泣き鬼の花嫁

志波 連

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81 正晴の役目

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「あんた! よねこちゃん! しっかりしんさい!」

 よねこの体を抱きかかえたまま春乃が叫ぶ。

「佐次郎さま、よねこちゃんが!」

 動けない佐次郎が、辛うじて首だけ向けてきた。

「こっちへ。俺の横に寝かせろ」

 頷いた春乃がよねこの体を持ち上げようとしたが、ビクともしない。
 見かねた伊十郎が手を貸した。
 二人がかりでやっと運んだよねこの体は、見た目の三倍はあろうかというほど重たかった。

「なんと重たい娘子じゃな……これも鬼の仕業か?」

 男に問いかけたが、興奮が冷めていない男は口から涎のようなものを垂らしながら、へらへらと笑っていた。

「久方ぶりに見たわい。これならよねこさえおればええ。まだ鉄は出るわい」

 気を失うほどの力を使ったよねこを労わることもせず、男は小躍りしそうなほど興奮していた。

「こんな扱いを受けとったんでしょうなぁ。なるほど鬼の数も減るわい」

 伊十郎の呟きに国久が頷いた。

「鬼に助けてもらっていたなどと口だけじゃな。鬼の力に頼っておっただけじゃないか。酷い話じゃな」

 よねこの汗を濡れた手拭いで拭ってやった春乃が、立ち上がって男の前に立った。

「あんた! あんたの方がよっぽど鬼じゃないか! 姪っ子が心配じゃないんね!」

 男は春乃の言葉など耳にも入れず、はらはらと霧雨のように舞っているよねこが湧かせた真砂砂鉄の残骸を目で追っている。
 パシッと音がするほど鋭く、春乃が男の頬を打った。

「なにするんか!」

 男が春乃の襟首に腕を伸ばす。

「お前の方こそ何するんか!」

 伊十郎に掴まれて初めて、男は自分が我を忘れていたことに気づいた。

「え? わしは……わしは……何をしようと?」

 国久が伊十郎の肩に手を掛けた。

「どうやら鬼の力はけばけば草と同じ力があるようじゃな。それともこの地に自生するけばけば草が鬼の力の源か? どちらにせよ関係がありそうじゃ」

 男が目を見開いて気を失っているよねこを見た。

「よねこ! 大丈夫か? お前にまた力を使わせてしもうた……すまんのぉ、よねこ」

 男がよねこに駆け寄り、愛おしそうにその頭を撫でている。

「鬼の血に酔ったのじゃろう。けばけば草と同じ症状じゃった」

「心の底の欲が表にスルッと出るんでしょうな」

 伊十郎の言葉に国久が言う。

「けばけば草が禁止になったのは、それが理由じゃ。死ぬまでには使い切れんほどの力や欲が滲み出てくるらしい。尋常ではないほどの腕力もその一つじゃろう」

「潜在能力を顕在化させる?」

「そういうことじゃ。言い換えれば人が人ではなくなる」

「恐ろしい……」

 そう話している二人の前で、男はおろおろとよねこの頭や頬を擦っていた。
 春乃が桶の水で手拭いを絞り直して、佐次郎の側へと移動する。

「佐次郎さま、さっき言いよったんはこの子じゃろ?」

「ああ、真っ白な場所におった時に見たんはこの子じゃ。この子はじっと蹲ってのぉ。俺に近寄ろうともせんが、逃げようともせんかった。目が合うと顔を逸らすけぇ、見んようにしとったんじゃが、政久様の声に気をとられて忘れとったわい」

「この子はずっと佐次郎さまのはらの穴に手を突っ込んどったんじゃと」

「そうか。わしが死なんで済んだんは、この子のお陰じゃな。傷口がじんわりと温かったんは、この子が鬼の力を少しずつ分けてくれたんかもしれんのぉ」

 春乃は目を閉じたまま動かないよねこの顔に目をやった。

「勾玉と鏡が無いとよねこは眠ったままか?」

 伊十郎が人変わりしたように大人しくなった男に聞く。

「へぇ、その通りです。本当なら息も苦し気にするところなんじゃが、静かに眠っとりますのぉ。どうしたんじゃろうか」

 伊十郎が高橋の懐に手をつこんだ。

「こいつが持っとったけぇかもしれんの」

 伊十郎が引きづり出した木綿の袋から出て生きたのは、深い湖のような色をした大人の親指ほどの勾玉と、赤子の頭ほどの大きさの銅鏡だ。

「これですっ! これがたたら場の宝です!」

「なんでこいつが持っとる?」

 男が困った顔で言う。

「姉が宮から持ちだして高橋の若殿に渡してしもうたのですよ」

「なるほどな。お前の姉はこいつに惚れとったということか」

 嫌な顔をして男が老婆を見た。

「ということは、よねこの父親は高橋のぼんぼんか」

「違いますよ」

 佐助の横に転がされていた曾我の二郎が声を出した。

「若殿は子を成せんのです。このお人がまだ子供のころに、わしが子種を断ったけぇ間違いないですよ」

 国久が聞く。

「そりゃ毛利の差し金か?」

「いいえ、高橋のご嫡男のご意向です」

 国久と伊十郎が小さく溜息を吐いた。
 佐助が二郎に話しかける。

「あんたは毛利じゃのうて高橋に雇われとったんか? 曾我の棟梁さんよぉ」

「棟梁?」

 国久が怪訝な目で二郎を見た。
 曾我の二郎は悪びれもせず無表情のまま国久の目を見返している。
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