邸に来た。
子供たちと公爵夫妻、そしてダニエルとその妻子を前にして、リリアに改めて求婚した。
チラッとロベルトを見た後、リリアは承諾の意を伝えた。
マーガレットとロベルトは、寮を出てパーシモン侯爵家から通学を始めた。
それから半年後、公爵家の庭にある小さな礼拝堂で挙式をしたジェラルドとリリアは、新婚旅行に行くと言い出した。
行先はアネックス領で、宿泊先はルモントンホテル。
リリアが絶対に譲らず決定したコースだ。
見送る皇太子妃とアイラがリリアにボソッと言った。
「あんた……エグイわ」
「そう? まだ序章よ。それに可愛いもんでしょう? 子供たちは置いて行くんだから」
三人はそっとロベルトとマーガレットを見た。
二人は無表情で俯いている。
吹き出しそうになる皇太子妃をアイラが宥め、リリアに向かって言った。
「楽しんでいらっしゃい。あのホテルの料理は絶品よ」
ものすごく顔色が悪いジェラルドを心配して、皇太子が背中を擦ってやっている。
「さあ、ジェラルド。出発しましょう。私とても楽しみだったの。だって初めて行く土地だもの。あなたも初めてよね?」
「そ……そうだね……いや、僕は一度……」
皇太子が慌てて咳払いで誤魔化し、皇太子妃は遂に吹き出した。
「行ってきます」
馬車の窓から手を振るリリアの表情は、どこまでも明るかった。
それから数年、皇太子が国王として即位し、ダニエル・サザーランドが宰相となった。
ジェラルド・パーシモンは外相として文字通り馬車馬のごとく働き、リリアに貢ぎ倒していた。
マーガレットは皇太后の推薦により第二王子との婚約が整い、卒業と同時に皇子妃教育のため王宮に移り住むことになった。
「まあ、皇子妃教育は半分以上進んでいるから問題ないわよ。痛みを知る者は良い為政者になるわ。あなたの思惑通りでしょう? リリア」
気軽にそういう皇太后に、リリアは苦笑いで応えた。
頑なに侯爵家の相続権を固辞していたロベルトだったが、マーガレットが王族に嫁ぐという現実に折れた。
そんなロベルトにリリアが耳打ちをする。
「お父様の次はあなたが働いて貢いでね? ロ・ベ・ル・ト・君」
ロベルトは何度もコクコクと頷き、引き攣った笑みを浮かべた。
学生時代に血を吐くほどの努力で習得した語学を活かし、国王や宰相の外国訪問に駆り出されるロベルトは、優秀な外務次官としてその名を轟かせていき、行く先々でリリアに高価な土産を購入した。
マザコンだと揶揄う同僚たちにも、何も言い訳をしない。
リリアは相変わらず観劇や旅行や買い物などの散財に忙しく、友人二人とお揃いの指輪やネックレスをいくつも作って楽しんでいた。
リリアは一度だけ、ロベルトと二人でバネッサの眠る北の修道院に行った。
想像以上に過酷な環境に驚きつつ、バネッサの墓前で静かに涙するロベルトを、リリアはあの日のように抱きしめた。
ロベルトはリリアのその温もりに、母となる体を持つ『女』という生き物の強さを改めて思い知った。
そしてマーガレットが嫁ぎ、その数年後にはロベルトの婚約も整った。
マーガレットが二児の母となり、ロベルトも男の子を授かった。
それを機に爵位を譲り、領地に引っ越すことを決めたジェラルドとリリアは、誰が見ても幸せな熟年夫婦だ。
明日には領地に出発するという夜、リリアがジェラルドに言った。
「ねえ、私ってずっと前から記憶が戻っていたんだけど気づいてた?」
「うん、帰国してすぐに気づいたよ。でもリリアは隠していたでしょ?」
「そうよ。隠していたのにバレていたのね」
「いつからなの?」
「あなたが子供たちを初めて連れてきたときよ。ロベルトは私の憧れたあなたそのままだった。あなたがどれほど私を愛していたかも一気に思い出したの。だからゆっくりいろいろ考えたわ。真相を聞いて少しずつ消化したの。まあ思うところはいろいろあったから、とにかく時間が必要だったわ。あの時点で私とあなたは離婚していたでしょう? 選択肢はいくらでもあったもの。記憶がない振りをしながら、どれにしょうかなぁってね」
「そうか……時間か……それでダニエルが海外行きを示唆したんだな。まあ僕としても行って良かったとは思ってるけど」
「みんな気づかない振りをしてたのね」
「気づいた時期はまちまちだろうけれど、未だに気づいてないのは国王陛下だけじゃないか?それにしても……侯爵家の後継ぎのことも……離婚承諾書のことも……」
「何言ってるのよ。侯爵家より王家に私の血が残るのよ? どっちがいいかなんて考えるまでも無いでしょうに。そのつもりでマーガレットをローラに託したのだもの。離婚承諾書はただの脅しのつもりだったわ。そうでもしなくちゃ怒りが収まらなかったしね。瞬間沸騰するなんて私も貴族として未熟だったと思うわ。それにしても上手に騙していたつもりだったのに残念ね」
「リリアのうそには愛があったよ。マーガレットのために貫いたんだろ?」
「ええ、何度考えても、結局私は母親だった。絶対的にね。それにあんな子にしてしまった私も責任を負うべきだと思ったのよ」
「うそをついてくれて助かったよ。早い段階で正面切って記憶が戻ったなんて言われたら、僕もマーガレットもそれこそ身の置き所が無かった。もしかしたら二人で自死を選んだかもしれない」
「ええ、それだけは避けたかった。でも徹底的な再教育は必要だったし。私にもあなたにも無理でしょ? 結局甘やかすから。それにしても、国王だけ気づかないって……この国って大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。トップは愛想笑いが上手で臣下の言を素直に聞く奴が一番だ。その上見目麗しければ言うことなしさ。それに皇后があれほどしっかりしてるんだ。安泰だよ」
「ふふふ、そうかもね。ねえ? 騙したのは私? それともあなた?」
「そんなことどうだっていいさ。傷つけたのは僕で、許してくれたのが君だ」
「許してないわよ?」
「えっ! うそだろ……」
「何言ってるの? 死ぬまでイジメてあげるからね。一生をかけて償いなさい。愛してるわジェラルド」
「はい、仰せのままに女王様。心から愛してるよリリア……君だけを愛している」
二人は笑いながら乾杯した。
おしまい
拙作に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
志波 連
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