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80 鬼の血 2
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「よねこ、お前はあの大男を持ってこれるんか?」
伊十郎の声に頷くよねこ。
「一人で行けるか?」
よねこはチラッと叔父にあたる男を見て戸の前まで進み出た。
小屋と高橋正晴までの距離は一間というところだろう。
戸板に括りつけられた曾我の二郎までの距離は、さらに一間。
「ではわしは曾我の旦那の方へ走ります」
男の声に伊十郎が頷いた。
「ああ。だが、後ろからも狙っていることは忘れるなよ」
頷いた男がよねこの顔を見た。
何も言わずによねこが一歩踏み出す。
国久と伊十郎は刀を抜き払って構えた。
「あの子の父親はどっちなんじゃろうな」
国久の疑問に答えるものはいない。
伊十郎は真っ二つに割られて、黒々とした血を流して死んでいる老婆に視線を向けた。
「どっちでもあの子が決めたらええでしょう」
「そりゃそうじゃな」
そう言っている間に、走り出た男が曾我の二郎を括っている綱を切った。
足の腱を切られ、両手首を失っている二郎は、為す術もなく引き摺られて戻ってくる。
一方、とことこと歩いて高橋正晴の元へと辿り着いたよねこ。
屈みこんでじっと顔を見た後、片手でその襟首を掴んだ。
もう一方の手を帯に差し込もうとしたが、細くなって変色している自分の腕にやっと気づいたかのように目を見開いている。
「佐次郎の腹に埋まっとった方は使いもんにならんのかのぉ?」
「ああ、そうかもしれませんな。あの腕はまるで老婆のようじゃった」
よねこが自分の腕をじっと見ている間に、男は曾我の二郎を運び終わっていた。
肩で息をしながら男が言う。
「目を離さんようにしておれば、不思議なものが見れますよ」
男の言葉に国久と伊十郎の目がよねこに注がれる。
春乃も二人の体の隙間からよねこを見ていた。
よねこが高橋の襟首を掴んでいた手を離し、自分の干からびたような腕に添える。
「なんじゃ? あれは」
「あれが鬼の力ですよ。あの力で出雲のたたら場には真砂が湧くんですわい」
「真砂? 真砂砂鉄の事か。あれは確かにこの地方だけのものじゃの。しかし、鬼がそれを湧かせるとは?」
「まあ見とってください」
よねこの腕が黒く染まっていく。
「なんじゃ? あれは」
「真砂鉄ですよ。ああやって湧くんです」
興奮したような顔の男はどれほどの身分違いかを忘れたように言葉を続けた。
「あれは姉かよねこにしかできんのです。昔はみんなできとったらしいけんど、今では二人しか……いや、もうよねこだけじゃね」
ふと伊十郎が男に聞いた。
「できるなら先程言っておった勾玉とやらは要らんのじゃないか?」
男が伊十郎を見た。
「あれをやると寿命が縮まるほど疲れるらしいです。それを補給してくれるんが勾玉と鏡なんですわい。あれが無いとぐったりして当分は使い物にならん」
「使い物だと?」
伊十郎の低く発した声に気づかない男は、よねこに視線を戻し興奮した様子を見せている。
「あんな幼子の、しかも血を繋いだ身内に対して酷い言いようじゃな。お前らの方が余程鬼じゃないか」
伊十郎の声は男には届かない。
男が見つめる中、よねこの腕はますます黒くなっていった。
地面が微かに揺れているように見える。
まるで霞が立ち昇るように湧き出した黒いものがよねこの腕に吸い込まれているようだ。
よねこの肩から指先までがほとんど黒く染まった時、ヒュンと音がして西の森から矢が放たれた。
それを軽々とはたき落したよねこが、ゆっくりと振り返る。
「これは杣人衆が放った矢か」
国久の声に佐助が慌てて犬笛を咥えた。
「止めましたけぇ」
頷いた国久がよねこに視線を戻すと、先程まで何の感情も浮かべていなかったよねこの目に光が灯っていた。
「鬼の血か……恐ろしいものじゃな」
よねこが再び高橋正晴の体に腕を伸ばした。
「来い! よねこ!」
男が叫ぶと、よねこはゆっくりと高橋の体を持ち上げたのだった。
「凄いな……背負ったぞ」
高橋の巨体がまるで生きているかのように小屋へと進んでくる。
最初から見ていなければ、幼子が担いで歩いているなどと誰が思うだろうか。
毛利軍から見れば、高橋がまだ生きていて、自力で小屋へと向かっているように見えた事だろう。
「ようやった!」
ドサッと音をたてて転がされた高橋の体を見ることもなく、男がよねこに駆け寄った。
よねこの体が震えはじめ、黒かった腕が元の色に戻り始めた。
「あんた……大丈夫かね?」
春乃が心配そうによねこの肩を掴む。
まるでそれを待っていたかのように、倒れ込んだよねこの顔色は真っ青だった。
伊十郎の声に頷くよねこ。
「一人で行けるか?」
よねこはチラッと叔父にあたる男を見て戸の前まで進み出た。
小屋と高橋正晴までの距離は一間というところだろう。
戸板に括りつけられた曾我の二郎までの距離は、さらに一間。
「ではわしは曾我の旦那の方へ走ります」
男の声に伊十郎が頷いた。
「ああ。だが、後ろからも狙っていることは忘れるなよ」
頷いた男がよねこの顔を見た。
何も言わずによねこが一歩踏み出す。
国久と伊十郎は刀を抜き払って構えた。
「あの子の父親はどっちなんじゃろうな」
国久の疑問に答えるものはいない。
伊十郎は真っ二つに割られて、黒々とした血を流して死んでいる老婆に視線を向けた。
「どっちでもあの子が決めたらええでしょう」
「そりゃそうじゃな」
そう言っている間に、走り出た男が曾我の二郎を括っている綱を切った。
足の腱を切られ、両手首を失っている二郎は、為す術もなく引き摺られて戻ってくる。
一方、とことこと歩いて高橋正晴の元へと辿り着いたよねこ。
屈みこんでじっと顔を見た後、片手でその襟首を掴んだ。
もう一方の手を帯に差し込もうとしたが、細くなって変色している自分の腕にやっと気づいたかのように目を見開いている。
「佐次郎の腹に埋まっとった方は使いもんにならんのかのぉ?」
「ああ、そうかもしれませんな。あの腕はまるで老婆のようじゃった」
よねこが自分の腕をじっと見ている間に、男は曾我の二郎を運び終わっていた。
肩で息をしながら男が言う。
「目を離さんようにしておれば、不思議なものが見れますよ」
男の言葉に国久と伊十郎の目がよねこに注がれる。
春乃も二人の体の隙間からよねこを見ていた。
よねこが高橋の襟首を掴んでいた手を離し、自分の干からびたような腕に添える。
「なんじゃ? あれは」
「あれが鬼の力ですよ。あの力で出雲のたたら場には真砂が湧くんですわい」
「真砂? 真砂砂鉄の事か。あれは確かにこの地方だけのものじゃの。しかし、鬼がそれを湧かせるとは?」
「まあ見とってください」
よねこの腕が黒く染まっていく。
「なんじゃ? あれは」
「真砂鉄ですよ。ああやって湧くんです」
興奮したような顔の男はどれほどの身分違いかを忘れたように言葉を続けた。
「あれは姉かよねこにしかできんのです。昔はみんなできとったらしいけんど、今では二人しか……いや、もうよねこだけじゃね」
ふと伊十郎が男に聞いた。
「できるなら先程言っておった勾玉とやらは要らんのじゃないか?」
男が伊十郎を見た。
「あれをやると寿命が縮まるほど疲れるらしいです。それを補給してくれるんが勾玉と鏡なんですわい。あれが無いとぐったりして当分は使い物にならん」
「使い物だと?」
伊十郎の低く発した声に気づかない男は、よねこに視線を戻し興奮した様子を見せている。
「あんな幼子の、しかも血を繋いだ身内に対して酷い言いようじゃな。お前らの方が余程鬼じゃないか」
伊十郎の声は男には届かない。
男が見つめる中、よねこの腕はますます黒くなっていった。
地面が微かに揺れているように見える。
まるで霞が立ち昇るように湧き出した黒いものがよねこの腕に吸い込まれているようだ。
よねこの肩から指先までがほとんど黒く染まった時、ヒュンと音がして西の森から矢が放たれた。
それを軽々とはたき落したよねこが、ゆっくりと振り返る。
「これは杣人衆が放った矢か」
国久の声に佐助が慌てて犬笛を咥えた。
「止めましたけぇ」
頷いた国久がよねこに視線を戻すと、先程まで何の感情も浮かべていなかったよねこの目に光が灯っていた。
「鬼の血か……恐ろしいものじゃな」
よねこが再び高橋正晴の体に腕を伸ばした。
「来い! よねこ!」
男が叫ぶと、よねこはゆっくりと高橋の体を持ち上げたのだった。
「凄いな……背負ったぞ」
高橋の巨体がまるで生きているかのように小屋へと進んでくる。
最初から見ていなければ、幼子が担いで歩いているなどと誰が思うだろうか。
毛利軍から見れば、高橋がまだ生きていて、自力で小屋へと向かっているように見えた事だろう。
「ようやった!」
ドサッと音をたてて転がされた高橋の体を見ることもなく、男がよねこに駆け寄った。
よねこの体が震えはじめ、黒かった腕が元の色に戻り始めた。
「あんた……大丈夫かね?」
春乃が心配そうによねこの肩を掴む。
まるでそれを待っていたかのように、倒れ込んだよねこの顔色は真っ青だった。
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