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85 勾玉
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「佐次郎さま、具合はどうかね?」
「ああ、落ち着いてきた。なんと言うか、腹の中が熱いような気もするが」
「熱い?」
「うん、熱い。というか温かいが近いのぉ。腹が減ってきたような気もするぞ」
春乃が眉を寄せる。
「ここには食べ物が無いけぇ……もう少し我慢できる?」
「ああ、問題ないよ。春乃、おまえちょっと触ってみろ」
そう言って佐次郎は春乃の手首を掴んで引き寄せた。
おそるおそる傷口に触れた春乃がひときわ大きな声を出す。
「あれぇ! 傷が塞がっとるじゃないの! こりゃたまげたねぇ」
ニヤッと笑った佐次郎がすくっと立ち上がった。
「もう大丈夫じゃ。ちいと伊十郎様を助けて来ようわい」
そう言いながら壁に立てかけられていた長刀を手にした。
「うん、わかった。私はここで待っとるけぇ。絶対に無事に戻ってくださいよぉ」
「ああ、任せておけ。さあ、よねこも行こう。お前と俺の姿を遠目に見た毛利と曾我衆がどうするか見ものじゃろう?」
頷くよねこを抱き上げた佐次郎が春乃の耳に唇を寄せる。
「春乃、佐助から離れるな。あの曾我衆は油断がならんけぇ、絶対に目を離すなよ」
真剣な顔をして頷いた春乃の頬によねこが手を伸ばした。
「どうしたん? よねこちゃん」
よねこが懐から銅鏡を取り出し、春乃に渡した。
「これを預かっとけばええん? うん、わかったよ。ちゃんと預かっとくけぇ、よねこちゃんも無事に戻りんさいよ」
よねこが心から嬉しそうな顔を見せた。
「今ですよ、佐次郎さま」
外の様子を伺い続けていた佐助が声を出す。
「おうよ! では、参る」
戸板を打倒して、よねこを抱いた佐次郎が小屋の前に立った。
まさに、仁王立ちだ。
戦場に吹き荒れていた風が一瞬で止み、潮が引くように喧噪が消えていく。
人々は動いているのに一切音がしないのだ。
その様子を佐助と春乃は手汗をかきながら見守っていた。
「引けぇい! ここは我が土地ぞ! これ以上荒らすなら容赦はせんぞ!」
佐次郎が腹から声を出した。
静まり返り動きを止めた人々の後ろで、森の木々だけが揺れている。
「正晴様か? 正晴様が生きておる?」
毛利兵だろうか、誰かの呟きが春乃の耳に届いた。
先ほどまでの静寂が、それを切っ掛けに破られていく。
「まさか……確かに矢が貫いておったぞ」
「しかしあの体躯はまさしく正晴様じゃろう」
毛利兵たちが戸惑っている間に、バラバラになって戦っていた新宮党が隊列を整えていた。
西の森から大きな馬を操った尼子国久が駆けてきた。
「毛利兵! 退け! もう終わりじゃ!」
伊十郎を囲んでいた毛利兵たちが数歩後退る。
流星がブルンと鼻を鳴らして佐次郎に近づいてきた。
「おう、流星よ。ご苦労じゃったな」
佐次郎の胸に鼻先をこすり付ける流星。
その上で伊十郎が明るい声を出した。
「佐次郎よ! おまえ、体はもうええんか?」
「ええ、おかげさんでもうすっかり治りましたわい」
「恐ろしい程の治癒力じゃの。それともそこにおる鬼の娘の影響か?」
「はい、よねこのおかげですわい」
よねこが真顔のまま小さくコクンと頷いた。
「ん? どうした? よねこ」
よねこが佐次郎の腕の中でもぞもぞと動いた。
どうやら腹に埋まった勾玉を探しているようだ。
「もう出んぞ?」
その言葉を無視したまま、よねこは佐次郎の腹の上から勾玉を触るような動きをした。
そしてもう片方を天に向け、睨みつけるような強い視線を向けている。
「なんじゃ? この音は」
そう言ったのは伊十郎だろうか、国久だろうか。
ゴゴゴという地鳴りが始まり、森の木々が大きく揺さぶられる。
いたるところで悲鳴のような男の声がした。
「曾我衆か? それとも我ら杣人衆か?」
そう言ったのは小屋の中から様子を伺っていた佐助だった。
「どういうこと?」
春乃の問いににっこりと笑った佐助が言う。
「森の中でも戦闘が繰り広げられておったということですよ。落ちたということは負傷しているということですけぇ」
「普通は落ちんの?」
「あの程度で落ちるなら杣人とはいえんですよ。曾我衆もそうでしょうわい。のお? 二郎どん」
「フンッ」
二郎は不貞腐れたように横を向いたままだった。
「ああ、落ち着いてきた。なんと言うか、腹の中が熱いような気もするが」
「熱い?」
「うん、熱い。というか温かいが近いのぉ。腹が減ってきたような気もするぞ」
春乃が眉を寄せる。
「ここには食べ物が無いけぇ……もう少し我慢できる?」
「ああ、問題ないよ。春乃、おまえちょっと触ってみろ」
そう言って佐次郎は春乃の手首を掴んで引き寄せた。
おそるおそる傷口に触れた春乃がひときわ大きな声を出す。
「あれぇ! 傷が塞がっとるじゃないの! こりゃたまげたねぇ」
ニヤッと笑った佐次郎がすくっと立ち上がった。
「もう大丈夫じゃ。ちいと伊十郎様を助けて来ようわい」
そう言いながら壁に立てかけられていた長刀を手にした。
「うん、わかった。私はここで待っとるけぇ。絶対に無事に戻ってくださいよぉ」
「ああ、任せておけ。さあ、よねこも行こう。お前と俺の姿を遠目に見た毛利と曾我衆がどうするか見ものじゃろう?」
頷くよねこを抱き上げた佐次郎が春乃の耳に唇を寄せる。
「春乃、佐助から離れるな。あの曾我衆は油断がならんけぇ、絶対に目を離すなよ」
真剣な顔をして頷いた春乃の頬によねこが手を伸ばした。
「どうしたん? よねこちゃん」
よねこが懐から銅鏡を取り出し、春乃に渡した。
「これを預かっとけばええん? うん、わかったよ。ちゃんと預かっとくけぇ、よねこちゃんも無事に戻りんさいよ」
よねこが心から嬉しそうな顔を見せた。
「今ですよ、佐次郎さま」
外の様子を伺い続けていた佐助が声を出す。
「おうよ! では、参る」
戸板を打倒して、よねこを抱いた佐次郎が小屋の前に立った。
まさに、仁王立ちだ。
戦場に吹き荒れていた風が一瞬で止み、潮が引くように喧噪が消えていく。
人々は動いているのに一切音がしないのだ。
その様子を佐助と春乃は手汗をかきながら見守っていた。
「引けぇい! ここは我が土地ぞ! これ以上荒らすなら容赦はせんぞ!」
佐次郎が腹から声を出した。
静まり返り動きを止めた人々の後ろで、森の木々だけが揺れている。
「正晴様か? 正晴様が生きておる?」
毛利兵だろうか、誰かの呟きが春乃の耳に届いた。
先ほどまでの静寂が、それを切っ掛けに破られていく。
「まさか……確かに矢が貫いておったぞ」
「しかしあの体躯はまさしく正晴様じゃろう」
毛利兵たちが戸惑っている間に、バラバラになって戦っていた新宮党が隊列を整えていた。
西の森から大きな馬を操った尼子国久が駆けてきた。
「毛利兵! 退け! もう終わりじゃ!」
伊十郎を囲んでいた毛利兵たちが数歩後退る。
流星がブルンと鼻を鳴らして佐次郎に近づいてきた。
「おう、流星よ。ご苦労じゃったな」
佐次郎の胸に鼻先をこすり付ける流星。
その上で伊十郎が明るい声を出した。
「佐次郎よ! おまえ、体はもうええんか?」
「ええ、おかげさんでもうすっかり治りましたわい」
「恐ろしい程の治癒力じゃの。それともそこにおる鬼の娘の影響か?」
「はい、よねこのおかげですわい」
よねこが真顔のまま小さくコクンと頷いた。
「ん? どうした? よねこ」
よねこが佐次郎の腕の中でもぞもぞと動いた。
どうやら腹に埋まった勾玉を探しているようだ。
「もう出んぞ?」
その言葉を無視したまま、よねこは佐次郎の腹の上から勾玉を触るような動きをした。
そしてもう片方を天に向け、睨みつけるような強い視線を向けている。
「なんじゃ? この音は」
そう言ったのは伊十郎だろうか、国久だろうか。
ゴゴゴという地鳴りが始まり、森の木々が大きく揺さぶられる。
いたるところで悲鳴のような男の声がした。
「曾我衆か? それとも我ら杣人衆か?」
そう言ったのは小屋の中から様子を伺っていた佐助だった。
「どういうこと?」
春乃の問いににっこりと笑った佐助が言う。
「森の中でも戦闘が繰り広げられておったということですよ。落ちたということは負傷しているということですけぇ」
「普通は落ちんの?」
「あの程度で落ちるなら杣人とはいえんですよ。曾我衆もそうでしょうわい。のお? 二郎どん」
「フンッ」
二郎は不貞腐れたように横を向いたままだった。
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