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「こりゃ拙いのぉ」
そう呟いたのは佐助だ。
「いや、小松伊十郎というお方はこんなことなど朝飯前じゃ。しかも流星がおる。見てみい、あの流星の余裕っぷりを」
半笑いで佐次郎がそう言った。
「援護しますか?」
「いや、様子見じゃな」
佐次郎が言い終わらないうちに、毛利の雑兵が槍を繰り出した。
カキンという音がして伊十郎がそれをいなす。
すると反対側から別の槍が伊十郎に向かって伸びてきた。
「なかなかやりますのぉ。ありゃ戦馴れした兵の動きじゃ」
佐次郎は黙ったまま状況を見守っている。
よねこが何やらゴソゴソと動いているのを見た春乃は、目を丸くして声を出した。
「よねこちゃん? あんた何をしよるんね?」
佐次郎も佐助も窓の外を見たままだ。
よねこが勾玉を握って春乃の顔を見上げた。
「ようわからんけんど、まさかそれを佐次郎さまの腹に入れようとしとるんかね?」
頷いたよねこが春乃の手を引いて、佐次郎の着物を握らせようとしている。
「これをめくれ言うん?」
頷くよねこ。
「あんたの宝を佐次郎さまの腹の中に隠そうとでも言うんかね? そりゃあんた……」
そこまで言った春乃だったが、この勾玉と銅鏡のお陰で佐次郎が回復したのだと思い至り、よねこの顔を見た。
「うん、分かった。絶対に毒にはならんのじゃね?」
ふたたび頷くよねこ。
「あんたを信じるよ」
どう言った春乃が佐次郎の帯に手を掛けた。
するんと帯が解けて、長い間体を拭いていない人間特有の饐えたような匂いが広がる。
「おいおい、春乃。お前何をしようとしとる? まだ陽は高いぞ」
「何を言いよるんね。よねこちゃんがこれを腹の傷に埋めると言うけぇ手伝っとるんよね」
「腹の傷?」
佐次郎は左手で自分のわき腹に開いた穴をスルッと撫でた。
「ここにそれを入れる? なんで?」
よねこがじっと佐次郎の顔を見上げた。
「まあ、お前がそういうなら好きにしたらええけんど。もう出んようになるぞ? このまま傷は塞がるじゃろうけぇ」
よねこはニコッと笑って勾玉を傷口にあてがった。
ぐっと力を入れて傷口にねじ込むよねこ。
せっかく塞がりかけていた傷が開いたのだろう、佐次郎がうっとうめき声をあげて顔を顰めた。
「一番奥まで入れるんか? そりゃちいと(ちょっと)難儀じゃな。横になろうか?」
佐次郎はよねこの願いを受け入れる決心をしたように言った。
「そうじゃね、その方が入れやすいじゃろうね」
春乃まで納得したような言葉を吐いている。
佐助はチラッと三人をみただけで何も言わなかった。
「ちょっと待て! それはならんぞ!」
そう叫んだのは曾我の二郎だ。
手首の無い腕を伸ばし、腱の切れた足を動かして近寄ろうとする二郎をチラッと見たよねこだったが、すぐに佐次郎の方へ視線を戻した。
「お前! それは鬼の子孫の宝じゃろうが! それを渡すことの意味が分かっとるんか?」
二郎がじりじりと這いながら叫んだ。
「何を言うか! お前たちこそこのたから欲しさに高橋の隠し子に取り入っとったくせに!」
吐き捨てるように佐助がそう言うと、二郎が悔しそうに睨み返した。
「当たり前じゃろうが! これさえあれば我ら曾我衆の村が栄えるんじゃ! 悲願が叶うんじゃ! 欲しがって当たり前じゃ!」
春乃がきりっとした目で二郎を睨む。
「あんたらこそいい加減にしんさい! そんな性根じゃけよねこちゃんが嫌うんじゃね。なにが父親ね! 父親言うんは娘の幸せを一番に考えるものなんじゃけ! あんたにその資格はないよ。よねこちゃんを利用して村を作る? 寝言は寝て言いんさい!」
二郎が動きを止めた。
「お前に何がわかる? 我ら曾我衆がどんな思いで生きてきたか知っとるんか? 故郷を失くした者たちの苦労がお前にわかるんか!」
「わからんよね! 分かりとうも無いわいね! 大人がしでかしたことを子供に押し付けるようなつまらんやつらのことなどなんも知らんよね!」
二郎がぐっと唇を嚙みしめた。
よねこは真剣な顔で佐次郎の腹に勾玉を押し込み続けている。
その痛みに耐える佐次郎の額には玉のような汗が噴き出していた。
「大丈夫かね? 佐次郎さま」
「ああ、大丈夫じゃ。痛いは痛いが、耐えられんほどでもないし、痛んだ端から治っていくような感覚がある。こりゃ俺と一体化しとるんかもしれんのぉ」
手首と肘の間まで佐次郎の腹に埋めたよねこがにっこりと笑った。
こんどはゆるゆると腕を引きぬく動作に移っている。
腹からにじり出てくるよねこの腕は、幼子のそれに戻っていた。
「あんれまあ、よねこちゃん。腕が治っとるじゃないね。良かったねぇ」
ぬるんとした動きと共にすべての腕を引き抜いたよねこは、満足そうな顔で春乃を見上げた。
赤黒い血がまとわりついているが、膿のようなものは付着していない。
それを絞った手拭いで拭ってやりながら春乃が言った。
「終わったかね?」
頷くよねこ。
その横では佐次郎が何かを吸収するように、大きな呼吸を繰り返していた。
そう呟いたのは佐助だ。
「いや、小松伊十郎というお方はこんなことなど朝飯前じゃ。しかも流星がおる。見てみい、あの流星の余裕っぷりを」
半笑いで佐次郎がそう言った。
「援護しますか?」
「いや、様子見じゃな」
佐次郎が言い終わらないうちに、毛利の雑兵が槍を繰り出した。
カキンという音がして伊十郎がそれをいなす。
すると反対側から別の槍が伊十郎に向かって伸びてきた。
「なかなかやりますのぉ。ありゃ戦馴れした兵の動きじゃ」
佐次郎は黙ったまま状況を見守っている。
よねこが何やらゴソゴソと動いているのを見た春乃は、目を丸くして声を出した。
「よねこちゃん? あんた何をしよるんね?」
佐次郎も佐助も窓の外を見たままだ。
よねこが勾玉を握って春乃の顔を見上げた。
「ようわからんけんど、まさかそれを佐次郎さまの腹に入れようとしとるんかね?」
頷いたよねこが春乃の手を引いて、佐次郎の着物を握らせようとしている。
「これをめくれ言うん?」
頷くよねこ。
「あんたの宝を佐次郎さまの腹の中に隠そうとでも言うんかね? そりゃあんた……」
そこまで言った春乃だったが、この勾玉と銅鏡のお陰で佐次郎が回復したのだと思い至り、よねこの顔を見た。
「うん、分かった。絶対に毒にはならんのじゃね?」
ふたたび頷くよねこ。
「あんたを信じるよ」
どう言った春乃が佐次郎の帯に手を掛けた。
するんと帯が解けて、長い間体を拭いていない人間特有の饐えたような匂いが広がる。
「おいおい、春乃。お前何をしようとしとる? まだ陽は高いぞ」
「何を言いよるんね。よねこちゃんがこれを腹の傷に埋めると言うけぇ手伝っとるんよね」
「腹の傷?」
佐次郎は左手で自分のわき腹に開いた穴をスルッと撫でた。
「ここにそれを入れる? なんで?」
よねこがじっと佐次郎の顔を見上げた。
「まあ、お前がそういうなら好きにしたらええけんど。もう出んようになるぞ? このまま傷は塞がるじゃろうけぇ」
よねこはニコッと笑って勾玉を傷口にあてがった。
ぐっと力を入れて傷口にねじ込むよねこ。
せっかく塞がりかけていた傷が開いたのだろう、佐次郎がうっとうめき声をあげて顔を顰めた。
「一番奥まで入れるんか? そりゃちいと(ちょっと)難儀じゃな。横になろうか?」
佐次郎はよねこの願いを受け入れる決心をしたように言った。
「そうじゃね、その方が入れやすいじゃろうね」
春乃まで納得したような言葉を吐いている。
佐助はチラッと三人をみただけで何も言わなかった。
「ちょっと待て! それはならんぞ!」
そう叫んだのは曾我の二郎だ。
手首の無い腕を伸ばし、腱の切れた足を動かして近寄ろうとする二郎をチラッと見たよねこだったが、すぐに佐次郎の方へ視線を戻した。
「お前! それは鬼の子孫の宝じゃろうが! それを渡すことの意味が分かっとるんか?」
二郎がじりじりと這いながら叫んだ。
「何を言うか! お前たちこそこのたから欲しさに高橋の隠し子に取り入っとったくせに!」
吐き捨てるように佐助がそう言うと、二郎が悔しそうに睨み返した。
「当たり前じゃろうが! これさえあれば我ら曾我衆の村が栄えるんじゃ! 悲願が叶うんじゃ! 欲しがって当たり前じゃ!」
春乃がきりっとした目で二郎を睨む。
「あんたらこそいい加減にしんさい! そんな性根じゃけよねこちゃんが嫌うんじゃね。なにが父親ね! 父親言うんは娘の幸せを一番に考えるものなんじゃけ! あんたにその資格はないよ。よねこちゃんを利用して村を作る? 寝言は寝て言いんさい!」
二郎が動きを止めた。
「お前に何がわかる? 我ら曾我衆がどんな思いで生きてきたか知っとるんか? 故郷を失くした者たちの苦労がお前にわかるんか!」
「わからんよね! 分かりとうも無いわいね! 大人がしでかしたことを子供に押し付けるようなつまらんやつらのことなどなんも知らんよね!」
二郎がぐっと唇を嚙みしめた。
よねこは真剣な顔で佐次郎の腹に勾玉を押し込み続けている。
その痛みに耐える佐次郎の額には玉のような汗が噴き出していた。
「大丈夫かね? 佐次郎さま」
「ああ、大丈夫じゃ。痛いは痛いが、耐えられんほどでもないし、痛んだ端から治っていくような感覚がある。こりゃ俺と一体化しとるんかもしれんのぉ」
手首と肘の間まで佐次郎の腹に埋めたよねこがにっこりと笑った。
こんどはゆるゆると腕を引きぬく動作に移っている。
腹からにじり出てくるよねこの腕は、幼子のそれに戻っていた。
「あんれまあ、よねこちゃん。腕が治っとるじゃないね。良かったねぇ」
ぬるんとした動きと共にすべての腕を引き抜いたよねこは、満足そうな顔で春乃を見上げた。
赤黒い血がまとわりついているが、膿のようなものは付着していない。
それを絞った手拭いで拭ってやりながら春乃が言った。
「終わったかね?」
頷くよねこ。
その横では佐次郎が何かを吸収するように、大きな呼吸を繰り返していた。
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