泣き鬼の花嫁

志波 連

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82 曾我衆の夢

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 どのくらいそうしていただろうか。
 ふと視線を下げた二郎が静かな声を出した。

「わしはもう棟梁じゃないですけぇ。東の森におるんが新しい棟梁ですわい。あいつはわしとは違って頭の良い奴ですけぇね。恩義とか情けとか、そういうものに左右されることはありません。あいつには夢がありますけぇ」

「夢? 暗殺集団の棟梁が抱く夢とやらを聞いてみたいものじゃな」

 フッと二郎が口角を上げた。

「あいつの夢はわしらの悲願でもありますよ。わしらは失った故郷を取り戻したいのですわい。いやいや、元の土地に執着しとるわけじゃないのです。要するにわしらだけで暮らす土地が欲しいのですよ」

「それがここじゃと?」

 二郎が頷く。

「ええ、このたたら場です。いや、元たたら場と言うた方がええでしょうね。ここにはもう真砂砂鉄は採るほどありませんけぇ。いずれ村人はここを捨てるでしょう? それを貰い受ける約束でした」

「誰と約束しとったんか?」

「毛利の殿さまです」

「よう話が見えんのぉ。毛利はこの土地が欲しいんか? いらんのか?」

 二郎が眉を寄せた。

「毛利が尼子からぶんどったというのが必要なんですよ。土地そのものはいらんのです。そのために高橋の娘を輿入れさせ、そこに転がっとる若殿を庇護してきたのですからね。高橋には毛利に残ってもらわんと、橋渡し役にならんでしょう? 尼子の殿さまも全部わかとって高橋を泳がせとりなさるのでしょう?」

 国久がフンッと鼻を鳴らした。
 二郎が続ける。

「いずれ毛利と尼子は手を組みましょう。まあそれは上辺だけの事でしょうが、安芸と出雲が手を組めば、長門のやつらを都から切り離せましょうからなぁ」

「高橋がカギを握ると?」

「実際そうでしょう? そういう意味でもそこの若殿がわしら曾我衆と共にこの地におるというのは好都合だったのですわい。わしらは永住の土地を得る。高橋の若殿はけばけば草に溺れて言いなりじゃ。この地に我ら曾我の者がおるということは、尼子にとっては喉元に刃が当たるようなものじゃがな」

 戸の外でざぁっと風が鳴った。
 勾玉と銅鏡を抱きしめていたよねこはすでに回復したようだ。
 佐助が静かに言う。

「そろそろじゃ」

 国久の目が光る。

「伊十郎は俺と来い。ここには佐次郎と春乃、そして佐助とよねこを残す。なぁに、心配は要らんよ。新宮党が必ず守る」

「承知!」

 そう言った伊十郎が小刀を春乃に渡した。

「お守りじゃと思うて持っておけ」

「うん、わかりました」

「行くぞ!」

 名を呼ばれた四人と、自力ではどうしようもない二郎の五人を残して、国久と伊十郎が入口から飛び出した。
 それを追うようによねこの叔父が駆けだす。
 それを見ていたよねこの肩がふと下がったのを春乃は見逃さなかった。

「どうしたん? よねこちゃんはあの叔父さんが苦手かね?」

 頷くよねこ。

「叔父さんなんじゃろ?」

 よねこが首を傾げた。
 春乃が困った顔をする。

「なんかよう分らんけんど、わたしはどうも苦手じゃね。あの人は」

 クスッと笑ったよねこが、佐次郎のわき腹に勾玉と銅鏡を近づけた。

「あれあれ、よねこちゃん。このお人は鬼のように大きなけんど、鬼じゃないけぇそりゃ効かんよ。それよりあんたの方が大変じゃろう? まだ顔色が悪いよ?」

 それには返事をせず、よねこがすくっと立ち上がった。
 とことこと佐助の側に行き、自分の手を傷口にかざす。

「うん? わしを治そうとしてくれとるんか? え? 痛みが……消えた?」

 つい先ほどまで荒い息を繰り返していた佐助が、驚いた顔でよねこを見た。
 
「本当に?」

 春乃が目を丸くする。
 その目の前で、よねこは不思議な姿勢をとった。
 右手は地面を指差し、左手は佐次郎の傷を指し示す。
 微かな小屋が揺れ、地面から湧き上がった黒い靄がよねこの体を媒体として、佐次郎の傷口に注ぎ込まれていった。

「うわぁぁぁぁぁ!」

 どうやら戦闘が始まったのだろう。
 小屋からはずいぶん離れた場所で大きな声が聞こえ始めた。
 砂ぼこりが舞い上がり、金属がぶつかり合う音も聞こえてくる。

「ありがとうな。もう大丈夫じゃけ」

 佐助がそう言いながら立ち上がった。

「佐助さん? 本当に大丈夫なん?」

「はい、御新造さん。この数年を考えても一番体が軽いですわい」

 そう言った佐助がよねこの頭を撫でた。
 少し足を引きずりながら、よねこが佐次郎の横に戻る。

「なるほど、この子は賢いですのぉ。どうやら佐次郎さまを治す間はわしにここを守れということじゃろうて。それで先に治したのでしょうわい」

 春乃は驚き過ぎで声を出せずにいた。
 よねこは佐次郎の横で勾玉と銅鏡を抱え込むようにしてじっとしている。
 小屋の奥で弓に弦を張っている佐助の横で二郎が声を出した。

「そういうことならわしも治してくれよ、よねこ。わしはお前の父親じゃぞ?」

 まるで聞こえないようによねこは微動だにしない。
 治せないのか、治す気がないのか春乃には判断できなかった。
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