泣き鬼の花嫁

志波 連

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83 よねこの父親

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「ねえ、よねこちゃん。あんた、そこの若いのとそっちのおっさん、どっちを父親にする?」

 春乃の問いかけに、よねこは一瞬キョトンとしたが、何度も指差された二人を交互に見返してから、静かにゆびを指した。

「え? 佐次郎さん? この人は間違いなくあんたのお父さんじゃなかろう? この人は私の大事な旦那様なんじゃけ。この人がお父さんなら私がお母さんになるんよ?」

 焦る春乃の顔を見て、ニヤッと笑ったよねこ。
 春乃は初めてよねこの笑顔を見たと思った。

「そこの若いのはもうダメじゃろうが、あっちのおっさんは生きてはおろう? あっちにしとくかい?」

 イヤイヤと首を振るよねこ。

「じゃあそっち? でももう……」

 転がる高橋正晴をじっと見てからよねこはまたもや首を横に振った。

「どっちも嫌なん? まあ親なんておらんでもおっても子は育つけんど」

 頷いたよねこは、また佐次郎を指さした。

「あんれまぁ、こりゃ困ったことじゃねぇ」

 そんな不思議な会話をしている小屋の外では、毛利軍と尼子軍が入り乱れて戦闘を繰り広げていた。
 金属がぶつかり合う甲高い音や、切られた人間の断末魔が飛び交っているにもかかわらず、初めて戦場にいるというのに、春乃は不思議と恐怖を感じていない。

「さすが御新造さんじゃね。怖くはないんかい?」

 佐助が隙なく小窓から外を見ながら春乃に問いかけた。

「そうなんよ。私はおかしくなったんかもしれん。ちっとも怖くないんじゃもん」

「はははっ! そりゃ豪気じゃね。さすが佐次郎さまのお嫁様じゃ」

 傷口の近くに勾玉と銅鏡を置かれている佐次郎が声を出した。

「佐助、笑い事じゃないぞ。それより外の様子はどうじゃ?」

「へえ、相変わらず新宮党は見事なもんですよ。この小屋には一切近づけんように動いとる。尼子兵もぞくぞくとやってきておりますけぇ、時間の問題でしょうな」

「そうか、こんなに小さなたたら場を守るために、尼子のお殿様は兵を動かしなさったのか」

「たたら場を守るためかどうかは知らんですけんど……ほれ! 安藤さまも牛尾さまも来ていなさいますよ。あれは……なんと木村さまじゃないかね。さすがじゃねぇ、片足でもしっかり馬を御していなさいますわい」

「なんと木村さまもか! 戦場に出られるほど快復なさったのであれば重畳じゃ。どれ、俺もちいと(少し)出てこようわい」

 そう言うと佐次郎はゆっくりと上半身を動かし始めた。

「佐次郎さま!」

 春乃が駆け寄って飛びついた。

「春乃! おいおい、ちょっと待ってくれ。俺はまだゆっくりしか動けんのじゃ」

「ゆっくりでええんですよぉ。ああ、よかった。佐次郎さまが生きておられるだけでも嬉しいけんど、動けるようになったらもっと嬉しいもの」

 佐次郎の首根っこにしがみ付いて、自分の頭をぐりぐりと佐次郎の顎に押し付ける春乃。
 困った顔をしながらも、嬉しそうに笑う佐次郎を見て、佐助は心から安堵した。

「佐次郎さま、そこに転がっとる男がもし生きとったら、毛利はどう動くのじゃろうか」

「話は聞いとったが、この男も不憫な奴じゃのぉ。隠されて、利用されるだけされて結局殺されるんか」

 佐助がニヤッと笑う。

「まあそれが今の時代の隠し子の宿命じゃろうね。特に武将の子ともなればどうしようもないでしょうよ」

「隠さなければ良いのにのぉ。なぜせっかく生まれた命を隠すのじゃろうか」

「そりゃ佐次郎さま、世間体とかいろいろあるでしょうに」

「よう分らんけんど、命に尊卑などあろうはずもないが」

「まあ、確かにそうですのぉ」

 吞気な会話が続くすぐ横で、鋭い馬の嘶きがした。

「この声は……流星じゃないかね?」

 春乃がパッと顔を上げる。
 佐次郎がのろのろと起き上がって外を見ると、小松伊十郎を乗せた流星が数人の毛利兵に囲まれていた。
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